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しおりを挟むと、まぁしんみりとしてはみたものの。
数日経てばすっかりいつも通り。僕は僕で生活をしていくだけである。
今日も今日とて森へ向かい、恵みをいただく。
僕ら花人は森と縁深い。元々花のついた植物がルーツの人種だからだ。
ちなみに獣人はそのまま獣。魚人は魚。どうして花人だけ動物じゃないのかはわからない。
そんな花人は植物の声が聞こえる。
正確には言語じゃなくて、雰囲気で感じ取れるというか。
僕は王族だから感じ取る力が強く、緑に愛されやすいらしい。その愛に感謝しながら緑の恵みを頂戴し、日々の糧を得る毎日だ。
王子だった時も、城の裏手に広がる王領の森で恵みをいただいていた。それが王族の役目でもあった。
この森も僕を愛してくれるようで、今はジャムや花蜜を作って露店で売ったり店に卸したり、薬草を薬士や医術士がいる治療院に卸したりしている。
特に薬草はかなりの収入だ。僕が頂戴してくる薬草は品質が最高なので高値で買い取ってくれるんだ。
「……もし僕が王族じゃなかったら詰んでたかな」
ぼそりと嫌なことを考えて、すぐに頭の中で打ち消す。
そもそも! 王子じゃなければここにはいないし庶民だったら多分結婚して旦那さんと一緒に生計を立てている、はず!
……でもなんだが旦那さん、という響きはピンとこない。
前世の僕に関する一番年上の記憶社会人五年目。そこまでずっと男っ気ゼロの独身だった。
恋愛面はとんと縁がなかったみたいだけど、その記憶達のおかげで僕は市井の生活に馴染めているんだと思う。庶民の何気ない日常を送っていた前世に感謝だ。
小学校の授業で覚えた陽気な童謡を鼻歌で歌いながら、大きな木からぽろりと落ちてきた果実を拾う。
ヤマモモだ。見上げれば実が追加で落ちてきて、持っていたバスケットから布を広げて受け止めていく。
この森、というか王領の森も……季節や気候やその他諸々を無視して何でも成っている。ラズベリーや野イチゴを含めたキイチゴに始まり、ヤマブドウやらユズやらコケモモまであるのだ。
前世だったらいくら何でもあり得ないだろうと思う程の無差別さでも、この世界では普通らしい。
助かるんだけど、前世と同じ形で同じ名前だから混乱する……
ああ、ヤマモモに対抗するようにコケモモまで転がってきた。名前が似ていても全然違う植物なのに。
小さな実をそっとつまみ、ヤマモモと一緒にバスケットの中へ入れる。両手で抱えられるくらい大きなものだけど、こうしているとすぐいっぱいになりそうだ。
ずいぶん奥まで来てしまったし、ヤマモモは少し傷みやすいから、今日は薬草をいただいたら他の果実まで手を伸ばさず帰ろう。
そう思いながら膝をついて果実を拾い上げ、森に声をかける。
「おいしい果実をありがとう、今日もいただいていくね」
誰が答えるわけでもない。それでも緑が頷いてくれたと感じるのだ。
この感覚は花人にしかわからないだろう。同く獣人も魚人も独特の感覚を持っているので、おかしいとは思われない。
バスケットの中身が偏らないように調整して、薬草を入れる布袋のスペースを確保する。上にさっきの布をかけて、と。
そうして僕はやっと顔を上げ……固まった。
目の前に黒髪にピンと立った同色の三角耳を持つ長身の美青年がいる。
「………………」
もう一度言う。
目の前に、艶やかな黒髪に同色の狼耳を持つ長身のカリスマオーラすご過ぎな美青年が、いる。
…………え。
ちょっと待って。これ幻覚?
こんなに圧の強い幻覚ってあるの?
「…………やっと」
しかも一言で腰が砕けそうな低音の美声。すさまじい幻聴だ。
立ち上がれずその場に座り込むしかない僕のすぐ近くまでやってきた幻覚が、片膝をついて僕の顔を覗き込む。
真っ赤なルビーのごとく輝く、色気のある目が僕を捉える。こういう目つきは確か桃花眼というんだったか。
だけど全体的な顔のパーツや雰囲気はごつくなくても男性的で、雄っぽい色気が溢れている。デフォルトが無表情らしいのにそれすら魅力でしかない。
すごいな、もはや意味不明な美形さだ。
全身黒尽くめの旅装を纏った幻覚……いや、もう認めよう。シギ・ライゼご本人は瞬きもせず僕から視線を外さない。
だから、目力、強過ぎ。
何、〝やっと〟って何。
やっと見つけたぞ今まで身分があったから手心を加えてやっていたがもう許さんここで屍をさらせ、とでも。
いや違う。僕はフラディオールじゃない。
もう元王子でもない、ただのフラディオーラだ。
だから僕が言うべきは……
「あの……シギ・ライゼ第二王子殿下とお見受けします。ぼ、私に何か御用でしょうか……?」
しらばっくれる。
それしかない。
しかし。
「どうかおやめください。女神たる貴方が俺ごときに遜るなどあってはならない」
「…………は?」
しらばっくれたはずが直球で抉り取られ、斜め上に吹っ飛んでいった。
わけがわからないと思うけど、僕も全くわからないから大丈夫だ。
「こうしてお会いできるまで、これ程時間がかかりましたことをお許しください」
「あ、いえ、別に」
「寛大なお言葉、感謝いたします。女神、貴方の課した今までの試練は全て乗り越えて参りました」
「……は、はぁ」
何か、この人僕と全く違う次元で話してない?
全然何もかもさっぱり意味不明なんだけど、どうも勝手に話が進んでいないか。
呆然と適当な相槌を打つしかできない僕への圧が、にわかに強まる。
おかしいくらいに遜っているけどさ、君、どうして〝逸らしたら喉笛食いちぎる〟どころか〝逸らしたら骨まで食い尽くす〟レベルの目力籠めてこっちを見ているの。
怖い。美形揃いの王族生まれの僕でも見惚れるレベルの美形だから尚更怖い。
思わずバスケットをぎゅう、と抱きしめてしまう。
それではじめて僕が何かを持っていることに気づいたらしいシギ王子が、さっと右手を挙げて軽く振る。
すると唐突にその辺の茂みから茶色い狐耳の青年が出てきて、どこからともなく一脚の椅子とその隣に小さなテーブルをセットしてまた茂みへと戻っていく。
声をかける隙もない程鮮やかな手並みだ……あれ、今の人って王子の側近のサウル・アロネン卿では。
「気が利かず、失礼いたしました。どうぞお掛けください。籠はこちらに」
「あ、ハイ」
言われるがまま椅子に腰掛け、テーブルにバスケットを置く。
……え、これ王子の座る分は?
「話を続けてもよろしいでしょうか」
「え、あの、その前に私は姫君でも女神でもなく……」
「東の花国第一王女フラディオーラ・ローデヴェイク殿下。長らくフラディオール・ローデヴェイク第一王子として性別を偽り生きてこられたものの、貴方は間違いなく姫君です」
「あ、ハイ」
無理だ圧が強い。
「そして俺の、女神」
だから、目力がね。
人違いとはねのけるとか言葉を否定するとかましてや逃げるとか、そんな素振りを欠片もできないくらい強いんだよ。
僕のこともばっちり調べ上げられているみたいだし、それなのにわけのわからないことばかり言って僕を責めるつもりもなさそうだ。
……ああもう、とにもかくにも、だ。
「君も座りなよ、シギ王子。意味がわからないけど、僕に話があるんだろう?」
せめてきちんと順序立てて説明してもらえないと、きっと僕には理解しかねる。
この場を避けることができないのに、理解できないものを聞かされるのは苦痛だ。
だったらひとまず聞こうじゃないか……どう考えても、嫌な予感しかしないけどね。
× × ×
「女神、どうか俺と結婚してください」
「…………君の気持ちを含めて最初から順を追って話をしようか、うん」
さっきからそんな気はしていた。
あれ、もしかして捜していた第一王女って、もしかして僕のこと? って。
いきなりのプロポーズに、返事以前に反応することすらしない。
僕はね、本当にわけがわからないんだよ。
僕へ対してそんな熱い感情を持っているのはなぜか追求しないとしても、だ。
どうして僕の性別を知っていたのか。隠された僕の名を知っていたのか。
今までの発言から少なくとも性別については東の花国に来訪する前に知っていた。これはさすがにおかしいだろう。
「まず、君はどうして僕の性別を知っているのかな? 僕はこれでも生まれてからずっと、フラディオール・ローデヴェイクとして過ごしてきたはずなんだけど」
今更しらばっくれるのも無理だから思い切り開き直る。
僕の性別を知るのは出生に関連したごく一部の人々と、母上の乳兄弟かつ僕の乳母だった女性だけだ。
自国でもそれだけの人しか明かされていない秘密を、どうして他国の王族が知っているのか。
そもそもシギ王子と会ったのは、母上に連れられてリリィと参加した十一年前の大祭の時だけだ。王族の子ども達の交流会で少し会話をした記憶しかない。
大祭は去年もあったけど王族全員が国を空ける訳にはいかないので、下の妹達を行かせて僕とリリィは自国に残ったのだ。
プロポーズを無視されても動じない王子は、僕をじっと見つめたまま小さく頷く。
椅子がもう一脚用意されたのはよかったけど、どうして真正面に陣取ったのか……
テーブルは僕の隣に置かれている。ワンクッション的なものがないので椅子自体の距離が妙に近くて落ち着かない。
「俺が貴方を認識したのは十一年前、東の花国の王族の姿絵を見た時です」
「へぇ、僕と同じだ」
「光栄です。結婚してください」
「十一年前の話を続けて」
「はい」
返事はとてもはっきりした美声で気持ちがいいんだけどね、いきなりぶっ込んでくるのやめようか。
僕は決して触れないからね。女神云々も触れてたまるか。
「姿絵に描かれていた貴方は絵本に出てくる花の王子そのものの格好をされて、微笑んでいらっしゃった」
「そうだったかもね。毎年描かれるものだからあまり覚えていないよ」
「俺も自分のものは覚えていません。そして俺は姿絵を見て〝この男装の王女は女神の生まれ変わりなのだろう〟と思いました。貴方は絵の中にあっても光り輝く程お美しかった。特に幼いながら知性を湛えた瞳と淡くほころんだ挑発的な唇が印象深く……」
ほう、と恍惚のため息をつく王子の色気が突き抜け過ぎていてまずい。
自分こそ神に愛されたチートスペックのくせに、何かおかしなことを言っている。
「北の獣国などは古来魔除けのために男児が女児の服装をすることがあるそうなので、東の花国には逆の習慣があるのだろうと納得しました」
「いやいや……」
もしかしてその勘違いを信じ込んだまま、今日まできたなんてことはない、よね?
うちの国にはそんな習慣はないし、そもそも僕はきちんと王子だとされている。例え幼いシギ王子が勘違いしたとしても、誰かがすぐにそれを正すはずだ。他国の王族の性別を間違えるなんて馬鹿なことを放っておきはしない。
呆れれながら首を横に振る僕だけど、シギ王子は大真面目な無表情のまま。
いつまで圧の強さが継続するんだろうか。
「兄が貴方を第一王子だと言うものですから、性別を間違えるなど不敬だと中庭の池に蹴落としました。ですが父を含めた周囲も同じ事を言う。そこで俺はようやく気づきました」
「……なにに?」
「女神はあえて性別を偽ることで、その美によって引き起こされる争いを避けているのだと」
「………………」
「ですので俺は御心に従い、貴方の性別についてはしばらく心の内のみに留めておくことにしました」
僕、本当に王子として生きてきたはずなんだけど……逆に不安になってくる。
「どうしてそこまで自信満々に僕が女だって思えたの……」
そう呟くと、王子はわずかに首を傾げる。
森の中で椅子に座って向き合っているなんて変な図なのに、まるでこの場が城の庭園のように絵になってしまっている。
「生まれてこの方、二択を外したことがありません」
「え?」
「身の内に浮かんだ迷いや問いを二択の形にした時、直感で選んだ方が必ず当たるのです。貴方が女性か男性か、俺の直感では女性しかあり得なかった」
「……まさか、選択肢が見えたりしないよね?」
真正面に枠で囲われた選択肢が出てきて、カーソルでどちらかを選ぶような。
「いいえ。あやふやで申し訳ないのですがこれ以上表現の仕様がありません。他には……ここに至るまで貴方の居場所を数ある選択肢から二択で選び続け、実際にこの街に貴方がいらっしゃったことでしょうか。貴方の祖国に長く滞在していたため、かなり期間が空いてしまいましたが……」
……何だかすごいことを聞かされている気がする。
選択肢が多ければ多い程面倒だけど、うまく二択に落とし込んで絞っていけば絶対に当たるってことだよね。
例えば僕がどこに行ったか。それは各国で僕がいるかいないかの二択を思い浮かべ、それを各領や街という風に狭めていけば……しらみつぶしになるけど、確実に僕の居場所を絞れる。
これって顔より身分より更に上を行く特殊技能では。
一体この男にどれだけのスペックを持たせれば神は満足するのだろうか。
勘なんて根拠もないこと。馬鹿らしい。
そう一笑に付してしまうにはあまりにも当然のことのように語るものだから、僕はそういうものなんだと納得するしかない。
肩口からさらりと流れる髪を払い、乾いた笑いを浮かべる。
そんな些細な動作すら食い入るように凝視する王子の目力と圧の強さに、そろそろ感覚が麻痺してきた。
「まぁ、いいや。僕は確かにこの通り女だけど、さすがに名前は二択じゃわからないだろう? それともこの街で僕が偽名を名乗っているか、二択でもしたのかな」
「いいえ。貴方の母王に伺いました」
「え」
またしても爆弾を投下される。
僕の性別を一番隠したがっていた母上が、他国の王子にそれを打ち明けた?
あり得ない。そんなの……
「母王を説得するのは最も難しい試練でした」
「し、試練……?」
そう言えばさっきも〝試練は全て乗り越えて~〟とか言っていた。
一体誰が何の試練を課したというんだろうか。女神が課したとか何とか幻聴が聞こえた気もしたけど。
「女神が憂う争い……貴方を巡って世界中の男が争いが起こらぬよう制した上で、王子が王女であったと正し、かつ俺が女神たる貴方を迎えるに値する器か試すための試練です」
だから。
あの。
どこから出たの、その設定。
もうぶっ飛び過ぎていて二の句どころか一言も発せない。
そんな僕にシギ王子は長々と、順序立てて、それはもう丁寧な説明をしてくれる。
「まず俺自身が女神にご満足いただける男になれるよう研鑽を積みました。幸い身分もあり外見の造作も一般的に好ましいと評されるものでしたので、礼節を知り知識を蓄え力を得、おそらく貴方の隣に置いても恥ずかしくない程度にはなれたかと。当然現在も日々試練として努力させていただいております」
そ、そうなんだ。素のスペックだけじゃなくて努力の結晶なんだね、君の稀代のチートっぷりは。
「その間に貴方と年の頃が合う王族男子を全て婚約させ、成人後は迅速に結婚させました。できるだけ相性や性癖に合わせた相手を見繕ったので、同世代の王族にはある程度融通が利くようになりましたが、全ては女神の試練の副産物に過ぎません。また貴方の美しさは性別がどちらであっても損なわれませんでしたので、男と誤認しても尚おかしな気を起こす輩は幾人もおりましたがその都度排除しました」
へ……へぇ。物理的に可能なのかとか世界の王族の裏ボスかとか僕は王子として男に狙われていたのかとか、気にしたくないね。
「そして貴方の妹姫が成人を迎え貴国の立太子候補に名を連ねることとなった時。かねてより貴方が公言しておられた〝王にはならない〟という主張と母王からの〝妹姫が成人するまでは〟という発言を鑑みて、王子が王女だと正すのは今であると直感し貴国に貴方との交流を申し出ました。すでに貴方の性別について国の思惑も絡んでいるとわかっていましたが、それも含め解決するにはこの期を逃すわけにはいきませんでした」
ふぅん、ほーぉ。僕の発言はともかく母上のそれまで知ってるのは何でか考えてはいけないんだろうね。君の手駒について事細かに聞いたら後悔しそうな気がするよ。
「しかし書状を受け取ったはずの母王まで『第一王女』が誰か誤認しておられました。せっかくなので妹姫とは貴方の素晴らしさを語らうという尊い交流をさせていただきましたが、それを邪推した有象無象が貴方の立場を悪くするばかりの稚拙な嫌がらせを重ね……存在を抹消しようかと思ったのですが、貴方はなぜかさもご自分が全ての黒幕であるように振る舞っておられたので、これも試練のひとつかと思い被害を最小限に留めつつ経過を追いました」
いや待って、誤認って。
世間的に見たら誤認しているのは君で、僕だって途中まで精一杯取り巻き達が引き起こす事態を避けようとしていたからね?
どうして全て僕の手のひらの上的な発想になるの?
「結果貴方は王子を悪と断じさせ世から消し、ただの街娘として旅に出られた……この状態から貴方の身分を回復させ、王女として何の憂いもなくわが花嫁として迎える。身分についての手配は粗方済ませております。そして今が、最後の試練と――」
「なってないよ!?」
ようやく声が出たけど、自分でもびっくりするくらいの大声になってしまった。
ええい、もうこうなったら勢いで言ってしまえ!
「誰が試練なんか課すかッ! 君が勝手に試練にしていただけで誰も僕を巡って争わないし、僕の性別は100%国の思惑で自分で望んで王子になっていた瞬間なんて一度もないし、君への嫌がらせだって僕はわざとやらせていたわけじゃなくて止められなかっただけだし、そもそも大前提として女神でもなく普通の人だからね!?」
「ですが女神……」
「うるさい女神じゃない僕はフラディオーラだ!」
言い切って、息切れする。
こんなに怒鳴ったのなんて、今世生きていてはじめてかもしれない。
一体何なんだ、この王子は。
勝手に僕に一目惚れして女神扱いして。
僕を手に入れるために長年頑張って世界中を巻き込んで。
ずっと僕を縛っていた〝フラディオール王子〟を壊すのですらただの経過として。
今更フラディオーラを〝フラディオーラ王女〟にするなんて、あり得ないことをできると言って。
あまりに突飛で、馬鹿馬鹿しい程スケールが大きくて、めまぐるしい展開の嵐。
混乱もある。困惑も、怒りも。でも、一番は……
「……シギ・ライゼ」
深く息をついて、真っ直ぐにその目を見る。
ルビー色の瞳はあまりに美しくて。
「僕は、君が怖い」
君は僕の手のひらの上で踊って、僕の試練を乗り越えたと言うけどさ。
違うだろう。僕が君にマーキングをされたんだ。世界中に広がった君の縄張りで自由を満喫する僕を、その牙で仕留めようとしているんだろう?
「君が言う一目惚れ、思い込みが怖いよ」
「…………」
「僕のことを女神とか、そういう外見だけでここまで想いを募らせたの? なのに僕の内面には触れずに愛を乞うの?」
こんなに執念深く僕のことを求めるくせに、僕の苦痛や葛藤をひとつも知らない。
僕が微笑んでいたのは、そうしないと王子という顔を保てないからだったのに。
それに気づかないのに僕がほしかったものをあっさり用意できるという彼が、怖い。
「君がさっきから話しているのは、僕の外見が好みだから女に戻らせて僕を娶ろうって、試練とか女神とか省いてざっくり言えばそういうことだよね。情熱的なのは結構だけど、それで感動してプロポーズを承諾する程、僕は馬鹿じゃない」
だから僕は君の手を取らない。
傍らのバスケットを手に取り、席を立つ。
一瞬置いて立ち上がった王子を手で制すと、彼はわずかに眉を寄せた。
「姫君」
「姫でもないよ。勿論フラディオールでもないし、僕はもはや王族じゃない」
「貴方が望むのなら身分は遡ってフラディオール王子の双子の妹君とすることができます。出生時より長く患っていた病がついに完治し、隠されていた王族として表舞台に戻る形で……」
「それはそれは。改ざんが大変だったろう、お疲れ様。まぁ、街のジャム売りの僕には関係ないし望んでもいないけど」
「関係ないはずがない。貴方は人として、王族としてかくあるべき気高い存在だ。俺はあの大祭で目にした貴方の――」
ごう、と突風が頬を打った。
木々が激しく揺れて、木の葉がひらひらと落ちてくる。
「……雲の動きが怪しくなってきました。ご自宅まで送ります」
ざっと視線を巡らせて、王子が右手を上げる。
また茂みからアロネン卿が出てきて、てきぱきと椅子やテーブルを手元の鞄に吸い込んでいく。
あれ、もしかしてその鞄は国宝級アイテムの空間拡大魔術がかかったものじゃ……
……って、違う。違う違う。
「今大事な話の続きだったよね? 大祭って何?」
「大祭は十一年前の大祭のことですが、今は貴方の身体の方が大事です」
「別に雨なんかどうでもいいから、続きを」
「よくはありません。花人は獣人より繊細な種族。強い雨に打たれたら体調を崩します」
いや、だから、違う。
ここはどう考えても聞かなくちゃいけないところだろう。
だけどシギ王子はどこからともなく呼んだ護衛を僕につけようとし、それを固辞している間に雨が降ってきてしまい。
「ああもう! 絶対についてこないでね。街にいられなくなってしまうから」
「姫君、では城に」
「いや行くわけないでしょう。というかここから王都なんて三日は堅いし。それじゃあね」
話を聞きたいけど、これ以上粘ると王子と側近と護衛つきで街へ到着することになる。
それだけは絶対に嫌だ。完全に街にいられなくなるじゃないか。
結局押し問答の末、僕はアロネン卿が用意した傘を持たされ、ひとりで街へ帰ることとなったのだった。
ものすっっっごく、もどかしい思いをさせられながら。
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