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プロローグ1 あの日から一週間後
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はやとは桜並木を駆けていた。
野球部の午前練習が早めに終わったので、買い出しを済ませて一度帰宅するのだ。
夕食を仕込んでから向かえば、病院の面会時間にちょうど間に合う。入院しているよしふみに着替えや小物を届けてやりたい。
…あと、一週間前のあの夜のことを聞き出したい。
よしふみは、はやとの今の保護者である。
「はやとの親に恩義がある」というだけで彼が生まれる前から住み込みで家事やその他雑事を一手に引き受けていたという。
8年前、はやとの双子の妹が行方不明になった際は誰よりも必死に探していたし、7年前の火事ではやとが両親を一度に失ってからは彼を養育してきた。
そんな彼が一週間前の夜、はやとの妹であるかなめを見つけたと言って少女を連れ帰ったのだ。
春休みも終盤に差し掛かった、冷え込む夜だった。
…聞きたいことがたくさんある。
よしふみは収容された病院で何故か一週間の隔離期間を申し渡されたが、怪我自体は大したことないとのこと。
なので、面会許可が下りた今、一番に聞きたいのはかなめのことだ。
買い物袋を両手に、はやとは帰り道にある病院の前を一旦通過して、家路を急ぐ。
その時、ふと、道の先に視線を上げた。
春の柔らかい光の中、小さな人影が桜の枝を見上げて手を伸ばしている。
良く見れば、頭や腕に包帯を巻かれている女の子だ。髪は短く、袖から覗く手首は細い。入院患者が外出しているのだろうか。
その瞬間、びゅうと風が吹き、桜が舞い散った。
はっとしたように少女の視線がこちらを向く。
その瞬間、はやとは立ち尽くし、手に提げていた買い物袋を全て取り落とした。
風の音が強いはずなのに、辺りから音が消えて、自分の鼓動と耳鳴りしか聞こえなくなる。
「かな、め?」
少女は桜の枝に伸ばしていた手を下ろし、はやとのほうにゆっくり向き直った。
「……はやと?」
突如、視界が滲み、顔が熱くなった。
一瞬遅れて、自分が泣いていることに気づいたはやとは乱暴に目元を拭う。
8年前に行方不明になった双子の妹。
一週間前によしふみが連れ帰ってきた時は意識がなく言葉を交わすこともできなかったし、その後一週間一度も面会できていなかったから、実は何かの間違いだったのではないかとさえ思い始めていた。
頼りなさげにたたずむ少女は、ためらいがちに一歩下がると、俯いて両手を胸の前で組んだ。
震えているように見える。
やさしい日差しが一面の桜と彼女の頬を照らしていた。
…これは夢なのか?
潤んだ視界のせいで、辺り一帯が輝いている。
この一週間、何度も自分に問いかけた。
もう一生会えないと思っていた妹が突如見つかるなんて、そんな都合の良いことがあるだろうか、と。
でも、擦ってひりつく目元がこれが現実であることを主張していた。
はらはらとかなめの頭や肩に落ちる花弁は白い。
まるで雪のようで、顔を上げたかなめの頬だけがこの世界で赤く色づいていた。
「かなめなんて、知らない!」
8年前、幼いはやとは確かにそう叫んでいた。
雪の中で泣きながら立ち尽くすかなめの赤い頬が、はやとの見たかなめの最後の姿だった。
上書きするように、祝福するように。
桜の花弁が舞い上がり、時が流れ始める。
…ああ、きれいだな。
きっと俺は、この光景を一生忘れない。
景色が揺れた。
はやとは駆け出していた。
野球部の午前練習が早めに終わったので、買い出しを済ませて一度帰宅するのだ。
夕食を仕込んでから向かえば、病院の面会時間にちょうど間に合う。入院しているよしふみに着替えや小物を届けてやりたい。
…あと、一週間前のあの夜のことを聞き出したい。
よしふみは、はやとの今の保護者である。
「はやとの親に恩義がある」というだけで彼が生まれる前から住み込みで家事やその他雑事を一手に引き受けていたという。
8年前、はやとの双子の妹が行方不明になった際は誰よりも必死に探していたし、7年前の火事ではやとが両親を一度に失ってからは彼を養育してきた。
そんな彼が一週間前の夜、はやとの妹であるかなめを見つけたと言って少女を連れ帰ったのだ。
春休みも終盤に差し掛かった、冷え込む夜だった。
…聞きたいことがたくさんある。
よしふみは収容された病院で何故か一週間の隔離期間を申し渡されたが、怪我自体は大したことないとのこと。
なので、面会許可が下りた今、一番に聞きたいのはかなめのことだ。
買い物袋を両手に、はやとは帰り道にある病院の前を一旦通過して、家路を急ぐ。
その時、ふと、道の先に視線を上げた。
春の柔らかい光の中、小さな人影が桜の枝を見上げて手を伸ばしている。
良く見れば、頭や腕に包帯を巻かれている女の子だ。髪は短く、袖から覗く手首は細い。入院患者が外出しているのだろうか。
その瞬間、びゅうと風が吹き、桜が舞い散った。
はっとしたように少女の視線がこちらを向く。
その瞬間、はやとは立ち尽くし、手に提げていた買い物袋を全て取り落とした。
風の音が強いはずなのに、辺りから音が消えて、自分の鼓動と耳鳴りしか聞こえなくなる。
「かな、め?」
少女は桜の枝に伸ばしていた手を下ろし、はやとのほうにゆっくり向き直った。
「……はやと?」
突如、視界が滲み、顔が熱くなった。
一瞬遅れて、自分が泣いていることに気づいたはやとは乱暴に目元を拭う。
8年前に行方不明になった双子の妹。
一週間前によしふみが連れ帰ってきた時は意識がなく言葉を交わすこともできなかったし、その後一週間一度も面会できていなかったから、実は何かの間違いだったのではないかとさえ思い始めていた。
頼りなさげにたたずむ少女は、ためらいがちに一歩下がると、俯いて両手を胸の前で組んだ。
震えているように見える。
やさしい日差しが一面の桜と彼女の頬を照らしていた。
…これは夢なのか?
潤んだ視界のせいで、辺り一帯が輝いている。
この一週間、何度も自分に問いかけた。
もう一生会えないと思っていた妹が突如見つかるなんて、そんな都合の良いことがあるだろうか、と。
でも、擦ってひりつく目元がこれが現実であることを主張していた。
はらはらとかなめの頭や肩に落ちる花弁は白い。
まるで雪のようで、顔を上げたかなめの頬だけがこの世界で赤く色づいていた。
「かなめなんて、知らない!」
8年前、幼いはやとは確かにそう叫んでいた。
雪の中で泣きながら立ち尽くすかなめの赤い頬が、はやとの見たかなめの最後の姿だった。
上書きするように、祝福するように。
桜の花弁が舞い上がり、時が流れ始める。
…ああ、きれいだな。
きっと俺は、この光景を一生忘れない。
景色が揺れた。
はやとは駆け出していた。
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