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消えた神々と黄昏の都
侵攻
「ミナト、私は港町へ帰ることになった。貴方はここへ居てくれるのが望ましいけど……」
朝食を終えて書庫で調べ物をしていたらヒギエアが訪ねてきた。書簡を読んだときのラルフみたいに真剣な表情、兵士同士の騒動だけでヒギエアはこんな厳しい顔にはならないだろう、よくない事が起こっているのだと直感した。
「ヒギエア、俺もヴァトレーネへ帰る」
湊の心は決まっていた。この世界は変化していてラルフのことも中途半端、こんな状態でひとり調べ物をしろというのが無理な話だ。元の世界へ帰るとしても、いま起こってることが解決した後でいい。力になれるかは分からないけれど湊もヴァトレーネの民だ。彼らが直面している事態を知りたい、湊は何があったのか説明を求めた。
「冬の国が侵攻してきたの」
冬の国は北方の凍土にある小さな国のひとつ。
以前より北の国境沿いにある北城塞都市はたびたび蛮族の侵攻にさらされてきた。北方に蛮族の小さな国々があり蛮族同士で争っていた。ロマス帝国はそれほど脅威に感じていなかったが、冬の国を中心として急速にまとまり攻めてきた。
妖精の言葉を思いだして胸がざわつく、北城塞都市へ向かったエリークとシヴィルが心配だ。おそらくラルフがヴァトレーネへ帰還した理由も、北方の緊迫した戦況が原因だろう。
「港町はバルディリウス様のおかげで強固に守られてるけど、北城塞都市のことが伝われば混乱が起きる。街の平和を維持するためしばらく忙しくなるわ」
港町の北にあるヴァトレーネは山と大きな川をはさみプラフェ州の守りの要、戻るのはリスクへ足を踏み入れる行為にひとしい。このままディオクレスの宮殿へ残れば危険を回避できる。安全な国で生まれ育ち画面で見るのとはちがう、すぐ手の届く場所で戦争が起こっている。そしてそこにはラルフがいる。
「覚悟を決めたのねミナト、いい顔になった」
湊は宮殿へとどまる選択肢を切りすてる。ヒギエアは普段の笑顔とはべつの好戦的な笑みを見せた。
「おお夜の青年、そなたも行ってしまうのだな」
荷物をまとめ馬を待っていたら、挨拶を済ませたはずのディオクレスが見送りにきた。あらためて滞在の礼を述べると、爺さまは1通の書簡と指輪を渡してきた。指輪には宮殿へ飾られた神像の紋章が入っている。書状の封をするさい捺印に使ったり、その者の身元を保証する指輪だった。湊は少し大きめの指輪を人さし指へはめた。
「前進はよいが時には後退することも同じくらい大切じゃ、アキツミナト。今後はなにかと物入りになるだろう、支援の書簡にはこの指輪を使うといい。こっちの手紙はラルフへ渡しておくれ」
ヒギエアの馬に同乗しディオクレスへ手をふった。スマートで美しい葦毛の馬は海ぞいの街道を俊足で駆ける。チュニックの爺さまは見る見るうちに小さくなった。平らにつづく街道を走り、あっという間に港町へ着いた。
港町サロネの門をくぐり中央広場で馬を降りる。港町の雰囲気は出ていく前と変わらない、しかし兵舎へ出入りする兵士の数が多いように思えた。
「バルディリウス様! 」
「ヒギエア、戻ったか」
黒鉄の甲冑をまとう指揮官がこちらへ歩いてきた。ヒギエアは警備兵と巡回して治安をまもりながら街の様子を報告する任務が与えられる。ヒギエアは湊をヴァトレーネへ送り届けたいと申しでたが往復すると1日かかる。バルディリウスは顎ヒゲに指をあて一考する。
物資を北へ運ぶ準備をしていて、その馬車群でヴァトレーネへ帰れることになった。気は急くけどヴァトレーネが戦火に巻きこまれてるわけではない、出発の時間まで街をまわって気分を落ちつかせるようにと背中を押された。
中央広場の通りに見覚えのある建物があった。門衛のいる鉄柵の向こうはラルフの屋敷、湊だけでは中へ入れず寂しい気持ちで外からながめる。
「ミナト様? 」
鉄柵の横にある小さな扉がひらき使用人のシハナが現れた。たった数日の滞在だったのに覚えられていて湊の胸に安堵がひろがる。
ラルフにはディオクレス邸を出たことを伝えていない、シハナの一存でも屋敷には入れないので、外出する彼女といっしょに市場近くの店へ入った。
石壁にかこまれた箱庭へテーブルやイスが置いてある。騒然とした通りの声は聞こえず、閑静な庭はここへ戻った理由を忘れさせる。シハナが最近見つけた行きつけの店らしく、運ばれてきた金属製のカップへ東方から輸入したお茶が注がれた。
シハナにはルリアナという妹がいる。ルリアナはヴァトレーネ邸で会った若い使用人だ。妹が港町へ帰って来るかもしれないという手紙を受けとり、やや浮かれた彼女は口数が増えた。帰還の理由を察した湊は口ごもりながら話を聞く。
「ちょっと言えないよなぁ……」
屋敷へもどるシハナの背中を見送って市場で時間をつぶす。北城塞都市のことが伝わったら混乱が起きるかもしれないとヒギエアも言っていた。ため息を吐き歩いていると東方の商人が集まるテントにナディムの姿を発見した。
「ナディム! 」
「ミナトサン! 」
顔をほころばせた綿毛ヒゲのナディムは知り合いになった東方人のテントで手伝いをしていた。荷を運ぶロバと仕入れに目処がつき、近日中に港町を出ていく。安全に旅ができるようコッソリ北側の情勢を教えると、ビックリした顔のナディムはうなずいた。
「ありがとうミナト! 北山脈の小さい村をまわって東へ行こうと思ってたから道を変えるよ」
「ナディム、次はどこへ? 」
「東方国の北にある丸い海をかこむ国々かな? ドラゴンがいるって噂もあるんだよ」
ナディムは丸い手をわきわきさせながらドラゴンの真似をした。海ぞいの街道を東へいき、果ての船つき場から北へ船が出ているそうだ。ナディムの顔が渋いわけを聞くと、船酔いしやすいのだと力なく嘆いた。
昼の鐘がひびき、ナディムへ別れを告げ湊は馬車の乗り場へ向かった。
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