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第十四章 最終決戦
超スパルタ鬼畜野郎による苦手克服プログラム
しおりを挟む「シロ、無理しなくていいんだよ。一緒に行こう」
「ど、どうせ情けないって……愛想尽かしてんだろ。そんな同情いらねぇ……」
拗ねた子供のように、シロは涙目のままプイっと顔を背けてしまった。
確かに情けなくはあるけど、そんな事で愛想尽かすほど紡いだ絆は軽いものじゃないよ。
私はシロの目線の高さまでしゃがむと
──パチン
両手でシロの頬を思いっきり挟んだ。
なかなか良い音が鳴って、驚いたように彼がこちらを見ている。
「そんな事で、私が貴方のこと嫌いになると思ってるの?」
「守るどころかそそくさと逃げ出して、情けなさ過ぎるだろ……」
顔ごと背けて視線を逸らそうとするシロの顔を、再び両手で挟んで強制的に前を向かせる。
シロに私の顔は見えていないと分かっていても、きちんと彼の目を見て話したかったから。
「コハクだったらそんな事ないって言おうとした?」
「な、何で分かんだよ……」
「シロ、うじうじスイッチ入るといつもコハクを引き合いに出してくるからね。それくらい分かるよ」
不安そうにこちらを見つめるシロの頬を、私は両手に力を込めてわざと押し潰した。
これくらいの事で嫌いになると思われていた事に対する悲しさと、少しばかりの怒りを込めて。
「桜……い、痛い」
「私を信用しなかった罰だ。比べなくていいんだよ、情けない所見せたっていいんだよ。そんな所も含めて好きになりたいの。だってそれがシロなんだから」
たとえ今みたいに、押し潰されて端正な顔が台無しになった姿を見たって、好きな気持ちに変わりはない。
そっと手を離すと、シロの頬は私の手の形を模して赤くなっていた。
少しやり過ぎたかなと、優しく頬を撫でると、シロは長い睫毛の奥で驚いたように瞳を揺らしながら尋ねてきた。
「馬鹿に……しないのか……?」
「するわけないよ。だってシロの場合、怯え方が尋常じゃないから。もしかして昔、何か嫌なことでもあった?」
大きく見開かれたシロの切れ長の瞳が、どうやら私の意見を肯定しているようだ。
「シロは私がコンプレックスの話した時、私の事嫌いになった?」
「そんなわけないだろ、むしろ……話してくれて嬉しかった」
そっとシロの手をとると、今度は氷のように冷たくなっていて不安がこみ上げてくる。
熱をわけてあげるように両手で優しく包み込んで私は口を開いた。
「それと一緒だよ。あの時……シロ、励ましてくれたでしょ? 私も今シロの事知れて嬉しいし、力になりたいって思ってるんだよ。馬鹿になんてするわけない」
しばらくして、意を決したようにぎゅっと私の手を握り返したシロは、ゆっくりと話し始めた。
「……まだ、コハクと人格が分かれてなかった頃、妖界で落ちこぼれだった俺はよく虐められていたんだ。散々痛め付けられた後、狭くて暗い廃れた祠に連れていかれてはよく閉じ込められた。誰もいなくなったのを見計らって、弱った俺の身体を奪おうと、悪霊が祠の回りを囲むんだ。その当時、妖術がうまく使えなかった俺は、自力で脱出する事が出来ずに怯え続けるしかなかった。コハクはそれをバネに乗り越えて逆に全然動じなくなったが、俺はずっとそれがトラウマで今でも苦手なんだ。暗い所で聞こえてくる不気味な物音が。親父はあてにならなくて、いつも探しに来て助けてくれたのは……クレハだった」
「そうだったんだ。クレハ、優しかったんだね」
「アイツの家厳しいから、用もなく無断で出歩くと怒られるのに、それでもわざわざ探しに来てくれたんだ。『勘違いしないで、たまたま通りかかっただけだよ』って。普段使わない道を、そう何度もたまたま通るかっての……」
気を遣わせないように、クレハはわざとそう言ったのだろう。
シロもそれが分かっていたから、きっと彼の事をその当時はすごく慕ってたんだろうな。
クレハのやり方は容赦ないけど、それもきっと何か目的が──
「もしかしてシロの視覚を封じたのは、その苦手を克服させたいからじゃないかな? かなり荒療治な気もするけど……」
「多分な。あいつはそういう奴だよ。『僕は何もしてません』って涼しい顔して、中身は超スパルタ鬼畜野郎だ。変化がうまく出来なかった頃は、わざと俺を自分の身代わりに置いて『ごめん、急用が出来たから僕の代わりしてて』とか言って居なくなったりするんだぜ。あいつに仕えてた奴がまたすげぇ厳しいから、俺はバレないように必死に変化して大変だった。でもそのおかげで大分術が上達したのも事実なんだよな、悔しいことに」
そう言ってシロは軽くため息をついた。
クレハがわざとらしい爽やかな笑顔で戻ってくる姿がなんか目に浮かぶかも。
「練習より実践派なんだね……」
「ああ。やり方は容赦ないが、慣れれば造作ない。あいつは妖怪式おばけ屋敷とか言ってたが、実際は妖術と心を鍛えるための化かし合い勝負なんだ。仕掛ける方は、いかに騙して相手の度肝を抜かせるかに重点を置く。たがら、挑む方は決して動じないよう心を強く持ってなければならない。攻撃されれば痛みも伴うが、あくまでそれも幻術だ。実際の身体は無傷だから、たとえ何があっても決して動揺するなよ。 超リアル体感型ゲームとでも思ったらいい」
「分かった、気を付けるよ」
それから元気を取り戻したシロと共に、なんとか最初の目印地点までやってきた。女の人の泣き声が聞こえる度に何度も引き返し、ビクビクと震える大きな背中を励ましながら。
どうやら目印は井戸を指しているようで、そこには泣きながらお皿を洗っている着物の女性が居た。
「一枚、二枚、三枚……八枚、九枚……うっ、やっぱり足りない……」
嗚咽を漏らしながら何度も数えては足りないと泣き出す彼女に、恐る恐る話しかけた。
「あの……この辺で鍵を見ませんでしたか?」
「それならば、勝手場で見ましたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ちょっと待って下さい。私、御館様の大事なお皿を落としてしまって困っているんです。なので教えて差し上げたかわりに……お前の魂で新しい皿を作らせろぉおお!」
途端に女の人の首が縦に長く伸び、一直線に私の顔をめがけて襲いかかってきた。思わず短い悲鳴がもれる。
大きく開かれた口から、キラリと光る鋭い牙が迫ってくるが、突然の事に怯んだ身体が言うことをきかない。
「桜!」
咄嗟にシロが私の身体を後ろから抱き寄せてくれ、目前を恐ろしい生首が横切る。
再びこちらに狙いを定めて襲いかかってきた彼女の顔に、シロが容赦なく蒼い炎を放つと、悲鳴を上げて女の人は葉っぱへと変化した。
「怪我はないか?」
「あ、ありがとう、シロ。妖界式お化け屋敷って、中々過激だね……」
「油断してると口から魂引き抜かれるから、なるべく口は閉じておけよ」
私が口を固く閉じて両手で塞ぎつつ、カクカクと首を縦に振ると、何故かシロにクククと喉で笑われた。
「今、馬鹿正直に口閉じて両手で押さえてるだろ?」
「な、何で分かるの?!」
ズバリと言い当てられ、本当は目が見えてるんじゃないかと疑いたくなった。
「手を上げた動きと普段のお前の行動から容易に想像つく」
「動きが分かるの?」
「細かい指の動きとかまでは無理だが、手や足を動かしたり大きな動作ならな」
「だからさっき、正確に攻撃できたんだね」
「ああ、それにクレハの変化させた物は嫌な匂いが染み付いている。あいつ、葉っぱに細工してるからよく分かるぜ」
口に手をあてたまま凄いなぁと素直に感心していると、シロがそっと私の手に触れてくる。
「お前は俺が守ってやるよ。だから……」
そのまま私の口元からそっと手を退かすと、シロは露わになった箇所にそっと口付けを落とした。
「俺の前ではそこまでガード、要らないだろ?」
そう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべるシロに、不覚にも胸がときめいてしまい無性に悔しさを感じる。
さっきまであんなに怯えてた癖に……いざとなるとあんなに格好いいなんて……反則だ。
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