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第3章 セイモーと偽善者狩り

第20話 雑な作戦と雑な演技

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 時は少し遡り、シダとクリスが警備・循環に行く前、ピクリットは警備について色々と確認を終えた2人に「お二方は日のあるうちにお仕事を終えてください。日が沈んでからは私が警備に当たりますので」と、ポイント稼ぎをして来ていた。
 もちろん作戦上、そうするつもりだったので、シダはラッキーとしか思ってはいないのだが……



 そして現在。


「それでは、警備に行って参ります! お二方はここでゆっくりしていてください」

 そう元気よく言うと、ピクリットは重たそうなコートを右肩に掛け、提灯(ちょうちん)を左手に取り、夜の警備に出発した。


 警備を始めて30分が経った頃……

「あ、領主様!」

 1人の少年がボロボロの姿でピクリットのところに駆け寄って来た。

「どうしたんだい? 坊主」

 慌てふためく少年に優しく声をかけるピクリット。その少年は、謎の女性に弟を誘拐されそうなのだと言う。
 ピクリットはその弟のいる場所を聞き、大丈夫だよ。と、優しい声で一言だけ残すと、提灯をその場に残し、かっこよくコートを羽織ると、全力疾走でその少年の弟のいる場所へと向かった。




「お願いしますね。リョーシュさん」

 少年はニヤッと笑うと、残してくれた提灯を持ってピクリットの後を追いかけた。






「そこまでだ!」

 数分後、ピクリットは怪しい服装をした女性と、それに連れさらわれそうになっている少年を見つけていた。ローズとマギクだ。
 大声で叫ぶピクリット。

「助けて~」

 なんとなくリアリティに欠ける悲鳴が聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではないと、ピクリットは剣を抜いた。


「動かないで!! こいつが……どーなってもいいのか!」

 ローズはこんな事はしたこともなかったが、下手くそながらも、ナイフをマギクの喉元に突きつけ、人質を使いピクリットを脅した。
 内心マギクは笑いを堪えるので必死だった。

「落ち着いてください」

 ピクリットは穏やかにそう言うと、両手を上げながらゆっくりとローズの方へと近づく。

「武器を置いて!」

 ローズは焦りながらも、ピクリットに武器を捨てさせ、無防備な状態に追いやった。しかし、ピクリットはじわじわと距離を詰めてくる。
 そして……



 ガキィーーーン!!


 金属がぶつかり合う音がした。

 後ろから、ピクリットが捨てた剣を使い、ヤグルがピクリットを斬りつけたのだ。しかしそれはピクリットの体へと到達する前に、何かに弾かれた。


「な、なんだ!?」

 一旦距離を取るヤグル。


「ふふふふふ……。やはりそうだったか」

 突然ピクリットは笑い出した。振り返り、ヤグルの方を見て、ピクリットは喋りだす。

「怪しいと思ってたんだよ。俺に助けを呼ぶところまでは気づかなかったよ。大した演技力だ」

 剣を片手に片膝を立ててしゃがむヤグルに、ピクリットはそう言った。俺に助けをって、最初だけじゃないかい! というツッコミはさて置き、ピクリットは、今度はローズとマギクの方を見ながら続けた。

「だが、コイツらの演技が下手すぎだ。脅すの下手かよ。しかも人質! 笑うな」

「だって……おっかしくて」

 これは茶番か? 演技指導でも受けているのか。偽善者を演じるものとして、気になったのかもしれない。マギクはついに笑い出してしまった。


「以前、俺の作戦に感づいた奴がいてな、俺を暗殺しようとしたんだが、俺はそー簡単には死なねぇよ!」

 両手を大きく広げながら、ピクリットは威圧するように叫んだ。そして、来ているコートの内側を見せびらかした。


「俺は常にこの鉄板仕込みのコートと鎧を護身用に装備している!」

 シダの予想通り、ピクリットは用心深い男だった。羽織っていたコートの内側には鉄板が仕込まれており、これが先ほどのヤグルの剣を弾いたのだった。そして服の上には防弾性能に優れた鎧も着ていた。

「罠と分かればもー容赦はしない。3人まとめて地獄へ送ってやろうか……また新しい奴隷兵にしてやろうか~」

 ピクリットはそう言うと、ヤグルに襲いかかった。完全武装のピクリットは、装備の重量の影響で動きはゆっくりだが、ヤグルの振る剣を簡単に弾き飛ばすと、思いっきり蹴り飛ばした。
 ヤグルは思わず剣を落とし、吹き飛ばされた場所で倒れる。


「奴隷兵ですって……民をなんだと思っているのよ!!」

「ああ!!?」

 ローズは、ピクリットが自分の1番大切に思っているものを、動物以下にしか見ていないと分かり、悲しい現実に悲しみながら怒った。
 ピクリットは威嚇するように低い声を吐く。

 ピクリットは、ヤグルが落とした剣を拾い上げると、今度はマギクとローズの方へと襲いかかってきた。

「支配者あっての町民だ。それを俺がどう扱おうが俺の勝手だろーが! 強者が弱者を食らう。そーゆう世の中なんだよ!」

「違う。民あっての王よ! 力は、弱者を守るために使うべきなのよ!!」

「そんなのは弱い者の泣き言だ!!」

 どちらも譲らない。お互い権力を持っていながら、それを自分のためだけに使う者と、民のために使おうとする者。どちらの意見が正しいのだろうか……

 襲いかかるピクリットになすすべも無く、ローズは目をつぶった。
 ヤグルはローズの前に立つと二丁拳銃をポケットから取り出し、構えた。上目遣いで睨むマギクに容赦なく剣を斬りつけようとするピクリット。

「無駄だ! この重装備を忘れたのか!」
(下を狙われたらヤバイが、ガキにそんな頭わねぇ。切り殺してやる!!)



 バン! バーーーーン!


 大きな銃声が2つ夜の街に響いた……




 バタっ……

 ローズが目を開けた時には、すでに小さな血の水たまりが出来ていた。


「な、何よこれ」

「やったよお姉ちゃん! 悪を倒したんだ!」

「え? あ、そうね。やったのよね……」

 目の前には喜ぶマギクの姿があった。だがその奥には……自体がある。胸の部分に2つの穴が空いているのが見えた。……人が、死んでいる。




(殺したんだ。私達が……)

 ローズは恐怖を感じていた。これまでに、いくつも死んで行く人を見た。しかしその時は、国を攻められ、逃げる身だったため、人の死に対してそこまで意識している余裕がなかったのだ。

 しかし今は。あたりは静まり返っている。目の前にあるのは死体だ。ローズは初めて人を殺すと言う体験をした。震えが止まらなかった。


「これが、人を殺すってことだよ」

 その言葉はあまりに冷たく、12歳の少年の発した言葉とは思えなかった。
 ローズは俯く。そして、1つの疑問が頭の中をよぎった。



(ピクリットは鉄板仕込みのコートに鎧を付けていたはず、なのに、どうして?)

 確かにピストルの弾はピクリットの胸を貫通していた。その証拠に、地面に銃弾が当たった傷が1つ、そして、もう1つの銃弾は、ヤグルの肩を掠めていた。
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