獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十三章 激化する呪い

頼りになる先生

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 翌日、シロと一緒に登校すると、半分燃えた用具倉庫は立ち入り禁止になっていた。
 教室に入るなりクラスメイトに心配され、昔では考えられなかった光景に少し涙腺が緩みそうになる。
 文化祭の準備で纏まってきたクラスは、最初の頃より大分打ち解けあって団結していた。少なくとも、この中に昨日の犯人が居ない事を信じたい。

 昨日の事情聴取で私は朝から担任に生徒指導室へと連行され、待ち構えていたのは難しい顔をした教師陣。教頭や学園主任、体育の先生……橘先生が居ることに少しだけ安堵するも、空いた席へ担任も加わり、とても重苦しい空気が漂っていた。
 色々状況の説明を要求されること約三十分強。まるで圧迫面接を受けているような息苦しさから解放された頃には、一限目の授業が始まって結構経っていた。

『故意ではないのか?』

 そう疑われた時はさすがに焦ったけど、橘先生がすかさず否定してくれて何とか冤罪は免れた。
 故意ではないが、呪いのせいでそういう事に陥りやすい体質になってますとは言えないもんな。
 学校側も事を荒げたくないから、責任を私一人に押し付けられるならその方が楽だったんだろう。
 仕方ないか、先生方の期待を最初に裏切ったのは私の方なんだから。
 中三の後半、不登校気味で成績もよくなかった私をこの学園へ招いてくれたのは、教頭先生だった。空手の功績をひどくかってくれたようで、『空手は辞めた』と伝えても『それでもいい、是非我が学園へ』と、行く宛のなかった私をこの学園へと招いてくれた。

 入学当初この学園には空手部が存在し、顧問をしていた学年主任の先生に『一度でいいから見に来ないか?』と何度も誘われるも断り続けていた。
 しかし、根負けして一度だけ見に行ったのが失敗だったんだ。あの時いつものようにきちんと断っていれば、今でも空手部は存在したかもしれないのに。昔の事を思いだし、そっとため息が漏れた。

「大丈夫か? ほら、これでも飲んで元気だせ」

 中途半端な時間に開放された私は、『顔色が悪いから少し休んでいけ』と橘先生に連れられ保健室まできていた。
 相談用のテーブルに腰掛けていると、目の前には温かな湯気を放つコーヒーが置かれる。

「ありがとうございます。すみません、先生。私のせいで他の先生方と折り合いが悪くなってしまって……」

 教頭先生を筆頭に、学年主任、担任は、今回の出来事を私のうっかりミスで済ませたいようだった。

『どううっかりすれば、あの重たい木のかんぬきを中側から閉められるんですか? そもそもあそこまで老朽化した倉庫を、胡散臭い占い師の戯れ言を信じて、そのまま使い続ける学園側の危機管理がなっていないせいでしょう。それを生徒へ責任転嫁するなんて、我々が今優先すべきなのは、一条の心のケアだと思いますが?』

 と、そこへすかさず橘先生が助け船を出してくれた。
 そのせいで先生は、そのお三方から鋭い視線を浴びてしまい申し訳ない気持ちで一杯だった。

「なーに、それは元々だから気にするな。お前さんはまだ学生なんだ、そんな若いうちから腐った大人のいいなりになる必要ないさ」
「ありがとうございます」

 この前の昼休みはとんだ目に遭わされたけど、総合的に見ると橘先生はやはり良い先生だと改めて思った。
 それによく見ると、その髪をきちんと整えて、瓶底丸眼鏡をもう少しスタイリッシュなものに変え、無精髭を剃り落としたら中々元は良さそうな顔立ちをしている。

 ……ん? 想像すると、どこかで見たことがあるような……だめだ、思い出せない。

「ほらほら、しんみりしてないで熱いうちに飲め。砂糖まだいるか?」

 考え込んでいた私が落ち込んでいると思ったのか、先生は糖分を差し出してくる。
 お言葉に甘えて三本ほどスティックシュガーを追加して混ぜていると、少し引いた顔でこちらを見られた。

 ブラック派の人には信じられない光景なんだろうが、私はこれにさらにミルクを大量投入しても平気なタイプだ。
 よくかき混ぜた所でコーヒーを飲むと、甘さが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。

「よく飲めるな、その黒い砂糖水」
「黒い砂糖水って……」
「妖怪が惚れる女の身体は砂糖で出来てんのか? あいつらは蜜に寄ってくる蜂か?」
「せ、先生?」
「いや、そうやってコーヒーに砂糖ガンガン入れて飲む所が姉にそっくりだから……興味深いな、今度調べてみるか」

 そう言って何かを企んでいるかのように悪い笑みを浮かべる橘先生。
 これはまた犠牲者が出るな、と察することが出来るくらいには先生の事が分かってきた。
 一通り脳内で実験のシミュレートが終わったのか、先生はさらに一層口角を上げて黒い笑顔に凄みが増す。
 こういう所がなければ、本当にいい先生だと言いきれるんだけどな……被害を受けないように祈るしかなかった。

 それから先生は机に積み上げられた書類の山と格闘し始め、私は激甘コーヒーに舌鼓を打つ。
 飲み終わった頃には、まもなく二限目が終わるちょうどよい時間になった。お礼を言って出ていこうとすると、先生に引きとめられた。

「一条、気を付けろよ。呪いの効果で周囲の人間がピリピリしている。小さな悪意が膨張して、思わぬ牙を向いてくる可能性がある。少なくともお前さんを閉じ込めた連中が誰か分かるまでは、学内でも細心の注意を払った方がいい」
「分かりました、気を付けます」
「それと昼休み、緊急作戦会議だ。昨日の場所に集合ってあいつらにも伝えといてもらえるか?」

 了承の意を伝えて、私は保健室を後にした。
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