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41 王太子妃エミリア
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エミリア視点です。
――*――
「ラインハルト・ヴァン・レインフォード、エミリア・ブラウン・レインフォード」
殿下の名と、私の新しい名が呼ばれ、私達はゆっくりと卒業パーティーの会場に足を踏み入れた。
私は殿下を横目でちらりと見る。
純白の婚礼衣装に身を包んだ殿下は、この上なく高貴で、まばゆく、美しい。
新雪のような白が、艶やかな髪と、澄んだ瞳と、薬指に輝く銀色を引き立たせている。
まるで天から遣わされた使者のようだ。
ふと、殿下と目が合った。
殿下は、とろけるような微笑みを私に向け、私はふわふわした気持ちで胸がいっぱいになった――。
********
卒業パーティーの当日は、私の18歳の誕生日だ。
殿下が職人街に出かけて戻ってきた後、話があると言って、私は殿下の執務室に呼ばれた。
――そこで齎された殿下の提案は、思いもかけない物だった。
「エミリア、結婚しよう」
「……はい、勿論ですわ」
普通はもっと喜ぶのだろうが、私の反応は薄い。
そりゃあそうである、私達はずっと前に婚約しているのだから。
殿下も、言葉が足りなかった事にようやく気がついたようだ。
耳を赤くして、言い直した。
「……エミリアの誕生日に、婚姻を結びたいんだ」
「誕生日……ですか? ですが、予定では卒業してからひと月ほど経ってからと……」
「ああ、以前はその予定で準備を進めていたのだが……今年初めにクーデターがあっただろう。あれ以降、国内が暗い雰囲気になってしまっている」
「……はい」
実際、クーデターを首謀したドノバン侯爵とフリードリヒ殿下の処分もまだ決まっておらず、その二人の関係者や協力した貴族達をどこまで裁くかの線引きも済んでいない。
国内は未だ混乱の渦中にあるのである。
「未だに一部貴族の処遇が決定しておらず、民も不安を募らせている。今は関係貴族の全ての領地にようやく領官を派遣し終わり、新しい統治体制が整い始めてはいるが、やはり不安は拭えないだろう。父上は、その不安を何かインパクトのある明るいニュースで吹き飛ばしたいと考えておいでだ」
「成る程……それで婚姻を早めようと……。しかし、誕生日当日に婚姻を結ぶのは少し問題がございますわ」
「エミリアの言いたいことは分かっているよ。君の誕生日は、卒業パーティーの日と重なる」
「ええ……ですから」
「だから、スケジュールとしては、まず午前中に登城してもらって……」
「え、ま、待って下さい! それ、大丈夫なのですか?」
そうだとしたら物凄くハードスケジュールだ。
卒業パーティー用の別のドレスに着替える暇もないのではないだろうか。
「……君は、嫌なのかい?」
「……い、いえ。嫌ではありませんが……」
「ならいいね。当日のドレスも予定を早めて作って貰っているから、後は出来上がったら一度着てみて細かい調整を……」
殿下は当日までの予定を楽しそうに話している。
だが、問題はその当日の流れと、父が急な予定変更を許可するかどうかだ。
「……それから、婚姻の儀はエミリアの誕生日に行うが、披露宴は予定通りの日取りで国内外から賓客を招待して……」
「ふふっ」
「ん? 何だい、急に笑ったりして」
「ラインハルト様、とっても楽しそうなんですもの」
「それはそうさ、君と結婚するのが早まるなんて。私にとってはこれ以上ない喜ばしい事だ」
殿下はにこにこしながら、私の頭を優しく撫でてくれる。
「ふふ、私も嬉しいです」
私が嬉しくて目を細めて微笑むと、殿下も美しい銀色の目を細めて、笑みを深くした。
「あの、ところで……父には言いましたか?」
「ああ、ブラウン公爵には父上から伝えて貰っている。何せ発案は父上だからね」
「へ、陛下が……!?」
殿下が一人で暴走した訳じゃなくて良かった、と若干不敬な事を思いつつ、陛下からの発案なら大丈夫だと私は納得する。
「卒業パーティーという一つの大きな場で婚姻を発表する事で、より大きなインパクトを与える事が出来ると……そう言ったのも父上だ」
「そうでしたか……なら父の説得は大丈夫そうですね」
「ああ。それと、プリシラ嬢の問題もクリア出来そうだ。今日、エディという青年に接触した。卒業パーティーではプリシラをエスコートしてくれる筈だ。アレクが明日から立ち居振る舞いやダンスの基礎を教える事になっている」
「良かったですわ、幼馴染の方はやはりプリシラの事が好きだったのですね」
だが、スワロー男爵の金欠問題はどうなったのだろうか。
プリシラが平民のエディとくっつく事を、男爵は望まないのではないだろうか。
「……スワロー男爵はお許しになるかしら?」
「その件なんだが……エディが動きやすくなるように、プリシラ嬢の友人を名乗り、匿名で男爵に手紙を送ろうと思っているんだ。男爵は社交界に殆ど出てこないし、そもそも娘が男と同居するのを許すような考えの浅い人間だからな、そうでもしないと娘の状況を正確に理解しないだろう」
「でしたら、私がお手紙を書きますわ」
「ありがとう、エミリア」
私が志願すると、殿下は優雅に微笑む。
どうやら私がそう言うだろうと分かっていたみたいだ。
向こうがどう思っているかは知らないが、プリシラは私にとっては友人の一人だ。
色々あったが、プリシラが入学式の日に私に接触してきたお陰で、殿下の気持ちを知る事が出来たようなものだし。
「それから、スワロー男爵の金策について、情報を得た。どうやら隣の子爵領で、馬を用いた賭け事を始めたらしく、近隣の富裕層に人気が出始めたようだな。子爵領は少し大きな街こそあるものの、基本的に山に囲まれた領地で、主な産業は林業や山菜、きのこ類等の山の幸、川魚などだ。子爵領にはスワロー男爵領のような牧草地はないから、男爵領で育て訓練した馬を買っているようだ。賭けレースの人気が高まるにつれて馬の値段も上がり、人気が出た馬は軍馬や早馬として買い手がつく場合もあるそうだよ」
「それで男爵領、子爵領共に収益が増えていたのですね」
「ああ。私の聞いた感じだと、しばらくはこの商売でやっていけるだろうな。そうなると、金策のために貴族と縁を結ぶ必要性ももう無い訳だ」
「そうなのですね……。それでは、後は二人の気持ち次第という事になりますね」
「そうだな」
「やっとプリシラも自由になるのですね……」
物語に振り回されてきたプリシラだが、やっと自分の意志で、自分にとっての幸せを模索できるのだ。
私も散々振り回されてきたが、プリシラはもしかしたらそれ以上にプレッシャーや義務感を感じていたのかもしれない。
……そう思うと、感無量である。
涙が込み上げてきたが、その気配を感じたらしい殿下が、すかさず私をそっと抱き寄せてくれた。
「エミリア……ここまでよく頑張ったな。あと一息だ」
「……! はい……!」
頬を伝う温かい雫は、しばらく止まることがなかったのだった。
********
王城の中庭の奥、一般人が立ち入る事を禁止されている場所に、その小さな教会はひっそりと建てられていた。
中には小さな祭壇があり、壁一面に過去の王族の姿絵が飾られている。
初代国王の時代から、王族の婚姻の儀はこの教会で取り行われるのが習わしである。
儀式に立ち会えるのは神父様、新郎新婦の父母、教会から遣わされる立会人のみだ。
婚礼衣装に身を包んだ私を、顔をくしゃくしゃにした父がエスコートしてくれる。
その手は祭壇の数歩前で待つ、私の最愛の人の前で名残惜しげに離れていく。
そして私は殿下の手を取って祭壇までの道を一歩一歩、万感の思いで踏みしめる。
祭壇の奥に立つ神父様の前で、私達は永遠の愛を誓う。
繊細な細工の施された指輪を、私達は互いの左手の薬指にゆっくりと差し込んでゆく。
殿下が私のヴェールを持ち上げ、私達は誓いの口付けを交わし、最後に誓約書にサインをして、私達はついに夫婦になったのであった――。
婚姻の儀を滞りなく終えた私達は、国王陛下と王妃様に改めてご挨拶をし、両親に感謝を告げ、しばし別れを惜しんだ。
今日から私の帰る家は公爵邸ではなくこの城になるのだと思うと、止めどなく涙が溢れてきた。
私は、母の胸を借りて、ただただ泣いた。
母も、何も言わず、優しく優しく私の頭をぽんぽんと叩いてくれたのだった。
その後は涙で崩れてしまった化粧を直し、婚礼衣装のまま学園へと向かった。
学園へは王国の広報を担当している大臣も同行した。
大臣は学園長と司会を担当する教員に事情を説明すると、学園中にこのニュースを広めるよう言い残し、学園前の広場で王太子夫妻の御披露目をするという御触れを出しに向かったのだった。
私達は誰もいない控室で、名を呼ばれるのを待つ。
殿下も、私も言葉を発さない。
私はグローブで隠れている、左手薬指の付け根をそっとなぞる。
そこには確かな誓いの証が、その存在を主張していた。
殿下の温かい手が、そっと私の手に重なる。
その左手には、私の物と同じ意匠の指輪が輝いている。
私が顔を上げると、何も言わず、優しさに満ちた眼差しで私を見つめる、世界で一番愛しい人の、大好きな笑顔があった――。
――*――
「ラインハルト・ヴァン・レインフォード、エミリア・ブラウン・レインフォード」
殿下の名と、私の新しい名が呼ばれ、私達はゆっくりと卒業パーティーの会場に足を踏み入れた。
私は殿下を横目でちらりと見る。
純白の婚礼衣装に身を包んだ殿下は、この上なく高貴で、まばゆく、美しい。
新雪のような白が、艶やかな髪と、澄んだ瞳と、薬指に輝く銀色を引き立たせている。
まるで天から遣わされた使者のようだ。
ふと、殿下と目が合った。
殿下は、とろけるような微笑みを私に向け、私はふわふわした気持ちで胸がいっぱいになった――。
********
卒業パーティーの当日は、私の18歳の誕生日だ。
殿下が職人街に出かけて戻ってきた後、話があると言って、私は殿下の執務室に呼ばれた。
――そこで齎された殿下の提案は、思いもかけない物だった。
「エミリア、結婚しよう」
「……はい、勿論ですわ」
普通はもっと喜ぶのだろうが、私の反応は薄い。
そりゃあそうである、私達はずっと前に婚約しているのだから。
殿下も、言葉が足りなかった事にようやく気がついたようだ。
耳を赤くして、言い直した。
「……エミリアの誕生日に、婚姻を結びたいんだ」
「誕生日……ですか? ですが、予定では卒業してからひと月ほど経ってからと……」
「ああ、以前はその予定で準備を進めていたのだが……今年初めにクーデターがあっただろう。あれ以降、国内が暗い雰囲気になってしまっている」
「……はい」
実際、クーデターを首謀したドノバン侯爵とフリードリヒ殿下の処分もまだ決まっておらず、その二人の関係者や協力した貴族達をどこまで裁くかの線引きも済んでいない。
国内は未だ混乱の渦中にあるのである。
「未だに一部貴族の処遇が決定しておらず、民も不安を募らせている。今は関係貴族の全ての領地にようやく領官を派遣し終わり、新しい統治体制が整い始めてはいるが、やはり不安は拭えないだろう。父上は、その不安を何かインパクトのある明るいニュースで吹き飛ばしたいと考えておいでだ」
「成る程……それで婚姻を早めようと……。しかし、誕生日当日に婚姻を結ぶのは少し問題がございますわ」
「エミリアの言いたいことは分かっているよ。君の誕生日は、卒業パーティーの日と重なる」
「ええ……ですから」
「だから、スケジュールとしては、まず午前中に登城してもらって……」
「え、ま、待って下さい! それ、大丈夫なのですか?」
そうだとしたら物凄くハードスケジュールだ。
卒業パーティー用の別のドレスに着替える暇もないのではないだろうか。
「……君は、嫌なのかい?」
「……い、いえ。嫌ではありませんが……」
「ならいいね。当日のドレスも予定を早めて作って貰っているから、後は出来上がったら一度着てみて細かい調整を……」
殿下は当日までの予定を楽しそうに話している。
だが、問題はその当日の流れと、父が急な予定変更を許可するかどうかだ。
「……それから、婚姻の儀はエミリアの誕生日に行うが、披露宴は予定通りの日取りで国内外から賓客を招待して……」
「ふふっ」
「ん? 何だい、急に笑ったりして」
「ラインハルト様、とっても楽しそうなんですもの」
「それはそうさ、君と結婚するのが早まるなんて。私にとってはこれ以上ない喜ばしい事だ」
殿下はにこにこしながら、私の頭を優しく撫でてくれる。
「ふふ、私も嬉しいです」
私が嬉しくて目を細めて微笑むと、殿下も美しい銀色の目を細めて、笑みを深くした。
「あの、ところで……父には言いましたか?」
「ああ、ブラウン公爵には父上から伝えて貰っている。何せ発案は父上だからね」
「へ、陛下が……!?」
殿下が一人で暴走した訳じゃなくて良かった、と若干不敬な事を思いつつ、陛下からの発案なら大丈夫だと私は納得する。
「卒業パーティーという一つの大きな場で婚姻を発表する事で、より大きなインパクトを与える事が出来ると……そう言ったのも父上だ」
「そうでしたか……なら父の説得は大丈夫そうですね」
「ああ。それと、プリシラ嬢の問題もクリア出来そうだ。今日、エディという青年に接触した。卒業パーティーではプリシラをエスコートしてくれる筈だ。アレクが明日から立ち居振る舞いやダンスの基礎を教える事になっている」
「良かったですわ、幼馴染の方はやはりプリシラの事が好きだったのですね」
だが、スワロー男爵の金欠問題はどうなったのだろうか。
プリシラが平民のエディとくっつく事を、男爵は望まないのではないだろうか。
「……スワロー男爵はお許しになるかしら?」
「その件なんだが……エディが動きやすくなるように、プリシラ嬢の友人を名乗り、匿名で男爵に手紙を送ろうと思っているんだ。男爵は社交界に殆ど出てこないし、そもそも娘が男と同居するのを許すような考えの浅い人間だからな、そうでもしないと娘の状況を正確に理解しないだろう」
「でしたら、私がお手紙を書きますわ」
「ありがとう、エミリア」
私が志願すると、殿下は優雅に微笑む。
どうやら私がそう言うだろうと分かっていたみたいだ。
向こうがどう思っているかは知らないが、プリシラは私にとっては友人の一人だ。
色々あったが、プリシラが入学式の日に私に接触してきたお陰で、殿下の気持ちを知る事が出来たようなものだし。
「それから、スワロー男爵の金策について、情報を得た。どうやら隣の子爵領で、馬を用いた賭け事を始めたらしく、近隣の富裕層に人気が出始めたようだな。子爵領は少し大きな街こそあるものの、基本的に山に囲まれた領地で、主な産業は林業や山菜、きのこ類等の山の幸、川魚などだ。子爵領にはスワロー男爵領のような牧草地はないから、男爵領で育て訓練した馬を買っているようだ。賭けレースの人気が高まるにつれて馬の値段も上がり、人気が出た馬は軍馬や早馬として買い手がつく場合もあるそうだよ」
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「ああ。私の聞いた感じだと、しばらくはこの商売でやっていけるだろうな。そうなると、金策のために貴族と縁を結ぶ必要性ももう無い訳だ」
「そうなのですね……。それでは、後は二人の気持ち次第という事になりますね」
「そうだな」
「やっとプリシラも自由になるのですね……」
物語に振り回されてきたプリシラだが、やっと自分の意志で、自分にとっての幸せを模索できるのだ。
私も散々振り回されてきたが、プリシラはもしかしたらそれ以上にプレッシャーや義務感を感じていたのかもしれない。
……そう思うと、感無量である。
涙が込み上げてきたが、その気配を感じたらしい殿下が、すかさず私をそっと抱き寄せてくれた。
「エミリア……ここまでよく頑張ったな。あと一息だ」
「……! はい……!」
頬を伝う温かい雫は、しばらく止まることがなかったのだった。
********
王城の中庭の奥、一般人が立ち入る事を禁止されている場所に、その小さな教会はひっそりと建てられていた。
中には小さな祭壇があり、壁一面に過去の王族の姿絵が飾られている。
初代国王の時代から、王族の婚姻の儀はこの教会で取り行われるのが習わしである。
儀式に立ち会えるのは神父様、新郎新婦の父母、教会から遣わされる立会人のみだ。
婚礼衣装に身を包んだ私を、顔をくしゃくしゃにした父がエスコートしてくれる。
その手は祭壇の数歩前で待つ、私の最愛の人の前で名残惜しげに離れていく。
そして私は殿下の手を取って祭壇までの道を一歩一歩、万感の思いで踏みしめる。
祭壇の奥に立つ神父様の前で、私達は永遠の愛を誓う。
繊細な細工の施された指輪を、私達は互いの左手の薬指にゆっくりと差し込んでゆく。
殿下が私のヴェールを持ち上げ、私達は誓いの口付けを交わし、最後に誓約書にサインをして、私達はついに夫婦になったのであった――。
婚姻の儀を滞りなく終えた私達は、国王陛下と王妃様に改めてご挨拶をし、両親に感謝を告げ、しばし別れを惜しんだ。
今日から私の帰る家は公爵邸ではなくこの城になるのだと思うと、止めどなく涙が溢れてきた。
私は、母の胸を借りて、ただただ泣いた。
母も、何も言わず、優しく優しく私の頭をぽんぽんと叩いてくれたのだった。
その後は涙で崩れてしまった化粧を直し、婚礼衣装のまま学園へと向かった。
学園へは王国の広報を担当している大臣も同行した。
大臣は学園長と司会を担当する教員に事情を説明すると、学園中にこのニュースを広めるよう言い残し、学園前の広場で王太子夫妻の御披露目をするという御触れを出しに向かったのだった。
私達は誰もいない控室で、名を呼ばれるのを待つ。
殿下も、私も言葉を発さない。
私はグローブで隠れている、左手薬指の付け根をそっとなぞる。
そこには確かな誓いの証が、その存在を主張していた。
殿下の温かい手が、そっと私の手に重なる。
その左手には、私の物と同じ意匠の指輪が輝いている。
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