獣耳男子と恋人契約

花宵

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第六章 波乱の幕開け

【閑話】男前すぎる女(奏視点)

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 俺には生まれた時から、女といっていいのか分からない幼馴染みがおった。
 同じマンションの隣に住むそいつの名前は一条 桜。
 三歳の頃から週に四日は空手道場に通っている男前過ぎる女だった。
 それに対し、俺は顔も容姿も女にしかみえない残念過ぎる男だった。

 当時の俺は、幼稚園で体格の良い男共に容姿の事をよくからかわれていた。
 身体の小さかった俺はそいつ等に力で敵うはずもなく、泣かされる毎日。
 その度に、ヒーローのように駆けつけてくる男前過ぎる桜。伊達に毎日身体を鍛えていないようで、あっという間にやっつけてしまう。
 ある時、俺は情けない自分が嫌になり、「大丈夫? カナちゃん、けがはない?」そう言って差し出してくる桜の手を思いっきり弾いた事がある。

「お前も俺の事、女みたいやて思うてバカにしてんのやろ?」
「何言ってるの? カナちゃんはカナちゃんだよ。私の大事な友達だよ」

 目をまん丸させて桜はそう言ってニッコリと笑った。
 ああ、そうや。こいつは他の奴らとは違う。外見やなくて俺を、俺自身を見てくれてる。
 アイツのあの言葉のおかげで、俺は自分を素直に認める事が出来た。
 どんな容姿でも、桜はきっと気にせず同じ事を言うだろう。そう思ったら嘘みたいに、今までの自分がアホやと思えてきた。


 一度自分の容姿を認識して、俺は気付いた。その辺に居るどの女よりも、自分の容姿か優っているという事に。それなら、それを最大限利用してやろうて思った。すると、面白い程に周りの大人が優しくしてくれる。
 商店街に行けば、挨拶してニコニコ笑顔ふりまいとくだけで、必ず何かしらもらえる。

「おいちゃん、おおきになぁ。ほんまうれしいわ」

 そう言ってニコリと微笑めば、締まりのない顔のオンパレードや。
 いつの間にか『浪花のエンジェル』って通り名まで付いとった。
 まぁ……学校で浮いた存在やったんは否定せぇへんけど。
 学校の奴等になんて思われようがどうでもええ。貰った戦利品を桜と一緒に頬張りながら帰る。
 それだけで、俺は幸せやった。桜が隣で笑ってくれてたら、俺はそれだけでよかったんや。


 ある時、桜がポロポロと涙を流していた事がある。
 話を聞くと、空手の試合で学年も体格も上の相手に、完膚なきまでに打ち負かされた事が悔しかったらしい。
 その話を聞いて、俺は桜よりひどく嗚咽を漏らしながら情けなく泣いてしもた。
 あれだけ頑張っとったのに負けたなんて、桜が可哀想過ぎるやろ。
 気付いたら俺は、泣き止んどった桜に背中を優しくさすられていた。


 小学二年の秋、俺が風邪を引いて学校を休んだ次の日。
 桜はやけにそわそわした様子で、俺が話しかけても心ここにあらずな状態だった。
 理由を聞くと、昨日大怪我をした白い子狐を拾ったらしく無事かどうか心配らしい。

 学校が終るなり、鉄砲玉のように飛び出して行った桜の背中を見ながら、俺の心はズキンと痛んだ。
 それから毎日、桜は学校が終わると慌てて教室から出ていくようになった。
 桜の背中に手を伸ばしては、それが虚しく空を切る度に、今まで感じた事のない締め付けられるような苦しい胸の感覚に、俺は戸惑った。
 いつもなら、俺が桜の手を引いて一緒に帰るのに。
 その時俺は、見たこともない桜が拾った子狐に、嫉妬してる事に気付いた。
 自分以外の存在に、桜が興味を抱いている事に心がひどく痛んだから。
 いつの間にか俺が桜に抱いていた感情は『友達として好き』ではなく、『女として好き』に変わっていた。

 二週間ほど経って、俺も一緒にその子狐を見に行こうとしたら、なんと奴は夜の間に逃げ出していたらしい。
 それから毎日、桜は登校も下校の時もキョロキョロと心配そうに辺りを見回すようになった。
 未だに子狐を心配している桜を複雑に思いつつも、俺も外に出た時は気にかけるようになった。
 やけどほんまは、居らんくなってまで桜の心を煩わせるその子狐が、すこしだけ憎らしかった。


 好きだと自覚して困った事……それは、桜と一緒に風呂に入れられる事だった。
 当時共働きだった俺の両親が二人揃って帰宅が遅くなる時、俺は桜の家で夕食をよばれていた。

「カナちゃん、お風呂沸いたから入っていきなさいよ」

 おばさんにそう言われる度に心臓が飛び出そうになり、「カナちゃん一緒に入ろうよ」と無邪気に笑う桜を前に、男として見られていない事実にかなりへこんだ。
 しかし、好きな女と風呂に入る機会をそうそう見逃すわけもなく、俺は桜と風呂に入っていた。
 俺が邪な考えを持っているとも知らずに、「カナちゃん、背中届かないから洗って」と桜は普通に注文をつけてくる。
 その時、俺は桜の背中に小さなほくろを見つけた。
 本人も知らないであろう物を知ってしまった事実を前にして、俺は歓喜に酔いしれていた。
 背徳感を覚えつつも、俺は桜の背中を洗い「じゃあ今度はカナちゃんの番ね」と、桜は俺を椅子に座らせ、普通に背中を洗っていた。

 一緒に湯船に浸かっていると、透明なお湯で目のやり場に困った俺は、わざと隅の方で桜に背を向けていた。しかし、それが桜は気にくわなかったらしい。

「カナちゃん、そんな隅っこに居ないでもっとこっちにおいでよ」

 しきりに俺を中央へと誘ってくる。
 それでも俺が動かなかったため、桜は俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
 突然の事にバランスを崩した俺は、そのまま湯船にザブンと頭ごと浸かった。
 その時目にした光景は、今でも俺の心の中のメモリーにしっかりと記録されている。

 中々浮かんで来ない俺を心配したのか、桜は俺が顔を出すなり謝りながら抱きついてきた。
 むにっと柔らかい二つの何かが直に俺の肌に触れた瞬間、そのまま昇天するかと思った。
 まな板だと思っていたそれは、予想に反して少し膨らんでいた事を知り、抱き締めたい衝動に駆られるも、「大丈夫だから」と、何とか理性を保って桜の身体を引き離した。
 いつか絶対、俺の事を男として認識させてやる。そう思いつつも、俺はこの生活を楽しんでいた。
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