上 下
17 / 17
おしまいに

おまけ

しおりを挟む


 素振すぶりをしていたら汗が湯気ゆげとなって立ちのぼる。木剣をおき回廊かいろうを歩くと、朝陽あさひが柱の影をつくった。

 シヴィルのみぐせの矯正きょうせいは順調だ。歯形を気にせず風呂へ入れるようになったけど、たまに内もものつけ根へあとをのこされる。発見してしまって夜の痴態ちたいを思いだし、ひとり身をふるわせる。痕をつけた本人はいまごろ俺の部屋でブランケットをかぶり気持ち良さそうに寝ていることだろう。

 食堂へいくとパンの焼けるいい匂いがする。朝早くから仕込みをしている食堂の親父が厨房ちゅうぼうから顔をだす。焼きたてのパンをほおばりスープをすくう、季節は暖かくなりテーブルへならぶメニューも増えた。一番のりの俺のとなりへ腰かけた親父は昼食になにが食べたいか聞いてくる。彼は山羊の乳でチーズを手づくりしていてそちらも楽しみだ。

 朝のルーティンを終えて部屋へもどった。絨毯じゅうたんのうえにあるブランケットの丸まりをつつけばシヴィルのうめき声が聞こえる。

「うぅ~あと5分……」
「さっさと起きろ! 」

 ブランケットはハリネズミのように抵抗していたが、食堂の特別メニューを伝えたらすっ飛んでいった。兵士たちはよく食べるので恒常こうじょうのメニュー以外は無くなりしだい終了する。シヴィルは惰眠だみんをむさぼり食い意地まではっている。
育ちざかりの彼の背は伸び、とうとう俺の身長をこえた。べつに大きくなったからと言って夜の心配をしてるわけじゃない、頭痛のタネをかかえた俺は執務室しつむしつへ向かった。



 いつもどおりの仕事をこなす。変わりばえしない日常にみえて、変化は外からもたらされる。吹く風に気づくか気づかないかは本人しだいだ。



「大豆を加工した”トーフ”を作ろうと思うんだけど、畑の一角に大豆植えてもいいかな? 」

「ツァルニ、ミナトの訓練日に合わせてピクニックを開催したいのだが……トーフ? トーフとは何だ!? くわしく説明してくれミナト!! 」

「兵長、見張みはとうより報告。港町方面より隊が向かってます。いつもの査察ささつと思われます」

「ツァルニ、来たよ~」

 今日は訓練をイリアスにまかせ俺は執務室へこもる日。しずかに書類の整理をして仕事の報告をうける――――なのに、このさわがしさは何なのだろう。

仕事ついでにあたらしい企画書を持ってきたミナト、ドアから飛びこんできて偶然ミナトを見つけたラルフ、見張り塔の報告、訓練にでていたシヴィル。みんな一斉にしゃべるので聞きとることもできない、机で書類をかくにんしていた俺の目元は引きつる。

 普段ふだんなら、そう普段なら、俺は仕事に集中できる静かなひとときを過ごしているはずだった。

「ミナト、試験的な栽培か? たいした量ではないな、南西のはしに小さな畑があるから使うといい。ラルフ様、武術指南ぶじゅつしなんならまだしもピクニックは訓練場くんれんじょう以外でおこなってください」

「私が指導すると、ミナトの勇姿ゆうしをゆっくり見れないじゃないか」

「ちょっとやめてラルフ! 子供の運動会じゃあるまいし、来なくていいって」

 ラルフの抗議の声は俺の耳をスルーした。ミナトが真っ赤な顔で肘鉄ひじてつを食らわせたが、そよ風につつかれた程度の太陽は燦燦さんさんと輝いてる。

 ミナトは剣術の訓練を週一回おこなっている。ラルフでは体格差がありすぎるため訓練の相手として不適当ふてきとうで俺が指導してる。ミナトの希望で内緒にしたものの聞きつけ、訓練場へ姿をあらわした。
もめた2人は話し合い、見学のみ許可されたラルフだが良からぬことをたくらんでるようだ。始めた時はこじんまりした訓練だったのに、いつの間にか部下たちが増えていたのも頭が痛い。

 眉間にしわをよせたまま視線をよこへ移せば、満面の笑みでニヤついたシヴィルと報告にきた部下が立っている。報告にきた部下は水門事件で落馬した新兵、シヴィルを睨む俺の目つきに巻きこまれた彼にはねぎらいの言葉をかける。

「シヴィルは訓練中ではないのか!? 」

「イリアスの嫌がらせで見張り塔まで走れって言われたから走ってきたよ! 僕も見張り塔の報告しにきたからご褒美ほうびちょうだい! 」

 シヴィルは小魚のように口をすぼめて身をのりだした。いわゆるキッスをしてほしい顔だがこころよく応じる俺ではない、かわりに疲労回復に効くフルーツを口へ押しこむ。酸っぱさとしぶみに身をふるわせた灰髪の青年はふらつきながら部屋を出ていった。
イリアスはわりと本腰を入れてシヴィルをきたえてる。2人はすこし似ていて互いに牽制けんせいしあってるけど息が合うようだ。

 新兵のシリウスは下がらずこちらを見ている。ほんらい褒美でわたすほど美味しい物ではないが、子犬みたいな期待のまなざしに屈して彼にもシトロンの実を渡した。

「ありがとうございます! あの……俺も……兵長のためなら尻を差し出せます!! 」

「シヴィルの寝言は気にとめるな! さっさと塔へもどれ! 」

 医務室の混沌カオスは新兵の耳にもしっかり入っていた様子だ。”トーフ”に興味をかれていたラルフも耳聡みみざとく聞きつけ、色ごとかと察知して小声でたずねてくる。



 憂うつの材料がふえて俺の眉間みけんのシワはふかくなった。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:3,209pt お気に入り:15

お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:120

恋人に裏切られた私は一人のお客様に愛され蕩かされる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:23

二番目の夏 ー愛妻と子供たちとの日々— 続「寝取り寝取られ家内円満」

kei
大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

[ R-18 ]息子に女の悦びを教え込まれた母の日常

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:1,805pt お気に入り:74

【R18】素直になれない白雪姫には、特別甘い毒りんごを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:63

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:240

神の花嫁~伝承されない昔噺~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:21

処理中です...