転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

文字の大きさ
37 / 48

37 ラインハルト、罠を仕掛ける

しおりを挟む
 ラインハルト視点です。

――*――

 私の誕生日から更にひと月ほど経ったある日のこと。
 学園で、ある噂が流れ始めた。

「……プリシラ嬢が、男と同居している?」

「ええ、昨日から一年生の間ではその噂で持ちきりですよ」

「恐らくプリシラの幼馴染ですわ。物語では、男爵家は仕送りをする余裕がなくて、プリシラは出稼ぎに来ている幼馴染と同居していた筈です」

 ふーん。

「……どうしよう。興味ない」

「俺も右に同じです」

「そのうち何か言ってくるかも知れませんし、それまでは気にしなくても良いのではないかしら」

「エミリアがそう言うなら、そうしよう」

「しばらく突撃して来なくなるといいんですけどね」

 噂をするとフラグが立つからやめてほしい。
 ……ほら来た、面倒くさい。

「ラインハルト殿下ぁー!!」

「アレクのせいだぞ」

「え、俺!? なんでですか」

「じゃあ私は失礼します」

「……エミリアぁー……」

 私の天使が何処かへ行ってしまった。
 私は懐に仕舞ってあるハンカチに手を当てて、心を落ち着かせた。
 エミリアが誕生日に贈ってくれたこのハンカチは、銀色の糸で見事に刺繍が施されている。
 バランスも配置も絶妙で、美しく計算されたデザインだ。
 糸の処理も丁寧で、何日も時間をかけてひと針ひと針縫ってくれた事がよく分かる、最上の贈り物だ。
 特に、『愛しのラインハルト様』と刺繍されている部分がお気に入りで、毎日有り難く拝ませてもらっている。

「ラインハルト殿下ぁー! あの、あの、聞きましたぁ!?」

 プリシラはわざとらしく不安そうな態度をしているのだが、どうしよう、私にはやっぱり興味が持てない。
 私はアレクに目を向けて助けを求める。

「……プリシラ嬢、殿下が困ってるぞ」

「ごめんなさいぃ。あのぉ、変な噂が広まっちゃっててぇ……でもぉ、私は殿下が一番ですからぁ!」

「いや、それはどうでも良いんだが」

 プリシラ嬢の一番など遠慮願いたい。
 エミリアが泣いてしまうと困るから、早く自分のクラスに帰ってほしい。

「で、殿下ぁ~~~! なんてお心が広いの! 許して下さるんですねぇ! わ、私ぃ、感激ですぅ~~~!!」

 何だかよく分からないがプリシラは一人で謎の解釈をして、謎に満足して、さっさと帰っていった。
 それならそれでいい。

「何だったんでしょうね……」

「さあ……」

「あら、もう帰ったのですか? 今日は早かったですわね」

 私の天使も食後のコーヒーを三つ買って戻って来た。
 エミリアはランチタイムにプリシラが来ると、いつもその隙にコーヒーを買ってきてくれる。
 ちなみにアレクはコーヒーが苦手である。
 だがまあ、それならそれでいいのだ。


 ********


 放課後、エミリアを送るために公爵邸へと向かう馬車の中で、私は確認したかった事を問いかけていた。
 普段は二人で先に帰るのだが、今日は話の擦り合わせのためにアレクも一緒である。

「早いものであとひと月で卒業だな。エミリアの知っている物語と、現状を比べてみて……今はどうなっている?」

「うーん、プリシラからすると物語に沿っているかのように見えると思いますわ。殿下とアレクのお陰です」

「プリシラ嬢も、思った以上に物語通りの展開になっていて、少し戸惑っているような印象でした」

「戸惑う? プリシラ嬢にとっては物語通りに進むのは本意ではないのか?」

「それが、最近なんだか雰囲気が変わったんですよね。以前は、物語通りに展開が進むとただ満足そうにしてたんですけど、最近は何だか寂しそうな表情をする事があります。ただ、自分でもその気持ちの変化に気付いてなさそうなんですけど」

「……何かあったのかしら? 私に対する態度も少し変わったような気がするのよね……」

「確かに、エミリア様が復学した時もお祝いにどら焼き持ってきましたね」

「プリシラ嬢の変化か……一応調べてみるか」

 プリシラ嬢のプライベートに興味などはないが、それが私達にとって良い変化をもたらしているなら、利用しない手はない。

「それで、エミリア。卒業パーティーの日には、何が起こる?」

「……えっと、確か……まず、殿下が、プリシラに自分の夜会服と揃いのドレスを贈ります。殿下はプリシラを迎えに行き、パーティー会場でプリシラをエスコートします。一方、エミリアはアレクと一緒に入場します。そこで殿下は、自分が本当に愛しているのはプリシラで、エミリアはプリシラを貶めていたと……証拠を提示して断罪します。そしてエミリアは修道院送り、アレクはその護衛としてエミリアについて行って行方不明になり、殿下とプリシラは婚約します」

「……最初から最後まで無理がありすぎるんだが」

「ツッコミどころしかありませんね」

「ええ。当日の事はもう無視して構わないと思いますわ。それをひっくり返すためにここまで水面下で頑張ってきたのですから。断罪されるような悪事もしていませんし、証拠だって集まっておりませんわ」

「そうだな。……ふふふ、なら、最後はこっちからプリシラ嬢に、思いっきり罠を仕掛けてやろうじゃないか。ここまで散々振り回された礼だ」

「……えっ?」

「殿下の黒い笑顔……絶対この人ろくでもない事考えてる……!」

「ふふふ。まあ悪いようにはしないさ」

 私は完璧な笑顔を貼り付けて二人を見るが、二人とも引いているような気がする。
 何故だ。



 そうしてエミリアを公爵邸に送り届けた後。
 私は先程の話でひとつ思いついた事があったので、早速行動に移す事にした。

「アレク。私は一つ仮説を立てた。少し検証してほしい事がある」

「何でしょう。少し嫌な予感がしなくもないんですが」

「大丈夫だ、二日ほど張っていれば済む話だ。それに運が良ければ一日で済む」

「……やっぱり……」

 アレクはため息をついている。
 無理もない、尾行の仕事は非常に神経を使うのだ。
 本来は騎士であるアレクに任せるような仕事ではないのだが、今回頼みたい件は公務とは関係がないから、諜報員を動かす訳にはいかない。

「報酬は、二週間の休暇だ。大きな行事のない時なら好きなタイミングで取っていい」

「え、本当ですか? そんなに長い休暇なんて珍しい」

「……今年度は特に振り回してしまったからな。来月にはモニカ嬢も留学から帰ってくるだろう。ようやく二人の関係を公に出来るようになるんだから、思う存分楽しめばいい」

 騎士でもあり王太子の側近でもあるアレクには、殆ど休暇がない。
 とは言え、私も丸一日の休みなど病気の時以外取った事がないが、それとこれとは話が別だ。
 本人はもう慣れているし、休みの日に何をすれば良いかも分からないと言っていたが、私と違ってアレクは公人では無いのだから、休暇は必要である。

「……なら、遠慮なく。で、プリシラ嬢を尾行すれば良いんですよね? 何を調べれば?」

「プリシラ嬢の自宅の場所と、同居人の素性だ。可能であれば後日その同居人に接触したい。尾行と調査が露見しない程度に、その同居人の情報を集めてくれ」

「承知しました」

 その同居人が黒か白かは今の時点では分からないが、少なくとも最近のプリシラ嬢の変化に関して何かしらの情報は持っているだろう。
 ただ、その同居人がプリシラ嬢に情報を流す可能性は高いから、接触の方法や質問の仕方はしっかり考えなくてはならない。

「私は、エミリアと共に学内で情報収集をする。くれぐれも無茶はするなよ」

「分かっています。……殿下もご無理はなさらないで下さいね」

「ああ、大丈夫だ。ただの情報収集だから」

 命が危険になるような事はもう無いし、似たような局面が来ても、もう二度と冷静さを欠く事はないだろう。
 何より、自分が危ない目に遭うと、エミリアに辛い思いをさせてしまう事が分かったから。

 それに自分は王太子だ。
 学園以外の場所では、軽々しく個人の感情で動いて良い存在ではない。
 これは、全員が幸せを掴む為に、王太子ではなくラインハルトとして仕掛ける、最後の罠なのである――。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

処理中です...