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番外編 プリシラの帰省
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プリシラ視点です。
――*――
卒業パーティーの場でラインハルトとエミリアの結婚が発表されるという、大きなニュースが王国を賑わせてからおおよそ一ヶ月。
学園は夏休みを迎え、私は弟と共にスワロー男爵領に帰省していた。
「えっ? 殿下とエミリア様がここに来るの?」
「おう。知らなかったのか? なんか色々落ち着いたみたいだから、視察も兼ねて色々な領地を回るみたいだぞ」
幼馴染のエディは、緑色の瞳を輝かせ、楽しそうに言った。
今はエディの新しい工房が建つ予定の空き地で、私がエディのために焼いて持ってきたクッキーをつまんでいるところだ。
エディが遅れて帰省してから数日、突然もたらされた嬉しい知らせに、私は目を輝かせたのだった。
前世で読んだ小説のシナリオはもう終わり、結局私はラインハルトと結ばれることはなかった。
だが、私はこれで良かったと思っているし、目の前で美味しそうにクッキーを頬張っている幼馴染への恋心を自覚してしまった今は、何だかんだ幸せだ。
色々あったが、エミリアに対しては親友……もとい、盟友のような気持ちすら生まれている。
「へー、初耳よ。しっかり準備してお迎えしないとね。ここにはいつ来るんだろ」
「スワロー男爵領に来るのは明日の午後だって聞いたけど」
「明日ぁ!?」
エディはさも当たり前のように爆弾を投下した。
私が急に大きい声を出したので、驚いて少しのけぞっている。
「お、驚きすぎだろ。男爵様からなんも聞いてないのか?」
「き、聞いてないわよ! お父様ったらそんなこと一言も……! はっ、だから最近業者まで呼んで屋敷の掃除を始めたのね!? ドレス! ドレスの予備あったかしら!?」
「あちゃー」
私は呑気にしているエディには目もくれず、急いで屋敷に戻り、クローゼットを漁ったのだった。
そして翌日の午後、エディの言った通り、ラインハルトとエミリアは数台の馬車と多数の騎士を引き連れて、スワロー男爵家を訪れたのだった。
父がカチコチになりながらラインハルトとエミリアに挨拶をして、応接室から下がっていく。
お茶を用意しているのは、王室付きの侍女だ。
普通の貴族相手であれば私がお茶を用意するのだが、王族となればそういう訳にもいかない。
特に、今回の視察は、新年のクーデターに協力した貴族たちの領地を巡り、新代官の様子を確認するための視察なのだという。
この領にはついでに立ち寄っただけだが、安全のために食事もお茶も王室関係者が用意し、毒味もきちんとされているとのことだった。
私の分も淹れてくれたが、自分で淹れた紅茶とは比べ物にならないほど美味しい。
「プリシラ様、ひと月ぶりですわね。お元気でしたか?」
相変わらずの美しい笑顔と所作で、エミリアが話しかける。
隣でラインハルトもいつも通り、完璧な微笑みを浮かべている。
相変わらず、目が痛くなるほどの美男美女だ。
「はい、お陰様で元気にしてますぅ。父の事業がうまくいったので、バイトも辞めたんです。今後は学業に専念できそうですぅ」
「それは良かったですわ。エディ様はお元気にしていますか?」
「はい、エディは殿下のアドバイスのおかげで、頑張って工房の準備をしてますよぉ」
「そうか。何よりだ」
「そういえば、今日はアレク様は一緒じゃないんですかぁ?」
「ああ、アレクはちょっと野暮用があってな……」
「ふーん……?」
ラインハルトは何故か遠い目をしていて、エミリアは不思議そうに首を傾げていた。
しばらく応接室でゆっくりしてもらった後は、軽く近所を散歩して、領内の案内をした。
スワロー男爵領は田舎なので、ほとんどが田畑や牧草地だ。
そのため、この男爵家周辺、歩ける範囲内に街としての機能が全て集約されている。
エディの皮工房が建設される予定の空き地も、仮作業場も、実は男爵家のすぐそばなのだ。
仮作業場には、作業を眺めるアレクの姿があった。
窓の外から覗き見えるエディの手元には、ホリデーの時に売っていた白いブレスレットがある。
アレクは私たちに気がつくと、作業場の扉を開けて外に出てきた。
「こんにちは、アレク様ぁ。アレク様の野暮用ってエディのお店関連だったんですかぁ?」
「あ、ああ、アレクがどうしても頼みたい仕事があったようでな」
その質問に答えたのは何故かラインハルトだった。
「なんですか、殿下? だれが何をどうしても頼みたいんですって、お義兄……」
「わーわー! 無しだ無し!」
「ふう、終わったよ、アレクさん。言われた通り、お義兄様の文字を消して、殿下の名前を彫っておいたよ。確認し、て……」
手元を見ながら作業場から出てきたエディは、顔を上げると、目の前のラインハルトが放つ無言の圧力に顔を青くしたのだった。
「ラインハルト様ったら、内緒にすることありませんでしたのに」
「そうは言っても、ほら、モニカ嬢の好意を無にするようで申し訳なくてだな……」
「モニカはそんなこと気にしませんし、私も言いませんわよ」
「それはそうだが……その……」
「エミリア様、殿下はそんな小さいことを気にする男だと思われるのがむぐっ」
「アレク、余計なことは言わなくてよろしい」
「ふふ、赤くなっているラインハルト様も可愛らしくて、素敵ですわよ」
「本当か!? エミリアはなんて心が広いんだ」
ラインハルトは、アレクの口元からパッと手を話し、目をキラキラさせてエミリアの手を取った。
完全に二人の世界である。
「なあプリシラ、殿下ってさ、こんなに表情豊かな人だったんだな」
「今私がそのセリフ言おうと思ってたところよ」
「今まで殿下は完璧超人だと思ってたけど、ちょっとイメージ変わったな」
「同じく……」
「あ、そういえばプリシラ。お前にもプレゼントがあるんだよ、ちょっと来てくれ」
「え?」
いまだにイチャイチャしているバカップルと、白い目でそれを見ているアレクを放っておいて、私はエディの後に続いて仮作業場に入る。
エディは作業場の奥の棚から革製の小さな箱を取り出すと、どこか緊張した面持ちで私の手を取った。
エディの瞳の奥には、何やら熱が篭っているように感じる。
「え、エディ?」
私は、柄にもなく緊張してしまう。
これじゃあまるで、プ、プロポーズじゃない……!
「プリシラ、これ。受け取ってくれないか?」
エディは私の手の平に革の小箱を載せると、ゆっくりと蓋を開いていく。
その箱の中には……
「え、なにも入ってない?」
何の冗談かと、私はエディの顔を見上げる。
予想に反して、エディは先程より更に真剣な表情をしていた。
「……俺にはまだ、将来を約束する資格はない。けど、俺がここで工房を開いて、プリシラが学園を卒業したら……その時は、ここに入る指輪を必ず贈る。それまで、この箱をプリシラに持っていてほしいんだ」
「エディ……」
よく見ると、箱の内側に何か文字が彫ってある。
見慣れたエディの字だ。
『プリシラへ 永遠の愛を エディ』
その文字を見て、私は。
「……ぷっ」
思わず、笑ってしまった。
「……え?」
エディは、予想外の反応にキョトンとしている。
「ふふっ、あはははは」
「え? え? 何で笑うんだよ?」
「いや、だって、エディ……柄じゃない……! あははははは」
「はぁ~~~!?」
エディは慌てていたと思ったら、今度は真っ赤になってプルプルしている。
その反応を見ていると、私の笑いも止まらなくなってしまう。
「ひぃ、え、永遠の愛って! くぅ、あはは……!」
「いや、おま、それ……」
「はぁ、はぁ……、エディにこんな気の利いた真似が出来るなんて、思わなかったよ。……この箱、もらうね。ありがと、エディ」
「プリシラ……!」
「絶対、この工房、成功させなさいよね。私も頑張って卒業するから」
「……! おう!」
笑いすぎたのか、視界がちょっとだけ滲んでいる。
エディは、そんな私の目尻に浮かぶ涙を拭うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私は、エディをそっと抱きしめ返す。
いつの間に、こんなに逞しく、頼もしくなったのだろう――
その時、私はすっかり舞い上がっていて、工房の外で三人が窓にぴったりと張り付いていることに、全く気が付かなかった。
その後は、三人から当然のようにキラキラした目で話を催促され、散々な一日になったのであった。
出発する馬車の窓から、エミリアが上品に手を振っている。
「プリシラ様! 帰りも寄りますからねー! 何か進展があったら教えて下さいましねーー!」
「よ、寄るのはいいですけど、その話はもう当分いいですぅ!!」
私の心からの叫びは、虚しく空に消えていったのだった。
~おしまい~
――*――
卒業パーティーの場でラインハルトとエミリアの結婚が発表されるという、大きなニュースが王国を賑わせてからおおよそ一ヶ月。
学園は夏休みを迎え、私は弟と共にスワロー男爵領に帰省していた。
「えっ? 殿下とエミリア様がここに来るの?」
「おう。知らなかったのか? なんか色々落ち着いたみたいだから、視察も兼ねて色々な領地を回るみたいだぞ」
幼馴染のエディは、緑色の瞳を輝かせ、楽しそうに言った。
今はエディの新しい工房が建つ予定の空き地で、私がエディのために焼いて持ってきたクッキーをつまんでいるところだ。
エディが遅れて帰省してから数日、突然もたらされた嬉しい知らせに、私は目を輝かせたのだった。
前世で読んだ小説のシナリオはもう終わり、結局私はラインハルトと結ばれることはなかった。
だが、私はこれで良かったと思っているし、目の前で美味しそうにクッキーを頬張っている幼馴染への恋心を自覚してしまった今は、何だかんだ幸せだ。
色々あったが、エミリアに対しては親友……もとい、盟友のような気持ちすら生まれている。
「へー、初耳よ。しっかり準備してお迎えしないとね。ここにはいつ来るんだろ」
「スワロー男爵領に来るのは明日の午後だって聞いたけど」
「明日ぁ!?」
エディはさも当たり前のように爆弾を投下した。
私が急に大きい声を出したので、驚いて少しのけぞっている。
「お、驚きすぎだろ。男爵様からなんも聞いてないのか?」
「き、聞いてないわよ! お父様ったらそんなこと一言も……! はっ、だから最近業者まで呼んで屋敷の掃除を始めたのね!? ドレス! ドレスの予備あったかしら!?」
「あちゃー」
私は呑気にしているエディには目もくれず、急いで屋敷に戻り、クローゼットを漁ったのだった。
そして翌日の午後、エディの言った通り、ラインハルトとエミリアは数台の馬車と多数の騎士を引き連れて、スワロー男爵家を訪れたのだった。
父がカチコチになりながらラインハルトとエミリアに挨拶をして、応接室から下がっていく。
お茶を用意しているのは、王室付きの侍女だ。
普通の貴族相手であれば私がお茶を用意するのだが、王族となればそういう訳にもいかない。
特に、今回の視察は、新年のクーデターに協力した貴族たちの領地を巡り、新代官の様子を確認するための視察なのだという。
この領にはついでに立ち寄っただけだが、安全のために食事もお茶も王室関係者が用意し、毒味もきちんとされているとのことだった。
私の分も淹れてくれたが、自分で淹れた紅茶とは比べ物にならないほど美味しい。
「プリシラ様、ひと月ぶりですわね。お元気でしたか?」
相変わらずの美しい笑顔と所作で、エミリアが話しかける。
隣でラインハルトもいつも通り、完璧な微笑みを浮かべている。
相変わらず、目が痛くなるほどの美男美女だ。
「はい、お陰様で元気にしてますぅ。父の事業がうまくいったので、バイトも辞めたんです。今後は学業に専念できそうですぅ」
「それは良かったですわ。エディ様はお元気にしていますか?」
「はい、エディは殿下のアドバイスのおかげで、頑張って工房の準備をしてますよぉ」
「そうか。何よりだ」
「そういえば、今日はアレク様は一緒じゃないんですかぁ?」
「ああ、アレクはちょっと野暮用があってな……」
「ふーん……?」
ラインハルトは何故か遠い目をしていて、エミリアは不思議そうに首を傾げていた。
しばらく応接室でゆっくりしてもらった後は、軽く近所を散歩して、領内の案内をした。
スワロー男爵領は田舎なので、ほとんどが田畑や牧草地だ。
そのため、この男爵家周辺、歩ける範囲内に街としての機能が全て集約されている。
エディの皮工房が建設される予定の空き地も、仮作業場も、実は男爵家のすぐそばなのだ。
仮作業場には、作業を眺めるアレクの姿があった。
窓の外から覗き見えるエディの手元には、ホリデーの時に売っていた白いブレスレットがある。
アレクは私たちに気がつくと、作業場の扉を開けて外に出てきた。
「こんにちは、アレク様ぁ。アレク様の野暮用ってエディのお店関連だったんですかぁ?」
「あ、ああ、アレクがどうしても頼みたい仕事があったようでな」
その質問に答えたのは何故かラインハルトだった。
「なんですか、殿下? だれが何をどうしても頼みたいんですって、お義兄……」
「わーわー! 無しだ無し!」
「ふう、終わったよ、アレクさん。言われた通り、お義兄様の文字を消して、殿下の名前を彫っておいたよ。確認し、て……」
手元を見ながら作業場から出てきたエディは、顔を上げると、目の前のラインハルトが放つ無言の圧力に顔を青くしたのだった。
「ラインハルト様ったら、内緒にすることありませんでしたのに」
「そうは言っても、ほら、モニカ嬢の好意を無にするようで申し訳なくてだな……」
「モニカはそんなこと気にしませんし、私も言いませんわよ」
「それはそうだが……その……」
「エミリア様、殿下はそんな小さいことを気にする男だと思われるのがむぐっ」
「アレク、余計なことは言わなくてよろしい」
「ふふ、赤くなっているラインハルト様も可愛らしくて、素敵ですわよ」
「本当か!? エミリアはなんて心が広いんだ」
ラインハルトは、アレクの口元からパッと手を話し、目をキラキラさせてエミリアの手を取った。
完全に二人の世界である。
「なあプリシラ、殿下ってさ、こんなに表情豊かな人だったんだな」
「今私がそのセリフ言おうと思ってたところよ」
「今まで殿下は完璧超人だと思ってたけど、ちょっとイメージ変わったな」
「同じく……」
「あ、そういえばプリシラ。お前にもプレゼントがあるんだよ、ちょっと来てくれ」
「え?」
いまだにイチャイチャしているバカップルと、白い目でそれを見ているアレクを放っておいて、私はエディの後に続いて仮作業場に入る。
エディは作業場の奥の棚から革製の小さな箱を取り出すと、どこか緊張した面持ちで私の手を取った。
エディの瞳の奥には、何やら熱が篭っているように感じる。
「え、エディ?」
私は、柄にもなく緊張してしまう。
これじゃあまるで、プ、プロポーズじゃない……!
「プリシラ、これ。受け取ってくれないか?」
エディは私の手の平に革の小箱を載せると、ゆっくりと蓋を開いていく。
その箱の中には……
「え、なにも入ってない?」
何の冗談かと、私はエディの顔を見上げる。
予想に反して、エディは先程より更に真剣な表情をしていた。
「……俺にはまだ、将来を約束する資格はない。けど、俺がここで工房を開いて、プリシラが学園を卒業したら……その時は、ここに入る指輪を必ず贈る。それまで、この箱をプリシラに持っていてほしいんだ」
「エディ……」
よく見ると、箱の内側に何か文字が彫ってある。
見慣れたエディの字だ。
『プリシラへ 永遠の愛を エディ』
その文字を見て、私は。
「……ぷっ」
思わず、笑ってしまった。
「……え?」
エディは、予想外の反応にキョトンとしている。
「ふふっ、あはははは」
「え? え? 何で笑うんだよ?」
「いや、だって、エディ……柄じゃない……! あははははは」
「はぁ~~~!?」
エディは慌てていたと思ったら、今度は真っ赤になってプルプルしている。
その反応を見ていると、私の笑いも止まらなくなってしまう。
「ひぃ、え、永遠の愛って! くぅ、あはは……!」
「いや、おま、それ……」
「はぁ、はぁ……、エディにこんな気の利いた真似が出来るなんて、思わなかったよ。……この箱、もらうね。ありがと、エディ」
「プリシラ……!」
「絶対、この工房、成功させなさいよね。私も頑張って卒業するから」
「……! おう!」
笑いすぎたのか、視界がちょっとだけ滲んでいる。
エディは、そんな私の目尻に浮かぶ涙を拭うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
私は、エディをそっと抱きしめ返す。
いつの間に、こんなに逞しく、頼もしくなったのだろう――
その時、私はすっかり舞い上がっていて、工房の外で三人が窓にぴったりと張り付いていることに、全く気が付かなかった。
その後は、三人から当然のようにキラキラした目で話を催促され、散々な一日になったのであった。
出発する馬車の窓から、エミリアが上品に手を振っている。
「プリシラ様! 帰りも寄りますからねー! 何か進展があったら教えて下さいましねーー!」
「よ、寄るのはいいですけど、その話はもう当分いいですぅ!!」
私の心からの叫びは、虚しく空に消えていったのだった。
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