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兵長の憂鬱
高くそびえる壁と太陽
しおりを挟む路地裏は外灯をつるした歓楽街がつづき、娼館の客引きを後目に大通りへでた。荷馬車に轢かれないよう端をあるいて広場まで来たら、付近には高官の住む建物がある。
父が指揮官をしてるだけあって俺の家はそこそこ大きい、貴族の一軒家ほどではないが都会的な建物の内装は大理石で豪華だ。
「ただいま帰りました」
「お前にしては、めずらしく遅かったな」
父が階段をおりてくる。夜遅くなったため陳謝を口にしたが詫びは必要ないと返された。話がある様子だったが後日となり、階段をのぼっていく大きな背中を見つめる。
俺の外見は父に似てる。しかし戦闘時に発揮する器用さも、要領のいい会話術も遠く及ばない。まだ若いから仕方がないと友人は言うけど、父ほどの才はないと感じてる。兄弟がいたらプレッシャーもないが息子は俺1人だった。
父は2階へ消え、高くそびえる壁を見あげた。
翌日、新任の管轄官に会うためディオクレスの邸宅へ馬を走らせた。父を先頭に幾人かの隊長と文官、有力者の馬車がつづく。そのなかにはイリアス隊長の姿もあった。
ディオクレスは帝国のもっとも中枢へのぼりつめた人物だ。選出した4人へ後任を譲り、出身だったこの州で余生を過ごす。後継の4人とは多少の諍いはあるものの、帝国には今でも多くの支持者がいる。
白い結晶が輝く石灰岩の要塞へ到着した。内部は港町よりも整然と建物がならび、帝国兵と肩をならべる私兵の隊が出迎える。中庭には円柱が建ち正面にあるのは宮殿、煌びやかな美術品や工芸品に彩られクッション性の高いイスも用意されていた。
タイル壁画の手まえで悠々と座した人物が笑顔をうかべる。ひときわ絢爛なソファーはまるで玉座、訪問客は握手をして挨拶する。
俺の番がきて緊張しながら手を差しだした。
「そなたがバルディリウスの息子ツァルニ。ほうほう、兵士になったばかりなのか、それは楽しみじゃのう」
体は痩せて老人なのに大きく分厚い手だった。でこぼこした硬い手のひらは長いあいだ剣を握ってきた証明だ。武勇を微塵も感じさせない穏やかな表情の老人は握手した手を包みこんだ。
帝国貴族の夕食は日の暮れるまえから行われる。あたらしい管轄官はその宴で紹介されるが、それまで時間はたっぷりある。文官や貴族と話し疲れた俺は休憩するふりをして館を見まわった。
浴場施設の横を歩いていると呼びとめられた。
「ちょっと君、時間が空いているならどうだ? 」
一瞬、神々の彫刻像が動いたのではないかと思い足を止めた。長めのヘーゼルナッツ色の髪は光りに透け、肢体はしなやかな筋肉に覆われてる。俺は近づいてくる青年を見上げた。
太陽の光を溜めた琥珀の瞳が笑いかける。
しばらく見惚れていたら、笑顔の青年は見たことのある動作をしてから再び俺の顔をうかがう。ここは浴場へつながる運動広場、武術式トレーニングの誘いをうけたようだ。いい汗をかいたあとは風呂へ直行だけど、まだ入るつもりじゃなかった俺は戸惑った。
「手は空いてないか? 着がえの服なら持ってこさせる」
「え……いいえ、大丈夫です」
帝国貴族の場合、館で使う物は招待者が用意する。訪れた者はよけいな心づかいをする必要がない。
この館でディオクレス以外に我がもの顔でふるまえる者は限られてる。ためらいなくパンツ1枚になった青年の後へつづき、服を脱いですべりをよくするためのオイルを塗った。
様子見しながら互いにかまえ、砂のうえへ投げ飛ばされる。すぐに起きあがり再度組み合う、何度か地面へ転がされた後に相手の腰を取ってひっくり返した。やっと1勝をつかんで立ちあがれば、金髪を乱した青年は屈託なく笑った。
「最後はやられたな、私の名はラルフだ」
「俺……私はツァルニです」
「せっかく近づいた仲が遠くなった気がする、言葉づかいは元のままでいいよ」
ラルフは大げさに肩をすくめる。体へ付着した砂をおとし、脱衣所へ入った彼は迷わずパンツを脱いだ。彫像のごとく美しい裸体と日焼けした肌、俺はなんとなく照れて視線をはずす。
「そんなところへ突っ立ってないで、早く風呂へ入ろう! 」
側へきたラルフは笑顔で俺のパンツを下ろした。
脱衣所で動揺する出来事があったものの、無事に風呂からあがり夕食会へ向かった。いっしょにいたラルフは鼻歌まじりで体を洗い、俺が長湯しているあいだ先に出ると言って消えてしまった。じつに奔放な青年だった。
会場で父と目があい、ディオクレスをかこむ人々の輪へ加わる。めったにお目にかかれない高級カットグラスを渡され、この地域で作られた赤ぶどう酒が注がれる。
「さてそろったようじゃ、皆今日はよく集まってくれた。ワシの秘蔵っ子を紹介しよう」
「フラヴィオス・ラルフです。プラフェ州をより豊かで実りのある場所にしていきましょう。若輩者ですのでぜひ皆さんの手をお借りしたい」
ディオクレスの視線の先から青年が歩いてきて挨拶をした。砂まみれで大笑いしていた時と雰囲気は変わり、帝国の紋章が金糸で刻まれた服に緋色のトガを巻きつけ堂々とした風貌だ。うすうす貴族と感じてたけど、まさか管轄官本人だとは思ってなかった。太陽のような笑顔で集まった人々と政治や灌漑、商業や農業にいたるまで幅ひろい会話を繰りひろげている。
遠巻きだった俺の順番がきた。
「君とはさっき会ったな、改めてよろしく頼む」
太陽の瞳がたゆたい、視線を合わせて止める。含みのある笑みを向けたラルフとかたい握手を交わした。
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