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5話△

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「は?」

 思わず、素でその声が出てしまった。私の一歩後ろに佇んでいた執事のセバスチャンは、気まずそうにモニターから目を逸らしていて。

 だって。おかしいでしょ。
 を交わした後なのに。

 どうしてフィンとソフィアがまたキスをしているわけ?

 しかも、軽く触れ合わせるような優しいキスじゃなくて、舌を絡め合うような激しいキス。二人の繋がった唇の微かな隙間から赤い舌がもごもごと動いているのが見えるし、唇の端からは混ざり合った唾液が溢れ出していて。
 いやいやと涙目でキスを嫌がるフィンを、ソフィアが壁に彼の身体を押さえ付けて、無理矢理口内を貪っている。

 いや、キスの理由は分かっている。分かっているのよ。映像でしっかり見ていたし、二人の話も聞いていたからね。

 遡ること五分くらい前かしら。くそストーカー女ソフィアがまたフィンの前に現れて。いつの間に隠し撮りしていたのか分からないけど、自分達の事故によるキス写真を彼に見せつけて『私のキスを受け入れてくれれば、この写真は誰にも見せません。拒めば、奥様の実家と報道関係者にバラします。旦那様の大切な奥様も無事では済ませません』と。


 この、くそストーカー女がぁ!!
 よりにもよって、私ではなくですって!?


 私がどれだけ家族に過保護に育ててこられたか知ってて言ってるの!? 特に私を溺愛してきたお父様は、フィンと二人で実家に挨拶に行った時、私達の結婚を猛烈な勢いで反対した。多分、今も私達のことを快く思っていない。もしキス写真を目にしてしまうようなことがあれば、お父様は鬼のように怒り狂うだろう。きっと、私の話なんて聞いて貰えない。最悪の場合、離婚では済まず、フィンが殺される可能性だってある。

 それに報道関係者に写真なんて渡されたら、偽りの不倫報道があっという間に世間に広まって、売れっ子のフィンの株は大暴落してしまう。舞台俳優として一世を風靡するという彼の夢が塵となって消えていく。

 そんなのは、ダメ。

 私だけに危害が及ぶのは一向に構わないけど、フィンとは別れたくないし、彼を危険な目には合わせたくない。彼の夢も潰したくない。

 でも、だからと言って、愛する夫が他の女とディープキスしている光景なんて見ていられる訳がない!

 私にも大ダメージだし、何より好きでもない女に執拗な口づけをされているフィン本人が死にそうな顔しているじゃない! 顔は青ざめているし、吐き気を催しているのか、何度も「おえっ」と言いながら、えずいているように見える。

 こんなにも露骨にフィンが嫌がっているのに、このストーカー女もよくキスを続けられるわね! 大した度胸だわ!


「セバスチャン! 今すぐ外に出て、二人に聞こえるように態と物音を立てて! 二人が物音それに気付いてキスを止めたら私がサインを出すから、そうしたら何も知らない振りをして二人の前に出てちょうだい!」

「承知しました」


 本当は私が二人を止めに出たいところだけれど、ここで私が企んでいることがソフィアに知られてしまえば、今まで我慢してきたことが全て水の泡。

 本当はこのくそ女ソフィアを今すぐクビにして、屋敷から追い出したいけれど、彼女にはもっと痛い目に合って貰わなくては。

 もう少しだけ耐えるのよ。シャーリー。

 怒りと苛立ちを必死に抑えながら、モニターを睨み付ける。そして二人が唇を離した瞬間に、無線機でセバスチャンにサインを出した。

「セバスチャン、今よ!」

『承知しました。奥様』

 セバスチャンが現れた瞬間に二人は直ぐに身体を離し──ソフィアは仕事場へ戻り、フィンは青ざめた表情のまま、洗面所へと向かった。

 ──申し訳ないけど、これはちゃんと拒まなかったフィンにも責任がある。たっぷりと説教しなくちゃ。

「簡単にキスされるなって言ったのに! フィンのバカ!」

 地下のモニター室を後にして、足早に洗面所へと向かう。扉を勢いよく開けたのと同時に、フィンに文句を言おうとした──が、泣きながら口を必死に濯ぐ彼の姿が目に飛び込んでしまい、喉元まで出かけた説教の言葉が引っ込んでしまった。

「……フィン」

 少しだけ優しい声で彼の名を呼ぶ。

 フィンは僅かに肩を揺らすと、私に身体を向けて小さく鼻を啜った。

 唇は手で擦り過ぎたのか、僅かに腫れていて、血がうっすらと滲み出ている。

 こんな姿を見てしまったら、責めることなんて出来ないじゃない。

「フィン、おいで」

 両手を広げて、フィンの名前をもう一度呼ぶ。フィンは完全に血の気が抜けた表情でふらりと近付き、私に抱き付こうとした刹那──

「んおぶぉぁ」

 吐いた。思いっきり床に吐いた。

 そ……そんなに気持ち悪かったの!? ソフィアとのキスが!

「はっ、んっ、シャーリー……口直し……」

「ちょ、ちょっと待って、その前に口洗っ……んぐっ!?」

 気が動転して頭が回っていなかったのか、それとも直ぐ様汚物キスの消毒をしたかったのだろうか。
 フィンは生き急ぐかのように私の唇を塞いで、口内を激しく蹂躙し始めた。抵抗しようとしてもフィンの力に敵うはずもなく。結局フィンの気が済むまで、私の唇と舌と唾液で一時間以上、口直しという名の濃厚すぎる口づけをたっぷりとさせる羽目に。勿論、吐瀉物の香りを添えて。



 ──あのストーカーくそ女の野蛮な行動に、怒りが限界突破しそうだ。フィンのメンタルが限界を迎える前に、を整えなければ。

 手遅れになる前に、早く。

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