獣耳男子と恋人契約

花宵

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第九章 文化祭に向けて

悪者に天誅!

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 学校からの帰り道、シロと一緒に帰っていると──

「嫌っ! 離して!」

 女性の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

「シロ、事件だよ」
「無闇に首を突っ込むな。お前を危ない目に遭わせたくねぇ」
「でも放っておけないよ!」
「待て、桜!」

 シロの制止を振り切り、急いで声のした方向へ走っていくと、路地裏の影であまりよろしくない光景が飛び込んできた。

「なぁ、いい加減諦めて俺の物になれよ」
「嫌よ、離して!」
「俺が忘れさせてやるからさ、いいだろ?」

 派手な装いの男が、女の子を壁に無理矢理押し付けている。必死で抵抗しているその女の子は、屋上で話しかけてきた優菜さんだった。

「嫌がってます、止めてください」

 声をかけると、男はイライラした様子でこちらへ顔を向けた。

「は? 邪魔しないでもらえる?」
「無理矢理そんな事をして、恥ずかしくないのですか?」
「あーうっぜぇ! 女だからって調子にのってっと痛い目遭わすぞ」

 男は優菜さんから手を離すと、鋭い視線で睨み付けながらこちらへと身体を向けてきた。

「優菜さん、早くこちらへ」

 はっとした様子でこちらに走ってきた彼女を背中に庇うと、男は右手をふりかざして近付いてきた。
 そのまま右方向へさばいて肩を押さえつけ、男が大きく体勢を崩した所に膝蹴りを食らわせる。
 お腹を押さえて男が数歩後退するも、「テメェ」と叫びながら右足を蹴り出してきた。

 隙が多いよ、お兄さん。怒っている人の動きは真っ直ぐで単純だ。

 私は難なくそれを受け流して、右手で男の裾を掴んで引き崩す。そして右足を踏み出してローキックで男の意識を下げた所に、左足でハイキックをして男の体勢を崩した。すかさずのけぞった男の足を刈って倒し、右手と膝で男の肩を押さえつける。
 顔面めがけて左手で正拳突きを寸止めした状態で、男に話し掛ける。

「まだやりますか? 次は手加減しませんけど」
「まいった、降参だ! もうしないから許してくれ!」

 解放すると、男は情けない悲鳴をあげて逃げ出した。
 その時、後ろから追いかけてきたシロが男の前に立ちはだかった。

「逃げられると思ってんの?」
「な、なんだよテメェ!」
「桜に触れておいて、ただで帰れると思うなよ」

 シロが長い足で華麗な回し蹴りを食らわせると、男は壁に打ち付けられて悶絶している。

 うわ、痛そう。

 地に伏せた男に興味は失せたようで、シロはツカツカと私の前まで歩いてくる。ムッと怒ったような表情で、ポケットからハンカチを取り出すと、私の手を拭き始めた。

「いきなりどうしたの?!」
「穢れた部分の除去だ。今すぐ洗い流してぇけど、無理だろ今は」

 両手を拭き終わったシロは、しゃがむとスカートを捲って今度は膝を拭き始めた。

「ちょっと、そこはいいから!」
「お前がよくても、俺はよくない。人の制止も聞かずに勝手に飛び出していく奴の言う事は、聞かねぇから」

 ヤバイ……かなりご立腹のようだ。

 怒っているのが雰囲気でビリビリ伝わってくるけど、シロが私の膝に触れる手つきは驚くほど繊細で優しくて、不謹慎にも胸がトクンと高鳴った。

「ごめんね、今度から気を付けるから」
「ああ」

 羞恥に耐え終わるのをひたすら待つと、拭きおわったシロは悶絶している男にハンカチを投げつけた。

「もう二度とすんじゃねぇぞ」

 絶対零度の視線を向けられた男は、コクコクと頭を上下させながら、脱兎のごとく逃げ出した。

「あ、あの……ありがとうございました」

 遠慮がちに声をかけられ振り返ると、優菜さんが深々と頭を下げていた。
 顔をあげた彼女はさぞ怖かったのか、目に涙を浮かべている。

 痛ましいその姿は儚げで、世の男は皆思わず抱き締めたくなるんじゃないかと思える程可愛くて、女の私でも見惚れてしまった。

「……あ、いえ、それより怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。あの、少しだけお話出来ませんか?」
「俺はパス」
「すみません、今はちょっと……」

 シロの機嫌が最高潮に悪いから無理だ。

「お礼がしたいんです! 少しだけでもいいのでどうか……」

 必死にお願いしてくる優菜さんを、シロは一瞥してため息をつく。

「終わったら迎えに来るから、連絡よこせ」

 私の頭をクシャッと撫でると、シロはそのまま踵を返して歩いていった。
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