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第二章 いなくなった護衛騎士
9話
しおりを挟む──どうか、お幸せに。
アランが残した言葉だけが、数年経ってもシエナの脳裏に焼き付いて残っていた。
どうして、何も言わずにいなくなってしまったのだろう。突然、姿を消してしまったのだろう。あの後、すぐにアランがいなくなってしまったことを父に伝え、屋敷一丸となって皆が彼を探し回った。
けれど、アランの目撃情報どころか、使用人部屋に荷物一つ残っていなかった。アランの家まで使者を走らせ、伝書魔鳥を送っても、有益な情報はまったく得られない。
まるで、アランそのものの存在がなかったのかと錯覚してしまうほど。
次第に屋敷内でアランの話が出ることもなくなり、皆が記憶から彼を葬り去ってしまった。
たった一人、数年間アランを密かに探し続けていたシエナを除いては。
「──僕達が結婚したら、領土内に新たな別荘を建てて、そこにも……って、え!?」
帰路を辿る馬車の中でも延々と自分の話を続けていたオーブリーは、ふとシエナの顔を見て絶句した。それもそのはず。一言も喋らずにいたシエナの頬を透明な涙が次々と伝っていたからだ。
「な、泣いて……えっ、えっ!?」
それまで意気揚々と話していたオーブリーはその場を立ち上がり、静かに涙を流すシエナの前でおろおろと狼狽える。
シエナは虚ろな眼差しを膝下に落とし、何もない空っぽの両手をただ見つめた。
あのとき、アランの言葉の意味を理解できていたら。咄嗟に拒んでいなかったら、アランはいなくならなかったのだろうか。何かが違っていたのだろうか。
(……私が、アランを見捨てたも同然だ)
ぽたぽたと涙が掌に落ちていく。
嗚咽すら漏れない喉はうまく唾が呑み込めず、掠れた息だけが行き来を繰り返す。
「……私のせい。すべて、私のせいなんです」
「よ……よく分からないけど、君は飛び抜けて美人だというわけではないけど、そんなことで僕の妻に相応しくないからって婚約破棄したりしないからね? ぼかぁ人を顔で差別したりしないんだよ」
明らかに何か勘違いしているであろうオーブリーが、さっとハンカチを差し出す。
否定する気力すら湧かず、シエナはレース状のそれを受け取った。
あの時にどう言葉を返し、行動していたら正解だったのか。シエナは答えの見つからない問いに精神を絡め取られたままだった。
少なくとも、黙って消えられるほどアランに嫌われていたことは間違いないのだろう。いや、嫌われているどころか恨まれているかもしれない。幼い頃から散々に振り回した挙げ句、自分勝手なことを言って見捨てたのだから。
「……オーブリー卿。ありがとうございます」
「そんな堅苦しい呼び方しなくていいよ。僕達は夫婦になるんだか……らッ!?」
突然、馬車が大きく揺れた。
勢い余ってオーブリーは足を滑らせ、大胆に尻餅をつく。
慌ててシエナはオーブリーに救いの手を差し伸べようとしたが、窓から感じた殺気にぶるりと身震いを起こした。
「──シエナ。予定の時間から五分も遅刻していますよ」
突き抜けの窓の奥から、冷たい風と共に血も凍ってしまうような声が運ばれてくる。ついでに怨念のように禍々しい色が滲み出した魔力が犇々と空気を通して伝わった。
先ほどまで悲しみに囚われていた感情がさっと引き、シエナは恐ろしさに息を呑みこむ。そして、おそるおそる窓の外へと視線を向けると──そこには厳かに佇む義母の姿があった。
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