建国戦記

ひでかず

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第13話 『観戦武官 中編』

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建国戦記 第13話 『観戦武官 中編』


1540年4月1日

氏康からの親書を受け取っていた下総国の寺社であったが、扶桑連邦の動きは氏康の予想を大きく超えるものだった。すなわち寺社勢力の既得権を取り上げる行動に着手していたのだ。軍備の保有みならず勝手に関所を設置する彼らを放置しても良い事などは無く、残しておいて一向一揆の元凶になるのが理由だ。それに欧州の宗教事情に比べれば随分を控えめであったが、社寺領(領土)の収入や祠堂銭(供養料)などを元手に金融業に進出すら行っている現状からして純粋な宗教団体とは言い難く、宗教権威を利用した客商売と言っても過言ではない。

これらの事から扶桑連邦は領内に於いて領土知令と所得税令の布告を行っている。

領土知令とは、連邦領に於ける徴税権・支配権にかかわる権利義務を連邦政府に返還する事に加えて、軍事力の放棄と史実に於ける社寺領土知令の内容を足した法令を指す。また社寺領土知令とは史実に於いて明治政府が出した法令である。その内容は御朱印によって保障されていた境内地を除く社寺領を没収するものであった。

更に所得税令とは純資産を基準に計算され、資産が多いものほど高い税の支払いを義務付ける超過累進税率方式の税金である。更に連邦領では例え宗教団体であっても例外なく徴収される仕組みになっており、税に関して一切の聖域は無い。治外法権の独立国家的な寺社など残しても良い結果は生まないだろう。

無論、いきなりの武力行使は行わずに返答には5日の猶予は置いている。

仏という大義名分で守られていた寺社勢力はこの布告に対して、少なくない社寺勢力が正面からの対立を決意するも、それに対して連邦政府の武力機関である連邦軍は宗教が本来の姿に戻れるよう心を込めた"説得"を始めたのだ。

説得に当たった二条カオリ少佐を例に挙げると以下のようになる。

……

………

…………

……………

太陽が昇り始めた頃、3両の高機動車が下総国の道を走っていた。高機動車には扶桑連邦の所属を示す国籍マークが記されている。各車には6型特殊戦闘服(ACU迷彩)の軍服に、市街戦を考慮したサーマルビジョンゴーグル、ガスマスクなどを組み込んだマルチマスクを所持し、素人が見てもかなりの威圧感を感じる格好をした兵士たちが乗り込んでいた。放射線、化学・細菌戦時でも作戦が可能な重装備である。装備と戦術からして戦国時代の人間では、同じ数では絶対に勝てないポテンシャルの差があるだろう。

この先頭車両には部隊の指揮官はカオリ少佐が乗り込んでいる。

また、カオリが乗車する先頭車両には織田弾正忠家からの観戦武官として勝家と秀隆が参加していた。軍事作戦に参加するに当たって、勝家は中尉、秀隆は少尉の階級が仮としてだが与えられている。連邦軍が勝家と秀隆の同行を許したのは、扶桑式軍備の利点を実戦を通して教える事と、勝家と秀隆との個人的なコネクションを強めつつ、加えて宗教対策のやり方を見せる意味があった。

つまり一石三鳥の策である。

勝家と秀隆は武士らしく刀は外していなかったが装備として6型特殊戦闘服を着込んでいた。二人は扶桑連邦の宗教対策を見る意味で参加していた。二人の表情は寺社への攻撃だけに緊張もあって硬い。だが、扶桑連邦軍の実戦を見ることが出来る貴重な機会だけに不参加と言う選択肢は無かった。

「そのだな…
 本当に寺社を攻撃してよいのか?」

勝家は両側に向かい合うように4人ずつ座れるリアベンチシートに腰を掛けながら遠慮がちに言う。隣の秀隆も動揺をかくせない。何しろ、目標は浄土真宗の系列に連なる寺社であった。時の権力者さえ恐れた寺社への攻撃だけに穏やかな心情では居られないだろう。

「構わないわ。
 法に従わないものに例外は無いわよ。
 貴方たちの懸念は当然ね。
 そうね、寺社が権力者から恐れられる理由は何かしら」

「信仰と影響力でしょうか」

即座に勝家は返答する。連邦軍と接したお陰で勝家はこれまであまり考えなかった戦略について考えるようになっていたので、寺社の影響力を漠然とではなく大まかに把握するようになっていた。史実でも最後まで織田家の忠実な家臣としていた勝家の成長は、カオリからしても嬉しかった。勝家が能力を伸ばせば伸ばすほど、織田家による日本統一が早まるからだ。カオリは作戦前にも関わらず饒舌に応じる。

「そう。信仰の名の下に民を扇動するからよ。
 私たちが圧政を敷けば脅威だったでしょうが…
 公平に見ても善政を敷いてきたわ。
 重税を課さずとも民生経済を活性化させて税収を上げていくなどね」

扶桑連邦の支配下に置かれた土地では、これまでの税とは比べ物にならないぐらいに安くなっていた。戦争での兵士にするための徴用もなく、農民が領主から課せられた賦役という名の無償労役も激減していた。経済も緩やかだが上向きであり、災害が発生すれば連邦軍が災害救助を実施してきたので、統治者として民からの信頼も勝ち得てきたのだ。不満を持つ村々が激減すれば寺社が己の優勢な状況を作ろうと社会不安を煽っても上手くいかなかった。

故に、扶桑連邦は寺社勢力を恐れない。
旧態然たる実権を喪失した室町幕府も滅ぶべきだと思っていた程だ。

話を聞きながら勝家は思う。

――善政は己の美学だけでなく、
統治者にとっても大きな利点があるのか…
扶桑連邦との交流は大きな財産になりそうだ。
まだまだ学ばねばならないな――

勝家は史実でも善政を敷いていたが、この経験によって民生経済の活性化と税率の低減化という民を思いやる統治を出来る限り進めていくようになる。統治者として民心を掌握するのは悲願だったし、民生経済を活性化で減税を行いながらも税収が上げられるなら福音に等しい。もちろん、勝家は民生経済の活性化に関する知識が無いことを理解しているので自領でも行える経済活性の案を求めて勉強していく事になるのだ。

「目標地点まで後300秒、
 各員時間合わせ」

カオリ少佐の命令に兵士達が時計の時間を合わせる。彼らが装備するのは戦場という過酷な環境で活躍できる腕時計だ。計測専用ダイレクトボタンも付いており高度な計測技術と耐久性を備えた一品。勝家と秀隆の二人も装備品として渡されていた時計の時間を合わせる。最初の頃は操作方法は判らなかったが、今では多機能な時計に惚れ込んでいた。時計の設定を終えると勝家と秀隆を除いた各員がマルチマスクを装面する。

「各員、突入に備えよ」

目標の寺まで60秒の距離でカオリは信号拳銃を取り出すと天井ハッチから身を乗り出して空に向かって打ち出す。発煙弾が上空へと打ち出され、攻撃開始や敵の接近を表す赤色の発煙が上がる。
無線機はまだ勝家と秀隆に公開していないので、このような手間を行っていた。無論、緊急時の連絡用に信号弾は現役だったし、災害救助にも活躍しているので信号拳銃は新規生産品ではない。また、設置型の電信機は近日中に公開する予定だ。

信号弾を受けて事前に寺まで隠密裏に接近していた特殊作戦群の分隊が行動を始めた。兵士の一人が6式擲弾を肩に担いで、寺の正門に向けて照準すると躊躇うことなく引き金を引く。飛翔音と共に発射管を飛び出した弾薬部が真っ直ぐ正門の正面へと向かい爆発が発生する。正門は高性能爆薬の力で粉々に吹き飛ぶ。 それと同時に櫓に登っていた弓を装備していた僧兵にも不幸が訪れた。正門の破壊と同時に54式小銃で無力化を行っていたのだ。7.62㎜弾で狙われた僧兵は体の重要器官に重大な損傷を受けて瞬時に絶命していた。

3両の高機動車が寺社の正門へと続く石階段の前に次々と停車する。どの列の車輌でも緊急発進が出来るように車間は空け過ぎずにつつも、前の車輌と別の方向に車体を止めるやり方を交互に行って停車していた。戦争経験者であるだけに、どの様な敵であっても油断しない。

1両の高機動車には10名が乗り込める。車輌待機の要員を残してカオリは22名が石階段を急ぎ足で駆け上がっていった。残る2名は離れて着いてくる勝家と秀隆の護衛である。観戦武官に何かあれば織田弾正忠家との間に溝が生じてしまう。それを避けるための措置だった。

特殊作戦群の面々は完全装備にも関わらず難なく動いている。
その様子を見た勝家は思う。

――訓練で兵士の動きを見ていたが、こいつらは全く違う。
正しく一騎当千の動き!
優れた武具に胡坐をかかない兵士の中の兵士たちか――

勝家と秀隆がこれまで見ていたのは現地採用の一般兵の訓練だった。一般部隊とは比べ物にならない水準の特殊作戦群の動きを見て心に受けた驚きは大きい。特殊部隊の兵士ともなれば一般部隊の中から選ばれた精鋭中の中の精鋭しか残れないので優秀なのは当然だったが、そこまでの事情背景を知らなかった勝家と秀隆は連邦軍の評価を更に上げたのだ。まさにうなぎ登りである。

カオリ率いる部隊の作戦は短時間の内に集結へと向かう。

寺社側は300人ほどの兵員を集めていたが、兵器、錬度、作戦の面から連邦軍が圧倒的に勝っており、戦いらしい戦いにはならずに連邦軍は制圧を終えてしまう。戦闘を終えた部隊の配置は何かを取り囲むようになっていた。

「少佐殿、全ての捕虜を集め終えました」

「御苦労、少尉」

副官から報告を受けると、カオリは捕虜たちに近づいて話し始める。

「さて…待たせたな。
 要件は至って簡単(シンプル)だ。
 何故、お前たちは領土知令と所得税令に従わない」

「…そ、それは……正当な権利であって…ひぃ」

「ほぉ……寺院は随分と居心地が良いようだな?
 目を開けて寝言が言える位に」

住職はカオリ少佐の視線に射竦められて最後まで言えなかった。

普段は高圧的で宗教の威光を振りかざし、仏の道を完全に踏み外していた住職であったが今は心の底から寺院の広場の真ん中で脅えきっている。その背後には武装解除された僧兵たちが居たが、彼らもまた住職と同じような心境であった。

1刻(約15分)の3分の1に満たない時間で寺院の主要建物群である伽藍を制圧され、半数以上の同僚が7.62㎜弾によって仏の御元へと旅立てば、どんな間抜けであっても特殊作戦群の実力と恐ろしさに気が付く。それに加えて取り囲まれた住職達は装備品の効果は理解できなくとも視覚効果から半端ではない威圧感を感じていたのも大きい。

それもその筈。 テロリストとの戦いが多い特殊部隊の兵装は、制圧戦を優位に進めるべく視覚効果をも考慮されていた。特に施設制圧に於ける装備に関しては威圧感には不足は無い。実際にイギリス陸軍特殊部隊のSAS(スペシャル・エア・サービス)は自らの名とその視覚効果だけでテロリストを降伏に追い込んだ例も存在している。

そのような状況下に於いて交渉担当のカオリ少佐だけはマルチマスクを外していた。素顔のカオリは男性を魅了する整った表情と、腰まで伸びた長い髪の毛が魅力的な女性ある。普段は気さくで明るいカオリであったが今の彼女が纏う雰囲気は熟練した軍人そのものだった。そして喋り方も違っている。

髪を優雅にかきわけつつカオリが言う。

「ふむ……どうやら我々の誠意と説明が不足しているようだ。
 宜しい、先ほどの挨拶に加えて我々からの更なる誠意の片鱗をお見せしよう。
 ああ、それと誠意だけでなく判りやすい説明も兼ねているので安心してほしい」

「な、何を!?」

カオリは住職の問いに対して答えず、ただ自らの手をすっと出して指を鳴らす。
その瞬間に伽藍の離れにあった建物が閃光と激しい音を共に崩れさった。
事前に設置しておいた軍用爆薬に起爆信号を送信した事によって発生した爆発である。

「うわぁああぁあああ!?」

「っ!!!」

従来の火薬を超絶的に上回る爆発による破壊を見せつけられた住職と僧兵たちは更に怯んだ。火薬による爆発はなんとか理解できたものも、どのようにして絶妙なタイミングを見計らったように爆発させたのかが解らず、かえってそれが彼らを委縮させていた。それは、いつ爆発するか判らぬ恐怖に等しく、安全な場所などは無いという事を理解させられる。

「さて、ご住職。我々からの誠意を感じてもらえたところで本題に入ろう。
 私は難しい話は好まないので、君は私の要求に可か否で返答してくれれば良い。
 それ以上は望まん。いいかね?」

カオリは綺麗な、とても綺麗な笑顔を浮かべつつも、喜怒哀楽すべてが抜け落ちたような低い声で言う。それがかえって住職や僧兵たちの背筋を凍らせ怖気を強めていた。この場に満ちるのは己らの常識を覆す存在への恐慌。強烈なストレスによって胃がかつてない程に痛む。

あまりの恐怖に住職は泡を吹いて気絶した。
数人の僧兵も同じようになる。

カオリはため息をつくと、
地べたに倒れこんだ住職の胸倉を掴んで片手で引っ張り上げ、いきなりビンタをした。

「起きろ!」

そのビンタは一発では終わらず起きるまで続けられる。
軍事作戦中のカオリは優しくはない。冷徹で容赦が無かった。
住職が目覚めると言い放つ。

「話の途中で眠るとは如何いう了見か?」

混乱をしている住職は夢遊病患者のように周りを見回す。
住職は恐怖の現実を思い出した。

カオリの言葉が淡々と続く。

「まぁ良い。
 連邦政府が公布した領土知令、所得税令は理解しているな?」

住職は声を出す事もできず、首をブンブンと上下に振る。否と言った瞬間にこの世からの永遠の別れになると、この短期間の経験で学習し理解してしまった住職は従うしかない。周りの僧兵の反応も大小の差はあれ同じような様子であった。皆の瞳には一欠けらの覇気もなく、全員が恐怖に怯えきっている。

草食動物が肉食動物を恐れるのと同じように、住職たちは特殊作戦群を自らの上に立つ捕食者として完全に認識してしまったのだ。人は環境に順応する生物と言えるだろう。

暴力と恐怖を交えた交渉によって、
良い感じに出来あがってきた住職を見てカオリは満足する。

「宜しい。頭の巡りは悪くないようだな。
 私としては国家に反した許しがたい不穏分子は…
 一罰百戒の諺通りに早急に駆除すべきだと考えている。

 だが私達が仕える連邦政府はこのように仰った。
 改めて法令を受け入れ、
 心からの恭順を誓うならば過去の過ちには目をつぶるべし、と…

 血に塗れた戦国の世にも関わらず慈悲深い話ではないか……
 連邦に従えば過ちを許すだけでなく財産と土地の一部は残すのだからな。

 さて……長話はここまでだ。
 お前達は連邦に恭順を誓うのか? それとも闘争を望むか?」

「恭順します!従います!だからっ、殺さないでくれぇ」

住職の言葉に対してカオリは副官に尋ねる。

「少尉、彼が裏切ったらどうするべきかな?」

「ハッ、少佐殿。
 自分の意見としては、徹底的に焼き払うべきであります」

「だそうだ……
 私としても同意見だ。
 その時になったら生まれた事を後悔させてやろう。
 ともあれ我々の意思を理解して貰えたかね」

特殊作戦群に囲まれる彼らの瞳は、完全に心が根っ子から折られ、打ち砕かれた者がする目だった。恥も外見も無く心底から怯えた表情でコクコクと首を縦に振って答える。

「ふむ……もし気が変わったら何時でも反逆するがよい。
 如何なる場所や時間であっても、連邦に仇を成した時……
 この私が地の果てまで追い詰めて、
 汝らが信仰する存在の下へと速やかに送り届けてやる」

このようにカオリによる心をこめた説得は終わった。

今日を境にして、この寺社はまるで何かに取り付かれたかのように、
必死に連邦を称える様になっていく。

今後、如何なる状況に於いても、他勢力からの内応を勧める手紙が届いても誰一人として応じないほどである。このように、仏を前面に押し出して信仰に不要な特権を死守しようとした連邦領内の各寺社勢力も特殊作戦群による誠心誠意を籠めた"数々の説得"によって、我先に連邦に対する恭順を誓って行き、大きく燃え上がろうとした対立姿勢も軒並み消火へと向かって行く。最後まで抵抗した寺社は文字通り表舞台から消えていった。

幾つかの例外はあったが、連邦軍が進めた説得工作は最終的な流血量を減らしつつ概ね成功を収めることとなった。もっとも、この様な力技が使えたのは連邦政府が支配した地域が中央から離れた過疎地であり、それに伴って寺社勢力の規模が小さかったからこそ出来た芸当であろう。

またイリナが率いる開放派という、女の美しさの源である曲線美を社会安定に生かそうと準高度AIの娘たちの中から志願者のみで集められたグループが、宗教による蠢動を抑えるべく動き出していくのだった。こうして扶桑連邦の関東における安定化が進んでいく事になる。
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