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幕間
御山の鬼
しおりを挟む洞窟の調査から戻った鬼平は、邸宅の地下室へ足をはこんだ。地下室の棚には様々な呪物がならべられ、奥の暗がりに注連縄を何重にも巻いた祠があった。封を解いて開けると、木箱の中には2本の古びた角が保管されていた。
鬼平は木箱の角を袱紗で包み、ふところへ忍ばせる。般若の紋のついた羽織りを肩へかけ、招集した者たちの前に立った。
「今宵、儂の名のもとに角を持つ者どもの禁を解き放つ。地下室へ収めた角を持ちて本来の姿を見せよ」
大広間へ集まった者達は、湯谷が並べていた箱を手に取って蓋をひらく。保管されていた角はそれぞれの手に渡り、彼らの目に鋭い光りが宿る。
人とは異なる感覚が、猶予のない危機を知らせている。洞窟から流れてきた瘴気はかつての因縁を想起させた。
今や隼英はいない、覚悟を決めた鬼平は猛者どもの先頭に立つ。そして調査へ出たまま戻らない千隼達の身を案じた。
角を手にした者達も、武装して決起する。
「浜へ着いてから各自戻して下さい。くれぐれも周囲を脅かさないようお願いします」
湯谷が注意事項をのべて、鬼平を中心に角を持つ者たちは列を成して邸宅を出る。
邸宅の鳴動を聞きつけ、息を切らせ走ってきた砕波が武装した者たちを驚きの目で見送る。見知った顔をみつけて声をかけた。
「東郷さん、俺も鬼道衆です。一緒に行きます! 」
茶色い髪をオールバックにした体高の大きな男が砕波を見下ろした。東郷と呼ばれた男は、長年【鬼】の邸宅で精鋭の鬼道衆として在籍している男だ。砕波も鬼道衆に在籍していたが、角を持たぬゆえ待機を命じられていた。
角を持たない者は、角を持つ者の本当の姿を知らない。鬼平や東郷たちの向かう地は人の世界ではなかった。
「あっち側へ角を持たぬ者が渡れば、無事に帰れる保証はない。お前たちは俺達が帰ってくる場所を守っていてくれ」
大きな荷物をかついだ東郷は、強面にそぐわない笑みを浮かべる。戦場へおもむく養父と別れの挨拶を終えた黒髪の女性が、砕波の肩へそっと手を置いて一緒に見送った。
広い庭を渡る鬼平の前へ影が立った。
「……一進か。此度はあれを仕留めきれなかった儂の責任じゃ、この命にかえても月読は連れ帰る。すまぬが帰るまで傍観してはくれぬか」
「期限を求めます。1日経って戻らなければ我々も行きます」
黒い影はしばらく鬼平を見つめてから答えた。黒い影は烏と呼ばれている集団で妖などの討伐時、月読に付き従っている。彼らは月読が姿を消した事態を憂慮して【鬼】を監視していた。
「心得た。それから出来る限り【月読の烏】殿の足止めをたのむ。月読の結界で封じられているとは言え、九郎殿が異界と接触すれば欠片を刺激するかもしれんからのぅ」
「……九郎の耳へは入らぬよう努力いたします」
前へ立ち塞がっていた影は、道を開けて鬼平を見送った。暗褐色の羽織がはためき、背中に般若が白く浮かびあがる。
洞窟へ吹き込んだ風が不気味な音を立てる。般若を背負った小さな老人を先頭に、角を生やした異形の者たちは洞窟の暗闇へ姿を消した。
***************
千隼の不明瞭な視界がひらけて、呼びかける声がする。
「千隼! 」
「ううん……あれ……爺ちゃん? 」
薄暗い場所で目覚めた千隼の視界に、ぼやけた小さな爺様が映る。あたりを見回せば鬼の姿をした者達がこちらを窺う。眼鏡が無くなっていて、眉根をよせた千隼は訝しんだ表情で見まわした。
「千隼様っ、御無事で! 」
「湯谷……さん? 」
1本角の白い鬼が声を発したので、目をほそめた千隼が凝視すると湯谷っぽい顔がそこにあった。軽く混乱しながらも状況を理解しようとする青年へ湯谷はタオルを渡した。
小鬼によって水槽へ浸けられ、びしょ濡れになっていた。千隼は掛けられていた鬼平の羽織を脱いで、体を拭き手渡された服を着る。
湯谷は腰の袋から小さなケースを取り出して眼鏡を渡す。
千隼がいつも掛けていた物は鬼達に壊されてしまった。予備の眼鏡をかけて、視界がクリアになり動転する。知っている姿を保っている者もいたが、まったく見たこともない姿へ変化している者もいた。
人間のようで、人間とは言い難い姿形。
「取りあえず、何とも無さそうじゃの」
「爺ちゃん? みんな……ええ……っと、なんか角みたいなのついてない? 」
「ここに居る皆鬼じゃ。儂も含めてな」
さらりと衝撃の事実を知らされて、千隼の目はまんまるになった。笑った鬼平はふところから袱紗を取り出し、古びた2本の角を額の痣へ当てた。
とたんに脈打つ血管が根をはり、干からびた角へ生命が吹き込まれる。
小さな身体にも変化が起こった。背中が盛りあがり、長着は裂けて屈強な肩と腕がむき出しになる。赤肌の筋肉はムキムキと肥大し、老人だった顔はシワが無くなり益荒男へ変化した。食い縛った口から長く伸びた牙がのぞく。
言い伝えに聞く鬼、赤い鬼の姿をした鬼平が立っていた。
ドスンドスンと歩いてきた赤鬼は、筋骨隆々の体をかがめて千隼と顔を合わせる。
「ここは多娥丸の居城じゃ、あやつは今度こそ儂が始末する」
老人の面影も無くなって、牙のある口から空気を振動させる低い声がした。角の根元は血管が浮き出て、目は燃えるように赤く光る。その顔には、どこか懐かしい面影も残っている。ポカンとした千隼は暫らく大きくなった祖父を眺めた。
「そうだ月読様はっ!? あいつは角を狙っていて……僕も行きますっ!! 」
ハッと我にかえった千隼は、鬼平へ詰め寄る。
恐ろしい形相の鬼平にも青年は怯まない。鬼たちの間から強面で体高のある鬼が進み出て、担いでいた荷物を降ろす。重々しい音がして、包みを解くと千隼のよく知る物体が現われた。
「坊、そう言うと思って持ってきました」
「あっ僕の神宝!? サンキュー東郷! 」
千隼は棘のついた黒い金棒を肩へかつぎ、スマートな見た目に似つかわしくないほど重そうな金棒を軽々と片手で振りまわす。
「メガネの代償は高くつきますよ、多娥丸とかいうおっさん。前のフレームは月読さまが似合ってるって褒めてくれて、お気に入りだったんだよね」
人さし指でメガネを上げた千隼は、薄茶色の瞳を光らせた。多娥丸についての詳しい情報を鬼平に求める。
「やれやれ。儂らは禁を破って、お主らの救出に来たというのに……おとなしく待っておれといっても無駄そうじゃのう」
大きな赤鬼は、鋭い爪のついた指でポリポリと角の根元を掻いた。
「こちらの建物は、もぬけの殻です! 」
先行していた鬼たちが戻って鬼平へ報告をおこなう。何人か戻ってきた斥候のうち1人が異変を知らせた。
「鬼平様、裏口へ火を放たれました。正面と中庭に敵が待ちかまえています」
「少し遅かった、多娥丸が角を手に入れたようじゃ」
恐ろしい顔つきの赤鬼の眉間にシワが寄る。ビリビリとした振動が、空気を介して中庭から発せられていた。
黒い金棒を持った千隼は全力で走り出した。急に走り出した青年に東郷も慌ててついて行く。
「坊っ!! 」
「やれ若気のいたりよ。湯谷、斥候を連れて月読を探せ。あとは儂と共について来い、乱戦必至じゃな」
短く返事をした湯谷は、少数の鬼たちを連れて別棟へ向かう。
歩き出した鬼平の後に続く者たちの目が、薄暗い建物の中で爛々と輝いていた。
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