獣耳男子と恋人契約

花宵

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第十三章 激化する呪い

コハクとシロの裏事情

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 バチがあたったんだ。どう解釈しようと今の私はクレハが言うようにどうしようもない最低な奴だ。
 ごめんね、シロ……コハク……あんなに一途に愛情を注いでくれたのに、本当に馬鹿だ、私は。
 クレハの言葉がグサリと胸に深く突き刺さり、絶望にうちひしがれた私はその場に力なくへたりこんだ。
 その時、頭に温かな重みを感じた。顔を上げるとそれがカナちゃんの手だと気付く。

「桜、シロの事信じてやり。あいつは、必ず約束守るから。たとえ何があったとしても、お前の元に戻ってくる。せやからお前は、笑顔で迎えてやらなあかんで」

 私を元気付けるための何の根拠もない言葉かもしれない。
 けれど、私の目線の高さまでしゃがんで優しく微笑んでくれたカナちゃんの目はまだ諦めていない。強い意志がこもっている。
 その眼差しに勇気付けられ、気がつくと私は大きく頷いていた。

「よしよし、ええ子や」と子供をあやすように私の頭を撫でた後、カナちゃんは立ち上がってクレハに向き合う。

「さっきの奴等、お前が作り出した幻術か何かやろ? クレハ」
「へぇ~よく気付いたね」

 カナちゃんの問いかけに関心したように感嘆の声をあげたクレハは、隠す事なく答えた。

「あん時は気付かんかった。でも、お前見てよくよく考えたら不自然な点が多くてな。あの宮島先輩が、こんな手の込んだ回りくどいこと出来るはずない。いくら兄貴に泣きついたかて、人望薄いあの兄弟にあそこまで人は集まらん」
「信憑性増すかと思って利用したけど、人選間違ったかな? まぁ、いいや」

 クレハにとってその事実がバレた事は、さして大した事ではなかったのだろう。
 だけどあれがクレハの仕業だとするなら、シロは足止めこそくらうだろうが、瀕死の重体というのは考えにくい。
 クレハがシロにそこまで手を下すとは思えないから。
 だったら、彼の本当の目的は一体……私たちをここに閉じ込めたいだけなら、もう彼の用は済んでいるわけでここに居る必要がない。
 でもクレハはどこかへ行こうという素振りを見せず、やけにカナちゃんに絡んでくる。

「それより君さぁ、この子のこと好きなんでしょ? それなのに何でシロの肩を持つわけ?」

 まただ。またカナちゃんに絡んでいる。しかも絡むネタが何故か下世話な内容ばかり……

「桜がシロの事、大切に思てるからや。最初はほんと駄目な奴やったけど、あいつは変わった。桜のために必死に耐えること覚えて、守るために俺に託した。前じゃ考えられへんことや。せやから、適当な事言うて桜を悲しませるのは止めてくれへんか?」

 カナちゃん……いつの間にかシロの事、そんな風に信頼してたんだね。
 私の胸が温かさに包まれたのとは対照的に、さっきまで不敵な薄ら笑いを浮かべていたクレハから表情が消えた。
 緩やかな弧を描いていた口が一文字へと変わり、彼の纏う歪なオーラがきつくなる。
 勾玉の力で防ぎきれないオーラが、肌を掠め悪寒が走り身体が大きく震えた。

「そういうのが、ほんと余計なお世話なんだよ。いくら人間らしくなったって最後には、むなしさだけしか残らないんだから……僕等は妖怪。どうあがいたって人とは違うんだから」

 そう言って、キッと睨み付けるように鋭い視線をこちらに向けてきたクレハ。
 苛立ちを露わにするその姿は、どこか拗ねた子供のような印象を受ける。
 何故そのタイミングで怒るのか、私は胸に抱いていた疑問を彼にぶつけてみた。

「同じである必要があるの? 言葉を交わせば意思の疎通もはかれるし、この前は一緒に遊んで楽しい時間を共有することも出来た。人間と妖怪が共に過ごすのに、それだけじゃダメなの? クレハは、何がそんなに気に入らないの?」

 橘先生に言われていた言葉がずっと気になっていた。
 その答えと、クレハが怒りを露にする理由が、何となく繋がる気がして尋ねてみたものの、私の問いかけに彼は心底不愉快そうに顔をしかめる。
 それでも引けなくて、彼の返事を待つとクレハはため息をついて答えてくれた。

「……あげればキリがないけど、君達が人間って時点でアウトかな」
「そんな身も蓋もないこと言うてへんで、人間の何がダメなんか、もうちょい分かりやすく教えてくれへんか?」

 あまりにも端的過ぎる言葉で説明を終わらせようとするクレハに、すかさずカナちゃんが質問を重ねる。
 彼等の視線が交錯すること数秒、先に折れたのはクレハだった。

「人はか弱い。百年も経たずに死ぬ。でも僕等は違う。君達の何十倍も生きる。想像してごらんよ、君達がよぼよぼの老人になった時、シロは今の姿と大して変わらない。人の世はそれを受け入れてくれる?」

 寿命が違うなんて、想像したこともなかった。
 青天の霹靂とはまさにこのことだろう。動物だってそれぞれ寿命は違うんだ。
 人間と妖怪で違っても不思議ではないが、そこまで違いがある事に私は驚きを隠しきれなかった。

「それだけじゃない。桜ちゃんみたいに簡単に心がうつろうのが人間だとすれば、妖怪は一つの思いを何十年も何百年も抱えて生きる。だから基本、他者に興味を持たないし、弱点になる余計な縁を結ばないんだよ。僕は、君達がシロを人間らしく変えていくのが許せない」
「弱点になるとは限られへんやんか。味方になるとは考えられへんのんか?」
「妖界はそんな生ぬるい世界じゃない。身を守るためには平気で他者を蹴落とさないと自分がやられる。情にほだされるのが一番危険なんだよ」

 優菜さんを助けた時、シロが私の思考が分からないといっていた意味がようやくわかった。
 他者と関わる事で余計な絆が増えるのが弱点になり、それが力が全ての妖界では足枷になるんだ。

「桜ちゃん。君は、どうしてコハクとシロの人格が分かれているか理由を知っている?」
「ハーフだと生き辛いから、妖怪の力に特化したシロと人間の力に特化したコハクに分かれたってコサメさんから聞いたけど……」

 突如飛んできた質問に、コサメさんに聞いた事を思い出しながら答えると、クレハは表情を険しくして非難するように問いただしてきた。

「知っているならどうして、シロを人間らしくしようとするの? シロの人格を変えるって事は、彼を妖界では生きれなくする事だよ。ソウルメイトが生きているうちはいいさ、こっちの世界でも霊力の回復だって容易に出来る。でも、君が死んだら? 霊力を溜め込めないシロはどうやって生きていくの?」

 切なげに絞り出されたシロの言葉を思い出す。

『俺もコハクのように、お前と同じ目線で物事を考えて……生きてみたかった』

 人間の思考を知りたいシロの望みを叶えたくて、私はシロにこっちの世界の事を教えてあげたいって思ってた。
 でもそれは、シロの首を絞めることに繋がっていたんだ。
 私もコハクも失ったら、シロはこっちで普通に生活していけない。

「……コハク、コハクが居れば」

 そうだ、コハクが居ればシロもこっちに残ることができる。
 同意を求めるようにクレハに視線を送ると、彼は肯定も否定もせず淡々とした口調で質問を投げ掛けてきた。

「人間に化けた状態のコハクとシロを比べたこと、ある? シロってコハクより何も出来ないと思わない?」
「まぁ、確かに……勉強も運動もコハッ君の方が出来る感じはするな」
「そうだね……」

 何も出来ないとまでは思わないが、人間として生活する上であらゆる面においてコハクが優れているのは否定出来ない。

「いくらコハクが人間に特化してるからって元は同じなのに、知能や運動神経にどうしてそこまで違いが出るか不思議に思ったことない?」
「……シロは人間に化けるだけで霊力を使うから?」

 思いもよらなかった質問をされ、頭に思い付いた事を咄嗟に口に出した。そんな私を見て、クレハは呆れたように首を左右に振って軽く溜め息をついた。
 もっとマシな解答出来ないの? と言わんばかりのクレハの態度にショックを受けるが、今は余計な事を言って彼の言葉を遮りたくない。
 クレハは私の知らないコハクやシロの事を知っている。少しでも情報が欲しい私は、苦笑いしながら彼の言葉の続きを待った。

「コハクはね、ある誓約を心に課しているんだ。より人間らしくなるために、君の前で完璧な人間であれるように。半分に別れる際、コハクとしての一生分の寿命を凝縮して人格を形成した。だから、普通の人間よりも多才で色んな能力が優れている。その代償に、人と同じ寿命で消える。でもシロは違う。コハクが消えた後、普通の妖怪より寿命は短いけれど、それでも何百年も生き続けるよ」

 コハクが消える……残されたシロは……こっちでは生きていけない。
 妖界に帰って人間っぽくなり弱点が増えたシロは、このままだと……生きていけない?!
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