精霊の港 外伝「兵長の憂うつ」

兵長の憂鬱

俺の育った街

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　俺は港町サロネで生まれ育った。

　帝国の対岸たいがんに位置する穀倉地帯こくそうちたいと海に面めんした豊かな商業都市。曾祖父そうそふの代だいくらいまでは争いの絶たえない地で、収穫も現在にくらべずっと少なかったと聞く。ちいさいころは市場にならぶ穀物や海産物、異国の品々に目を輝かせた。しかしきびしい軍人の家に生まれ商人になれるわけでもなく父とおなじ道をたどった。

　士官課程しかんかていを終え、俺は兵士になった。

『おい聞いたか？　ヴァトレーネを任まかされてた貴族が送還そうかんされるって』

『横領だよ。兵士のあつかいも酷ひどかったって話だ。そのてん港町はディオクレス様の目が届くから安泰あんたいだな』

『あたらしく就任しゅうにんする貴族は港町も管轄かんかつするらしいぞ。フラヴィオスって言いやぁ、帝国でも有数の貴族じゃないか。何でそんなのがここへ？　』

『ディオクレス様も歳としだし、州を守る後継こうけいが欲しいのかもなぁ』

　港町は商業都市として栄さかえてるだけでなく、属州の拠点きょてんとして数多くの帝国兵が駐留ちゅうりゅうしている。
船で半日以上かかる対岸の都市にも帝国のニュースは届く。不正をしていた貴族は送還され新任しんにんの話でもちきり、ひそひそ声のする回廊かいろうを通りすぎた。



　訓練場へついた俺は列れつの後方へならんだ。指揮官をしている父に武術を教わったとはいえ兵士になったばかり、待遇は一般兵と変わらない。同期が勇いさみ足あしでとびこみ、みごとに返り討うちにあった。

「次っ！　」

　木剣と楕円形だえんけいの盾をもって前へでる。ならんだ列は運悪くマルクス隊長へ続いていた。前のヤツを吹き飛ばしたマルクスは要塞ようさいそのものと評ひょうされる巨漢きょかんだ。

「バルディリウスの息子か、しかし容赦ようしゃはしない！　」

　間合まあいへ入ると猛々たけだけしい声とともに巨漢の木剣が振り下ろされる。まともに喰らえば即終了そくしゅうりょう、受けとめた盾をかたむけ攻撃を受けながす。だが中心を金属で補強されただけの盾は木こっ端ぱみじんに粉砕ふんさいされた。
相手の武器はハンマーなみの威力いりょくをもつ木剣、頑丈な大盾なら防げるかもしれないが重量のある盾をふるう腕力はまだついていない。

　マルクスが腕を振りおろした隙すきをねらい剣を突く、はじき返され大盾の打撃を浴びた俺は訓練場の角すみへ飛ばされた。



「ぶざまにやられてたなぁ」

　訓練後、脱衣場で服を脱いでいたら３人組がニヤニヤしながら寄ってくる。年若く体も出来上がっていないヤツらは俺の同期、親は帝国の官僚で父と俺が気に入らないらしい。相手するだけムダなので一瞥いちべつして風呂場へむかう。

「おいっツァルニ、無視すんな！！　」

「――――おおっと、多勢たぜいに無勢ぶぜいで有利になったつもりで吠ほえてるのかぁ？　情けねえなぁ、それでも帝国の兵士かよ」

　風呂場の石柱へ肘ひじをかけ、こちらをうかがっていたのはイリアス隊長だった。３人組を上うわまわる卑いやしい笑みを浮かべ、面白いものを見つけたという表情。あまりいい噂を聞かない隊長に目をつけられ、青くなった３人組は身を寄せながら去った。

　なりゆきを見守っていた俺も歩きだす。

「おいぃぃっ、助けてやったのに無視すんなっ」

　こんなチンピラみたいな奴は俺の知りあいにいなかったはずだ。イリアスはマルクスとならぶ隊長格かくのひとり、厳格な父が仕事ぶりを褒ほめていたこともあって名は覚えてる。

　サウナで蒸むした体を洗い熱い湯をかぶった。なみなみと湯の流れる浴槽でリラックスして息をつく、帝国の風呂文化が祖父の時代までなかったことは驚きだ。
ずっとついてきた隊長もとなりへ腰をおろした。初対面しょたいめんにもかかわらず出身地から好きな酒、はたまた巷ちまたで流行はやってる物などさっきから１人でペラペラ喋しゃべってる。

「ひと言ぐらい喋れって、そんなに俺がイヤかぁ？　バルディリウスのおっさんでも笑って会話するぞ。まぁーおっさんが笑うのは鉄拳が飛んでくる時だけどな」

「……嫌なわけじゃない。流行は詳しくないんだ」

　会話するのは苦手、ではないが毎日鍛錬たんれんづくめの俺はイリアスのように社交的には話せない。華々はなばなしくふるまえる者に対して憧あこがれというかコンプレックスすら感じる。

　やっと返ってきた言葉に真顔になったイリアスは口の端はしを上げて笑った。

「オマエもいっぱしの兵士になったなら色々覚えないとモテねーぞ。おっそうだ、今夜いきつけの酒場教えてやるよ。料理もそこそこ美味うまいぜ！　」

　絡からまれた俺は隊長といっしょに酒場へ行くはめになった。



　イリアスの勧すすめる酒はどれも度数の高いもの、何種類か飲んでるうちに口当たりのいい白ぶどう酒を見つけた。料理は酒にあわせて味が濃こいめ、魚醤ぎょしょうで炒めた海産物やチーズをはさんで揚げたパスタが盛られた。
マナーを叩きこまれる家の料理とは程遠ほどとおいシンプルで熱々の料理だ。酒場は乱雑らんざつに混こみあい、みんな自由に飲んでる。家では何杯も飲むこともないから頬ほおのあたりが若干じゃっかんあつい。

　こんな場所へ来るのは初めてかというイリアスの問いにうなずいた。兵士になった祝いで父に連れて行ってもらったのは静かな酒場だった。

「たまにはこういうのもいいだろ？　飯めしも美味いし町のヤツらが入り雑まじっていろんな話が聞けるぜ」

　イリアスは含ふくみのある笑みを浮かべて濃い色のぶどう酒を流しこむ。会話は訓練のあと因縁いんねんをつけてきた３人組の話題になった。俺は隊長を見かけなかったけれど、隊長は訓練中の俺を見たことがあるらしい。

「オマエさぁ、あいつらくらい軽く伸のせるだろう？　なんで言わせ放題にしてるんだ？　」

「マルクス隊長相手にぶざまに転がったのは事実だ。……それに暴力で解決するのは好きじゃない」

　兵士の俺から出た言葉が可笑おかしかったのかイリアスは目を丸くして笑った。テーブルを叩きながらヒーヒーと笑う隊長を横目に俺も酒をあおる。

「イリアス！　こんな所へ新人を連れてきて毒するつもりか！　」
「げっ、マルクス隊長」

　巨漢が歩いてきて俺たちの席へどっかり腰をおろした。鎧よろいを着つけなくていいほど筋肉に覆われた漢おとこは普段着でも貫禄かんろくがある。正面にいたイリアスは窓ぎわへ追いやられた。

「めずらしい、奥さんに追い出されたんすか？　それとも酒場の娘さん目当てで？　」

「人聞きの悪いことを言うな！　この店はソーセージを取り揃そろえてる、わが妻に油と塩気の多いものを食べさせるわけにはいかんだろう」

　からかわれたマルクスはソーセージの刺さったフォークを突きつける。生粋きっすいの帝国兵士と属州出の隊長、接点がなさそうに見えた２人は日常会話をするていどに仲がいいようだ。マルクスは酒といっしょに持ってきた山盛りのソーセージを俺の皿にも置いた。

　兵舎にいる時とは異ことなる２人をながめ、酒場の娘が運んできたぶどう酒を口にする。他の酔っぱらいの横やりも入りつつ、人の熱気につつまれた酒場の時間は過ぎていく。

「新しい管轄官が港町へ来ることは知ってるだろう？　バルディリウスめ、あれは何かを企たくらんでる顔だった！　なぜ俺には話さんのだ！？　」

「マルクス隊長に話すと面倒めんどうくさいからでしょ、あーメンドクセ。俺は隊長送ってくから、またなツァルニ」

　巨漢を肩で支えたイリアスはよろめきながら去った。




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　お読みいただきありがとうございます。

　ツァルニの過去編、シヴィルがいうところのピチピチな年齢くらい。体格も現在の時間軸ほど大きくないミニ兵長です。