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36 エディの誕生日
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プリシラ視点です。
――*――
私はその日、仕立て屋に注文していたドレスともう一つの品物を受け取り、帰路についていた。
ドレスはぴったりなサイズで綺麗に仕上がっていて、大満足である。
もう一つの物もしっかり計測して購入した物なので、きっと大丈夫だろう。
ちなみに一緒に依頼した作業着は、とっくに受け取っている。
「ただいまー」
「おかえりー……っと、大荷物だな。言ってくれたら迎えに行ったのに」
「大丈夫よ、このくらい。あ、悪いけど扉閉めて貰える?」
「おう」
エディが扉を閉めている隙に、私の部屋に荷物を運び込む。
クローゼットを開けて皺にならないように吊り下げると、私はいつも通り共有スペースでゆったりお茶を淹れる。
「プリシラ、手紙届いてたぞ。ほら」
「あら、お父様からだわ、珍しい。何かしら」
私が封筒を開封すると、驚いた事に、中には手紙だけではなく、仕送りの小切手が入っていた。
「なになに……『事業がようやく成功して、少し余裕が出来た。苦労をかけて済まなかった。少ないが、エディと一緒に、美味しい物でも食べてくれ。来月、用事があって王都に行くから詳しい話はその時に』ですって」
「へぇ……そういえば新しい事業を始めたとか何とか言ってたな。上手くいったんだ、良かったな」
「うん、何だか良く分からないけど、一昨年の秋ぐらいから馬をやたら沢山育てていたのよね。詳しいことは聞かなかったから分からないけど、成功したなら良かったわ。ねえエディ、何か食べたい物とかある?」
「え? 俺はいいよ、プリシラに合わせるから」
折角なんだから何でも言えばいいのに、エディは遠慮がちだ。
なら私のステキな計画のために使うとしよう。
「ふーん……なら、折角だから行ってみたいレストランがあるの。一緒に行きましょうよ」
「ああ、いいよ。いつ行く?」
「うふふ、エディの誕生日。お祝いしてあげるわよ。……って、いけない、忘れてた」
「え? 何が?」
「エディの予定も聞かなくちゃね。彼女とかいるんだったら誕生日は無理よね。別の日でもいいよ」
「……彼女なんていないよ」
「何でちょっと不機嫌になってるのよ。馬鹿にした訳じゃないわよ、あんた顔の作りも性格もいいんだからこれからモテるわ、きっと。……まぁそれはともかく、じゃあ誕生日の日、予約取っておくね」
「……おう」
なんだかよく分からないが不機嫌なエディにそう言い放って、私はレストランの予約を取りに出かけたのだった。
********
エディの誕生日当日。
私は仕立て屋でリメイクしてもらったドレスを着ていた。
もともと前回のお茶会にも一人で着て行ったぐらいだ、デビュタント・ボールで着たドレスと違って、このドレスは一人でも着られる。
「エディ、用意できたー?」
今はエディも着替えている所である。
私は、エディのために仕立て屋で中古のスーツを購入していた。
一番安い物しか用意出来なかったが、平民のエディでもスーツが必要になる時が来るかもしれないし、持っていた方がいい。
成人のお祝いとしては充分だろう。
「こ、これでいいのかな」
「どれどれ……。って、やだぁ、似合うじゃない! 馬子にも衣装ね、カッコいいわよ、エディ」
エディは普段作業着か、動きやすいラフな格好しかしていないから、スーツを着ていると新鮮である。
癖のある茶髪も撫でつけていて、キリッとした印象だ。
緑色の目は不安げに揺れているが、普段の幼い印象はない。
髪型と服装が変わるだけでこうも大人っぽくなるのか。
「プリシラも、その、綺麗だな。……やっぱり貴族なんだな」
エディはぼそりと照れくさそうにそう言った。
薄々思ってはいたけど、貴族だってことぐらいは覚えておいて欲しかった。
「さ、行きましょ。今日はちゃんとエスコートしてね」
「お、おう。でもどうやればいいんだよ」
「ほら、腕をこうして……そうそう。背筋はちゃんと伸ばしてよ」
そうして、ぎこちない動きのエディに一応エスコートされて、私達は貴族街にある、中でも安いレストランに行ったのだった。
エディは終始緊張しっぱなしだったが、私が時折小声で口出しをして、何とか大きなマナー違反もなく食事を進めていた。
「貴族って、いつもこんな肩肘張るような食事してんのか。疲れそうだな」
食後の紅茶を飲みながらゆっくりしていると、エディは小声でそう言った。
「私もまだ慣れないよ。これが毎日なんて大変よね。……どう、良い経験になった?」
「ああ。ありがとな、プリシラ」
エディはふっと表情を緩めて笑った。
普段と違って大人っぽいその微笑みに、私は不意にどきりとしてしまった。
「……エディも、これからこういう場で食事をしたりする事もあるかもしれないもんね。でも、最初は、私が連れて行ってあげたかったんだ。幼馴染の特権でしょ?」
私がことん、と首を傾げてそう言うと、エディは目を泳がせた。
頬が少し赤くなっている。
私が飲めないからお酒は頼んでいないんだけど、スーツだから暑く感じるのかもしれないわね。
「プリシラ……レストランも、スーツも、本当に嬉しい。一生の思い出だよ。ほんとに……ありがとう」
「うふふ、喜んでもらえて良かった」
「なあ、俺たちって幼馴染だけどさ、プリシラは貴族、俺は平民だろ? ……もし身分なんて関係ない世の中だったらさ……。そしたら、俺たちどういう関係だったかな」
「え? 急に何言い出すのよ」
「え? ああ、いや……何でもないんだ。気にすんな」
そんな事を問いかけておいて、気にするなって言う方が無理だ。
エディは目を逸らして頭をぽりぽり掻いている。
「でも、そうね……もし私が貴族じゃなかったら、王都には出て来なかったでしょうね。自分の家の畑や牧場を手伝って、なーんのしがらみにも縛られないで、のんびりしてたんだろうなぁ」
「そうかもな」
「でももしそうだったら、エディと一緒に暮らすことも、こうやって二人でお互いの誕生日をお祝いすることも無かったんでしょうね」
「……そう、だな」
「私、何だかんだ、今の生活が楽しいのよ。学園は色々大変だし、貴族の生活は息が詰まるし、将来のことも男爵家がどうなるかも分からないけど、まだしばらくはこのままがいいの、本当は」
「……そっか」
だが、エディにもいつか彼女が出来るだろうし、私は恐らく小説通り、憧れのラインハルトと婚約する。
毎日一人じゃ着られないドレスを着て、こんな食事をして、この間みたいな夜会や舞踏会にしょっちゅう出たりなんかして……。
……すごく、疲れそう。
もう、気心の知れたエディと過ごせる時間もあと少しなんだ。
「……さ、エディ、帰ろっか。帰りもちゃんとエスコートして頂戴よ」
「お、おう、まかせろ」
そうして私達はレストランを後にして、一緒に職人街にある家まで歩いて帰ったのだった。
この時、私は気づかなかった。
あのレストランに同級生がいた事も、興味本意で後を尾けられていた事も――。
********
「ねえ、プリシラ様。昨日一緒にいた殿方はどなた?」
朝、学園に到着すると、私はいきなり令嬢達に取り囲まれてしまった。
「え? え?」
「しらばっくれても無駄ですのよ。レストランで一緒に食事をした後、腕を取って歩いていましたわよね?」
「ええ? ええー!?」
「しかもその後同じ方向に帰っていって、男性の方も戻って来ませんでしたわ。まさか、お泊まりなさったの? はしたないですわ」
「ちっ、違いますぅ! あいつは幼馴染で、一緒に暮らしてるけど何の関係もないんですぅ!」
私が思わずそう反論すると、辺りはしーんと静まり返った。
「あっ……まずっ」
「未婚の女性が殿方と一つ屋根の下で暮らしているのですか!? なんて事!」
「はしたないですわ! 一緒に暮らしていて何の関係もないなんて、そんな筈が有りませんわ」
「品位が疑われますわよ! 男爵もご存知なのかしら? そうだとしたらなんて非常識な方なのでしょう」
「~~~!!」
私はその場から思わず逃げ出した。
こういう噂が立つことは分かっていたが、実際に問い詰められると顔から火が出るほど恥ずかしい。
来月お父様が来たら文句を言ってやろうかしら……いや、でもエディが怒られるな。
腹が立つが、こうなったら仕方ない。
この状況を利用して、小説通りラインハルトに正直に話す事にしよう。
「今日の放課後……だと噂が広まってないか。明日の昼休みにでも殿下の所へ突撃してみようっと」
このイベントが終わったら、あとは卒業パーティーまで一直線だ。
だが、今の好感度で本当に小説通りのエンディングが訪れるのだろうか。
今までは、あり得ないだろうと思っていても結局は小説通りの展開が起きてるし、最後も小説通りになるのかなあ。
そうだとしたら……記憶が戻って来た時だったらすごく嬉しかっただろうけど……今の私は素直に喜べるのかなあ。
――どうしてだろうか、エディの顔ばかり浮かんでは消えて行き、私は深いため息をついたのだった。
――*――
私はその日、仕立て屋に注文していたドレスともう一つの品物を受け取り、帰路についていた。
ドレスはぴったりなサイズで綺麗に仕上がっていて、大満足である。
もう一つの物もしっかり計測して購入した物なので、きっと大丈夫だろう。
ちなみに一緒に依頼した作業着は、とっくに受け取っている。
「ただいまー」
「おかえりー……っと、大荷物だな。言ってくれたら迎えに行ったのに」
「大丈夫よ、このくらい。あ、悪いけど扉閉めて貰える?」
「おう」
エディが扉を閉めている隙に、私の部屋に荷物を運び込む。
クローゼットを開けて皺にならないように吊り下げると、私はいつも通り共有スペースでゆったりお茶を淹れる。
「プリシラ、手紙届いてたぞ。ほら」
「あら、お父様からだわ、珍しい。何かしら」
私が封筒を開封すると、驚いた事に、中には手紙だけではなく、仕送りの小切手が入っていた。
「なになに……『事業がようやく成功して、少し余裕が出来た。苦労をかけて済まなかった。少ないが、エディと一緒に、美味しい物でも食べてくれ。来月、用事があって王都に行くから詳しい話はその時に』ですって」
「へぇ……そういえば新しい事業を始めたとか何とか言ってたな。上手くいったんだ、良かったな」
「うん、何だか良く分からないけど、一昨年の秋ぐらいから馬をやたら沢山育てていたのよね。詳しいことは聞かなかったから分からないけど、成功したなら良かったわ。ねえエディ、何か食べたい物とかある?」
「え? 俺はいいよ、プリシラに合わせるから」
折角なんだから何でも言えばいいのに、エディは遠慮がちだ。
なら私のステキな計画のために使うとしよう。
「ふーん……なら、折角だから行ってみたいレストランがあるの。一緒に行きましょうよ」
「ああ、いいよ。いつ行く?」
「うふふ、エディの誕生日。お祝いしてあげるわよ。……って、いけない、忘れてた」
「え? 何が?」
「エディの予定も聞かなくちゃね。彼女とかいるんだったら誕生日は無理よね。別の日でもいいよ」
「……彼女なんていないよ」
「何でちょっと不機嫌になってるのよ。馬鹿にした訳じゃないわよ、あんた顔の作りも性格もいいんだからこれからモテるわ、きっと。……まぁそれはともかく、じゃあ誕生日の日、予約取っておくね」
「……おう」
なんだかよく分からないが不機嫌なエディにそう言い放って、私はレストランの予約を取りに出かけたのだった。
********
エディの誕生日当日。
私は仕立て屋でリメイクしてもらったドレスを着ていた。
もともと前回のお茶会にも一人で着て行ったぐらいだ、デビュタント・ボールで着たドレスと違って、このドレスは一人でも着られる。
「エディ、用意できたー?」
今はエディも着替えている所である。
私は、エディのために仕立て屋で中古のスーツを購入していた。
一番安い物しか用意出来なかったが、平民のエディでもスーツが必要になる時が来るかもしれないし、持っていた方がいい。
成人のお祝いとしては充分だろう。
「こ、これでいいのかな」
「どれどれ……。って、やだぁ、似合うじゃない! 馬子にも衣装ね、カッコいいわよ、エディ」
エディは普段作業着か、動きやすいラフな格好しかしていないから、スーツを着ていると新鮮である。
癖のある茶髪も撫でつけていて、キリッとした印象だ。
緑色の目は不安げに揺れているが、普段の幼い印象はない。
髪型と服装が変わるだけでこうも大人っぽくなるのか。
「プリシラも、その、綺麗だな。……やっぱり貴族なんだな」
エディはぼそりと照れくさそうにそう言った。
薄々思ってはいたけど、貴族だってことぐらいは覚えておいて欲しかった。
「さ、行きましょ。今日はちゃんとエスコートしてね」
「お、おう。でもどうやればいいんだよ」
「ほら、腕をこうして……そうそう。背筋はちゃんと伸ばしてよ」
そうして、ぎこちない動きのエディに一応エスコートされて、私達は貴族街にある、中でも安いレストランに行ったのだった。
エディは終始緊張しっぱなしだったが、私が時折小声で口出しをして、何とか大きなマナー違反もなく食事を進めていた。
「貴族って、いつもこんな肩肘張るような食事してんのか。疲れそうだな」
食後の紅茶を飲みながらゆっくりしていると、エディは小声でそう言った。
「私もまだ慣れないよ。これが毎日なんて大変よね。……どう、良い経験になった?」
「ああ。ありがとな、プリシラ」
エディはふっと表情を緩めて笑った。
普段と違って大人っぽいその微笑みに、私は不意にどきりとしてしまった。
「……エディも、これからこういう場で食事をしたりする事もあるかもしれないもんね。でも、最初は、私が連れて行ってあげたかったんだ。幼馴染の特権でしょ?」
私がことん、と首を傾げてそう言うと、エディは目を泳がせた。
頬が少し赤くなっている。
私が飲めないからお酒は頼んでいないんだけど、スーツだから暑く感じるのかもしれないわね。
「プリシラ……レストランも、スーツも、本当に嬉しい。一生の思い出だよ。ほんとに……ありがとう」
「うふふ、喜んでもらえて良かった」
「なあ、俺たちって幼馴染だけどさ、プリシラは貴族、俺は平民だろ? ……もし身分なんて関係ない世の中だったらさ……。そしたら、俺たちどういう関係だったかな」
「え? 急に何言い出すのよ」
「え? ああ、いや……何でもないんだ。気にすんな」
そんな事を問いかけておいて、気にするなって言う方が無理だ。
エディは目を逸らして頭をぽりぽり掻いている。
「でも、そうね……もし私が貴族じゃなかったら、王都には出て来なかったでしょうね。自分の家の畑や牧場を手伝って、なーんのしがらみにも縛られないで、のんびりしてたんだろうなぁ」
「そうかもな」
「でももしそうだったら、エディと一緒に暮らすことも、こうやって二人でお互いの誕生日をお祝いすることも無かったんでしょうね」
「……そう、だな」
「私、何だかんだ、今の生活が楽しいのよ。学園は色々大変だし、貴族の生活は息が詰まるし、将来のことも男爵家がどうなるかも分からないけど、まだしばらくはこのままがいいの、本当は」
「……そっか」
だが、エディにもいつか彼女が出来るだろうし、私は恐らく小説通り、憧れのラインハルトと婚約する。
毎日一人じゃ着られないドレスを着て、こんな食事をして、この間みたいな夜会や舞踏会にしょっちゅう出たりなんかして……。
……すごく、疲れそう。
もう、気心の知れたエディと過ごせる時間もあと少しなんだ。
「……さ、エディ、帰ろっか。帰りもちゃんとエスコートして頂戴よ」
「お、おう、まかせろ」
そうして私達はレストランを後にして、一緒に職人街にある家まで歩いて帰ったのだった。
この時、私は気づかなかった。
あのレストランに同級生がいた事も、興味本意で後を尾けられていた事も――。
********
「ねえ、プリシラ様。昨日一緒にいた殿方はどなた?」
朝、学園に到着すると、私はいきなり令嬢達に取り囲まれてしまった。
「え? え?」
「しらばっくれても無駄ですのよ。レストランで一緒に食事をした後、腕を取って歩いていましたわよね?」
「ええ? ええー!?」
「しかもその後同じ方向に帰っていって、男性の方も戻って来ませんでしたわ。まさか、お泊まりなさったの? はしたないですわ」
「ちっ、違いますぅ! あいつは幼馴染で、一緒に暮らしてるけど何の関係もないんですぅ!」
私が思わずそう反論すると、辺りはしーんと静まり返った。
「あっ……まずっ」
「未婚の女性が殿方と一つ屋根の下で暮らしているのですか!? なんて事!」
「はしたないですわ! 一緒に暮らしていて何の関係もないなんて、そんな筈が有りませんわ」
「品位が疑われますわよ! 男爵もご存知なのかしら? そうだとしたらなんて非常識な方なのでしょう」
「~~~!!」
私はその場から思わず逃げ出した。
こういう噂が立つことは分かっていたが、実際に問い詰められると顔から火が出るほど恥ずかしい。
来月お父様が来たら文句を言ってやろうかしら……いや、でもエディが怒られるな。
腹が立つが、こうなったら仕方ない。
この状況を利用して、小説通りラインハルトに正直に話す事にしよう。
「今日の放課後……だと噂が広まってないか。明日の昼休みにでも殿下の所へ突撃してみようっと」
このイベントが終わったら、あとは卒業パーティーまで一直線だ。
だが、今の好感度で本当に小説通りのエンディングが訪れるのだろうか。
今までは、あり得ないだろうと思っていても結局は小説通りの展開が起きてるし、最後も小説通りになるのかなあ。
そうだとしたら……記憶が戻って来た時だったらすごく嬉しかっただろうけど……今の私は素直に喜べるのかなあ。
――どうしてだろうか、エディの顔ばかり浮かんでは消えて行き、私は深いため息をついたのだった。
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