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第6話 約束の約束

引き出される記憶 その二

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 その日の夜、直哉は久しぶりに優子と電話をしていたのだ。昼間の事で昔が懐かしくなり、思い出話に花を咲かせていた。

『────それでさ、あの頃はよく川辺とか土手で遊んだよねぇ』
『優子なんて、いっつも泥だらけになって、よくおばさんに叱られてたよね。顔とかも泥まみれだったし』
『そういう直哉だってぇ、ズボンをよく破いて怒られてなかったっけ?』

 最近の優子はこんな風に、直哉と話す機会が失われていたのだ。昔の様に普通に直哉と話せる事が、対面では難しく電話越しだからこそ出来たのだ。

『そんな事もあったよねぇ。ほんの数年前の事だけど、何だか懐かしく感じるよ』
『何だか直哉、年寄りくさいよ~。ねぇ・・・・・・あの時の・・・・・・直哉に部屋に泊まった時に言った事・・・・・・覚えてる?』

 手紙に書かれていた約束とは違うが、優子も直哉としていた幼い頃の約束。記憶の片隅にホコリを被ってはいるが、優子は今でもその約束を覚えていた。

『ん?あの時の・・・・・・?あぁ、もちろん覚えているよ。だって、あんな事忘れるわけないじゃないか』
『え?そ、そう・・・・・・なんだ。そっかぁ、覚えていてくれたんだ・・・・・・』

 電話越しに頬が紅潮し、照れるように髪の毛をくるりと回し恥じらうような仕草を電話越しにとっていた。

 幼い頃の約束を覚えている事が嬉しくもあり、恥ずかしかった優子の心臓が激しく鼓動する。

『確か・・・・・・ずっと僕のそばにいて、美味しいご飯を毎日作ってくれるとかじゃなかったっけ?』
『う、うん。い、言っておくけど、子どもの頃の約束だからね。か、勘違いしないでよねっ』
『はいはい、分かってますって。それじゃ、もう遅いからそろそろ電話切るね。明日はよろしくね、優子』
『うん、任せておきなさいって。それじゃ、おやすみ、直哉』

 電話から直哉の声が聞こえなくなると、足をジタバタさせながら、優子はクマのぬいぐるみを抱いて喜んでいたのだ。

(直哉・・・・・・覚えていてくれたんだ。ふふふ、そっかぁ。何か・・・・・・嬉しい・・・・・・な)

 ご機嫌な優子はそのままベッドで眠ってしまった。その日に見た夢は今までの中で、一番幸福なものであった。

 記憶引き出しツアー当日、仕事であるはずの葵が直哉のアパートを尋ねてくる。

「直哉!今日は私も行くからねっ。だから、あの女から匿って・・・・・・」
「お待ちしておりましたわ。やれやれ、こんな事だろうと思いました。さっ、南雲様、仕事に参りますわよ」
「沙織の卑怯もの~。私も直哉と一緒に探しに行きたいのに~」

 葵が直哉の部屋に隠れようと入って来たところを、待ち構えていた沙織に捕縛されそのまま事務所へと連行されていった。

 葵の事だからきっとここに来ると確信していた沙織は、実際より早い仕事の時間を葵に伝えて罠にかけたのだった。

 沙織が車の後部座席に葵を乗せると、一緒に事務所までついていったのだ。もちろん、その後の仕事も沙織が目を光らせて葵を監視していた。
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