氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第一章 魔法石研究所と新たな力

4-6 定着の謎


 聖力を使い果たし、ウィル様の部屋で目覚めるという失態を犯した日の午後。
 私は、キッチンに集まって夕食の下準備をしている聖女たちから、話を聞いていた。

「いくら聖力を注いでも『加護』が定着しなかったの?」

「はい。詠唱に問題があるとか、何か理由があるのでしょうか」

「うーん、どうだろ。誰か知ってる?」

 私が質問をした聖女は理由がわからなかったようで、洗った芋をナイフでむきながら、他の聖女たちに心当たりがないか尋ねた。
 野菜を刻んでいる聖女、小麦粉を練っている聖女……ほとんどの聖女が首を横に振る。

「あ……」

 そんな中、スパイスをすりつぶしていた聖女が何か思いついたようで、小さく声を上げた。

「何か思い当たるの?」

「うん。ほら、何だっけ。数年前まで南の丘教会にいた人……ス……なんとかさん。あの人の言ってた話と一緒じゃない?」

「あ、そうかも。えっと、スパナさんだっけ?」

「いやそれ絶対違う。ス……ス……スキュラさんだよ」

「もしかして、ステラ様ですか?」

「あっ、そうそう! その人!」

 もしかしたらと思ってステラ様の名を出したら、まさにビンゴだったようだ。

「ステラさんね、一度、神殿騎士じゃない人に『加護』をかけてみたことがあったらしいの。その時、聖力を無尽蔵に吸われて、気絶しちゃったんだって」

「うん、私もそれ聞いた。ステラさんって確か、教会を抜けた後、自警団だか冒険者だかをしてた人と一緒に暮らすことにしたんだっけ? その時に、魔獣に襲われたら困るからって、その人と聖剣技を試そうとしたみたいだよ」

 ステラ様も昨日の私と同じように、気を失ってしまったことがあったのか。
 相手はおそらく、私の実父、ジュード様のことだろう。

「それで……どうなったのですか?」

「んー、その時はお試しでやっただけだし、魔獣も出なくて問題なかったらしいよ。けど、本当に魔獣が出たときに気絶しちゃうと大変だから、それっきりにしたみたい」

「その時は倒れちゃって『加護』を解除しなかったらしいんだけど、数日後に魔獣に出くわしたときにまだ相手に『加護』が残ってたって。でもさ、それ、盛ってるよねぇ絶対」

「うん、それは私も思った。だって『加護』って普通、勝手に身体から抜けてっちゃうから、半日も持たないじゃん」

「半日……」

 ウィル様に『加護』をかけてから、彼の身に『加護』が残っていることを見せてもらうまでで、おおよそ半日。聖女たちの言葉が正しいなら、ウィル様の『加護』はもう抜けている頃だろう。
 研究所に向かう馬車の中で、ウィル様に『解除』を申し出たけれど断られてしまったのは、身体に残る『加護』があと僅かだとわかっていたからかもしれない。

「まあ、とにかくその話は嘘だと思うけど、ミアさんの『加護』自体は発動したんでしょ? だったら、相手の方に問題があるんじゃないかな?」

「相手に? どういうことでしょう」

「ステラさんも、神殿騎士相手に『加護』をかけた時は、ちゃんと定着してたもん。神殿騎士としての訓練をしてるかどうかじゃないのかなあ? わかんないけど」

「なるほど……」

 ステラ様が神殿騎士に対して、『加護』を定着させることができたのなら、確かに神殿騎士としての訓練も関係してくるのかもしれない。誰か、神殿騎士に確認してみる必要があるだろう。

「わかりました、どなたかに確認してみます。お忙しい中お話を聞かせて下さり、ありがとうございました」

「いいえー、また来てね、ミアさん」

「お話相手ならいつでも大歓迎だよ」

 聖女たちにお礼を言って、私は訓練場へ向かったのだった。





 訓練場に到着した私をめざとく見つけたのは、やはりウィル様だった。
 今日は彼は訓練に加わらず、他の魔法騎士たちと神殿騎士たちの戦いを見守っていたようだ。

 訓練スペースでは、魔法騎士と神殿騎士が、数人ずつ戦っている。
 神殿騎士たちは、昨日ウィル様を相手にしていた時のように全く歯が立たない状態ではなく、しっかり剣を合わせて戦っていた。

「あれ、ミア? どうしたの? 今日は聖魔法の練習、しないんだよね?」

「はい。神殿騎士の方に、確認したいことがございまして」

 私がそう言うと、訓練スペースに結界を張っている神殿騎士がこちらをちらりと見て、目が合った。
 私が会釈すると、きらきらにこにこ笑顔を浮かべていたウィル様から、一瞬で目の光が消える。

「神殿騎士に、何の話? もしよければ、俺が代わりに聞いておくよ。いや、よければじゃなくて、その方が絶対にいい。うん、そうしよう。で、何の話」

「わ、わかりましたから。ウィル様、ちょっと圧が」

 神殿騎士がすぐそこにいるのに、ウィル様は私とその騎士との間に身体を割り込ませて、コワい笑顔で迫ってくる。騎士の男性は苦笑いだ。

「え、えっと、それでお話というのは――」

 私は先程聖女たちから聞いた、ステラ様の話を、ウィル様に伝えた。

「……なるほどね。『加護』をかけられる時に、こちらからも何かアクションをする必要があると? ……うーん。でも、それはちょっと矛盾するな」

「矛盾、ですか?」

「ああ。だって昨日、見知らぬ聖女の実験台になった時……あの時、俺は何もしなかったよ」

「そういえば、そうですわね……けれど、『加護』はしっかり定着しましたものね」

「うん。それに、聖剣技を試している他の魔法騎士たちもそうだ。特に予備知識もなく『加護』を受け、普通に定着した」

 私たちが悩んでいると、結界を張っている神殿騎士から声がかかった。

「……馬に蹴られる覚悟で声をかけるっすけど、お二人さん、ちょっといいっすか」

「ああ……なんでしょう」

 ウィル様は、すっと私の腰を抱いて、すぐ横に張り付いた。そこまでしなくても、あれだけの強さを目の当たりにしたら、ウィル様の逆鱗に触れるようなことをする人なんていないと思うが。
 案の定、神殿騎士はちょっぴり顔を引きつらせながらも、私たちに話をしてくれた。

「んと、黒騎士さんの言うとおり、『加護』を受けるときに特別な魔力操作は必要ないっす。だって、魔力を持たない神殿騎士でも聖剣技は使えるんすから」

「……そうなのか?」

「はいっす。自分のものじゃない聖力を意のままに動かすのはコツがいるっすけど、それさえわかれば、魔力のない人でも、神殿騎士じゃない人でも、聖剣技は使えるはずっす」

「確かに、最初に別の聖女にかけられた『加護』の聖力は、自由に動かすことができなかったが、ミアの聖力は苦もなく自在に動かせたな。コツ……そういう問題なのか? うーん……そんなに努力した感じもしないけれど……」

 ぶつぶつと言いながら、ウィル様は、また手のひらから『加護』の光を出した。

「あれ? まだ、私の『加護』、残っているのですか?」

「うん? ああ。まだ昨日の半分ぐらい残っているよ」

「おかしいですわね……聖女様たちは、長くても半日ぐらいで抜けてしまうと言っていましたのに」

「そうなのかい?」

 不思議そうに首をかしげるウィル様に、私は頷いた。
 この会話に大袈裟に驚いたのが、軽い口調の神殿騎士である。

「うへぇ、黒騎士さん、もしかして、昨日からずっと『加護』を保持したままなんすか? 身体はキツくないんすか?」

「いや、何ともないが」

「やっぱ超人なんすか? 普通、『加護』を使い終わったら必ず解除してもらわないと、体力気力がどんどん削られていくんすけどね」

「まあ、そうなのですか? それは大変だわ! ウィル様、言って下さればすぐに解除しましたのに」

「いや、解除しなくていいよ。本当に辛くないから。むしろ……、いや、何でもない」

 ウィル様は、耳を赤くして頬を掻いている。これは彼が照れているときの仕草だと、私はもう知っていた。
 ウィル様はひとつ咳払いをすると、改めて神殿騎士に尋ねる。

「とにかく、きみは『定着』が起こらない理由については、心当たりはないんだな?」

「はいっす。邪魔してすんません」

「いや、参考になった。感謝するよ。とにかく、昨日今日でわかったことを一旦まとめる必要があるな……ミア、今から資料を作るから、手伝ってもらえる?」

「ええ、もちろんですわ」

 ウィル様は、魔法騎士たちへの言伝を残すと、私を連れて資料室へと向かったのだった。
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