異世界で小学生やってる魔女

ちょもら

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第三章 続 魔女と天使の腎臓

身体障害者(わたし)を見たな

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「どーれーにーしーよーうーかーな。てーんーしーさーまーのーいーうーとーおーり」

 渋谷の上空から地上目掛けて指を伸ばし、今夜の獲物を選出する。

「あーもう! また見失った!」

 しかし、渋谷と言うのは昼も夜も人で溢れ返る街。街頭カメラの映像によると、スクランブル交差点に一人も人間が映っていない時間は、一日の内にたったの八秒しか存在しないらしい。それだけの人間が蠢くこの街で、特定の一人を指差して選ぶのが、一体どれだけ難しい事か。

「面倒くさいなー。もうあのど真ん中に爆弾でも落としちゃう?」

【雑過ぎる。なんだよイヴっち、散々うちには殺し方が面白くないとか言っておいてさー】

「いひー、ごめんごめん。そんな怒らないで?」

 殺し方が面白くない。それは私が入院中にザンドが行っていた超常殺人の内容である。上級の世界に足を踏み入れてからの私は、この平和な日常に私という怪物が潜んでいる事を人々にわからせようと、意図的に現実的ではない殺害方法ばかりを選んでいた。ザンドもそんな私の意図を汲み取ってくれたのは嬉しいんだけど……。でもその殆どは、私が上級魔女になった最初の日に行ったような、実弾の残らない銃で急所を撃ち抜くだけの、ワンパターンでつまらないやり方ばっかりだったのだ。

 ザンドは私と知識を共有しているし、ザンドの前の持ち主だって医学に精通している人だったみたいなのに勿体ない。折角の魔法なんだから、もっとこう凝った殺し方って言うかさ。

【それで? イヴっちはどんなやり方で殺すつもり?】

 どこか不貞腐れたような口振りでザンドに問いかけられる。

「だからごめんってば。まぁ、見ててよ。まずはターゲット選びからこだわらないと」

 私は渋谷の中でも辛うじて人通りの少ない裏路地に降り立った後、体に装着させた義装のいくつかを解除した。両手の義装、右足の義装、腰部の翼、そして頭に装着したヘルメット。

「これもちょっと目立つかな? ザンド」

 義足代わりに使っていた左足の義装はそのままだったものの、しかしこんなロボロボした外見では色んな意味で目立ってしまう。確かに私は今から目立つ行動を取るつもりだけど、こう言うコスプレ的な目立ち方をしたのでは意味がない。私は魔法を使い、左足の義装を一般的に流通しているような市販の義足の形へと変形させた。

「うおーっとっとっとっ⁉︎」

 そしてやはりと言うか、よろける。そりゃそうだ。私は今日、左足の植皮手術を終えたばかりなのだ。この傷口が完全に塞がるのにはおよそ一ヶ月はかかる見込みらしい。

 では傷が塞がれば即歩けるようになるのかと言うと、当然そうではない。リハビリ施設へ転院し、義足と平行棒を使った歩行練習に一ヵ月は費やし、それらが全て上手く行けば、最後の仕上げに支えなしの歩行練習を半年間は続けるなど、残された課題は山のようにある。……ま、狭心症を患っている私はリハビリなんかしないで、元の車椅子生活に戻るだけなんだろうけど。

「ざ、ザンド!」

 私はすぐさま腕の一部を機械化させ、金属の棒を地面へと伸ばした。杖があるだけでも大分歩行は楽になるし、このくらいの機械化ならそう目立つものでもないだろう。

「やっば……、足痛くなって来た……」

【幻肢痛?】

「……そ、それもあるけど、手術の傷跡がちょっとね……。今日植皮手術を受けたばかりだし……」

 私は前を向き、路地の外に伸びる交差点の姿を目に焼き付けた。これだけ痛いなら、あの交差点を渡り切るのが精一杯って所だろうか。

「とりあえず……あそこだけ渡ってみよっか? ザンド」

 ひとまずの目標を定めた所で、私は仕上げの魔法として、輪っか状のカメラを作って頭に嵌めた。それは360度を見渡せるカメラであり、これからの被害者を選出する上でなくてはならない神器である。

「……じゃ、結構キツいけど頑張って行ってみましょー」

 私は折れそうな心と義足に鞭を打ち、真っ直ぐ前へと歩き出した。杖をつき、慣れない義足に蹌踉めきながら、路地の外を目掛けて一歩一歩を踏み出したのだ。

(……うわー)

 痛みに見合うだけの成果は簡単に得られた。頭に嵌めたカメラのおかげで、四方八方360度の景色が鮮明に脳裏に投影される。……が。

(めっちゃ見られてる)

 ここまであからさまに視線を向けられるのは、私としても少々予想外だったな。これならカメラなんか装着しなくても丸わかりだよ。

 お母さんが言っていた通りだ。義足を着けた私という障害者に、無数の視線が突き刺さるように降り注ぐ。足を持たない私を不気味に思う視線、まともに歩けない私の姿を無様に思う視線、自分達とは違う容姿を持った私を薄気味悪く思う視線。特に今の私は石膏包帯や排水管も取り付けたままで歩いているのだから、そんじょそこらの身体障害者よりもよっぽど見窄らしい歩き方をしているはずだ。

 私は彼らの視線を一同に浴びながら交差点を渡り切り、そして再び人通りの少ない路地の中へと姿を消した。

「うぅー……っ、ざ、ザンド! ザンドザンドザンド!」

 そして周りから人の目が完全になくなったタイミングを見計らい、私は魔法唱えてサイボーグの体を形成する。

「痛かったぁ……」

 形成して、泣いた。

「痛かった痛かった痛かったぁ! ほんと痛かった!」

【あー、よしよし。ほら泣かないの】

「もっと優しくして……? 痛いの痛いの飛んでけって摩って……?」

【摩る為の体を雁字搦めにした挙句ベッドの下に押し込んだのはどこのどいつだ】

「私だ」

 ……。

「いひひー」【いひひー】

 機嫌も良くなった所で、私はヘルメット内部に映し出されたモニターの映像に集中した。そこに映し出されているのは360度カメラで撮影した光景である。私はその中から47人の人物に狙いを定めたのだ。

「よーし。これからじっくり一ヶ月かけて、こいつら全員皆殺しだぜ」

 彼らが無様に歩く私に目を向けて来た人物である事は、今更言うまでもなかった。




 こうしてかたわとなった私による憂さ晴らしの日々が幕を開ける。

「残り46人」

 ある男は自宅の和室から連れ去った後、東京湾で溺死させた上で、その溺死体を再び元の場所へと戻しておいた。後日報道されたニュースによると、司法解剖の結果、彼の肺から大量の海水が溢れて来た事で、彼の死因が海での溺死である事はしっかりと判明されたらしい。海から30キロも離れた自宅で溺死した事から、彼も超常殺人の被害者として名を連ねる事となった。




「残り38人」

 ある女は複数の犬を飼育する愛犬家だった。そこで私は彼女の自宅の庭先に、中国から連れ出したとある犬を置いておいた。彼女は突然の訪問者に驚いていたものの、しかしすぐに私からのプレゼントに愛らしさを感じたようで、彼女はその日の内に、新しい家族としてその犬を迎えいれる事になる。それが狂犬病に感染した犬だとも知らずに。

 狂犬病。ラブドウィルス科に属する狂犬病ウィルスによって引き起こされる、致死率99.99%の感染症。狂犬病ウィルスに感染した動物に噛まれると、ウィルスは傷口から入り込み、神経を伝って脳まで移動する。故に噛まれた部位が脳に近ければ近い程、その人物はより早く狂犬病を発症する事になるのである。

 その日の晩、彼女は新しく迎え入れた家族に顔を噛まれた。ウィルスは一週間もしない内に彼女の脳へと到達し、そして三日後、彼女は筋肉麻痺を引き起こした末に、呼吸障害を起こして死亡した。

 狂犬病というのは世界中で蔓延している感染症ではあるが、しかし大陸に比べると島国での根絶は比較的容易である為、日本やニュージーランド、イギリス等では既に根絶したものとして見做されている。故に後日、彼女の死因がニュースで報道された際には結構なパニックが巻き起こったものだ。

 そのせいで彼女が飼っていた他の犬達は全てが殺処分された。また、散歩中に彼女の犬と戯れた他の犬達も纏めて殺処分されたようだった。




「残り25人」

 それは二十二人目のターゲットである、サラリーマンの男を殺害している際に発生したアクシデントだった。ザンドから教えて貰った中世の知識を頼りに、ロボットで拷問器具を作り出して運用していたのだが、そのシーンの一部始終を彼の息子と思われる子供に見られてしまったのだ。

 私は思い付きで人を殺す事はあるものの、しかし殆どのケースにおいては、殺す対象は明確に選んだ上で殺している。殺せるなら誰でもいいような快楽殺人鬼ではないのだ。殺す対象は、出来るなら私の癪に障るような人物である方が望ましい。その方が殺した際にスッキリする。

 故に私は困っていた。サラリーマンの男は標的だったから殺したものの、では彼の息子と思われるあの子供はどうしてしまおうか。彼は私の姿を目撃してしまった。私としては、今はまだ一般市民の皆んなに、私という存在を匂わせるだけに留めて起きたい。大衆の面前にこの姿を見せるのは、あの巨大ロボが完成し、無差別な破壊活動を行うその日にしたいと決めている。……とは言えだ。

「まいっか」

 ムカつく奴だけを殺す。それは別に信条でもなければ信念でもない。殺した時にスッキリするからと言う、本当にとってつけた程度の縛りでしかないのだ。目撃されたからには、下手な事を言いふらされる前に殺してしまおう。私はその子を手にかけようと思い立ち、凶器を模った右腕を彼に向けたのだが。

「……」

 私の凶器が彼に降りかかる直前、彼は私を見ながらこう泣き叫んだ。お化け、と。

「お化けか……」

 そして私は思いついた。皆殺しにするはずだった残りの25人に、場合によっては見逃してあげない事もない事もなくはない、そんなチャンスを与えてあげるミニゲーム。こんな楽しそうなミニゲームのヒントを教えてくれた功績を讃え、私は彼を生かしてあげる事にした。ま、どうせこんな幼い子供の目撃証言なんて、大人が聞いてくれるはずもないだろうし。




「お兄さーん」

 標的二十三人目。私は剃り込みのイカしたお兄さんの前に、黒のサイボーグの姿で現れた。唖然とするお兄さんに、私は一つの質問を投げかける。

「これって何のコスプレに見える?」

「……え? ……悪魔?」

「ブブー!」

 私はお兄さんの心臓を貫いた。

「天使だよ」

 倒れるお兄さんの姿にニヤけが止まらなかった。このミニゲーム、想像していたよりも数倍は楽しい。言ってしまえば口裂け女ごっこだ。「私綺麗?」と訊ね、綺麗じゃないと答えた少年少女を殺害するあのやり方。とは言えあっちは綺麗と答えてもブサイクと答えても殺しにかかって来るのだから、それに比べて天使と言い当てた人は見逃してあげようと決めている私の心は、どれだけの慈愛に満ちている事だろう。

「残り24人」

 私の正体を言い当てられる人物を探す旅が、今始まる。

「ねぇねぇ。私、何に見える?」

 残り23人。

「えー? 悪魔ー?」

 残り22人。

「ブブー! ハズレー!」

 残り21人。

「答えは天使でしたー」

 残り20人。

「来世での再チャレンジ、お待ちしておりまーす!」

 残り19人。




「……」

 しかし残りの生存者が10人台にまで減った辺りで、私の中で奇妙な感情が芽生えるのを感じた。

 口裂け女ごっこを始めたばかりの頃は確かな楽しさがあった。相手がどんな答えを口にするのか気になって、答え次第では殺されてしまう相手の未来にワクワクし、そんな事も知らずに呑気に答える相手の態度にハラハラしたりもした。

 でも、何故だろう。なんだか急に楽しくない。飽きとはまた違った感覚が、重りとなって私の高揚感を引き下げて行く。それでもこの気持ちの正体がわからない以上、私は引き続きこの口裂け女ごっこを繰り返していたのだけれど。

「は? 何のコスプレって……、悪魔?」

「天使だっつうの」

 生存者が残り13人にまで減った辺りで、私はようやくこの感情の正体を知る事になる。

「まったく……」

 怒りだ。口裂け女ごっこを始めて12人も殺しているのに、皆が皆口を揃えて私の事を悪魔と評して来るのだ。別に天使である事をピタリと当てて欲しいわけじゃない。でも毎回毎回出て来る言葉が悪魔って……。他に何かないわけ? うんざりしてしまう。

「せめて魔女とか魔法少女とかさー、他にも色々あるじゃん? それなのにどいつもこいつも悪魔悪魔悪魔……。そんな禍々しいかな?」

 私は鏡に映る自分の姿を見ながらザンドに問いかけた。私は自分自身をサイボーグ化する上で、デザイン性までは然程重視していない。私が健康的な人殺しをする為に必要な機能こそ色々考えてはいたものの、デザインに関しては天使の象徴である翼を残し、他は完全に魔法に一任した形でこの姿を作り上げたのだ。私はこの姿を結構気に入っているんだけど、普通の人にはそんなに悪魔染みて見えてしまうものなのだろうか。

 そもそも悪魔という言葉自体が、天地がひっくり返っても褒め言葉にはなり得ないもの。ターゲットの口から悪魔という言葉が飛び出す度に、まるで悪口を突きつけられているかのような不快感が私の心で渦を巻く。

【しゃーない。次行こ次。残り13人もいるんだし、一人くらいはフィーリングの合うやつもいるっしょ?】

「……だと良いんだけどなー」

 こうして私はザンドの言葉を鵜呑みにしながら、口裂け女ごっこを続ける日々を送ったのだけれど。

「悪魔じゃね?」

「外れ」

 残り12人。

「悪魔っしょ」

「違うっつうの」

 残り11人。

「は? 知らねえし。何その格好? キモ」

「論外」

 残り10人。

「……」

「無視すんな」

 残り9人。

「え、え……? いや、その……悪魔?」

「違うってば」

 残り8人。

「うお⁉︎ 何それかっけー! 悪魔のロボット?」

「だーかーらー」

 残り7人。

「悪魔……的な?」

「悪魔じゃなくてー」

 残り6人。

「悪魔じゃん」

「天使だっつってんのッ!」

 残り5人。

 結局私が心待ちにしている答えは、残りのターゲットが片手で数えられるまでに減ってもなお、現れる兆しはなかった。

「……イライラする」

 赤黒く染まる九月の夕空を見ながら呟く。つい一、二ヶ月前までは、20時が迫ってようやく空が暗くなったのに、九月になると途端に日の入りが早くなる。

 心臓の弱まった私には、真夏の日光は毒でしかない。しかし日光には幸福感を溢れさせれるセロトニンの分泌を促進させる働きがあり、そして私はこんな体になってしまっても結局は動物なのだ。九月の日照時間は、セロトニンの分泌を減らす形で私に夏の終わりを直に教えてくれる。夏が終わる虚しさと悪魔だと呼ばれる虚しさの相乗効果は、残暑の熱さえ消し飛ばす程に、冷たく私の心にのしかかった。
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