転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

文字の大きさ
45 / 48

番外編 プリシラの帰省

しおりを挟む
 プリシラ視点です。

――*――

 卒業パーティーの場でラインハルトとエミリアの結婚が発表されるという、大きなニュースが王国を賑わせてからおおよそ一ヶ月。
 学園は夏休みを迎え、私は弟と共にスワロー男爵領に帰省していた。

「えっ? 殿下とエミリア様がここに来るの?」

「おう。知らなかったのか? なんか色々落ち着いたみたいだから、視察も兼ねて色々な領地を回るみたいだぞ」

 幼馴染のエディは、緑色の瞳を輝かせ、楽しそうに言った。
 今はエディの新しい工房が建つ予定の空き地で、私がエディのために焼いて持ってきたクッキーをつまんでいるところだ。
 エディが遅れて帰省してから数日、突然もたらされた嬉しい知らせに、私は目を輝かせたのだった。

 前世で読んだ小説のシナリオはもう終わり、結局私はラインハルトと結ばれることはなかった。
 だが、私はこれで良かったと思っているし、目の前で美味しそうにクッキーを頬張っている幼馴染への恋心を自覚してしまった今は、何だかんだ幸せだ。
 色々あったが、エミリアに対しては親友……もとい、盟友のような気持ちすら生まれている。

「へー、初耳よ。しっかり準備してお迎えしないとね。ここにはいつ来るんだろ」

「スワロー男爵領に来るのは明日の午後だって聞いたけど」

「明日ぁ!?」

 エディはさも当たり前のように爆弾を投下した。
 私が急に大きい声を出したので、驚いて少しのけぞっている。

「お、驚きすぎだろ。男爵様からなんも聞いてないのか?」

「き、聞いてないわよ! お父様ったらそんなこと一言も……! はっ、だから最近業者まで呼んで屋敷の掃除を始めたのね!? ドレス! ドレスの予備あったかしら!?」

「あちゃー」

 私は呑気にしているエディには目もくれず、急いで屋敷に戻り、クローゼットを漁ったのだった。




 そして翌日の午後、エディの言った通り、ラインハルトとエミリアは数台の馬車と多数の騎士を引き連れて、スワロー男爵家を訪れたのだった。
 父がカチコチになりながらラインハルトとエミリアに挨拶をして、応接室から下がっていく。

 お茶を用意しているのは、王室付きの侍女だ。
 普通の貴族相手であれば私がお茶を用意するのだが、王族となればそういう訳にもいかない。
 特に、今回の視察は、新年のクーデターに協力した貴族たちの領地を巡り、新代官の様子を確認するための視察なのだという。
 この領にはついでに立ち寄っただけだが、安全のために食事もお茶も王室関係者が用意し、毒味もきちんとされているとのことだった。
 私の分も淹れてくれたが、自分で淹れた紅茶とは比べ物にならないほど美味しい。


「プリシラ様、ひと月ぶりですわね。お元気でしたか?」

 相変わらずの美しい笑顔と所作で、エミリアが話しかける。
 隣でラインハルトもいつも通り、完璧な微笑みを浮かべている。
 相変わらず、目が痛くなるほどの美男美女だ。

「はい、お陰様で元気にしてますぅ。父の事業がうまくいったので、バイトも辞めたんです。今後は学業に専念できそうですぅ」

「それは良かったですわ。エディ様はお元気にしていますか?」

「はい、エディは殿下のアドバイスのおかげで、頑張って工房の準備をしてますよぉ」

「そうか。何よりだ」

「そういえば、今日はアレク様は一緒じゃないんですかぁ?」

「ああ、アレクはちょっと野暮用があってな……」

「ふーん……?」

 ラインハルトは何故か遠い目をしていて、エミリアは不思議そうに首を傾げていた。


 しばらく応接室でゆっくりしてもらった後は、軽く近所を散歩して、領内の案内をした。
 スワロー男爵領は田舎なので、ほとんどが田畑や牧草地だ。
 そのため、この男爵家周辺、歩ける範囲内に街としての機能が全て集約されている。
 エディの皮工房が建設される予定の空き地も、仮作業場も、実は男爵家のすぐそばなのだ。

 仮作業場には、作業を眺めるアレクの姿があった。
 窓の外から覗き見えるエディの手元には、ホリデーの時に売っていた白いブレスレットがある。
 アレクは私たちに気がつくと、作業場の扉を開けて外に出てきた。

「こんにちは、アレク様ぁ。アレク様の野暮用ってエディのお店関連だったんですかぁ?」

「あ、ああ、アレクがどうしても頼みたい仕事があったようでな」

 その質問に答えたのは何故かラインハルトだった。

「なんですか、殿下? だれが何をどうしても頼みたいんですって、お義兄……」

「わーわー! 無しだ無し!」

「ふう、終わったよ、アレクさん。言われた通り、お義兄様の文字を消して、殿下の名前を彫っておいたよ。確認し、て……」

 手元を見ながら作業場から出てきたエディは、顔を上げると、目の前のラインハルトが放つ無言の圧力に顔を青くしたのだった。



「ラインハルト様ったら、内緒にすることありませんでしたのに」

「そうは言っても、ほら、モニカ嬢の好意を無にするようで申し訳なくてだな……」

「モニカはそんなこと気にしませんし、私も言いませんわよ」

「それはそうだが……その……」

「エミリア様、殿下はそんな小さいことを気にする男だと思われるのがむぐっ」

「アレク、余計なことは言わなくてよろしい」

「ふふ、赤くなっているラインハルト様も可愛らしくて、素敵ですわよ」

「本当か!? エミリアはなんて心が広いんだ」

 ラインハルトは、アレクの口元からパッと手を話し、目をキラキラさせてエミリアの手を取った。
 完全に二人の世界である。


「なあプリシラ、殿下ってさ、こんなに表情豊かな人だったんだな」

「今私がそのセリフ言おうと思ってたところよ」

「今まで殿下は完璧超人だと思ってたけど、ちょっとイメージ変わったな」

「同じく……」

「あ、そういえばプリシラ。お前にもプレゼントがあるんだよ、ちょっと来てくれ」

「え?」


 いまだにイチャイチャしているバカップルと、白い目でそれを見ているアレクを放っておいて、私はエディの後に続いて仮作業場に入る。

 エディは作業場の奥の棚から革製の小さな箱を取り出すと、どこか緊張した面持ちで私の手を取った。
 エディの瞳の奥には、何やら熱が篭っているように感じる。

「え、エディ?」

 私は、柄にもなく緊張してしまう。
 これじゃあまるで、プ、プロポーズじゃない……!

「プリシラ、これ。受け取ってくれないか?」

 エディは私の手の平に革の小箱を載せると、ゆっくりと蓋を開いていく。
 その箱の中には……

「え、なにも入ってない?」

 何の冗談かと、私はエディの顔を見上げる。
 予想に反して、エディは先程より更に真剣な表情をしていた。

「……俺にはまだ、将来を約束する資格はない。けど、俺がここで工房を開いて、プリシラが学園を卒業したら……その時は、ここに入る指輪を必ず贈る。それまで、この箱をプリシラに持っていてほしいんだ」

「エディ……」

 よく見ると、箱の内側に何か文字が彫ってある。
 見慣れたエディの字だ。


『プリシラへ 永遠の愛を エディ』


 その文字を見て、私は。


「……ぷっ」


 思わず、笑ってしまった。


「……え?」

 エディは、予想外の反応にキョトンとしている。

「ふふっ、あはははは」

「え? え? 何で笑うんだよ?」

「いや、だって、エディ……柄じゃない……! あははははは」

「はぁ~~~!?」

 エディは慌てていたと思ったら、今度は真っ赤になってプルプルしている。
 その反応を見ていると、私の笑いも止まらなくなってしまう。

「ひぃ、え、永遠の愛って! くぅ、あはは……!」

「いや、おま、それ……」

「はぁ、はぁ……、エディにこんな気の利いた真似が出来るなんて、思わなかったよ。……この箱、もらうね。ありがと、エディ」

「プリシラ……!」

「絶対、この工房、成功させなさいよね。私も頑張って卒業するから」

「……! おう!」

 笑いすぎたのか、視界がちょっとだけ滲んでいる。
 エディは、そんな私の目尻に浮かぶ涙を拭うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 私は、エディをそっと抱きしめ返す。
 いつの間に、こんなに逞しく、頼もしくなったのだろう――

 その時、私はすっかり舞い上がっていて、工房の外で三人が窓にぴったりと張り付いていることに、全く気が付かなかった。
 その後は、三人から当然のようにキラキラした目で話を催促され、散々な一日になったのであった。



 出発する馬車の窓から、エミリアが上品に手を振っている。

「プリシラ様! 帰りも寄りますからねー! 何か進展があったら教えて下さいましねーー!」

「よ、寄るのはいいですけど、その話はもう当分いいですぅ!!」

 私の心からの叫びは、虚しく空に消えていったのだった。


 ~おしまい~
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

処理中です...