獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十一章 与えられる試練

目には目を、嫌がらせには嫌がらせを!

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 途端に景色が普通の部屋へと戻った。目の前には壁に打ち付けられ、苦しそうに顔を歪めてお腹を押さえたクレハがこちらを見ている。

「死者の魂を冒涜するなんて! 貴方のやっている事は人として許されない事なの! こんな、エンターテイメントみたいに利用していい事じゃないの! 人間の世界で生活するなら、知っておかないといけない事なの! こっちに来て、誰もそういう事……教えてくれる人、居なかったの? 貴方には、心から大切だと思える人が、居たんじゃないの? なのにどうして……っ!」

 美希の事を冒涜されて怒ってたはずなのに、彼の境遇を考えると無性に悲しくなってきて、気がついたらポタポタと涙を流していた。

「どうして君が泣くの? むしろ、激痛で泣きたいのはこっちなんだけどな……全く、そんなに本気で説教されたのは……君が初めてだよ」

 そう言って困ったように笑うクレハを見て、我に返った私は急いで彼の元に駆け寄った。

「ごめんなさい、つい本気で……痛かったよね? 大丈夫? 骨とか折れてない?」

 焦って早口であれこれ聞く私に「肋骨、何本かいってるだろうね」と、クレハは冷静に状態を説明してくれた。

「いくら頭に血が上ってたからってなんて事を……本当にごめんなさい。急いで病院行こう! あ、でも無理に動かさない方が……まず何かで圧迫しないと……もし臓器に刺さってたりしたら……」

 おろおろと慌てふためく私とは対照的に「少し休めばこれくらい、治るからいいよ」と、クレハは他人事のように興味なさそうに呟いた。

「でも! 確かに軽傷は鎮痛剤と湿布とかもらって終わりかもしれないけど、きちんと検査しないと! もし重症だったら……」
「何でそんなに取り乱して、敵である僕の心配なんかしてるの?」
「それは心配だからに決まってるでしょ! 空手の拳は一撃必殺、打ち所が悪いと死んでもおかしくないの! それを本当に手加減もせずにやっちゃったんだから、焦るよ……っ!」

 クレハは私を見て驚いたように目を見開いた後、辛そうに眉間に皺を寄せる。

「……だったら、少しだけこうさせて」

 そう言って、隣に居た私の身体を自分の方へと引き寄せた。
 必然的にバランスを崩した私は、彼の上に倒れ込む。

 なんということだ! 
 負傷したであろう箇所に、私の体重で更なる衝撃を与えてしまった!

「えっ、ちょっと、クレハ?!」

 慌てて起き上がろうとするが、背中に手を回されて動けなくなる。
 突然の事に動揺する私の身体を、おかまいなく彼はぎゅっと強く抱き締めた。
 まるで、極寒の地で凍えた人が暖かさを求めてすがり付くかのように。

「何で、人ってこんなに温かいんだろうね……懐かしい……けど、ひどく残酷な温かさ、だよ。ほんとに……」

 切な気に絞り出されたクレハの声に、胸が締め付けられた。
 少なくとも、一人は居たはずなんだ。
 こっちの世界で、彼に温もりを与えることが出来た相手が。その人は何故、彼をこんな姿に変えさせてしまったのか。
 過去に一体何があったのだろう……下手に聞いても逆鱗に触れるだけだと分かっているから聞くに聞けない。

 無理に動くと怪我にさわるかもしれないし。結局どうしていいか分からず、怪我をさせてしまった負い目もあり、しばらくそのまま湯たんぽ代わりになっていると──

「……逃げなくていいの? 僕は、君の敵だよ。こうしている間にまた、新しい罠を仕掛けているのかもしれないよ?」

 調子をとりもどしたのか、クレハが耳元に意地悪な口調で囁いてきた。

「……じゃあ、何の罠仕掛けたか教えて」
「僕が教えるとでも思ってるの?」
「そっちがその気なら、こっちだって考えがある」

 目には目を、嫌がらせには嫌がらせだ。
 すかさず、触り心地の良さそうな黒い尻尾を掴むと

「……ッ! 君、それは反則だよ」

 クレハは一瞬、肩を大きくビクッと震わせた。

 なめてもらっては困る。
 君達の弱点は熟知しているのだよ。

「さぁ、どうする?」

 尻尾を人質に尋ねると、観念したかのようにクレハは答えた。

「冗談、何も仕掛けてないよ。だからその手を……」
「離さない」

 言葉をわざと遮ると、クレハは青筋をピクピクさせて黒い笑顔を浮かべている。

「君、ほんといい性格してるね。この僕を脅してくるなんて」

 しかし、その笑顔に屈しはしない。

「一つだけ教えて、答えてくれたら離す」
「……分かったよ、何を聞きたいの?」

 クレハは軽くため息をついて尋ねてきた。

「貴方の本当の目的は何?」
「シロに嫌がらせがてら暇潰しだよ」
「その逆だよね? シロが大切だから、身近な人間を試してる」

 尻尾から手を離し、彼の目を見て私は真意を問いただすと、クレハは心外だと言わんばかりに軽く鼻で笑って答える。

「面白い事言うね? 何の根拠があってそんな……」
「隔離した空間で試練を行ってるのは、直接的にシロの目に触れさせないための配慮。そして、試練を出すのはシロの秘密を知る人間を見定めるため。危険だと見なした人間は、ここに閉じ込める事で関わらせないようにして、シロが自分のようにならないようにしている。違う?」

 勾玉が私の意見を肯定するかのように熱を持っているのを感じる。
 途端に、クレハは瞳をスッと細めて不敵に笑うと

「変な勘違いはしない方がいいよ、僕はそんなに甘くない」

 そう言って、私の背骨にそって細い指を這わせてきた。

「今だって、このまま力を強めて背骨をへし折る事だって造作ないんだから」
「そうやって悪者ぶっているのは、嫌われ役になった方がやりやすいからでしょ? 違うなら、今すぐ私の背骨でも首でもへし折ってみ……っ!?」

 間髪いれずに彼の意見を否定すると、不意に私の言葉を遮るようにして、何かに口を塞がれた。

 ぬるっとしたものが口内に侵入してきた感触で状況を理解し、慌てて離れようとするが、後頭部を固定されうまくいかない。

 どうして、こんなこと……お願い、止めて……っ!

 心では必死に否定しているのに、身体が拒絶するのを止めようとしている。

『元々備わってるんだよ、媚薬みたいに人を悩殺する力がな』

 いつかシロが言っていた言葉を思い出す。

 これがその効果だと言うの? 嫌だ……負けたくない……っ!

 抗おうとしても、快楽の海に溺れたように脳が痺れ、機能しない。いつの間にか私は、彼がもたらすその行為を受け入れてしまっていた。

 緩急のついた巧みな舌使いに、そっとうなじをなぞる指先がもたらす甘い刺激が加わり、媚薬でも仕込まれてしまったかのように、身体が熱くとろけてしまいそうになる。
 体内の奥底を容赦なく蹂躙する彼の行為に翻弄される感覚で腰が抜け、支えなしでは座るのもままならなくなった頃、やっと解放された。

「君があんまりうるさいから。口は災いのもとだよ」

 クレハは力の抜けた私の身体を、そっと壁にもたれかからせると、立ち上がって背を向けた。

「僕は咎を犯した罪人だ。深入りすると、ろくな事はないよ。少し話が過ぎたようだね。まだ試練は終わっていない。動けるようになったら、その扉を開けてごらん」

 そう言い残して、彼は黒いオーラに包まれ姿を消した。
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