月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー

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第一章

九郎と奇妙な生活2

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 座卓へ頬杖ほおづえをつき、茫洋ぼうよう居間いまへ座る男が1人。

「なんでこんなに眠いんだ……」

 朝の油揚あぶらあげとワカメの味噌汁みそしるは美味かったなと思いだし、坪庭つぼにわの青々と伸びたヤブコウジの枝をながめる。とくに予定もなく、早く起きた反動だと言わんばかりの眠気にあらがうべく格闘をくり返していた。

 不意ふいに視線を感じてとなりの部屋を見ると、仕切しきふすまを開けはなった向こうの九郎と目があった。まばたきをしてる間にパソコンの画面へ視線をもどし仕事をしている。

――――ソコの襖は閉めてても良いんじゃないか?

 月読は声には出さず溜息ためいきを吐いた。



 つい先刻まで【烏】が仕事で引っ切りなしに出入りしていた。

 他者が頻繁ひんぱんに出入りするのは好ましくないが、それでは仕事にならないので仕方なく許可している。まったく面倒めんどうな申出を引き受けたものだと、月読はほおへ落ちた髪を撫であげ欠伸あくびみ殺す。

 あまり腑抜ふぬけた顔をさらすのもどうかと思い、前日に加茂モモリンが持ってきた書類を引っぱり出した。御山の集落に関わる経営のほとんどを叔父にまかせているとは言え、確認する書類は山ほどあるのだ。びっしり隙間すきまなく書かれた文字列へ目を通していたら、それが呪文のごとく眠気をさそう。

半分読み終えた時点でフラフラと立ち上がり、蛇口をひねって冷たい水で顔を洗った。洗面所から戻れば、座卓には熱い珈琲コーヒーが置いてあった。

  突然とつぜん現れたコーヒー、胡散臭うさんくさげに見つめていると頭上から声が降ってくる。書斎へ視線をやると誰もいない、月読はいつの間にか忍びよった影におどろき反応してしまった。

「砂糖かミルクいれるか? 」
「両方たのむ。あと気配を消して近づくのはやめろ」

 ミルクコーヒーが目のまえに置かれ、九郎もカップをたずさえ腰をおろす。珈琲を飲むため手を伸ばせば相手の腕をかすめるほど近い。

「仕事……いいのか」
「ひと段落ついた。休憩も大切だ」

 月読はふぅんとうなり、まだ熱い珈琲をすするように飲む。2人のあいだを物静かな時間が過ぎていく。
 
 ふと九郎が手元へ視線を落とした。

 座卓へさまざまな書類を積んでいた。加茂の提案したあたらしい経営計画書と追跡ついせき調査などの報告書、調査については討伐したマガツヒを洗いなおしていた。【マガツヒ】という言葉に九郎が反応を示したので説明する。

「地形的にあの辺りの川は海へといたっている。海から来たんじゃないかと思ってな、まあ……結果から言うと違った。ただの妖物だったよ」

「海から来たとして、何が引っかかる? 」

 九郎が目でくように返した。調べた理由を聞きたがっている。

 コーヒーをおいて指を組んだ月読は急に真面目まじめな顔になった。

「マガツヒにるには相性というものが存在する。川下かわしもの海には牛鬼うしおにの民話が残されていてな、もし牛鬼がマガツヒになったとしたら最悪だった」

 牛鬼は残忍ざんにん獰猛どうもう、災厄と悪意の象徴だ。霊獣れいじゅう崩れとも伝えられる。おそらく神堕かみおちのたぐいがマガツヒになるのと同じぐらい厄介、場合によっては御山の勢力を総動員そうどういんしなければならない可能性もあった。話を聞いた九郎の目元が少しうごく。

 オオマガツヒの欠片かけらが取りき、ったものがマガツヒ。

「その欠片と強い悪意やにくしみ……いんの気は相性がいい。災厄の塊などもってのほかだ」

 温室でえさをばらいて肥え太らせているようなもの、そう例えた月読は「自身の知るかぎりでは」と付けくわえた。





 正午すぎ、仕事を片づけた九郎は月読へ声をかけた。

 「これからふもと蕎麦屋そばやへ行かないか? 」

 洋服を着てくるよう言われ、月読は暗色のリネンパンツにゆるいシャツを羽織はおった。やわらかい髪は上部だけくくる。九郎は相変わらずTシャツにカーゴパンツという駐在している軍人のような姿だ。しかしその格好はしっくりと腹が立つほど似合っている。

 連れだって大門を抜け、駐車場から山林道の階段をくだる。道をおりた先にも麓の集落があって加茂の家も其処そこにある。

 月読がネギ沢山の鴨蕎麦かもそばを食べ終わった頃、九郎が切りだす。

「予定がないなら付き合え」

 月読は首をかしげて考える素振そぶりをしてから小さくため息を吐いた。心底しんそこ言いたくなさそうにつぶやく。

「……以前ちょっとやらかして、勝手に御山の外へ行けない」
「なら俺と一緒だから問題ない」

 連絡が必要ならしておくと、さそった男は電話を掛けて手筈てはずを整える。

 手際てぎわが良い、理由を聞かないのは一進いっしんから何か聞いているのかもしれない。月読は複雑な面持おももちをしていた。あまり人には話したくない過去、目のまえの男は前当主ぜんとうしゅから何所どこまで耳にしているのか。

「こっちだ」

 思い悩む月読を後目しりめに九郎はふり返らず先を歩いていく。

 着いた場所は蕎麦屋からさほど遠くない広いガレージ。シャッターを開けると黒色ベースで下部がマットシルバーのオフロード車が止まっていた。ガレージのなかはタイヤや工具がならび、整備場になっていた。

「今度の仕事でこの車を使う」

 九郎の後へつづき、ガレージの奥へ入った。

「おお……これ4WDか。7人乗りは流石さすがに大きいな」

 大人のおもちゃ箱みたいでいくらか心がおどり、月読はドアを開け広々とした車内をすみずみまで確認した。工具を持ってきた九郎が車をジャッキで上げ始め、月読は壁際の机へ腰掛けるように立った。九郎が机の工具を取ってくれと言うので手渡せば、今度はタイヤを持って来るよう言われる。

「お前さぁ、先にタイヤ持って行けよ。で? どのタイヤ付けるんだー? 」

 面倒くさそうだがどこか浮いた表情の月読が聞くと、手袋をした指ははしに積まれたタイヤを指差した。上に載っていたタイヤをドスンと落して転がす。九郎はナットを外し、慣れた手つきで交換している。

「1年前まで、この系統の4人乗りタイプを持っていた。乗りやすいし大きさも丁度良くて気に入ってたんだけどなぁ」

 月読は話しながら、やや甘めの缶コーヒーで喉をうるおした。ガレージ前の自販機で買った珈琲だ。

「その車はどうした? 」
「外出禁止になってから手放した。乗れないんじゃ、持っていても仕方ないしな」
「そうか……、そこのトルク取ってくれ」

 相槌あいづちを打ちながら九郎は黙々と作業している。言葉に出して月読は若干の息苦しさを覚えた。ぼんやりガレージの外をながめ口からポツリと言葉をこぼす。

「私でも長老会の威光いこうは無視できないさ」

 気弱な言葉がもれるのは気がゆるんでしまったせいかと物憂ものうげにうつむいた。車の下から出た九郎がこちらを見つめていた。手を伸ばしたのでトルク代わりに月読は缶コーヒーを乗せる。コーヒーを飲み終えた九郎は転がったトルクを手に取り再び作業へ戻った。

 月読は車の話題へ戻して会話を続けた。



 車の整備が終了した頃、美しい茜色あかねいろの空が広がっていた。

 ガレージを閉め、高校のときにバス停から何度も往復した石段をのぼった。山林道へつく時間にはすっかり日はかげったが、九郎が世話役なので急いで帰る必要もない。宵闇よいやみに包まれ虫の音がはずむ林道を互いに語らい歩く姿は普通の若者のようだ。

「新型ですこし形は違うが、今度あれの5人乗りを納車予定だ」
「そこは人気のジム二ーじゃないのかよ」
「そっちは人気過ぎて1年待ちだ。また次だな」

 月読が不満をたれ、薄闇のなか九郎がふっと息で笑った。





―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます~
平和そうにみえてじわじわ進行中

もろもろの用語説明です。

ふすま……和室の引き戸のしきり建具。木枠に和紙や布を張っている。
神堕かみおち……ここでは、元は祀られたり恩恵を与えていた神が荒廃して害をなすようになった存在をいう。
※ナット……工具。ドーナツ状で内側に溝のついたネジ。
※トルク……工具の略、トルクレンチ。ボルトやナットを締める。
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