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12 気がついたら婚約者候補がいた(但し不穏)
しおりを挟む壁に打ち付けられた頭がガンガンする。
ここで働いているって実家にバレたのかな、と最初に思った。
でも、前にいるダークスーツの男は、実家にいたSPとは思えないくらい粗野で威圧的な空気を放っていた。
よく見えないけれど、私の周囲には複数の人間がいそう。
不用意に口を開けば、すぐさま殴られそうな雰囲気に、息を殺して周囲をうかがう。
ざっと周囲の空気が動いた。誰かが近づいてくる足音がする。
私を拘束していた男に、髪をつかまれ、強引に引っ張られて自然と上を向く。
――近づいてくるのは、美しい男。
彫りが深めな端整な顔立ちに、少し灰色がかった髪。鼻筋はすっととおり、その瞳は写真越しでも意思の強さを感じさせる。そのまなざしは、まるですべてを憎んでいるようで……
あれ、この形容詞、どっかでも思い浮かべたような……
「――ボスを見て吐いたら死ぬぞ」
耳元で私を拘束している男が、ささやいた。
目の前のイケメンにすら聞こえないような、小さな、けれど本気を感じさせる言葉。
吐く? なんのこと?
美しい男は、その身にふさわしい上質なスーツをみにつけている。オーダーメイドだろう、細身の身体に沿うようなそれは、彼の美しさをより一層際立たせている。
男は私の目の前まで来ると、足を止め、下からのぞき込むように顔を近づけた。
そして、にぃっと口角を釣り上げて笑う。
美しさと、凶暴さと、誰に向けているともわからない憎しみで、その目はギラギラしていた。
「どうも、婚約者さん」
「あ……っ」
そうだこの人、父親が見せてきた次の婚約者候補だ。
なんで忘れていたのかわからないほどの、イケメン。
『最近、裏の世界で成り上がってきた若造だ。もともと話はあったが、さすがにこれほどのブサイクを我が佐々木家と縁づかせるのは、とためらっていた。が、お前のような無能には、ちょうどいいだろう。写真を見るのもおぞましいブサイクだが、いいか、決して嘔吐するなよ』
あー……、理解した。
さっき私を押さえつけていた男の人が言っていた「吐くなよ」もそういうことだ。
私のとってイケメン=この世のブサイク(見ると嘔吐しちゃう)、って構図か。
「……どうも、佐々木芽衣です。はじめまして」
そう答えた私に、男は一瞬意外そうに目を見開いた。それからフッと笑った。皮肉げな笑みだった。
「この距離でこの顔を見て、吐かねえんだ? ――すげえな、噂どおりかよ。なんだっけ、ブサイクにもやさしくしてくれる、この世の天使だって?」
普通ですよ、とか、人の顔を見て吐くなんて失礼じゃないですか、とか、普段店主さんに言っているようなことは言えなかった。
考えずに口を開いて逆鱗に触れたら、一生が終わるという危機感を感じさせる男だった。
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