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番外編 アレクの文通・中編
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アレク視点です。
――*――
「クッキー、美味しかったです。ご馳走様でした」
「良かった……! 頑張った甲斐がありました」
モニカ様は、ひまわりの花が咲くように、明るい笑顔を見せた。
「それにしても、モニカ様はお菓子作りがお上手なんですね」
「本当!? 嬉しいわ!」
モニカ様は青い瞳をキラキラさせて、嬉しそうにしている。
「ご迷惑でなければ、今度何かお礼をさせて下さい。何か、ご希望はございますか?」
「迷惑だなんてとんでもない! 何でもいいのですか?」
「ええ、俺に出来る範囲でしたら」
「でしたら――」
モニカ様は、囁くような声で、可愛らしい要望を口にしたのだった。
______
ブラウン公爵邸を訪れた俺は、玄関で顔を見るなりモニカ様に怒られてしまった。
モニカ様は「大っ嫌い! もう知らないっ!!」と言って、自室に鍵をかけて籠ってしまい、エミリア様がモニカ様を追いかけて行ってしまって、現在に至る。
「で、アレク。心当たりはあるんだな?」
俺は、あの日と同じ庭のティーテーブルで、殿下の詰問を受けている。
心当たりといったら、一つしかない。
俺はあの日、クッキーをご馳走になったお礼に、モニカ様と文通することを約束したのだと説明した。
『でしたら、文通、して下さいませんか?』
上目遣いで、囁くようにお願いされて、俺は思わず了承してしまったのだ。
約束した時は、手紙ぐらい簡単に書けると思っていた。
だが、俺は伯爵家の息子とはいえ、実際はただの騎士である。
手紙のマナーも今ひとつ分からないし、貴族令嬢相手に書くような話題も、何一つ持ち合わせていなかったのだ。
誰かに相談しようにも、まさか殿下にはそんな事は相談できないし、殿下以外の同世代の友人など、殆どいないのだ。
「……という訳で文通を始めたはいいんですけど、何を書いたらいいか思いつかなくて、返事が滞ってしまいまして……」
「なあ、アレク。確かその約束を交わしたのは、薔薇の咲きはじめの頃だったな?」
「はい。ひと月ほど前になります」
「それで、今日までに何通、手紙のやり取りをしたんだ?」
「……モニカ様から、十四通。俺からは、二通……」
はぁ~~~、と殿下は長いため息を吐いた。
テーブルに肘をつき、額に手を当てて、呆れたようにこちらを見る。
「……それでは、顔を合わせた途端にああいう態度を取られるのも当然だな」
「だ、だって、何を書けば良いのかさっぱり」
「モニカ嬢は何を書いても喜んだと思うぞ。私も、エミリアからの手紙はたった一言のメッセージだったとしても嬉しく感じるからな」
「そういうものですか……?」
「そういうものだ。少なくとも、何の返事もしないよりは遥かに良い。考えてもみろ、モニカ嬢は勇気を出して文通を提案したのだぞ。それが、十四通送って二通しか返って来なかったら……不安になるどころじゃないだろう」
「そ、そうですよね。分かってはいるのですが……」
「『最近は暖かいですね』とか、『体調にお気をつけて』とか、『次に会える日を楽しみにしています』とか、その程度でも良いんだ。長文の手紙が送られて来たからといって、自分も無理をして長文で返す必要はない。『好いた相手』が『自分のためだけに』その手紙を書いてくれた、ということが重要なんだ」
「す、す、好いた相手、って」
「なんだ、まさかアレク、気付いていなかったのか?」
「いや、その、正直、薄々そうかなとは……ですが、殿下の口から言われると何となくモヤっと」
「んん? どういう意味だ」
「い、いえ。何でもないです。……殿下、恥を忍んで聞きますけど、俺、どうしたらいいですかね?」
「なら……手紙を書くか。今から」
「今から?」
「そうだ。アレクのせいでエミリアとの時間が減った。早く仲直りしろ、命令だ」
「なんて横暴な」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
「私も少しは手伝ってやるが、内容は自分で考えるんだぞ。いいな」
「はい……」
こうして、俺はモニカ様への手紙を認《したた》め始めたのだった。
「で、出来た……」
手紙を書き始めてからおおよそ一刻。
ようやく、拙《つたな》いながらもモニカ様に渡す手紙が完成した。
途中でエミリア様も戻ってきて、殿下と三人で相談しながら書き上げた手紙は、便箋一枚にも満たないものだったが、伝えたいことは全て、しっかりと書き記したつもりだ。
「よし。これなら及第点だな」
「ええ、よく頑張りましたわね、アレク」
「殿下、エミリア様、ありがとうございました」
「それで、問題はこれをモニカ嬢が受け取ってくれるかどうかだな」
「そうですよね……」
モニカ様は部屋に籠ってしまっている。
俺が直接出向いても、扉を開けてくれないかもしれない。
「私がモニカに渡して来ましょうか?」
エミリア様が、そう提案してくれた。
しかし、やはりそれも違うと思うのだ。
直接ではなく姉を介して渡すというのは、誠意のない行動だろう。
「……いえ、エミリア様。俺が直接お渡ししに行きます」
「――そうね。それが良いと思いますわ」
エミリア様も、殿下も、勇気づけるように微笑み、頷いてくれる。
俺は椅子から立ち上がり、書き上げたばかりの手紙を持ってモニカ様の部屋へと向かったのだった。
――*――
「クッキー、美味しかったです。ご馳走様でした」
「良かった……! 頑張った甲斐がありました」
モニカ様は、ひまわりの花が咲くように、明るい笑顔を見せた。
「それにしても、モニカ様はお菓子作りがお上手なんですね」
「本当!? 嬉しいわ!」
モニカ様は青い瞳をキラキラさせて、嬉しそうにしている。
「ご迷惑でなければ、今度何かお礼をさせて下さい。何か、ご希望はございますか?」
「迷惑だなんてとんでもない! 何でもいいのですか?」
「ええ、俺に出来る範囲でしたら」
「でしたら――」
モニカ様は、囁くような声で、可愛らしい要望を口にしたのだった。
______
ブラウン公爵邸を訪れた俺は、玄関で顔を見るなりモニカ様に怒られてしまった。
モニカ様は「大っ嫌い! もう知らないっ!!」と言って、自室に鍵をかけて籠ってしまい、エミリア様がモニカ様を追いかけて行ってしまって、現在に至る。
「で、アレク。心当たりはあるんだな?」
俺は、あの日と同じ庭のティーテーブルで、殿下の詰問を受けている。
心当たりといったら、一つしかない。
俺はあの日、クッキーをご馳走になったお礼に、モニカ様と文通することを約束したのだと説明した。
『でしたら、文通、して下さいませんか?』
上目遣いで、囁くようにお願いされて、俺は思わず了承してしまったのだ。
約束した時は、手紙ぐらい簡単に書けると思っていた。
だが、俺は伯爵家の息子とはいえ、実際はただの騎士である。
手紙のマナーも今ひとつ分からないし、貴族令嬢相手に書くような話題も、何一つ持ち合わせていなかったのだ。
誰かに相談しようにも、まさか殿下にはそんな事は相談できないし、殿下以外の同世代の友人など、殆どいないのだ。
「……という訳で文通を始めたはいいんですけど、何を書いたらいいか思いつかなくて、返事が滞ってしまいまして……」
「なあ、アレク。確かその約束を交わしたのは、薔薇の咲きはじめの頃だったな?」
「はい。ひと月ほど前になります」
「それで、今日までに何通、手紙のやり取りをしたんだ?」
「……モニカ様から、十四通。俺からは、二通……」
はぁ~~~、と殿下は長いため息を吐いた。
テーブルに肘をつき、額に手を当てて、呆れたようにこちらを見る。
「……それでは、顔を合わせた途端にああいう態度を取られるのも当然だな」
「だ、だって、何を書けば良いのかさっぱり」
「モニカ嬢は何を書いても喜んだと思うぞ。私も、エミリアからの手紙はたった一言のメッセージだったとしても嬉しく感じるからな」
「そういうものですか……?」
「そういうものだ。少なくとも、何の返事もしないよりは遥かに良い。考えてもみろ、モニカ嬢は勇気を出して文通を提案したのだぞ。それが、十四通送って二通しか返って来なかったら……不安になるどころじゃないだろう」
「そ、そうですよね。分かってはいるのですが……」
「『最近は暖かいですね』とか、『体調にお気をつけて』とか、『次に会える日を楽しみにしています』とか、その程度でも良いんだ。長文の手紙が送られて来たからといって、自分も無理をして長文で返す必要はない。『好いた相手』が『自分のためだけに』その手紙を書いてくれた、ということが重要なんだ」
「す、す、好いた相手、って」
「なんだ、まさかアレク、気付いていなかったのか?」
「いや、その、正直、薄々そうかなとは……ですが、殿下の口から言われると何となくモヤっと」
「んん? どういう意味だ」
「い、いえ。何でもないです。……殿下、恥を忍んで聞きますけど、俺、どうしたらいいですかね?」
「なら……手紙を書くか。今から」
「今から?」
「そうだ。アレクのせいでエミリアとの時間が減った。早く仲直りしろ、命令だ」
「なんて横暴な」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
「私も少しは手伝ってやるが、内容は自分で考えるんだぞ。いいな」
「はい……」
こうして、俺はモニカ様への手紙を認《したた》め始めたのだった。
「で、出来た……」
手紙を書き始めてからおおよそ一刻。
ようやく、拙《つたな》いながらもモニカ様に渡す手紙が完成した。
途中でエミリア様も戻ってきて、殿下と三人で相談しながら書き上げた手紙は、便箋一枚にも満たないものだったが、伝えたいことは全て、しっかりと書き記したつもりだ。
「よし。これなら及第点だな」
「ええ、よく頑張りましたわね、アレク」
「殿下、エミリア様、ありがとうございました」
「それで、問題はこれをモニカ嬢が受け取ってくれるかどうかだな」
「そうですよね……」
モニカ様は部屋に籠ってしまっている。
俺が直接出向いても、扉を開けてくれないかもしれない。
「私がモニカに渡して来ましょうか?」
エミリア様が、そう提案してくれた。
しかし、やはりそれも違うと思うのだ。
直接ではなく姉を介して渡すというのは、誠意のない行動だろう。
「……いえ、エミリア様。俺が直接お渡ししに行きます」
「――そうね。それが良いと思いますわ」
エミリア様も、殿下も、勇気づけるように微笑み、頷いてくれる。
俺は椅子から立ち上がり、書き上げたばかりの手紙を持ってモニカ様の部屋へと向かったのだった。
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