色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
31 / 154
第二章 青

第31話 「サーカス」

しおりを挟む

 結局、私たちが水の神殿に行くのは、事件から一週間ほど後の日付に決まった。

 理由は二つある。

 一つは、水の精霊が落ち着き、安全に私たちを迎える準備が整うまで少し時間が必要だったため。
 もう一つは、メーアとルードが多忙で、予定を合わせるのが難しかったためだ。


 あの時、フレッドの力の届く範囲は岩の壁で被害を食い止められたが、津波は川を遡上そじょうし、中流付近で洪水被害をもたらしていた。

 幸い、下流に位置する帝都を除いて川沿いに大きな街は存在しなかったので、人的被害はなかった。
 だが、中流付近は帝都の食を担う穀倉地帯となっている。

 秋ももう深まっているので収穫自体はほとんど終わっているようだが、海の水には塩が含まれる。
 今後土地を元通りにするには、かなりの時間がかかりそうだ。


 メーアは皇女として、分単位で公務が詰め込まれている。
 補償や復興だけではなく、食糧難に備えて他国との貿易の準備や法整備、壊れた堤防や橋の修理など、課題は山積のようだ。

 ルードは教会の神官長として、困っている民の相談に乗ったり、祭祀を行ったり、慈善事業を計画したり、こちらもかなり忙しそうである。
 また、当然川の生態系にも影響があったようで、ルードは『川の神子』としての務めにも追われているらしい。


 さらに、今回の事件で、これまで身を隠していたフレッドの生存が明らかになった。
 今はまだ帝国内の一部の人間にしか知られていないが、聖王国に噂が届くのも時間の問題だろう。

 フレッドと聖王国の間に何があったのかはわからないが、身を隠していたのには何か理由がありそうな気がする。
 フレッドは何度か皇帝陛下と謁見をしたようだが、どのような会話があったのかは、私の与り知らぬところである。



 そういう訳でフレッドもなかなか多忙で、私とセオはのんびりと、帝都観光を楽しんでいた。

 帝都自体は、あの事件で被害をほとんど受けなかったため、今までと変わらず賑わっているように見える。
 だが、やはり街を歩いていると、そこかしこから事件に関する噂話や、不安の声が聞こえてくる。


 今日は、セオと一緒にサーカスの公演を見に来ている。
 なんと、アシカの妖精ししまるが、私たちを招待してくれたのだ。

 帝都の中央広場に張られた天幕をくぐると、開演を待つ家族連れや観光客で賑わっていた。

 このサーカス団は国内を巡業していて、帝国中で人気なのだそうだ。
 本拠地はずっと昔から帝都に構えているらしく、帝都の住民にも長年親しまれているということである。

 私たちも、招待客用に用意されていた座席に着いて、開演を待つ。

「セオはサーカス、見たことあるの?」

「いや、初めて。帝都に来た時はいつも、観光なんてしなかったから」

「そっか、楽しみだね」

 しばらくして、サーカス団の団長がスポットライトに照らされて、舞台に上がってきた。

 団長の挨拶が終わると、団員たちが次々に現れ、技を披露していく。
 出演者たちが軽快な音楽に合わせて曲芸や手品を次々と繰り出していくのを見て、大人も子供も皆、夢中になって目を輝かせている。

 また、髪の色が三色のグラデーションになっている団員がコミカルな動きでパントマイムを披露しているのを見て、メーアが私を大道芸人と言った事にも納得がいったのだった。

「さてさてお次は、うちの看板アシカ、ししまるによるパフォーマンスです! 奇跡のアシカによる最高のショーを、とくとご覧あれ!」

 司会者のその言葉に、わぁぁ、と会場が盛り上がる。
 どうやらししまるは、相当な有名人……もとい、有名アシカだったらしい。
 ししまる目当てで公演を見に来ているお客さんもいるようだ。

 上手に玉乗りを披露しながら、ししまるがステージに入ってくる。
 今日は水のボールではなく、三色にカラーリングされた大きなゴムボールに乗っかっていた。

 ししまるは、大きなボールの上でバランスを取りながら、団員が次々と投げる輪っかを、上手に頭にくぐらせて受け止めている。
 その後も音楽に合わせてダンスを披露したり、ヒレや頭突きを駆使してキャッチボールをしたりと、大活躍であった。

 ししまるは最後に、ヒレを振るように動かしながらステージの外周をぐるりと一周し、舞台裏にはけていった。

 会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれている。

 お客さんたちは、ししまるが妖精だということには全く気付いていないようだった。



「すごかったね! ししまる、大人気だったね」

「えへへ、ありがとー、パステルお姉さん」

 公演を終えた後、私はサーカス団の団長の部屋に招かれていた。
 他の団員は後片付けをしていて、この場にいるのは私、セオ、ししまる、そして団長とその娘だ。

 先月一歳になったばかりなのだという団長の娘さんは、父親に抱っこされて気持ち良さそうに眠っている。
 私たちは、娘さんを起こさないよう、小さな声で会話を続けた。

「団長さん、本日はお招き下さって、ありがとうございました。サーカスは初めて拝見しましたが、本当に素晴らしかったです」

「いえいえ。楽しんでいただけたようで、何よりです。それに、ししまるに聞いて、直接お礼を言いたかったのです。御二方には、私の娘に代わって帝都を救っていただき、心より感謝しております」

「えっと……?」

「あ、失礼。うちの娘、今代の『滝の神子』に選ばれたんですよ。ですがこの通り、まだ小さいですので、力を使いこなすことが出来ないのです」

「そうでしたか……。『滝の神子』は幼い子だと伺っていましたが、団長さんの娘さんだったんですね」

「ええ。『滝の神子』は代々、うちのサーカス団に生まれた子供から選ばれます。この子が生まれる数ヶ月前に亡くなった先代の『滝の神子』も、このサーカス団の団員だったんですよ。ししまるは、その先代の頃からこのサーカス団に在籍してくれている、大先輩なんです」

 そう言って、団長がししまるに笑いかけると、ししまるは水で出来たボールの上で、ぴょんぴょん跳ねた。
 とっても嬉しそうだ。

「えへへ、ぼく、だいせんぱいだよぉ。それってぇ、すごいんだってー。だいせんぱいがどういう意味かはわかんないんだけどねぇ」

「うふふ、すごいんだね、ししまる」

「ぼく、だいにんきー」

 私たちはしばらく笑いあって、その場を辞した。
 ししまるは本当に大人気のようで、その絵姿が天幕の外にあるお土産売り場で売られているほどだった。

 帝都でこれだけサーカスが親しまれているからこそ、あの事件の日にししまると私が道を堂々と歩いていても、人々の目に留まらなかったのだろう。
 きっと道行く人には、サーカス団の団員がアシカを連れて歩いているようにしか見えなかったはずだ。



「すごかったね、サーカス。お客さんもみんな笑顔だったね」

 中央広場から宿へと戻る道で、興奮冷めやらぬまま、セオに話しかけた。
 セオは私と目を合わせて、こくんと頷く。

「こういう事件があった時こそ、サーカス団の仕事が重要になるんだって、団長さんは言ってた」

「そうかもしれないね」

 皆が不安に思っている時や疲れている時に、心安らぐひと時を提供する。
 それは人々の心にとって、非常に重要で尊い仕事なのだ。

 サーカスや演劇、音楽、絵物語などの娯楽産業は、人々が前を向いて進むための活力になる。

 帝都は、そんな活力に満ちた街だからこそ、こうして発展しているのかもしれない。

「あっ」

 その時、強く吹いた海風が私の帽子を飛ばした。
 考え事をしていて、帽子から手を離してしまっていたのだ。

 帽子は運良く近くの木に引っかかり、セオが風の魔法でさっと取ってくれた。

「ありがとう、セオ」

「どういたしまして」

 私がセオから帽子を受け取っていると、少し離れた所から親子連れの会話する声が聞こえてきた。
 小さな女の子が、私の方を見て指差している。

「ねえねえママー、あのお姉さん、ししまるのサーカスの人かなぁ? きれいな髪だねー!」

「きっとそうね、綺麗ねぇ」

「わたしも、大きくなったらあのお姉さんみたいな髪にしてもらって、サーカスに出るのー!」

「あら、それは素敵ね。きっと似合うわよ」

 親子は、ニコニコしながら歩き去っていく。
 指を向けられた時は一瞬身構えてしまったが、あの二人の会話には何一つ嫌な感情が含まれていなくて、私は不思議な気持ちになった。

「パステル?」

「セオ、私……不思議な気分」

「言ったでしょ? パステルの髪、綺麗だって」

「そう……なのかな」

 セオもメーアも、先程の親子も、他意はなさそうだった。
 だが、この髪色は、色の視えない目と同じく、長年私を苦しめてきた元凶なのである。
 すぐに自信を持つことなんて出来る筈がない。

 ――それでも、絡まった糸が少しずつ解けていくように、私の心を雁字がんじがらめにする何かが、ほんの少しだけ解けたような気がしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...