解き放たれた癒し手

今戸日予

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10-フィロは微笑む

中編

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 部屋に戻ったフィロは今日使う寝台脇に座り、ボタリクの様子を見た。椅子に座って頬杖を突いている。
「いやぁ、先輩のああいう姿は見たくないな」
「嬉し泣きでもやっぱり泣かれると困るわよね……。それよりも聞いて欲しいの。ルティマさんは聖女よ。間違いないわ。それも相当凄いと思う。……私の知っている人の中で、だけど」
 早口で言うと、ボタリクが驚いた様子で頬杖を止めた。
「そうなのか」
「あの海のような、遠い海の色をした瞳を見たら、どう言えばいいのかしら……、うーん」
 最後は唸ってしまい、暫く思案した。ボタリクは続きを催促せずに待っていると、俄にフィロが自分を抱いて腕をさすった。
「ぞわっとしたの。全身の肌が、ぞわっと感じて、それがとても気持ち悪かったの。だから兄さんに早くこの事を言いたかったのに、コロコンさんがいてなかなか言えなくて……」
 ボタリクは頭を下げた。
「気付けずに悪かった」
 頭を上げると、また頬杖を突く。
「聖女同士だと必ずしも通ずるものがあるのか?」
「……それはどうかしら? 私が感じた人は五人くらい……、そうね」
 思い出しながら指折り数えて頷いた。
「うん、ルティマさんで五人目で、それ以上の聖女と会っている筈だから、そうとは限らないと思うわ。だからルティマさんには何かあると思う。他の四人は聖女として卓越していたもの」
「へぇ……。でも聖女なら自分で自分を治せないものなのか? リタは出来るよな?」
「そうね。私は出来るけど、ルティマさんは出来ないのかしら? 調子が良くなったら話をしてみたいけど、話してくれるかしら?」
「話してくれるだろ。そろそろ入浴して来たらどうだ?」
 そう言われて言葉を出し掛けたが止めた。
「そうするわ」
 立ち上がって荷物のある方へ行き、寝間着と下着を手にすると、ふと気になってボタリクを見る。
「そろそろ洗濯をしないといけないんだけど、ここの宿屋はやってくれるのかしら?」
「ああ、そうだな。……それなら当分ここにいるし、俺がするよ」
 笑顔で言うと、フィロが眉をひそめて首を横の振った。そして浴室の方に向いて歩いた。
「兄さんに下着を洗われるのは……、嫌ね。うん、嫌だわ。どうしようかしら」
 真顔で呟きながら浴室へ向かった。ボタリクは途中から聞こえておらず、首を傾げていた。
 そのボタリクはフィロが就寝すると恒例の素振りをしに外へ出た。一心不乱に素振りをして満足すると部屋へ戻り、入浴してから就寝する。

 翌日、朝食後にコロコンに誘われて部屋へ向かった。
「ルティマはあれから眠りっ放しなんだよ」
「あら、そうなの? 過労がそれだけ溜まっているの? 昨日のように俯せにしてもらえるかしら? 先に過労、そのまま火傷跡を治療するわね」
「頼むよ」
 真剣な表情で頷き、コロコンは掛け布団を退かしてルティマを俯せにし、また掛け布団を掛けて足元の方を捲った。フィロは靴を脱いで寝台に膝を突いて上がり、楽な姿勢で座っている間に、コロコンは足元から枕側へ移動した。
「それでは過労から治療します」
 両手を組んで目を閉じると、昨日同様にフィロの周りが煌めいた。それまで気を遣って後ろを向いていたボタリクが寝台の方へ向く。
 小半刻こはんときも経たない内にフィロの煌めきが消えた。
「この過労はきっと火傷跡も一因なのだと思うわ。どうしても残ってしまうから、火傷跡を治してからまたやりましょう」
 そう言いながらコロコンに顔を向けた。コロコンが頷くと、ルティマが寝返りを打って目をこすった。寝台脇に立っているコロコンを見た。
「おはよう……。今何刻?」
「おはよう。四の半刻はんこくを過ぎた頃だよ。朝食をもらって来ようか?」
「それじゃあ顔を洗うわね」
 そう言って上体を起こし、フィロとボタリクを見るなり驚いて顔を強張らせた。
「おはようございます。眠っているのに治療をしていたの。ごめんなさい。過労の方はもう少しで治るわ。火傷跡は起きている時刻の殆どを治療に充てて、五日から七日は掛かると思うのだけれど、それでも構わないかしら?」
 掛け布団を握っていた手に力が入る。ルティマは少しだけ呆けていた。コロコンを一瞥して、フィロに顔を向け直すと真剣な表情をしていた。
「な、治るの? この脚が? ……本当に?」
「治るわ」
 フィロが笑顔で頷いた。ルティマは表情を明るくさせてコロコンに顔を向けた。コロコンも笑顔で頷き、寝台に腰を掛けるとルティマを抱き寄せた。ルティマはコロコンに抱き着き、震えていた。
「それでは私達は席を外すわね。朝食が済んで治療を始めても良くなったら呼びに来てね」
 寝台から下りながら言い、ボタリクに目配せすると返事を聞かずに退室した。
「時間が出来た事だし、洗濯でもしようか。洗濯物、出してくれるか?」
「あら、私も時間が出来たんだから自分で洗うわ。知ってるでしょうけど、私は上手なのよ?」
「うん、知ってる。それにしても、さっきの口調は駄目だな。平民らしくしないと」
 そう言ってフィロの肩を叩くと先を歩いて部屋の扉を開錠した。ゆっくり歩いていたフィロはそれを見て小走りで向かった。
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