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12話
しおりを挟むフィンとの出会いは約七年前。
当時、街中の小さな劇場の経営をしていた父の紹介で、私は彼が所属していた小さな劇団に出会った。最初はフィンのことを単なる劇団員の一人としか認識していなかったのだけれど、フィンにとって私はそうではなかったみたいで。劇場からの帰り道に彼に呼び止められ『一目惚れしました。付き合ってください』と顔を真っ赤にしながら告白された。
勿論、断った。
出会って一日目でそんなことを言う男の言葉なんか信じられなくて。どうせ直ぐに気持ちなんて冷めるだろうと思っていた。
でもフィンは諦めなかった。
彼は私の元へ毎日のように会いに来て、想いを伝え続けて。フィンの熱心なアプローチに、次第に私も彼に惹かれ始めていき──出会って二年目でフィンの想いを受け入れて、恋人同士となった。
フィンと付き合い始めてから、人生で初めての口づけを彼と交わした日。フィンは唇を重ねた後、照れ臭そうに『初めてのキスが好きな人と出来て嬉しい』と言っていて。愛おしさが込み上げて、堪らず何度も何度も彼とキスをした。
私にとってフィンとするキスは、一つ一つに深くて甘い想い出が詰め込まれていて。簡単に誰かに壊されていいものでは無かった。
ソフィアがフィンの眠る部屋に入っていくのを目撃してしまい、モニター室から急いで寝室に向かったら、扉に鍵が掛けられていた。鍵開けの為の小道具を急いで取りに行ったセバスチャンを待ちながら、無意味に部屋の扉を何度も擦る。
「早く……セバスチャン……!」
焦燥感に苛まれながら充電式の携帯用モニターで、部屋の映像を覗き込む。
そうしたら、ソフィアが口移しでフィンに無理矢理何かを飲ませていて。
腸が煮えくり返りそうになった。
全身の血が沸き立つような怒りが身体の奥底から込み上げる。これ以上無いほどにストーカー女に対して殺意が芽生えた。
そして、下着を脱いだソフィアが、抵抗しようと暴れるフィンの上に股がった瞬間、手に持っていたモニターの画面が音を立てて割れた。
「奥様! 申し訳ございません、道具が中々見つからず──」
「セバスチャン。銃を貸して」
「は、はい?」
駆け足で戻ってきたセバスチャンから、護身用の銃を奪い取る。そして蝶番に向けて数発、弾を喰らわせ──渾身の力を込めて寝室の扉を蹴破った。
扉は見事に吹っ飛び、寝室への入り口が露になった。残骸と成り果てた扉を踏みつけて先に進めば、今にもフィンを犯そうとしているソフィアの姿が目に飛び込んで。私は側にあった椅子を躊躇うことなく彼女に投げ付けた。
「きゃぁっ!」
椅子が直撃した勢いでベッドから転げ落ちるソフィア。
本当は今すぐにでも此の女を懲らしめてやりたかった。殺してやりたかった。でも、鎖に縛られたフィンがか細い声で私の名前を呼んだ瞬間、全ての感情が吹き飛んでしまった。
「フィン……!」
震える足でフィンの側に駆け寄り、彼の頬を両手で包み込む。肌は焼けるように熱く、呼吸は酷く荒々しくなっていて、藍色の瞳からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちている。無理矢理ソフィアに飲まされたものが原因でこうなってしまったのだろうか。
「フィン。もう大丈夫。大丈夫だから」
「シャー……リー……」
自分が助けに来たことを伝えるように、微かに震える唇に優しく口づける。フィンの唇からは、熱い吐息に紛れて微かに血の味がして。不意に目頭がじんわりと熱くなり、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……これは酷い。肌に鎖が食い込んで、内出血を起こしています」
側にいたセバスチャンが、急いでフィンの手足に括り付けられていた鎖を全て外す。私は直ぐ様靴を脱ぎ捨てて、ベッドの上でフィンときつく抱き締め合った。
「……あと少しで、死ぬところだった。ありがとう、シャーリー。来てくれてありがとう」
「フィン……っ」
扉越しにちゃんと聞こえていた。
私以外の女を抱くくらいなら、死を選ぶと。勿論、こんなストーカー女のせいで、フィンが死ぬなんてことは絶対にあってはならない。
でも、彼の私を愛する真っ直ぐな気持ちが嬉しくて。愛おしくて堪らなくて。あの日、初めてフィンとキスをした日のように、何度も何度も熱い口づけを交わした。
誰よりも愛しい私のフィン。
私の初めての恋人になった人、初めてキスをした大好きな人、初めて身体を重ねた愛する人、初めて夫婦となった大切な人。
私にたくさんの初めてをくれたフィンを、私の愛する人を──こんなにも傷付けて、汚い手で触れて、無理矢理既成事実を作り上げようとした此の女は、死んでも許したりはしない。
罪を犯した女には、然るべき制裁を。
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