【R18】あなたの心を蝕ませて

みちょこ

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第3章

24話

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 正殿の城壁に構えた分厚い鉄扉。そこから少し離れた先代国王の銅像の裏側にこそこそと隠れる二つの影があった。
 その影の正体は、食事を乗せたトレーを抱えたリリーと、彼女と同じ黒い布地のドレスとまっさらなエプロンを纏ったサクラだった。サクラはリリーの背後で身を縮ませながら、落ち着かない様子で白いキャップを深く被せて顔を必死に隠している。

「サクラ様。堂々としてください。逆に怪しまれます」

「で、でも、こんな格好で……」

「とてもお似合いですよ。私達侍女の見窄らしい服装が、サクラ様が着ることで色鮮やかなドレスのように輝いて見えます」

 違う。似合うとか似合わないとか、そういう問題なのではない。自分の正体がバレてしまうかの心配をしているのだ。

 挙動不審な動きで狼狽えるサクラを他所に、リリーは表情一つ変えず前を歩き出す。凛々しくも感じられる彼女の振る舞いに、サクラは申し訳なさそうに肩を竦めながら歩き、門番の立ちはだかる扉の前で足を止めた。

「……ん?」

 二人の身長を優に超える体格の良い門番は、ギロリと瞳孔を開き、鋭い目付きでサクラを見下ろす。
 まずい。やはりこの変装では無理があった。正体が漏れてしまったのではないかと、サクラは一瞬血の気を引かせたが、門番の視線はすぐにリリーへと移った。

「……今日の食事番はお前か。後ろの女は見ない顔だな。新入りか?」

「ええ。先日入ったばかりの子です。最近なぜか辞めていく子達が多くて、やっと一人入ってくれたんですよ。まだ見習いなので、一緒にお連れしてもよろしいですか?」

「……ふん。好きにしろ」

 門番の手に握られていた鍵がリリーに渡され、意外にも呆気なく扉を通される。済ました表情で地下へと続く階段を下りるリリーの後を、サクラは小走りで追い掛けた。
 蝋台にかかげられた灯火だけが照らす城の地下。岩肌の天井から水が滴り、ポタリポタリと木霊して響き渡っている。

 なんとも言えないほどに、不気味な雰囲気だ。

 狭い通路の脇には薄汚れた鼠が走り、壁の隅には至るところに蜘蛛の巣が張っている。こんな場所にヴィクトールが本当にいるのかと、サクラは暗闇に目を凝らした。

「サクラ様。こっちです」

 リリーの掲げた魔法の灯りが前方を照らす。サクラの視界に映し出されたのは、何重にも頑丈に閉じられた鉄格子の檻。その奥に妖しげな二つの光がゆらりと見えた。

「──っ!」

 湿り気のある冷気が首筋を撫で、肌が粟立つ。薄気味悪く感じられた光の真の姿を捉えた瞬間、サクラは地面を踏んだ。思うより先に走り出していた。

「ヴィクトール!」

 氷が突き刺さるように冷たい鉄格子を握り、サクラは叫ぶ。
 鎖に繋がれて、牢の奥にぐったりと踞っていく白銀の髪の男の名を。誰よりも愛していた夫の名を必死に呼んだ。

「さ、サクラ様! どうか声は抑えて……」

「ヴィクトール……ヴィクトール……っ!」

 鉄格子の隙間から腕を差し込み、項垂れてしまった夫になんとか触れようと肩を檻に食い込ませる。しかし、どんなにサクラが腕を伸ばそうとも、届くどころか掠りもしない。

「ヴィ、ク、ヴィクトール……」

 国王だったはずのヴィクトールが、どうしてこんな場所に閉じ込められているのだろうか。この世界にいた最後の記憶が、ヴィクトールに抱き締められながら瞼を閉ざしたところで終わっている。

 サクラがすべてを忘れて元の世界で暮らしていたこの五年の間に、ヴィクトールは──

「サクラ様、今開けますのでお待ちください」 

 サクラの顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていく中、リリーはトレーを片手に握ったまま門番から受け取った鍵を挿し込む。
 カチッ、と施錠が外れたのと同時に、金属同士が擦れ合う鋭い音を立てて扉が開いた。

「ヴィクトール!」

 サクラは扉の隙間から身体を捩じ込み、再び地面を踏み込む。

 ──そして。奥の壁側で鎖に縛られたヴィクトールに飛び付き、首に腕を回した。

「ヴィクトール、ヴィクトール……っ」

 逞しかった身体は、至るところに擦り傷と痣が浮かび上がっている。サクラは小刻みに震える腕の力を緩め、ヴィクトールの頬を両手で包み込んだ。

 サクラを見ているようで焦点が合っていない虚ろな瞳。わずかに開いた唇から吐かれる息は、温もりすら感じられない。

 (ヴィクトールに、一体なにが)

 魂を奪われた脱け殻のように成り果てた夫に、サクラは泣きながら口づける。長い時を経て久方ぶりに触れ合わせた唇は酷く冷たく、生気が感じられない。
 まるで死人と口づけを交わしているようだった。

「ひっ、うっ、んぐっ、ヴィクト、ル」

 痩せ細ってしまったヴィクトールの背中に腕を回す。
 元の世界に戻って、自分は家族に囲まれて幸せに暮らしていた。大切な人を忘れて生きていた傍らで、ヴィクトールはこの世界で、一人孤独に。

「ごめん、なさ、ごめんなさい、ヴィクトール……」

 どうか私を許してと、サクラは嗚咽混じりの声で懺悔する。
 ひっくひっくと背中を揺らしながら弱々しい力でヴィクトールを抱き締めたそのとき、サクラの髪を懐かしい感触が伝った。



「……サ、クラ?」



 
 
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