色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
100 / 154
第六章 赤

第98話 「発端」

しおりを挟む
 主人カイが不在の居間で、私とセオ、ノラ、ファブロ王国の王太子ヒューゴは、互いに情報を共有していた。

 私とセオが火の精霊に会う必要があること。
 聖王国のお家騒動に巻き込まれていること。
 そして――

「……ってことがあったにゃ」

 ノラの口から語られたのは、九年前の事件。
 私の両親と、セオの両親が、『火の精霊の神子』に害されたという事実。

 ヒューゴと、彼の父である国王が『火の精霊の神子』であり、九年前はヒューゴも子供だったということ――そして、彼自身が現在、至極冷静で理知的であることを考えると、自ずと火の精霊を暴走させた犯人は絞られる。

 ヒューゴは、テーブルに肘を付いて口元で手を組み、無言でノラの話を聞いていた。
 ノラの話が終わっても、しばらくの間、誰も声を発せずにいた。
 沈黙を破ったのは、やはりヒューゴだった。

「……そうか」

 ヒューゴは、目を閉じて深いため息をつく。

「――父が犯した過ちは、そんなにも重いものだったか」

「ヒューゴ殿下……」

 ヒューゴは、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
 その瞳には、悔しそうな、怒っているような、やり切れない色が滲んでいた。

「……セオ殿、パステル嬢。謝って済むことではないが――父が、すまなかった」

 ヒューゴは椅子から立ち上がって、深く深く頭を下げる。

 私はセオをちらりと見た。
 その金色の瞳には、少しのかげりもない。

 セオは、私よりずっと辛い思いをしてきたはずだが――それでも、私と同じ気持ちのようだ。
 私たちが聞きたいのは、『謝罪』ではなく、『真実』。

 セオはゆっくりと口を開く。

「ヒューゴ殿下、頭をお上げください。殿下が悪いわけではありません。それよりも――何か知っていることがあれば、お教えいただけませんか?」

「……承知した。貴殿らの寛大な心に、感謝する」

 ヒューゴは再び椅子に腰を下ろす。

「長い話になるぞ」

 私たちが頷いたのを確認すると、ヒューゴは考えを巡らせながら話し始めた。



「事の発端は、二十年前に遡る――父の正妃が、原因不明の眠り病に罹り、目覚めなくなってしまったのだ」

 ゆったりと息を吐いて、ヒューゴは一音一音を丁寧に紡いでゆく。

「そうだな、この話をする前に、ファブロ王国の王族について話しておかねばなるまい。私の母は、父の後妻……いや、正妃が生きている以上、側室とでも言った方が正しいな。
 正妃が世継ぎを産む前に、眠りに落ちて目覚めなくなってしまったため、父には望まぬ側室が据えられたのだ。母は、十年前の冬に――帰らぬ人となった」

 ヒューゴは、眉をぎゅっと寄せ、深くため息をつく。

「母の死んだ日、机の上には遺書が残されていた。中身は――『私ではあなたの愛する女性ひとの代わりにはなれない。彼女の病を治して、どうかあなたの時計の針を進めてほしい』と。
 そして、そこに記されていたのは、病を治す方法。それが、『毒蛇ヨルムンガンドを呼び戻すこと』だった」

「……毒蛇ヨルムンガンド? まさか……」

「そう。貴殿らの国で、『毒の精霊』と呼ばれている存在だ。
 以前ロイド子爵家の領地だった場所で、九年前から王領になっている湖。そこから聖王国に繋がる岩山の中に、毒蛇ヨルムンガンド迷宮すみかがあったそうだ」

 毒の精霊の迷宮は、二十年前にセオの両親と私の母、そしてカイが訪れた場所。私の父と母が出会った場所でもある。

「毒蛇の迷宮は、二十年前にその主人を失い、高く積まれた岩の壁に閉ざされた。その頃だったそうだ。父の正妃、ヴァイオレットが床に伏したのは」

「それって、つまり……」

 私は、セオと顔を見合わせた。
 セオも、私と同じことを考えたようで、口元をきゅっと引き結んで、ヒューゴに質問をする。

「ヒューゴ殿下。国王陛下の正妃ヴァイオレット様は、どういう方だったのですか?」

「――文字通りの『毒婦』だったそうだ。私の生まれる前のことだから、人から聞いた話になるが。
 父が毒婦ヴァイオレットを妃に迎える前の数年間、王国では不審死や、不審な病が相次いでいてな。妃候補に上がっていた有力貴族の娘の間で、父に近づきすぎると体調を崩し、最悪死に至るという噂がまことしやかに囁かれていたそうだ。妃候補は、続々とその座を辞退した。
 そんな中、父は城に上がっていた侍女の一人を見初みそめた。――それが父の正妃、毒婦ヴァイオレットだ」

「侍女だった方なのですか」

「ああ。異例ではあったが、妃候補が全員辞退してしまったし、それに……父が、ベタ惚れだったらしい。実際、ヴァイオレットは非常に美しい女性だった。
 ――そして、例の不審な病に毒婦ヴァイオレットが関与している可能性が浮上したのは、彼女が正式に王妃になってからだ。
 当時、彼女を妃として迎えるにあたって、反対する者がたくさんいたであろうことは想像出来るな?」

 私とセオは同時に頷いた。
 身分を持たない一介の侍女が王妃になるのだ。
 妃候補として挙げられていた貴族だけではなく、城で要職に就く者や、他の使用人からのやっかみもあっただろう。

「彼女が王妃となってから、体調を崩す者たちが激増した。それも、あからさまにヴァイオレットを疎んでいた者たちから、順番に。
 城の医務官たちが極秘裏にその病について調べたところ、病に冒されていた者全員から、猛毒の毒茸トードストゥールの胞子が、微量に検出された」

毒茸トードストゥール……」

 私の両親が遺した小箱の中に入っていた解毒薬が、毒茸トードストゥールの解毒薬だったはず。
 父が二十年前の『毒の精霊』絡みで調合したものだとトマスは言っていた。

毒茸トードストゥールは、猛毒で扱いが難しい毒物だと聞きました。解毒も難しかったのでは?」

「その通りだ。当時、完璧な解毒薬を作ることが出来たのはただ一人――王国で最も薬草や毒物に詳しかった、デイビッド・ロイド前子爵だ。
 ロイド子爵家は、代々薬草やハーブの栽培と加工を生業としてきた貴族家だ――パステル嬢の父、デイビッド殿は、『毒蛇の迷宮』近くで採取された毒茸トードストゥールから解毒薬を調合した。
 それ以降は、病に冒されていた者たちの症状も快方に向かい、さらにヴァイオレットが倒れたためだろう、新しく病に罹患りかんする者もぱったりといなくなった」

 毒の精霊の力を悪用して、ヴァイオレットが毒茸トードストゥールの胞子をばら撒いていたとしたら、毒の精霊が鎮められた時点で毒による病は終息しただろう。

 ――しかし、ヴァイオレットが毒の精霊の加護を受けていたとしたら、なぜ精霊の力が絶えたはずのファブロ王国に紛れ込んでいたのだろうか?

 だが、今は疑問を差し挟む余地はない。
 ヒューゴは、その先を淡々と語っていく。

「先程も言ったように、世継ぎが生まれる前にヴァイオレットが目を覚まさなくなり、父の側室に据えられたのが私の母だ。
 ――父は、母を愛していなかった。結婚が決まってからも、母が私を身籠った後も、私を産んだ後も。
 父は母を顧みず、公務以外の時間は、ずっとヴァイオレットの眠る部屋で過ごした。いつしか母は、精神を病んだ」

 ヒューゴは俯き、自嘲した。その瞳には、昏い炎が揺らめいている。

「父は、大切にすべき妻も息子も愛さなかった。ヴァイオレットの元に、心を置き去りにした。そして母は、遺書をしたためて、自ら――」

 ふう、と大きく息をつき、ヒューゴは瞼を閉じる。
 淡々と続けるその声には、冷えきった怒りと、深い後悔がたっぷりと練り込まれていた。

「私は、父が憎い。ひとり現実から逃げてしまった母も憎い。
 だが――私には、王太子としての責務がある。今の父は、王国の公務を何一つ行なっていない。九年前、私が七歳の頃から、私が王国を動かしている。
 デイビッド殿の解毒薬で宰相や大臣の容体が快復していなかったら、ファブロ王国は滅んでいただろう」

 ――ゆっくりと開いたガーネットの瞳。
 冷たく理知的なその輝きは、十六歳とは思えない経験の深さを宿していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

処理中です...