色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第三章 黄

第39話 「お家騒動」

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 その翌日。
 私とセオは、フレッドの滞在している、ベルメール帝国の皇城を訪問していた。
 帝都はノエルタウンよりかなり南に位置するので、ノエルタウンと比べると圧倒的に暖かい。


「おお、セオに嬢ちゃん、大して久しくないのう。五日ぶりぐらいか?」

「お祖父様、暇そうだね」

「失礼じゃのう。これでも騎士団員じゃから、毎日訓練は見学しとるぞい」

「見学なんだ」

「ふふっ」

 フレッドとセオのやり取りに、思わず笑いがこぼれてしまう。フレッドも、相変わらずのようだ。

「ところで、エレナと共にノエルタウンに向かったのではなかったかい? 何かあったのか?」

「うん。お祖父様に相談がある。
 ノエルタウン一帯を治める領主が、聖王都に行ったまま帰ってこないらしい。
 それで、降聖霊祭が開催出来ないかもしれないって」

「ふむ……?」

「情報屋と接触したいんだけど、危険かな?」

「……セオ、お主、その情報屋が原因で前に一度ヤバいのに捕まっとるじゃろう」

「騙されたことも何度かある。けど、中には正しい情報もあった」

「やれやれ、いいカモじゃな……よし、ならワシもついていくぞい」

「大丈夫なの?」

「うむ。どうせ・・・籍だけ置いとる暇人じゃからな。ちょっと待っとれ」

 フレッドは応接室から出ていくと、すぐにオーバーオールに長靴の農父スタイルに着替えて戻ってきた。

「さ、行くぞい。ところでセオ、嬢ちゃんも連れてくのかい? あんまりオススメ出来る場所ではないぞ」

「……パステル、僕も待っててもらったほうが良いと思う。どうする?」

「……フレッドさんがセオについていて下さるなら、私はここで待たせてもらいます。
 情報屋さんの所へ行くって聞いて、セオが一人で無茶をするんじゃないかって心配で、無理言ってついてきたんですけど……フレッドさんと一緒なら大丈夫ですね」

「パステル……すぐ戻ってくるから」

「嬢ちゃん、セオのことは心配いらんぞい。いい子で待ってるんじゃぞ」

「はい、お気をつけて。いってらっしゃい」

「いってきます」


 セオとフレッドが応接室を出ていくのを見送り、私はソファに深く腰掛けた。
 皇城のソファは憎たらしいほどふかふかで、体と一緒に気持ちまで沈んでいってしまいそうだ。

 何も出来ないのがもどかしい。
 だが、私がついて行っても足手まといになるどころか、『虹の巫女』についての余計な情報を情報屋に与えてしまうだろう。


 フレッドに聞いた話では、セオが懇意にしている情報屋は聖王国の王族と長年取引があるらしい。
 かなり闇深く色々なものが渦巻いているのだと、やんわり教えてくれた。

 フレッドが言った通り、経験も浅く感情という判断材料を持たないセオは、良いカモだっただろう。
 偽の情報ばかりでなく、有用な情報も時折流す——ただそれだけでいいのだから。

 セオが怖い目に遭ったのも、その情報屋の流した情報による罠だった。
 だが、国を出たセオがフレッドの生存を知ったのも、同じくその情報屋から与えられた情報によるものだったらしい。


 更に言うと、その情報屋は巫女のひとりということだ。
 どんな能力を持つ巫女なのかは不明だが、その力を精霊や人のために使うつもりはないのだろうか。
 精霊や妖精たちと対話していたら、彼らのために何かしたいと思うのが自然ではないか。

 そういう私自身も近頃、巫女の力が戻ってきたからだろうか——巫女として何か私に出来ることはないのだろうか、と思い始めている。



 しばらくして、応接室の扉がノックされ、私は入室を促す。
 部屋に入ってきたのは、腰まで届きそうな深い青の髪と同じ色の瞳を持つ、背の高い美女だった。
 帝国の皇女、メーアである。
 私は慌てて姿勢を正し、丁寧にカーテシーをする。

「メーア様、お邪魔しております」

「久しぶり……という程でもないわね、パステル。セオとフレデリック様はお出かけ中?」

「はい」

「丁度良かった。あなたに話があって来たのよ。座ってもいいかしら?」

「は、はい。もちろん」

 メーアがソファに腰掛けると、流れるようにティーセットが用意される。
 給仕を済ませると使用人たちはあっという間に退室し、メーアと私は二人きりになった。

「早速なんだけど。パステル、あなた、セオのこと好きよね?」

「へっ!? き、急に何ですか!?」

「大事なことなのよ。セオと思いが通じたら、一緒になるつもりはある?」

 突然変なことを聞かれて、一気に顔が熱くなった。
 メーアは揶揄からかっているのだろうか。だが、それにしては真剣な表情だ。

「え、あ、あの、好きですし、ずっと一緒に居られるならそうしたいですけど、でも……」

 メーアの真剣な表情に、もじもじしつつも私は本音を話してしまった。
 とはいえ、私がセオに恋心を抱いてしまっていたと気付いたのも、昨日のことだったのだが。

 あの後エレナが奇声を上げながら慌てて部屋から出て行って、一人でわたわた困ってしまったのを思い出した。あれは恥ずかしかった。

 そして、私はメーアに話してしまってから、少しだけ後悔に襲われた。メーアはセオのことが好きだったはずだ。
 しかし、それに対するメーアの反応は、予想外のものだった。

「それなら大丈夫ね。それを踏まえてなんだけど、聖王国の事情は聞いてるわね?」

「え? はい、少しは……」

 それとこれと何の関係があるのだろうか。
 メーアは私が想定していたような嫌な感情を表に出すこともなく、至って真剣な表情のまま話を先に進める。

「『神子みこ』であるフレデリック様が在位していたのは十二年前まで。
 その後は『祝子はふりこ』であるフレデリック様のお兄様が即位されたわ。
 現在の聖王は前聖王の実子で『加護持ち』。五年前に即位しているわね」

 聖王国の王位継承権は、精霊の加護の強さによって決まる。
 『神子』『祝子』『巫女』『加護持ち』の順に、成年王族の中から聖王が選ばれるそうだ。

「フレデリック様が退位なさった理由については聞いた?」

「ええと……風が止んでしまった時があって、幼かったセオの代わりに風の神殿へ向かったと伺いました。
 地上に戻ると、もう次の聖王様が即位なさっていて、フレッドさんは亡くなったことになっていたと」

「ええ、その通りよ。それでね、これはフレデリック様に聞いた話なのだけれど。
 フレデリック様は、風の精霊が助けを求めていると聞いて神殿に向かったものの、神殿に着いた時、風の精霊は無事だったそうなの。偽の情報を掴まされたということね」

「え? でも、風の神殿にはフレッドさんが修繕した痕跡がありましたよ?」

「神殿に着いて一泊したら、風の精霊が久しぶりの宴会でお酒を飲みすぎちゃったみたいなのよね。
 それで、翌朝二日酔いで起きるのを嫌がって、暴れて神殿を壊してしまったらしいわ。……どこまで本当だか分からないけれどね」

「それは……すごいですね」

 ラス……寝起きが悪いとは聞いたが、さすがにちょっと信じられない。
 だが、本人がその当時のことを隠そうとしていたのを、私は思い出した。

 セオからはラスの神殿が壊れたから、フレッドが助けに向かったと聞いていたが……ラスが誤魔化したのかもしれない。
 結局神殿が壊れたのがフレッドの到着前なのか、到着後なのかは不明だ。

 だが、ラス自身もフレッドに助けられたと言っていたし、どちらにせよフレッドが国を空けて神殿の修繕をしたのは事実である。


「で、とにかくよ。フレデリック様の後に即位したジェイコブ様は、『祝子はふりこ』だった。
 その次に王位継承権を持っていたのは、合わせて六人。『祝子』が一人、『巫女』が一人、『加護持ち』が四人。今の聖王マクシミリアン様は、継承権第六位だったの」

「継承権第六位? 今の聖王様が?」

「ええ。その反応を見ると、お家騒動について詳しいことは聞いていないようね」

「はい」

「継承権を持つ他の五人……『祝子』は病死、『巫女』は事故死。『加護持ち』三人は国外に亡命。そうしてゴタゴタしている間に、前聖王ジェイコブ様は崩御」

「……え?」

「まだまだあるわよ。未成年王族は、フレデリック様の在位中は八人いたの。それが、今は三人しかいないのよ。
 それも、二人は下位精霊の加護しか得られず継承権はなし、残る一人は『空の神子』だけど精神異常により王位不適格。
 あとの五人は中位以上の加護を持っていたはずだけど、どこへ行ったのかしらね?」

「……そんな……」

「そうそう、下位精霊の加護が二人と言ったけれど、聖王国に留まっているその二人はマクシミリアン様の実子よ。
 今は一生懸命『巫女』を探しているみたいだけど、何に使う・・・・つもりなのか、想像に難くないわね」

「……巫女の力の、継承……?」

「そうよ。とにかく、その二人……王子と王女なのだけれど、王女の方は新たな『巫女』として、現在の・・・聖王国の領土を治めるために使うつもりね。
 王子の方は、私と婚約しているわ。内部から帝国のことを探るつもりなのでしょう。
 まあ、私はそんなヘマはしないけど、魔法を使える側近をどのぐらい連れてくるかも不明。使用人たちに紛れたら何処から懐柔されるか分からないわね」

 聖王国は精霊を大切にする風土だ。
 王国と違って、平民でも下位精霊の加護を受けている場合があるということは、ノエルタウンへの滞在で判明している。

「最後に、彼らは陰でファブロ王国の暗部と繋がっているという噂もあるわ。……さて、マクシミリアン様は何をお望みなんだと思う?」

 その言葉に、私は嫌なことを想像して顔から血の気が引いていったのだった。
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