獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十二章 断罪者と救済者

そこまで根に持たなくても……

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「大体さっきので感じは掴めたやろ?」
「うん、缶けりって面白いね。小さい頃、あまりこういう遊びはやらせてもらえなかったから、すごく楽しいよ」

 優菜さんが天使のような笑顔で嬉しそうに話している傍らで

「これって姑息な手段を容赦なく使える人間が有利なゲームだね」

 話の腰を折るように嫌みを重ねてきたクレハ。

「な、何の話?」

 とぼけるカナちゃんに、更なる追い打ちをかけるようにクレハは言葉を紡いだ。

「確かに缶の中には何も仕込まれてなかったけど、それ自体がトラップだったとはね」

 その言葉に開き直ったかのように、カナちゃんはニッコリと人当たりのよい笑顔を浮かべる。

「お前が手強いと判断されてんやからほら、そこは喜びや?」
「よーく分かったよ、君達と僕は相容れないってことがね。次は僕が鬼をやるよ。さぁ、ゲームを始めようか」
「やる気満々なのはええんやけど、それはあかんねん。最初に捕まった優菜が次の鬼」
「……は? 僕はまた君達と組まないといけないわけ?」

 深紅の瞳を大きく見開いて驚きを露にするクレハに、カナちゃんはニッコリと笑って現実を告げる。

「そうそう、お前今度は俺達の仲間やで」

 カナちゃんと私の顔を順に見た後、心底嫌そうに顔を歪めたクレハ。
『人間も悪い人ばかりじゃない』と教えてあげたかったはずなのに、『人間は容赦なく姑息で卑怯だ』という認識を強めてしまった感が否めない。
 仲良くなるどころかどんどん悪化する関係に危機感を覚えていると、次のゲームが始まった。

 さっきまで鬼だったカナちゃんが高らかに缶を蹴り、私達は隠れるために走り出す。
 先程の教訓を生かし、私は物置小屋とは逆方向へ走り大きな木の影に隠れた。

「5、6、7……」

 優菜さんが数える声が聞こえ、皆がどこに隠れたか探るため様子を窺うと、隠れもせず棒立ちしている黒髪の人が見えた。

 あの野郎、早々に勝負捨てやがった! そんなに私達と組むのが嫌なのか……絶対缶蹴って解放してやる!

 数え終わった優菜さんは、クレハを見てオロオロと戸惑っているようだ。
 いざ探そうと思って目を開けたら、缶を蹴ろうともせずただ突っ立ってる不審人物が目の前に居たら、確かにびっくりだよ。
 何か話しているようだけど、遠くて会話は分からない。
 しばらくして「クレハさん、みーつけた」と缶を踏む優菜さんの姿が見えて、早々に一人脱落してしまった。


 まぁいい、どうもソリが合わないクレハは元からあてにしていない。
 むしろ、戦局を掻き乱す不安要素が減ったと思えば万々歳ではないか。
 こちらにはまだ、まるで流星の如く瞬く間に缶を蹴りとばす『浪花のシューティングスター』が残っている。
 彼の活躍に期待しつつ私は堅実に好機を窺うとしよう。

 木の影からじっと優菜さんの様子を窺っていると、不意にクレハと目が合った。
 さっと隠れはしたものの、このままここに居れば確実に見つかるだろう。
 間違いなく彼は仲間を売る。いや、彼にとっては私は仲間どころか敵以外の何者でもないだろうが。
 優菜さんが反対側を見てる隙に移動を試みるも、クレハが私の居場所を吹き込んだようでこちらに近付いてきている。
 こうなったらギリギリまで引き付けて、かけっこ勝負にかけるしかない。

 勢いよく走った場合、子はスピードを落とさずそのまま缶を蹴り飛ばせばいいが、鬼はスピードを緩めて缶を踏まなければならない。

 その減速したタイミングで一気に畳み掛ける! もう少し……こっちまで……今だ!

 勢いよく木の影から飛び出して走っていくと、「桜ちゃん、みーつけた」と優菜さんも追いかけて走ってきた。
 不意討ちで飛び出したため、優菜さんは走り出すタイミングが遅れ私の方が前方を走っている。
 このままいけば、確実に缶を蹴る事が出来る。

 しかし、私は忘れていた。今自分が物凄く災いを招きやすい不幸体質であることを。

「足元、気を付けないと危ないよ」

 視界の端に、ニヤリと口角を上げ地面を指差すクレハを捉える。
 だがその言葉はもう後の祭りってやつで、私の足はヌルっとしたものを豪快に踏み滑らせてしまっていた。

「桜ちゃん!」

 優菜さんの心配そうな声をバックコーラスに。あぁ今日は本当にいい天気だなって、雲ひとつない青空を仰ぎ見れるぐらい私の身体が傾いた時──

「ほんとにどんくさいね、君」

 背中に感じたのはグラウンドの硬い砂の地面の感触じゃなくて、ほどよく硬くて細い棒のような感触だった。

「あ、ありがとう」

 元凶を作ったのは間違いなく彼なのだろうが、助けてもらったのもまた事実……そう思ってお礼を言うと

「優菜、君は早く缶を踏んで。この子はこのまま捕獲しておくから」

 後ろから羽交い締めにされ動けなくなる。
 どうやら私は罠にはめられたらしいという事がよく分かった。
 あんなとこにバナナの皮なんてハナからありはしなかった、全ての元凶はやはりクレハの仕業だったのだろう。

「え、でも……」
「ほら、急がないとあっちからもカモが走ってきてる。大丈夫、迷う事はない。ここで手を抜く方が真剣勝負をしている彼等にとっては屈辱だと思うよ?」

 戸惑う優菜さんを諭すように、優しくクレハが声をかけると

「ごめんね、桜ちゃん」

 迷いを絶ちきった彼女は缶を踏みに走り出した。
 カナちゃんもこちらに走ってきているが、かなり距離があり間に合わない。

 このままでは……くっ、何とかして抜け出したいが、座った状態で後ろから固定されて足が使えない。
 腕をほどこうと試みるも、クレハは見た目によらずかなり力が強いようでビクともしない。

「どうかな? 童顔で背が低くて女みたいな軟弱な体型の男に、羽交い締めにされて動けない気分は?」

 未だに根にもっていらっしゃった……しかも、カナちゃんが言ったものまでしっかりと。
 結局、そのまま優菜さんに缶を踏まれてしまい第二ラウンドも呆気なく幕を閉じた。
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