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おしまいに
おまけ
しおりを挟む素振りをしていたら汗が湯気となって立ちのぼる。木剣をおき回廊を歩くと、朝陽が柱の影をつくった。
シヴィルの噛みぐせの矯正は順調だ。歯形を気にせず風呂へ入れるようになったけど、たまに内もものつけ根へ痕をのこされる。発見してしまって夜の痴態を思いだし、ひとり身をふるわせる。痕をつけた本人はいまごろ俺の部屋でブランケットをかぶり気持ち良さそうに寝ていることだろう。
食堂へいくとパンの焼けるいい匂いがする。朝早くから仕込みをしている食堂の親父が厨房から顔をだす。焼きたてのパンをほおばりスープを掬う、季節は暖かくなりテーブルへならぶメニューも増えた。一番のりの俺のとなりへ腰かけた親父は昼食になにが食べたいか聞いてくる。彼は山羊の乳でチーズを手づくりしていてそちらも楽しみだ。
朝のルーティンを終えて部屋へもどった。絨毯のうえにあるブランケットの丸まりをつつけばシヴィルのうめき声が聞こえる。
「うぅ~あと5分……」
「さっさと起きろ! 」
ブランケットはハリネズミのように抵抗していたが、食堂の特別メニューを伝えたらすっ飛んでいった。兵士たちはよく食べるので恒常のメニュー以外は無くなりしだい終了する。シヴィルは惰眠をむさぼり食い意地まではっている。
育ちざかりの彼の背は伸び、とうとう俺の身長をこえた。べつに大きくなったからと言って夜の心配をしてるわけじゃない、頭痛のタネをかかえた俺は執務室へ向かった。
いつもどおりの仕事をこなす。変わりばえしない日常にみえて、変化は外からもたらされる。吹く風に気づくか気づかないかは本人しだいだ。
「大豆を加工した”トーフ”を作ろうと思うんだけど、畑の一角に大豆植えてもいいかな? 」
「ツァルニ、ミナトの訓練日に合わせてピクニックを開催したいのだが……トーフ? トーフとは何だ!? くわしく説明してくれミナト!! 」
「兵長、見張り塔より報告。港町方面より隊が向かってます。いつもの査察と思われます」
「ツァルニ、来たよ~」
今日は訓練をイリアスにまかせ俺は執務室へこもる日。しずかに書類の整理をして仕事の報告をうける――――なのに、この騒がしさは何なのだろう。
仕事ついでにあたらしい企画書を持ってきたミナト、ドアから飛びこんできて偶然ミナトを見つけたラルフ、見張り塔の報告、訓練にでていたシヴィル。みんな一斉にしゃべるので聞きとることもできない、机で書類をかくにんしていた俺の目元は引きつる。
普段なら、そう普段なら、俺は仕事に集中できる静かなひとときを過ごしているはずだった。
「ミナト、試験的な栽培か? たいした量ではないな、南西のはしに小さな畑があるから使うといい。ラルフ様、武術指南ならまだしもピクニックは訓練場以外でおこなってください」
「私が指導すると、ミナトの勇姿をゆっくり見れないじゃないか」
「ちょっとやめてラルフ! 子供の運動会じゃあるまいし、来なくていいって」
ラルフの抗議の声は俺の耳をスルーした。ミナトが真っ赤な顔で肘鉄を食らわせたが、そよ風につつかれた程度の太陽は燦燦と輝いてる。
ミナトは剣術の訓練を週一回おこなっている。ラルフでは体格差がありすぎるため訓練の相手として不適当で俺が指導してる。ミナトの希望で内緒にしたものの聞きつけ、訓練場へ姿をあらわした。
もめた2人は話し合い、見学のみ許可されたラルフだが良からぬことを企んでるようだ。始めた時はこじんまりした訓練だったのに、いつの間にか部下たちが増えていたのも頭が痛い。
眉間にしわをよせたまま視線をよこへ移せば、満面の笑みでニヤついたシヴィルと報告にきた部下が立っている。報告にきた部下は水門事件で落馬した新兵、シヴィルを睨む俺の目つきに巻きこまれた彼にはねぎらいの言葉をかける。
「シヴィルは訓練中ではないのか!? 」
「イリアスの嫌がらせで見張り塔まで走れって言われたから走ってきたよ! 僕も見張り塔の報告しにきたからご褒美ちょうだい! 」
シヴィルは小魚のように口をすぼめて身をのりだした。いわゆるキッスをしてほしい顔だがこころよく応じる俺ではない、かわりに疲労回復に効くフルーツを口へ押しこむ。酸っぱさと渋みに身をふるわせた灰髪の青年はふらつきながら部屋を出ていった。
イリアスはわりと本腰を入れてシヴィルを鍛えてる。2人はすこし似ていて互いに牽制しあってるけど息が合うようだ。
新兵のシリウスは下がらずこちらを見ている。ほんらい褒美でわたすほど美味しい物ではないが、子犬みたいな期待のまなざしに屈して彼にもシトロンの実を渡した。
「ありがとうございます! あの……俺も……兵長のためなら尻を差し出せます!! 」
「シヴィルの寝言は気にとめるな! さっさと塔へもどれ! 」
医務室の混沌は新兵の耳にもしっかり入っていた様子だ。”トーフ”に興味を惹かれていたラルフも耳聡く聞きつけ、色ごとかと察知して小声でたずねてくる。
憂うつの材料がふえて俺の眉間のシワはふかくなった。
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