【R18】あなたの心を蝕ませて

みちょこ

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第3章

34話※

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 居館から少し離れた場所にある、別棟の一室。蝋燭の灯火だけが照らす薄暗い空間で、グレンは紫水晶の瞳を見張るようにして水晶を眺めていた。 

 青く透き通った硝子に映っているのは、サクラとヴィクトールの姿。二人は裸で身体を絡ませながら、幾度となく濃厚な口づけを交わしている。

 五年の時を経て愛し合えた悦びを分かち合っているのだろうか。サクラは熱を孕んだ瞳でヴィクトールを見つめる。ヴィクトールもまた、彼女を愛おしむように頬を撫でている。

 向かい合って、抱き合って、キスをして。二人だけの世界に浸りながら、会えなかった時間を埋めるかのように激しく愛し合っていた。

「……ねぇ、グレン。なにを見ているの?」

 背後から聞こえた控えめな甘え声。

 グレンが視線だけを運ぶと、胸元が大きく開いたドレスを身に纏ったクリスチアーヌが佇んでいた。
 彼女の白い陶器のような肌には、情事の名残を窺わせる汗が滲み出している。グレンはどこか冷めたような眼差しをクリスチアーヌに向けて、再び水晶に視線を戻して。自分ではない他の男の手に翻弄されるサクラの姿が映った瞬間、狂ったように叫んで水晶を床に投げ付けた。

「グレ……きゃっ!」

 グレンはクリスチアーヌの手首を引き、翻すようにして俯せに倒す。サクラとはまったく似ても似つかない黄金の髪を右手で掴み、左手でブリーチズを寛げる。
 荒ぶる感情のまま自らの手で肉楔を扱き、雄々しく勃ち上がった剛直をクリスチアーヌの秘裂に突き入れた。

「あっ、あぁ……グレ……」

 すでにほぐされていた肉壁を激しく摩擦され、クリスチアーヌは喜悦に満ちた声を漏らす。腰を高く突き出しながら快楽に身悶える憐れな王妃を、グレンはひたすら貪る。

「グレン……あぁ、はげし……」

「……そっ、くそっ……!」

 じゅぽっぐちゅっ、と律動を何度も送り込むたびに、分泌された体液が接合部から噴き出す。
 グレンは顔を酷く歪ませながら、ひたすら腰を打ち付けた。

 ──今は封印されし黒竜の呪いが降りかかったあの日、グレンはやっと彼女を自分のものにできると思っていた。旅の途中で入った邪魔者ヴィクトールから引き剥がせると思い込んでいた。

 しかし、現実はそう上手くいかなかった。呪われたサクラは孤独に陥るどころか、彼女はヴィクトールと夫婦になり結ばれた。数年経って子供に恵まれなくても、側室を迎えるように仕向けても、ヴィクトールはサクラを手離そうとしなかった。
 愛に溺れたあの愚かな男は、国さえ捨ててサクラと人生を共にしようとした。グレンに触れさせまいと、自らを犠牲にしてまでサクラを元の世界に帰した。

 (ヴィクトールの禁忌魔法によって一度元の世界に戻ったサクラは、身体も数年前に戻って、呪いも……)

 グレンは眉間に皺を寄せ、舌を鳴らす。

 醜悪な肉の棒から欲望を吐き出し、ずるりと引き抜いて。絶頂の余韻に惚けて倒れたクリスチアーヌを他所に、身嗜みを素早く整えた。

「グレン……グレ、ン」

 クリスチアーヌは涙を瞳に浮かべながら、グレンに両腕を伸ばす。縋るようにして、グレンに抱きつく。グレンの心が自分にはないことを分かっているかのように、涙を流し身体を震わせた。

「グレン……愛しているわ。あなたに出会ったあの日から、ずっとずっと」

「……そうかよ」 

「わたし、あなたの子供を産みたい。あなたと、あなたと……」

 クリスチアーヌの声に潤いが滲んでいく。ぎゅっとグレンをきつく抱き締めるクリスチアーヌに対し、グレンはだらんと腕を床に向けたまま。光一つ灯さないアメジストの瞳には、もうなにも映らない。

 (……俺の身体じゃ、子を孕ませることはできねぇよ)

 グレンが心の中で呟いた声は、誰にも聞かれることはなかった。







✿ ❀ ✿ ❀  ✿  ❀  ❀ ❀ ❀❀❀❀








 ぽたりぽたりと水滴が地面に落ちる音が反響するなか、地下水路は二つの肌が重なった温もりでわずかに温度が増していた。

 サクラはわずかに頬を火照らせながら、壁に背中を預けたヴィクトールに凭れ掛かる。身を捩らせて顔を上げると、ヴィクトールが穏やかな眼差しを向けてサクラの額に口づけをした。

「……汗のせいで少し冷えてきたか。寒いか?」

「ううん……大丈夫。あたたかいよ」

 サクラはヴィクトールの背中に腕を回し、甘えるように首筋に鼻先を擦り寄せる。ヴィクトールは炎魔法で乾かしたシャツをサクラの背中に被せ直し、温もりを逃さないようにときつく抱き締め返した。

「悪いな。もっと魔力が残っていれば、温かくしてやれるんだが……」

「いいの。気にしないで、ありがとう」

 不意にサクラの瞳から穢れのない涙がこぼれ落ちる。
 こんな状況であるにも関わらず、幸せを感じられる自分がどうしようもなく滑稽だ。どんなに暖かな部屋で愛されたときよりも、今が一番あたたかい。

 ずっと二人でこうしていたいと、切なる願いを抱いてしまう。

「……ヴィクトール。私、教えてもらったの。自分が知らなかったこと、すべて」

 サクラの髪を撫でていたヴィクトールの手が止まる。唾を呑み込む音さえ聞こえた。サクラは閉じかけていた睫毛を持ち上げ、動揺の色を隠せていない翡翠の瞳をじっと見つめる。

「怒っているわ。ヴィクトールが誰にも相談せずに一人で抱え込んでいたこと」

「……サクラ」

「セドリック殿下の父親のことも口外できない問題だったのは分かる。エルオーガとの誓約で思うように動けなかったのも、仕方ないとは思う。でも、一言でもいいから相談してほしかった。話してほしかった」

 王とか王妃とか、その立場の上で物事を考える前に、自分達はまず夫婦であることを忘れないでほしかった。サクラの心の奥底で燻っていた苦しみが、言葉となって吐き出される。
 まっすぐと胸に突き刺さるその言葉に、ヴィクトールは俯きそうになったが、サクラは彼の頬を両手で覆って視線を絡め合わせた。

「ヴィクトール、誓って。もう一人で抱え込まないって」

「……だが、しかし」

「ヴィクトール!」

 駄々を捏ねる子供を律するように、サクラは控えめな声で怒鳴る。ヴィクトールは瞳をわずかに見開くと、サクラに額を小突き合わせた。

「……すまない、サクラ。すまなかった」

「謝ってなんて言ってないわ。約束してと言っているの」

「……分かった。約束する」

 落ち込んだ表情を見せつつも、しっかりと頷いてくれた夫に、サクラは安堵したように笑みを綻ばす。地面に落ちかけたヴィクトールの視線が再びサクラの瞳を捉え、ゆっくりと距離が近付く。

 唇に熱い吐息が触れ、瞼を閉じたヴィクトールに合わせてサクラも睫毛を伏せようとしたそのとき──どこか遠くからサクラとヴィクトールの名を必死に呼ぶ声が聞こえた。



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