氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第三章 繋がりゆく縁

3-14 『前回』の舞踏会・前編 ★ウィリアム視点

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 ウィリアム視点です。

――*――

 魔道具研究室で魔石を浄化し、魔法師団長シュウさんと打ち合わせをした俺たちは、次の指示を待ってまた研究室を再訪することを約束した。
 俺たちはまた馬車に乗り、オースティン伯爵家への帰路についている。

「それにしても……舞踏会か」

「舞踏会に、何か懸念があるのですか?」

「ん? ああ……まあね」

 顎に手を当ててぼそりと呟くと、向かいの席に座っているミアが、俺の言葉を拾って問いかけた。
 俺は、ぼんやりと返答をする。

 社交シーズンの最後を飾る、王家主催の舞踏会。
 その日を最後に、王都に集っている貴族たちは領地へと戻り、夏と秋を過ごす。
 収穫の期間を終えて冬を迎えると、再び王都に集まって、新年を祝う夜会を皮切りに、本格的な社交シーズンが始まるのだ。

 そして――ミアが言うように、俺は、この舞踏会に、悪い思い出があった。

 逆行前の俺は、三度ミアに命を救われている。
 一度目は幼い頃、三度目は逆行のきっかけとなった式典。

 そう――その『二度目』が、例の舞踏会で起こった出来事だった。

 とはいっても、一度目や三度目と違って、ミアが『直接』俺の命『だけ』を救ったというわけではない。
 だが、ミアの行動がなければ、その事件ののち、間接的にたくさんの命が失われていたことは間違いない。
 魔法騎士の俺も、王国の地を二度と踏むことなく、異国の最前線で、命を使い果たしていたことだろう。


 王国を震撼させるその事件が起こったのは、逆行前――俺が十六歳だった年の舞踏会。
 逆行後の現在でいうと、ちょうど来月に開かれる予定の舞踏会だ。

 本当なら、理由をつけて参加しないようにしても良かったのだが……いくらミアに危険が迫る可能性があるといっても、参加しないという選択肢はとれない。
 今回は魔石と王家の件もある。それに何より、ミアが参加しないと、この王国が、国王陛下の築いてきた平和が、崩れてしまうことになるのだから――。


◆◇◆


 逆行前のあの頃。
 俺とミアの関係はすっかり冷め切っていた。

 普通なら婚約者がエスコートするはずの舞踏会だというのに、俺は「魔法騎士の仕事があるから」と言って、ミアのエスコートを、ミアの兄オスカー殿に依頼したのである。

 ミアと婚約したのは、幼い頃の出来事で自分が勝手に背負った責任感と、自分への枷からだった。
 とはいえ、有象無象の他の令嬢に比べれば、もちろんミアには少なからず好意を持っていたし、彼女の持つ儚げな美しさにどきりとさせられることもあった。
 だが結局は、どう接したらいいかわからず――そう、俺はミアと向き合うことから、そして自分自身と向き合うことから、逃げていたんだ。


 舞踏会の当日。
 たくさんの人間が王城に集まるにも関わらず、勤務できる魔法騎士は普段よりもずっと少なかった。
 貴族家出身の魔法騎士団員の多くが、生家からゲストとして舞踏会に参加するよう命じられていたからだ。

 オースティン伯爵家は、その点では特殊な家である。
 当主が魔法騎士団長なのだから、そちらの仕事を優先するのが当然といえば当然だったし、ホストである王家もその点は理解していた。
 そのため、アイザック兄上夫妻が代表して舞踏会に参加し、俺と父上、エリオット兄上は魔法騎士として王城の警備に当たっていた。


 事件が起きたのは、舞踏会が始まって、しばらく経った頃――国王陛下の挨拶のため、音楽が止み、皆が壇上に注目した時だった。

 音もなく、唐突に、それ・・は起こった。

 視界が、揺らぐ。
 身体が、かしぐ。
 臓腑も、血の中も、身体中の何もかもが掻き回されているような、気持ちの悪い感覚――。

 俺は耐えきれず、膝をついた。

 そして、間を開けず。
 グラスや食器が割れる音、そして、バタバタと、重いもの――おそらく、人が倒れる音が続く。

 苦しげな呻き声。
 荒い息遣い。

 悲鳴は、聞こえない。
 おそらく、誰も、悲鳴を上げている余裕すらないのだろう。

「ぐ……」

 国王陛下の呻き声が耳に入り、俺はなんとか、顔の向きだけそちらに動かす。
 身体を少し動かすだけでも吐きそうになるが、どうにかこらえた。

 見ると、国王陛下も、王妃陛下も、王子殿下も王女殿下も、みな苦しそうにうずくまっている。
 俺から見える範囲には、誰一人として、立っている者は見受けられなかった。

 ――この症状に、俺は、心当たりがあった。
 魔石に素手で触れた時に、同じ症状を引き起こす――すなわち、魔力酔いだ。

 だが……魔石に触れてもいないのに、どうして?
 それに、なぜこんなに広範囲に?

 少しでも原因を探ろうと、俺は襲いくる吐き気を我慢しながら、視線をゆっくりと動かした。

 そして――俺は見つけた。

 二人。

 このおかしな状況の中、よろけもせずに立っている人間が、二人だけ存在していたのだ。
 そのうちの一人が――、

「……ミ、ア……?」

 魔力を持たない、ミアだった。
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