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第一話
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「リリア、アリア。お前たちに婚約の打診が来ている。当家は、是が非でもこの縁談をお受けしなくてはならない。良いな?」
父親であるアイゼンハワー侯爵から『婚約』という言葉を聞いた瞬間、アリアの頭に突然、膨大な量の情報が流れ込んできた。
こことは異なる世界の記憶だ。アリアは、ここよりも文明の進んだ世界で、仕事をする傍ら、娯楽小説を日々の楽しみとしていた記憶を思い出した。
この世界は、かつてのアリアが愛読していたある小説の世界と酷似している。
現在のアリアは八歳。物語が始まるのはアリアたちが十五歳となり、王立貴族学園に入学する日からなので、今はその七年前ということになる。
「アリア、お前も良いな? 顔合わせは来週だ。くれぐれも殿下方の前でその呆けた顔を見せるでないぞ」
「は、はい。申し訳ございません」
記憶の奔流がアリアに流れ込み、それをかみ砕いて理解するまで、アリアにしてみればほんの一瞬の出来事だったのだが、どうやら呆けた顔をしてしまっていたらしい。
アリアは慌てて父親に謝罪した。
父から告げられた情報をまとめると、アリアと双子の姉リリアに、二人の令息から同時に婚約の打診が来たとのことだ。
片や、この王国の第二王子、アルフレッド・フォーサイス。
片や、陰では王家と同等の権力を持つと言われる、教皇の第一子、テオドール・サンチェス。
今回の婚約打診は政略的な意味合いが強く、第二王子と神殿との結びつきを作るためという背景がある。
現在、貴族の間では側妃の子である第一王子派と、正妃の子である第二王子派、真っ二つに分かれている。
アイゼンハワー侯爵家の双子との婚約も、第二王子派の権勢を高めるための策の一つだ。
原作では、姉のリリアがアルフレッドと、妹のアリアがテオドールと婚約する。だが、アリアはそれを何としても阻止したかった。
「今回の件、どちらがどちらと婚約を結ぶかは、まだ決定していない。だが、王家を立てて、姉であるリリアをアルフレッド殿下に宛がうのが筋であろう」
「お待ちくださいませ、お父様」
父にリリアとアルフレッド、アリアとテオドールの婚約を即決されそうになり、アリアは思わず声を上げた。内心ではとても必死なのだが、アリアはそれをうまく隠して、淑女の微笑みを浮かべる。
「まだどちらと婚約を結ぶか決まっていないのでしたら、今すぐに決めずともよろしいのではございませんか? お会いしてみて、気が合う、合わないもございましょうし」
「ええ、わたくしもアリアに賛成です。顔合わせの後でも遅くはありませんでしょう?」
「……うむ、それもそうだな。どうせ断ることのできぬ縁談だ。せめて殿下方とお前たち、双方が納得の上で婚約を結んだ方が良かろう。そのように返事をしたためよう」
予想外に姉のリリアも賛成してくれて、父も考えを改めたようだ。アリアはほっと胸をなでおろす。
*
自室に戻ったアリアは、もう一度状況を整理した。
自分は、アリア・アイゼンハワー侯爵令嬢。現在八歳。
父親譲りの茶髪に暗い緑色の瞳で、モブ顔……それなりに整ってはいるが、地味めな容姿の令嬢だ。
リリアはアリアの双子の姉だが、二卵性双生児だったらしく、アリアとは似ていない。
リリアは母親の色を受け継ぎ、黒髪、紅い瞳という、一見気の強そうな美人顔の令嬢だ。
原作では、姉のリリアは、悪役令嬢と呼ばれるポジションだった。第二王子アルフレッドと婚約し、彼を愛していたのだが、彼から愛情が返ってくることはなかった。
アルフレッドは、学園で出会うヒメナ・コールマン男爵令嬢に惹かれていくのだ。それを見て悲しんだリリアは、ヒロインのヒメナをいじめ、卒業パーティーでの断罪の末に婚約破棄され、修道院に送られることになる。
そして、最終的には、修道院に向かう馬車が事故に遭い、崖から転落して帰らぬ人となってしまう……のだが、実はここにからくりがあった。
それはまた後で語るとして、とにかく、リリアはアルフレッドと婚約すると不幸になる。
次に、原作で姉リリアの婚約者となる第二王子アルフレッド。
輝くような金髪と青い瞳を持つ、美男子である。公爵家出身の正妃の子であり、次の王座を第一王子と争っている。
第一王子ウィルフレッドは非常に優秀な人物なのだが、母親が伯爵家出身の側妃であり、後ろ盾が弱かった。
それでも持ち前の優秀さと人柄で、彼の周りには優れた者が集まる。後ろ盾さえ整えば、誰がどう考えても、次期国王としてふさわしいのは彼の方だ。
しかし、そんな優秀な兄を持つと、弟の性格がねじ曲がるのは必然。アルフレッドは兄に劣等感を抱き、身分を笠に着た傲慢な性格になっていく。
特に、彼は自分よりも能力の高い者が嫌いだ。優秀な者を踏みつけてやりたいという思考が見え隠れし、賢く完璧な淑女となったリリアにも劣等感を抱く。
強く完璧なリリアではなく、自分を頼ってくれる弱く不完全なヒメナに彼が惹かれていくのは、当然の帰結だった。
原作ではヒメナに求婚した後のことは描かれなかったので、結局、彼と第一王子のどちらが立太子したのかは不明だ。
続いて、教皇の息子テオドールだが――。
父親であるアイゼンハワー侯爵から『婚約』という言葉を聞いた瞬間、アリアの頭に突然、膨大な量の情報が流れ込んできた。
こことは異なる世界の記憶だ。アリアは、ここよりも文明の進んだ世界で、仕事をする傍ら、娯楽小説を日々の楽しみとしていた記憶を思い出した。
この世界は、かつてのアリアが愛読していたある小説の世界と酷似している。
現在のアリアは八歳。物語が始まるのはアリアたちが十五歳となり、王立貴族学園に入学する日からなので、今はその七年前ということになる。
「アリア、お前も良いな? 顔合わせは来週だ。くれぐれも殿下方の前でその呆けた顔を見せるでないぞ」
「は、はい。申し訳ございません」
記憶の奔流がアリアに流れ込み、それをかみ砕いて理解するまで、アリアにしてみればほんの一瞬の出来事だったのだが、どうやら呆けた顔をしてしまっていたらしい。
アリアは慌てて父親に謝罪した。
父から告げられた情報をまとめると、アリアと双子の姉リリアに、二人の令息から同時に婚約の打診が来たとのことだ。
片や、この王国の第二王子、アルフレッド・フォーサイス。
片や、陰では王家と同等の権力を持つと言われる、教皇の第一子、テオドール・サンチェス。
今回の婚約打診は政略的な意味合いが強く、第二王子と神殿との結びつきを作るためという背景がある。
現在、貴族の間では側妃の子である第一王子派と、正妃の子である第二王子派、真っ二つに分かれている。
アイゼンハワー侯爵家の双子との婚約も、第二王子派の権勢を高めるための策の一つだ。
原作では、姉のリリアがアルフレッドと、妹のアリアがテオドールと婚約する。だが、アリアはそれを何としても阻止したかった。
「今回の件、どちらがどちらと婚約を結ぶかは、まだ決定していない。だが、王家を立てて、姉であるリリアをアルフレッド殿下に宛がうのが筋であろう」
「お待ちくださいませ、お父様」
父にリリアとアルフレッド、アリアとテオドールの婚約を即決されそうになり、アリアは思わず声を上げた。内心ではとても必死なのだが、アリアはそれをうまく隠して、淑女の微笑みを浮かべる。
「まだどちらと婚約を結ぶか決まっていないのでしたら、今すぐに決めずともよろしいのではございませんか? お会いしてみて、気が合う、合わないもございましょうし」
「ええ、わたくしもアリアに賛成です。顔合わせの後でも遅くはありませんでしょう?」
「……うむ、それもそうだな。どうせ断ることのできぬ縁談だ。せめて殿下方とお前たち、双方が納得の上で婚約を結んだ方が良かろう。そのように返事をしたためよう」
予想外に姉のリリアも賛成してくれて、父も考えを改めたようだ。アリアはほっと胸をなでおろす。
*
自室に戻ったアリアは、もう一度状況を整理した。
自分は、アリア・アイゼンハワー侯爵令嬢。現在八歳。
父親譲りの茶髪に暗い緑色の瞳で、モブ顔……それなりに整ってはいるが、地味めな容姿の令嬢だ。
リリアはアリアの双子の姉だが、二卵性双生児だったらしく、アリアとは似ていない。
リリアは母親の色を受け継ぎ、黒髪、紅い瞳という、一見気の強そうな美人顔の令嬢だ。
原作では、姉のリリアは、悪役令嬢と呼ばれるポジションだった。第二王子アルフレッドと婚約し、彼を愛していたのだが、彼から愛情が返ってくることはなかった。
アルフレッドは、学園で出会うヒメナ・コールマン男爵令嬢に惹かれていくのだ。それを見て悲しんだリリアは、ヒロインのヒメナをいじめ、卒業パーティーでの断罪の末に婚約破棄され、修道院に送られることになる。
そして、最終的には、修道院に向かう馬車が事故に遭い、崖から転落して帰らぬ人となってしまう……のだが、実はここにからくりがあった。
それはまた後で語るとして、とにかく、リリアはアルフレッドと婚約すると不幸になる。
次に、原作で姉リリアの婚約者となる第二王子アルフレッド。
輝くような金髪と青い瞳を持つ、美男子である。公爵家出身の正妃の子であり、次の王座を第一王子と争っている。
第一王子ウィルフレッドは非常に優秀な人物なのだが、母親が伯爵家出身の側妃であり、後ろ盾が弱かった。
それでも持ち前の優秀さと人柄で、彼の周りには優れた者が集まる。後ろ盾さえ整えば、誰がどう考えても、次期国王としてふさわしいのは彼の方だ。
しかし、そんな優秀な兄を持つと、弟の性格がねじ曲がるのは必然。アルフレッドは兄に劣等感を抱き、身分を笠に着た傲慢な性格になっていく。
特に、彼は自分よりも能力の高い者が嫌いだ。優秀な者を踏みつけてやりたいという思考が見え隠れし、賢く完璧な淑女となったリリアにも劣等感を抱く。
強く完璧なリリアではなく、自分を頼ってくれる弱く不完全なヒメナに彼が惹かれていくのは、当然の帰結だった。
原作ではヒメナに求婚した後のことは描かれなかったので、結局、彼と第一王子のどちらが立太子したのかは不明だ。
続いて、教皇の息子テオドールだが――。
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