氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第三章 繋がりゆく縁

3-15 『前回』の舞踏会・後編 ★ウィリアム視点

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 ウィリアム視点、過去の回想の続きです。

――*――

「……ミ、ア……?」

 立っている人間のうちの一人は、ミアだった。
 倒れてしまった家族の輪の中心で、どうしていいかわからず、オロオロしている様子だ。
 彼女には魔力がないから、魔力酔いの症状が現れないのだろう。

 そして、この場に立っている人間は、もう一人。

 奴は、どう見ても招待客ではない。
 白いフードを目深にかぶり、布を巻きつけて鼻から下を隠している。
 マント付きの白いローブを羽織っていて、手には抜き身の剣が握られていた。どこにでも売られている、安物の剣だ。

 おそらく、開いていた扉から、ボールルームに侵入してきたのだろう。
 この様子だと、門前にいる騎士や使用人たちにも同様の症状が出ているのかもしれない。

 真っ直ぐに、大股で。
 侵入者は、こちらへ――正確には、王族のいる方へと歩いてきた。
 すれ違う際にミアを一瞥したが、脅威にならないと判断したのだろう。そのまま素通りする。

 奴は、国王陛下の前で、立ち止まった。

「……な、にもの……だ?」

 国王陛下は、苦しそうに問いかける。
 だが、奴はそれに答えることなく、持っていた剣を国王陛下に突きつけた。
 奴の表情は見えないが、剣先が小刻みに震えている。
 躊躇っているのだろうか……?

 俺は、必死で身体を動かそうとする。
 しかし、やはり、ほんの少しであっても、動くのは難しい。
 魔法で打開できないか試みたが、魔力を練るなんてもってのほか――身体中の魔力が拒絶反応を起こして、ますます辛くなるだけだった。

 その時。

「――おやめなさい」

 凛とした声が、響く。
 誰が発した声か、考えるまでもない。
 この場で動けるのは、ただ一人――。

「……っ」

 ミアの声に反応して、奴の剣先がびくりと震える。
 奴は国王陛下に剣を突きつけたまま、ミアの方へ向き直った。

「来るな……っ」

 男の声だった。
 剣先も声も、哀れなほど、震えている。
 ――やはり、プロの刺客ではないようだ。

 ミアは、一歩ずつ、一歩ずつ、こちらへ歩いてくる。
 最初はなんと豪胆なと思ったが、ミアの顔面は蒼白で、内心、怖くて仕方がないのだと気がついた。

「――哀しい目」

 ミアは、男の数歩手前で立ち止まると、フードに隠れた目を覗き込むように見上げ、呟いた。

「何を……!」

「本当は、こんなこと、望んでいないのでしょう?」

 ミアはそう言うと、また一歩、また一歩、男へ歩み寄る。
 そして――手を差し伸べた。

「もう、やめましょう? さあ、剣を捨てて」

「うるさい……! これ以上、近づくなっ!」

 ぶわり、と男の魔力が膨れ上がる。

「……ミア……っ、逃、げろ……!」

 俺は咄嗟に言葉を発するが、間に合わなかった。

 魔力は風の刃をまとって、ミアの髪を一房、二房、はらりと落とす。
 ドレスも一部が破れ、腕から、頬から、出血する。

 それでも――ミアは、手を引かなかった。

「……もう、やめましょう?」

 ミアは、笑みを浮かべていた。
 怖いはずだ。痛いはずだ。
 差し伸べた指先から、床へと血が滴っている。

 なのに。
 ミアは、慈愛のこもった優しい表情で、微笑んでいた。
 ――それは、この世の何よりも美しい笑顔だった。

「……っ」

 ミアのその一言で、男の剣はカタカタと大きく震え――そのまま、奴は剣を取り落とした。

 その時、ようやく。

 定時連絡がなく、不審に思ったのだろう外回りの騎士たちが、ボールルームの入り口から雪崩れ込んできた。

 男はすぐに捕らえられ、教会の聖女へ魔法通信が飛ばされる。

 勇敢にも一人、男に立ち向かったミアは、緊張が限界に達したのであろう――意識を失ってその場にくずおれた。
 まだ魔力酔いの治療を受けていない俺は、彼女に駆け寄ることもできない。

「お嬢さん、大丈夫ですか!? ――誰か! 意識のない怪我人が一名、急いで聖女を……」

 他の魔法騎士の腕にミアが抱きかかえられているのを見て、胸にモヤモヤとした気持ちが募り……俺は情けなくも、その時初めて、ミアへずっと抱いていた淡い想いに、気がついたのだった。


◆◇◆


「……ウィル様?」

「……あ、ごめんごめん。何でもないんだ」

 いつのまにか考え込んでしまっていた俺の目を、ミアが心配そうに覗き込んでくる。

 今回は……やはり前回と同じ方法で、ことを起こすのだろうか。
 そうだとしたら、どうやって回避すればいいのか――あれからずっと考えてきたが、俺は結局、対抗策を見つけられていない。

 国王陛下は助かるが、このままでは……ミアはやはり、今回も怖い思いをすることになってしまう。
 ミアは、また、男の魔法で傷つけられてしまうことになるかもしれない。

「……ミア……俺が君と代われたら。俺が、君を守れたらいいのに」

「……? 私でしたら、もう充分守っていただいていますわよ?」

「……俺は……」

 俯いてぎゅっと唇を噛んだ俺を、ミアの香りが、ぬくもりが、ふわりと包み込む。

「……ミア?」

「大丈夫、大丈夫」

 ミアは先程まで向かいの席に座っていたのだが、俺の横に移動してきたようだ。
 俺の背中に手を回して、とん、とん、と優しく叩いてくれている。幼い子供をあやすように。

「怖くありませんわ。最近の私は、ウィル様と一緒なら、何があろうと、どんな困難でも、乗り越えていけそうな気がするのです」

「ミア……?」

「大丈夫です。ウィル様は、慣れない社交の場に出るのが不安なのですよね? 私も頑張りますから、ウィル様は、私の隣でいつも通り、堂々として下さっていれば良いのです」

「……ふふ」

 どうやらミアは、俺が苦手な社交の場に出ることを不安がっていると勘違いしているようだ。
 俺が思わず笑いをこぼすと、ミアは俺の背から手を離した。
 離れていこうとするミアを引き止めるように、俺が代わりにミアの背中に手を回す。

「ミア……好きだよ。そういうところも、全部」

「ウィル様……」

 俺がミアの額にキスをすると、ミアは頬を染め、青い瞳を潤ませた。
 俺は目を細めて、そのまま、ミアの唇を奪う。

「……なんとかしてみせる。ミアをこの腕に抱いていいのは、俺だけだからね」

 俺は決意を込めて呟き、ミアをさらに強く抱き寄せる。

「……? もちろんですわ」

 ミアは不思議そうに、耳元でそう返答したのだった。
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