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13 気がついたら喧嘩売ってた
しおりを挟む見知らぬ男に髪を引っ張られて、力任せに上を向かされて。
上からは絶世の美貌を持つ婚約者(但し前世基準)が面白そうにこちらを見ていて。
でも、その瞳には不信とか憎しみとかが宿っていて。
これ、なんて乙女ゲーム? みたいな馬鹿なことを思った。
***
婚約者さんが嗤いながら、圧をかけるように口を開く。
「困るんだよなァ、婚約者に逃げられちゃって。なに? イケメンに婚約破棄されたあげく、こんなブサイクの婚約者になって絶望しちゃった? 全部を捨てて逃げ出したくなっちゃった? そうだよなぁ、ゼツボウしちゃうよなぁ? ――でも、俺もお前を婚約者にするために、お前の親に相当の金を払ってんだわ。そう簡単に逃げられちゃたまんないわけ」
「――は?」
あ、変な声出ちゃった。
なんか予想外のこと言われて、処理落ちしたというか。
「――逃げられると思うなよ」
圧の込められた声に、ちょっと震えたけど。
「――あの、とりあえず色々とすり合わせをしたほうがいいと思うんですけど、まず、私、別にあなたが嫌で逃げ出したわけじゃないですよ」
とりあえず一つずつ訂正、確認していこうと思って声を出したら、訝しげな顔をされた。
睫毛なっが。すっと通った鼻筋と、きらめくような瞳。びっくりするぐらい整った顔で、これはこの世界では相当生きづらいだろうなと思った。
「私が実家を出たのは、親の言いなりになることに嫌気がさしたからです。殴られて、蔑まれて、あげく新しい婚約者を決めたって、どれだけの毒親って思うじゃないですか。もう成人年齢に達してるし、こうなったら一人で生きようと思って。なので、あなた個人がいやだったわけではないです」
「……へえ?」
男が面白そうに嗤った。酷薄に、憎悪を乗せて。
私の言葉が不快に感じたのだと、すぐにわかった。
「さすが天使サマは言うことが違うね。俺のこのツラを見て、それでも表情を繕えるなんて、さすがさすが。夜職向いてるんじゃね? 俺の店、紹介してやろうか。あんた平凡だけど、今みたいにブサイクにやさしくすりゃ稼げるぜ。この小汚え定食屋ですら、繁盛させてるんだろ」
侮蔑に満ちた声。
「いるんだよな、お前みたいなやつ。金が欲しいのか、偽善者面したいのかわからねえど、俺らみたいなブサイクに、愛想してくるわけよ。で、だいたい顔を近づけると、吐くわけよ」
おまえもそういった部類なのだろうと、軽蔑の眼差しを向けてくる。
うーん、面倒くさい。
ムキになって否定するほど、この男に信じてほしいわけでもないんだよなぁ。
でも、一方的に蔑まれるのも不快だ。
「――別にあなたがどう取ろうと自由ですけど。誤解されたままなのは嫌なので、一応、一度ぐらいは説明しておこうと思っただけなので。信じるつもりがないのなら、何を言ったって無駄なのは、今、理解しました」
「はあ?」
眼差しの圧が強まった。
「自分が信じたいものだけ信じて、生きていけばいいと思いますよ」
ギラギラした瞳がぐいっと近づいたと思った瞬間、男にぶん殴られていた。
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