異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第1.5章 魔女と日常の話

ウィザード

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 僕は何をしているんだろう。跨線橋の上から足元の電車を見下ろしふと思う。

 やらなければいけない事は知っている。行かなければいけない場所も知っている。しかし僕はただただ風景だけを見ていた。これが俗に言う現実逃避である事は、十分過ぎる程理解していた。

 しかしそんな現実逃避にもいよいよ限界が差し迫る。スマホが幾度となく鳴るからだ。病院に到着する時間は予め告げていた。今はもう、その時間をとっくに過ぎている。もういい加減現実と向き合えと、電話にも出ていないのに医師からそう説教されている気分だった。

 僕は現実逃避を辞めて足を進めた。跨線橋を横断し、下りの階段に差し掛かったその時。

『お前、生き返らせたい人間はいるか?』

 階段に腰を下ろす一人の男にそう声をかけられた。

 通行の邪魔になる事など知ったもんかとばかりに、そこには二人と一匹がいた。人間が二人と猫が一匹。大人が一人と子供が一人と猫が一匹。二人の人間は共に階段に腰を落とし、子供の方は野良猫と戯れている。中性的な顔立ちと無個性な服装が相まって、子供の方は性別がよくわからなかった。

 ……。なんだろう。僕はこの二人を人間と称したものの、どこか違和感がある。僕にはその二人が人間の形をした別の何かのようにしか感じられなかった。

『言っている意味がよくわかりません』

 僕が男にそう答えると、男は徐に子供と戯れ合う野良猫に手を伸ばした。野良猫を抱き抱え、頭や顎を撫でてやり、そして殺した。その細く小さな首を鷲掴みにして呆気なくへし折ったのだ。あまりに自然な動作で殺すものだから、一瞬何が起きたのか理解しかねた。元々体が柔らかいのを加味した上でも在らぬ方向にねじ曲がった猫の首。その口から垂れ落ちる血液と痙攣する体を見て、僕はようやくその猫が殺された事を理解する。しかし。

『俺にはこう言う魔法しか使えない。だが、こう言う魔法なら無尽蔵に使える』

 男はどこからともなく杖を取り出すと、杖の先端に取り付けられた宝石のような装飾が強く発光した。するとその光を浴びた猫が、何事かもなかったかのように息を吹き返したのだ。

『もし生き返らせたい人間がいるなら生き返らせてやる。その代わりと言っちゃあなんだが、この子の面倒を一年程見て欲しい』

 男は猫から手を離すと、続いて隣の子供の腕を引いて僕に押し付けた。改めて見ると本当に華奢な子である。無造作に伸びた髪がせめて短髪なら少年だと判断する事も出来たろうが、長髪の隙間から覗く顔立ちだけではどうしても性別の判断がつかない。少年と言われても納得が行くし、少女と言われても納得がいく、そんな子供だった。

『この子は……そうだな。この世界で言うところのお手伝いロボットみたいなものだ。今は俺の指示でしか動かないが、体は人族のそれと殆ど変わらない上に心だって覚えられる。まぁ、俺の取引に乗ってくれるなら後でこの子から詳しい話を聞いてくれ。乗る気がないなら話はここまでだ。さぁ、答えを聞かせ』

『お願いします』

 僕は男が全てを言い切るよりも先にそう申し出た。

『私の家族を生き返らせてください』

『……そうか』

 男は安心したように呟いた。

『とりあえず頭をあげてくれ。助かるのはむしろこっちの方だ。これでやっと俺も殺さずに済む』

『……殺す?』

『あぁ。魔法というのは門外不出の知識だからな。お前が引き受けてくれなかったら、今までの七人のように殺すしかなかった。この為に貴重な記憶改竄の魔法を扱える仲間を呼ぶのも面倒なんだ』

『……』

 自分の願いの為に頭を下げたものの、しかしどうやら僕は思いもよらない命拾いをしてしまったのだと理解した。

『この世界の子供はどうやって心を学ぶ?』

『それは……そうですね。とりあえず学校に通うとか? でもその為には戸籍やら住民票やら必要な物が色々とありますし、健康に生きる為には健康保険への加入も必要で』

『なるほど、ここは先進国か』

 男は参ったとでも言わんばかりに頭をかく。そしてしばらく悩んだ末に。

『……わかった。記憶改竄が出来る仲間をなんとか近い内に連れて来よう』

 そう約束を取り付け、口約束ながらも僕達の間で取引が交わされた。

『それまでにこの世界で使える無難な名前を何か考えておいてくれ。それをこの子の名前にする』

 無難な名前か。僕自身、佐藤というとても無難な苗字ではあるものの、あまり名前を考えるのは得意な方ではないのだが……。とはいえそれだけで人間を生き返らせてもらえるのだ。この話を断る選択肢など私にはない。だからその前に一つだけ確認がしたいと思う。

『あの……』

『何だ?』

『本当にどんな相手でも生き返らせる事が出来るのでしょうか?』

『そう言っている』

『突発性の病気や遺伝病で亡くなった人間でもですか?』

『……』

 男は顎に手を当てて何かを考えた後、僕にその事実を伝えた。
『死因が感染症や怪我の場合は完全な状態で生き返らせられるが、突発性の病や遺伝病となれば話が変わってくるな。それは老衰と同じで寿命そのものだ。永眠した瞬間から遡った状態で体を復元させられるが、その時がくれば結局は死ぬ。少しでも長生きさせたいなら赤ん坊の時期まで遡って復元すればいいが、そうすれば当然お前との思い出も消えた状態になる。それでもいいなら、どの年齢で蘇らせるか言ってくれ』

 僕は男の答えに深く失望した。しかし。

『……わかりました。お願いします』

 それでも僕の答えは変わらなかった。




 我が家に目覚まし時計はいらない。いつも日が登ると三匹の犬が起床し、僕に飛びついてくるからだ。小型犬のポンタ、中型犬のティッチ、大型犬のゴー。どれもが処分される運命にあった捨て犬達。もっとも、彼らを拾ったのは僕ではないのだが。そして最近、我が家に家族が増えた。魔法使いを名乗る男に殺され、そして生き返った猫が一匹と、ロボットのように規則正しく行動する少年が一人。

「おはよう。お父さん」

「あぁ。おはよう、タロウ」

「出発は何時?」

「そうだな……。朝食は摂ったらすぐにでも行こうか」

 僕達はリビングへ赴き、早速朝食を摂った。

「ごちそうさまでした。行こう」

「コラ! やめなさいタロウ⁉︎ 痛い痛い痛い⁉︎ 着替えも後片付けもしないで出かける馬鹿があるか⁉︎」

 朝食を終えるや否や、タロウは早速僕の手を引き玄関まで引きずる。僕の注意を受けなければ本当にこのまま病院まで連行されただろう。実際に引き取るまで性別さえわからなかったタロウと暮らし始めてまだ一ヶ月にも満たないが。どうもこの子はまだまだ社会に適応しそうにない。

 ……。

 それらしいきっかけは掴めてはいるらしいけれど。僕は彼の唯一の友達の姿を思い浮かべた。




  四方八方を白一色の壁に囲まれたこの病室は城のようだろうか、それとも檻のようだろうか。この病室の主は姫のようだろうか、それとも罪人のようだろうか。この病室の主に見舞い品を渡す僕は姫に仕える召使いのようだろうか、それとも罪人に食事を与える看守のようだろうか。

 僕にはこの病室も、病室の主も、病室の主に見舞い品を渡す僕自身も前者にしか見えない。彼女は姫のように美しいし、そんな彼女が暮らすこの病室は城のようにさえ見える。だから当然僕自身も小綺麗な召使い並みの見栄えがあってもいいはずだ。……しかし、それは彼女の身内である僕だからこそ言える事。

 もしも第三者が彼女の姿を見たとして、その者は彼女に対して姫のようだといった感想を抱くだろうか。……いいや、決して抱かないだろう。その者が抱くのは後者の感想だ。ロクな運動も出来ずに痩せ細った肢体、表情筋さえも衰えたその顔は喜怒哀楽の表情を描くキャンパスとしての役割を放棄し、何より彼女の両の瞳は何も見てはいないのだ。ただ瞼が開いているだけなのだ。

 第三者はきっとこう思うはずだ。彼女はまるで、死刑執行を待つ死刑囚のようだと。ゆえに死刑囚の住むこの病室は檻のようにしか見えないだろう。ゆえに僕の事も看守のようにしか見えないだろう。

「……お父さん?」

 彼女の首が病室に入った私の方を向く。そして僕の隣に立つ見知らぬ少年の方にも向いた。

「と……誰?」

 タロウは答えた。

「小池百合子です」

「やめなさい」

 僕はタロウの口を塞ぐ。

「お父さんは言った。『知らない人に名前を聞かれても答えてはいけない。偽名を言うなりして逃げるように』」

「そう言う事じゃない。少し黙ってなさい」

「わかった」

 僕はため息を吐きながら娘に説明した。

「豊莉(とより)が寝ている間に親戚の人が亡くなってね。その人の子供をお父さんが預かる事になった。十二歳の小学六年生だから、トヨリのお兄ちゃんになるのかな?」

「お兄ちゃん……。お姉ちゃんかと思った」

 僕と似たような感想を口にする。当初はタロウは男である事をわかりやすくする為に短髪にしようと思ったものの、折角の中性的な顔立ちを無駄にするのも勿体ないと思い、髪の長さは校則ギリギリまで伸ばしてある。服装だって男らしや女らしさを強調しない中途半端なものだから、見間違えるのも仕方がないだろう。

「でも……よかった」

 トヨリはそんなタロウを見ながら心底安心したように微笑む。ろくに動けない体を引きずるように動かしながら、タロウの服の裾をつまむのだ。

「これなら私が死んでも、パパ一人ぼっちにならないね」

「……」

「お兄ちゃん。パパのこと、よろしくね」

 トヨリは懇願するようにタロウにそう告げた。

 初めてタロウと会ったあの日、トヨリは死んでいた。それで僕は病院へ向かっていたのだ。拡張型心筋症。心臓が膨らむ病気である。風船で例えるとわかりやすいだろう。風船は膨らむとゴムが薄くなるように、心臓も膨らむと心筋が薄くなっていく。そしてそんな薄くなった心筋では十分な血液を送り出せず、ある日突然命を落とす。根治の手段は臓器移植のみ。そしてトヨリはあの日、臓器移植に手が出せないまま命を落とし、その数時間後に蘇った。

 医師も驚いていたよ。確実に死亡を確認したはずのこの子が息を吹き返したんだ。それも一年程若返って。

 トヨリは元々小学五年生だったが、僕は彼女が永眠する一年前の状態で彼女を蘇らせた。理由は二つ。一つはその時期が蘇らせるのに最も都合の良い時期だった事。

 トヨリが自分の病気を知った時。それが臓器移植以外では決して治らない病気だと知った時。そして日本における臓器移植はどこも順番待ちのパンク状態で、自分が受けられる可能性は極端に低いと知った時。この子は癇癪を起こした。あの癇癪を再び見たくはなかったのだ。だからこの子が病気を受け入れた一年前の状態というのが、僕にとっては最も都合がよかった。

 二つ目の理由は簡単だ。この子の死とタロウとの別れのタイミングを合わせる為だ。もしもこの子が先に死んでしまっては、僕はタロウの世話を最後までやり切る自信がない。そんな身勝手な都合だ。

『先に言っておく。お前がこの子の世話を放棄すれば、俺はお前の娘を遠慮なく殺す』

『わかっています』

『それとこの魔法はあくまで生き返らせるだけだ。生き返らせた後に事故や病気にかかれば、本来の寿命より早く死ぬ事だってある。仮にそうなっても俺はお前の娘を生き返らせない。お前の為に魔法を使うのはこれっきりだ。そして本来の寿命より早く娘が死んだからと言ってこの子の世話を放棄したら、その時は俺はお前を遠慮なく殺す。いいな?』

『はい』

 あの日の出来事を思い出しながら、僕はタロウに呟いた。

「タロウ。トヨリと仲良くしてやってくれ」
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