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リセット結婚生活もトラブル続き!二度目の人生、死ぬときは二人一緒!

2-3「BARまりあ」

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「BARまりあ」
 稀世のニコニコプロレス公式戦復帰から二カ月あまり。長女のひまわりは、一歳四ケ月を迎えていた。稀世は、三朗とひまわりと家族三人、幸せに過ごしていた。五月末の商店街役員会の会合後、皆で「BARまりあ」に飲み会の場所を求めて移動した。入り口ドアの横に「本日は、80‘sデイ。懐かしのビデオ上映中!今日は、初代タイガーマスクだよ!」と張り紙があった。
「おっ!ラッキーやな!わしらの青春真っただ中やないか!」
「ええやないか。わし、佐山のタイガーが一番好きや。」
「俺、全日派やったから、あんまり見たこと無いから楽しみやなぁ」
武藤、笹井と檜生花店店主の檜與平(ひのきよへい)の親父組が意気揚々と店に入っていく。
「稀世さんは、タイガーマスクのファイトって知ってはるんですか?」
「サブちゃん、私まだ、二十七やで。生まれるずっと前のレスラーやん。まぁ、名前ぐらいは知ってるけど。今と比べたら、昔のプロレスはゆっくりした動きやからあんまり興味ないなぁ。」
三朗に稀世がそっけなく答えた。そこに広義と徹三がフォローを入れる。
「まあまあ、一見の価値あるから、ふたりとも楽しんでや。」
「初代タイガーだけは、俺は今の時代でも通じると思うけどなぁ。」
と続いて店に入っていく。

 カウンターの中から、まりあが
「あっ、商店街のみなさん、いらっしゃい。奥のボックス席空けてるんで、そっち使ってな。今日のビデオは、「チームおっさん」には響くと思うで!」
と声をかけた。店のカウンター席はほぼ満席。ふたりのニコニコプロレスの女の子がリングコスチュームで笑顔で迎えてくれた。
 みんなが席に着き、最後にひまわりを抱っこした直が入ってきた。
「おっ、今日も直さんがひまちゃんのお世話ですか?稀世より抱っこしてる時間長いんとちゃいますの?」
「まりあちゃん、「ひまちゃん」は、わしにとったらひ孫みたいなもんやからなぁ。おっぱい以外は、稀世よりわしに懐いてんねん。あー、ほんまかわいいなぁ…。」
もう、デレデレで顔が緩み切っている。(まぁ、「ひ孫みたいなもん」やなくて「ほんまもんのひ孫」やけどな。)直が、ひまわりのほっぺに優しくチューをする。
 やれやれとまりあは思いながら、ビデオデッキのVHSテープを入れ替える。
「さぁ、皆さん、今から私の初代タイガーコレクションのナンバーワン、ツーのダイナマイトキッド戦とブラックタイガー戦かけるで。目ん玉ひん?いてよお見たってや。」
「おおーっ!待ってましたーっ!」
おやじ組とカウンターのコアファンが歓声を上げる。
「なに?爆弾小僧とエビ?なんか、笑えるリングネームやなぁ。」
稀世が笑った。
「あほ、稀世ちゃん、見たらビビッて笑われへんようなるで。」
「そうそう、わしらも、タイガーが登場したシーンまでは笑ろたけど、ゴングなったら、そっから全集中や。」
「リングネームは、置いといて、しっかり見ときや。きっと、稀世ちゃんのファイトにも参考になるで。」
  おやじ組の三人から怒られた。(そんなん言うても…。所詮は三十年以上前のプロレスやろ…。)稀世は、手元のオレンジジュースに手を伸ばした。おやじ組と広義、徹三は前かがみになってモニターに集中している。店の壁にかかった42インチの画面が、ブルーバックからリング画面に切り替わった。まりあが、みんなに言った。
「まずは、1981年4月23日蔵前国技館のダイナマイトキッドとの日本デビュー戦からね。始まるでー。」
  登場シーンで、安易なトラ柄のマスクにマント姿のタイガーマスクが入場してくる。(あーあ、やっぱり色物やんか…。こんなんに夢中になってるおっちゃんらって何なん…。)稀世はため息をついたが、タイガーマスクがリング入場の際、ロープの間から入るのではなく、コーナーのトップロープに立ち上がるところから引き込まれていった。(すごいバランス感覚。カッコは笑えるけど、アクションはかっこいいかも!)ゴングが鳴ってからの9分29秒は、すっかりタイガーのファイトスタイルに魅惑されていった。
「なっ!稀世ちゃん、タイガーかっこええやろ!ここから出る技が見せ場やで。」
「このダイナマイトキッドって本名は「トーマス・ビリントン」っていうイギリス人やねんけど、めっちゃ好青年やねん。」
「タイガー、イギリス時代は「サミー・リー」いうリングネームやったんやけど、イギリス時代に控室でキッドと一回会ってんねんで。」
すっかり酔っぱらってるおやじ組が稀世に優しく解説してくれるのだが、試合に集中してる稀世にとっては、周りを飛んでる蝿の羽音のような雑音でしかなく、無意識のうちに、掌底、逆水平(なんでやねんチョップ)、頭頂へのエルボーでおやじたちを黙らせていた。
 ファイト開始から9分29秒、タイガーマスクがダイナマイトキッドを美しい円弧を描く原爆固めで3カウントとった時、稀世は、「ぷはーっ!すごい、すごすぎるわ!」とようやく一息ついて、オレンジジュースに口をつけた。ふと稀世の周りで椅子から転げ落ちてひっくり返っている、武藤、笹井、檜に気付いて言った。
「おっちゃんら、何ひっくり返って寝てんの?せっかく、タイガーがんばって戦ってんねんから、きっちり応援したらな失礼やで!」
「いやいや、稀世ちゃんにやられたんやがな…。」
笹井と檜が口をそろえて行った。背もたれの無い、丸椅子から後ろに転げ落ちた武藤は、気を失ったままであった。
「稀世!私の店、壊さんとってよ!」
まりあがカウンターから出て来て、冷たいおしぼりを武藤のおでこに当てながら、あきれ顔で試合中の稀世の無慈悲な行動を説明した。ようやく起き上がった武藤が、
「あれ、俺寝てしもてた?そこまで飲んだ覚え無いねんけど…。」
と頭を押さえながら言った。
「武藤さん、ごめんなさい。私も何も覚えてなくて…。笹井さんも、檜さんも…。」
稀世が三人に頭を下げた。
「?」
武藤だけが訳が分かってなかった。おやじ組以外の客が大声で笑った。

 続いて、まりあが選んだビデオは、1982年5月26日大阪府立体育館でのブラックタイガー戦だった。ビデオを再生する前にまりあが熱く語った。
「ブラックタイガーは、マーク・ロコっていう、タイガーがイギリス時代に抗争してた因縁の相手やねん。まずは、2020年7月30日に亡くなられたマーク・ロコさんに黙とう。」
約10秒の黙とうの後、まりあは続けた。
「私のブラックタイガーのイメージは、技がえぐくて冷徹。初戦は4月21日の蔵前でのWWFジュニアヘビータイトルマッチで、日本での初対戦やったんやけど、終始ブラックタイガーに押されて、タイガーがなんとか両者リングアウトの引き分けに持ち込んでって試合が一月前にあってんな。
  まぁ、タイガーがスープレックスの体勢でバックを取ったら、しれっとタイガーの急所を蹴り上げたり、したたかなところもあるダーティーヒーローっぷり全開で「こいつは強い!」って思ったわ。
 その後、タイガーが膝をケガしてタイトル返上してんな。そんで王座決定戦でグラン浜田に勝ったブラックタイガーにタイトルは移ってん。新王者ブラックタイガーに挑戦者として挑むタイガーマスク!私の中でのタイガーのベストバウトやから楽しんでな。この試合で初公開のラウディング・ボディープレス、いわゆるムーンライト・プレスはもはや芸術品やで!私的には無形文化財級の技やと思うわ。では、始めるでー!みんな準備はええかー!燃えるでーっ!
 あっ、稀世だけは、おとなしく見る事。次、店の備品壊したら「出禁」やからな。」
「おっしゃー、はよ見よ!はよはよはよー!」
「俺も、この試合ベストやと思う!まりあちゃん、ナイスチョイス!」
「まりあちゃんに、ムーンライト・プレスかけてほしい!」
店の中のボルテージが一段と上がった。稀世は席で小さくなっている。おやじ組は、念のため稀世から離れた席に移ったので、三朗とひまわりを抱えた直とまりあがその空いた席に座った。
 ブラックタイガー戦の14分15秒間。再び、稀世は夢の世界へ入っていった。タイガーの技に合わせて、自然に体が動き出す。今度は、まりあと直が横の席に着いていたので、稀世が暴れる前ににらみを利かせ被害者が出ることはなかった。

 「わー、これを知らんと、十一年間プロレスしてたってもったい無さ過ぎやったなぁ―。」
稀世が試合終了と同時に大声を上げた。少年のような表情で立ち上がり、まりあの両手を握り聞いた。
「まりあさん、私、タイガーになるわ。あの技、あのレスリングスタイルどうやったらできるようになるんやろ?あー、憧れるわー!」
「あんなぁ、稀世、生半可なことでは、あれはできへんで。初代タイガー、中の人は佐山悟いうねんけど、空手やキックボクシングをレスリングに取り入れて、メキシコでルチャを極めたからこそ、あのスタイルのファイトができるんや。イギリスでついた師匠もよかったしな。
 さすがに、私はあのスタイルのレスリングは教えてやられへんからなぁ。あんたもメキシコ行って修行してくるか?」
「えーっ、ひまちゃんもおるし、それは無理やわ。ビデオ見て独自に技を磨いていくしかないんかなぁ。あと、あの技を受けてくれるレベルの人としか試合できへんようになってまうわなぁ…。」
稀世は、真剣に考え込んだ。
「稀世ちゃん、稀世ちゃん、私、プロレスの事はようわからんけど、あの動きをまねて練習するだけでもええの?」
「来週、ここにパルクールの団体の公演と公開教室やるって聞いてるけど。」
とかずみとさとみがテーブルをはさんで声をかけた。
「えっ?パルクールって?」
広義と徹三がスマホを出して、ユーチューブで「パルクール」と検索して稀世に渡した。
 そこには、さっきまでビデオで見ていた、タイガーマスクのロープワークやキャンバス上のムーブ、ロープ上からのダイブに繋がるアクロバティックな動きが、軽快なダンスミュージックと合わせて踊るように再現されていた。(うん、この動きや。)稀世が、画面に見入っていると、「カランカラン」と入り口のベルが鳴った。まりあがカウンターの中から、入り口に向かって客向けの声で言った。
「すいませーん。今日は身内の貸し切りなんで…。えっ?粋華?」

 大柄な女がブランド物のスーツで入ってきた。
「おいおい、まりあさん。私は身内やないってか?そりゃ冷たいやないの。一年前までは、一緒にリングに上がって、店では美人レスラーママコンビで男どものハートをKOしまくりやった無敵の美女タッグやないの。」
上着を脱ぐと、谷間を強調した胸が大きく開いたHカップのバストが半分見えているブラウス姿が現れた。自称「安稀世の永遠のライバル」で「直の一番弟子」で合気道を武器に単身渡米した女子プロレスラーのパイ・ヒール粋華だった。
「あっ!粋華ちゃーん!帰国したんや!」
粋華のおっぱいファンの武藤が抱き着いて胸の谷間に顔をうずめる。
「武藤のおっちゃんも相変わらずやなぁ。アメリカやったら、セクハラで慰謝料と賠償金で十万ドルやで。まあ、久しぶりやからサービスやで。」
と両手でぎゅっと武藤の頭を自分の胸に押し付けた。まりあがきょとんとして聞いた。
「どないしたん、WWEに入ったって聞いてたけど、ロッカーに赤紙貼られて帰ってきたんか?」
「あほ言いなや!今や、WWEの人気ディーバのスーパースター「サイキッカーSUIKA」様に失礼やで。仕事がらみの堂々たる凱旋やがな。一週間はこっちにおるで。はいこれ、みんなにお土産。後で配ったって。」
ブランド物の大きな紙袋をまりあに渡した。中を見ると、高級品の口紅や香水などの化粧品や高級な包み紙で包装された洋菓子の小箱がたくさん入っていた。
「えー、なになに!」
と夏子と陽菜がカウンターに走って出て来てのぞき込む。
「相変わらず、お前ら行儀悪いなぁ。行儀悪い子は、後回しやで。」
と夏子と陽菜の襟をつかんで持ち上げる。ひまわりを抱っこした直と稀世が奥の席から出てきた。
「粋華お帰り。頑張ってるみたいやな。わしも誇らしいぞ。」
「久しぶり、また一層大きくなったんとちゃうの?元気そうで良かったわ。」
「あっ、師匠。ご無沙汰しています。師匠に教えていただいた合気道のおかげで、アメリカでもしっかりやらせてもらってます。ありがとうございます。ところで、師匠、お子さん産まれはったんですか?おめでとうございます。お祝いは、おってさせていただきますよって、明日、伺わせていただきます。ん?稀世もおっぱい大きなったなぁ。私への憧れから追いつこう思って豊胸手術でもしたんか?まあ、私もアメリカ行ってアメリカンビーフばっか食べてたら、さらにおっぱい大きなってもうすぐIカップやけどな。」
と直には丁寧に、稀世には上から目線で挨拶した。直が、左手で粋華の耳たぶを引っ張って大声を出した。
「あほ、なんでわしの子やねん。わし七十二やど。この子は、稀世ちゃんと三朗の子で「ひまわり」ちゃんや。お前が、アメリカに行った後、生まれたから会うのは初めてやな。どや、なかなかの美人やろ!」
粋華は向日葵の顔を覗き込んだ。
「あぁ、師匠の子やないんですか。そりゃそうですわな。失礼しました。稀世の子なんや。お前の子にしてはかわいいやないか。おっぱい大きなったんは、このせいやな。じゃあ、じきに萎むんや。ご愁傷様やな。ひまわりちゃん、お母ちゃんみたいになったらあかんでー。お姉ちゃんみたいに、美人で強くておっぱい大きい子になりやー。ベロベロバー。」
粋華のアップに驚いたのか、ひまわりが泣き出した。直が「よしよし、ひまわりちゃんのお母ちゃんの方が別嬪やでな―。」とあやした。
「粋華、あんた変わらんなぁ。話の半分おっぱいやないか。まあ、お帰り。活躍してるんは聞いてるで。頑張ってんねや。それにしても、ええ服着てるねんなぁ。あのいつもブルーのジャージ来てた粋華とは思えへんなぁ。ほんま、見違えるわ。」
「おっぱいはともかく、頑張ってんで。アメリカに渡って、しばらくロスのインディーズでやっててんけどな、そこのスター選手を見に来たWWEのスカウトに旨い事引っ掛かって、?やなしに、今ではWWEのスター選手のひとりやねんで。もちろん、師匠におしえてもらった合気道のおかげやねんけどな。まあ、積もる話もあるから、座らせてもろてええかな。関空から直でここに来たから、食事もまだやねん。」

 粋華は、奥のボックス席にドッカと座り、稀世、三朗、直、まりあ、夏子、陽菜と久しぶりの乾杯をかわした。三朗が持ち込んだ海苔巻きとおいなりさんを頬張り、
「やっぱり、日本で食べる寿司は最高やな。三朗さんの腕やったら、アメリカ来たらトップ取れるでなぁ。アメリカの寿司は、ボリュームあんのはええけど、でかいだけや。ましてや、ろくに修行もせんと、日本人でない職人が握ってる店は、名前だけの「SUSHI」やからもうアカン。日本のクルクルの方が1万倍ええでなぁ。明日の昼は、向日葵寿司に行かせてもらうわな。」
と懐かしみながら食事を楽しんでる。
 一通りの食事が終わるとみんなから粋華への質問が相次いだ。「WWEってどうなん?どないして入ったん?」、「日本の団体となんかちゃうの?」、「元気そうで何よりです。向こうでは何食べてはるんですか?」、「お前、向こうの男はどないや?やったんか?」、「あんた、ネットで見たけどすごい人気者やん。「サイキッカーSUIKA」って宣伝されてたけど、あれ何なん?」、「日頃の生活とか会話はどうしてはるんですか?」、「いい服着てはるし、お土産もすごかったですけど、どんだけ稼いではるんですか?」みんな、粋華に興味津々だ。
「まあ、そうせかさんといてぇな。スターは辛いわ。」
粋華は、皆をなだめて、テーブルの上のビールをくいっと空けた。
「あー、やっぱ、ビールも日本のもんがええなぁ。アメリカのビールは、軽いだけやからなぁ、なんか物足りへんねんなぁ。」

 粋華の話によると、ちょうど一年前、直から合気道の免許皆伝をもらい、なけなしの貯金をかき集め、50万円を持っての渡米だった。関空からロスに入り、リトルトーキョーの安宿で知り合った日本人観光客に地元のローカルインディーズプロレス団体のLALWE(ロサンゼルス・レディース・レスリング・エンターテイメント)のチャリティー興行に連れて行ってもらった。地元の恵まれない子供たちの施設や福祉施設の利用者を招いてのチャリティーショーの中、リング上で女子レスラーを中央からロープまで押し込むか、両手か背中をマットに着ければ勝ちという相撲のようなイベントがあり、飛び入りで参加した。
 80キロの女子プロ選手を右手一本で合気道を使って、コロコロとリング上に転がして見せた。100キロを超える選手が、粋華に挑んできた。その挑戦を受け、直に教わった「小手返し」、「四方投げ」、「入り身投げ」、「側面入り身投げ」と基本技を出して見せた。団体のリーダーも粋華の技に興味を持ち、自ら試技の相手を申し出た。
 粋華も調子に乗って、「隅落とし」、「呼吸投げ」、「回転投げ」、「天秤投げ」、「天地投げ」と奥義を繰り出した。面白いように大型の女子レスラーが、超能力のようにマットに転がされていくのをロスの観客は大いに喜んだ。元メジャー団体での経験を持つ、リーダーから即日スカウトされた。幸い、日系人のレスラーもいたので、英語が話せなくても何とかなった。
 LALWEは、ニコニコプロレスと似たアットホームな団体で、粋華を優しく迎え入れてくれた。その中でも、若手ホープで柔道出身のマチルダ・ルークと空手出身のアグネス・リッケンバッカーという幼馴染の二十歳のペアに気に入られ、一緒に練習をしたり、技を教えあったり仲良くしていた。マチルダとアグネスがLALWEの試合をSNSやユーチューブにアップしていく中、ふざけて「超能力レスラー現る」、「東洋の不思議」と銘打った粋華の試合をユーチューブに上げたところ、バズった。粋華は、「パイ・ヒール粋華」から「サイキッカーSUIKA」にリングネームを変え、ロスの人気者になった。
 ロスでの三ケ月間、マチルダとアグネスに教わった柔道と空手で基本的なファイトも実力を上げ、単なる色物レスラーから、本格的なファイトもこなせる実力派として認められるようになってきた。そんな時、マチルダとアグネスをスカウトしに来たWWEのエージェントの目に留まり、ふたりと一緒にWWE所属のレスラーになった。
 WWEでは、女子プロレスは「ディーバ」と呼ばれ、そのスタイルは、単なるストロングスタイルのガチンコプロレスだけでなく、「水着・コスプレ・下着の各種コンテスト」、「ランジェリー・ピロー・ファイト(下着姿の枕投げ)」、「ブラ・アンド・パンティマッチ」、「どろんこマッチ」と色々な試合形式があり、それぞれが、コアなファンを持っている。「超能力ディーバ」、「オリエンタルミステリー」の肩書でスーパースター「サイキッカーSUIKA」としてリングに上がり、あるジャンルでは絶大な人気を得たという流れだったと粋華はみんなに説明した。
「まあ、言葉は話してるうちに二カ月ほどで日常会話はできるようになったし、WWEには男も女も日本人レスラーが結構おるんで、オフタイムはストレスなく過ごせてるわ。食べるもんは、1ポンドのステーキばっかり。そりゃ、お寿司やお好み焼きやたこ焼きやうどんは食べたくなるわなぁ。あと、お味噌汁な。
 稼ぎの方は、ローカルにおったときは、ここにおる時と変わらんかったけど、メジャーに移ってからは、私もミリオネラの仲間入りや。つい、来年の納税分忘れて使いまくってしもてたから、今は、あんまり贅沢しまくらんように気をつけてるけどな。
 最後に、直さんの質問で、向こうの男の話やけど…。それは、まだやねん。何回かチャンスはあったんやけど…。やっぱ、怖なって…。」
「なんや、お前、処女の女子高生みたいなこと言いやがって。わしなんか、十六で結婚して十七で最初の子産んだで。もしかして、お前、経験ないんか?」
直が興味津々に聞いた。粋華は、真っ赤になってうつむき、小さく頷いた。
「ぎゃははははは。なんや、粋華、あんた処女かいな。そのおっぱいも宝の持ち腐れやなぁ。みなさーん、ここにでっかい乙女が居ますよー!」
稀世が粋華の頭をポンポン叩きながら大笑いした。粋華は、赤い顔をして稀世に言い返した。
「お前かて、二年前までは、処女やったやないか。偉そうに言うな、あほーっ!」
大声を出すので、周りの男たちが注目した。追っかけで、明らかに酒で真っ赤になった夏子と陽菜が割って入った。
「ふたりとも二十五歳で処女やったって、今時、天然記念物ですよ。大阪府立美術館に展示されてまいますよ。」
けらけら笑いながら、稀世をまねてふたりで粋華の頭をポンポンした。
「お前らかて、男おれへんやろが。お前らも二十五なんかすぐやぞ…。馬鹿にすんのもたいがいにせえよ…。」
わなわなと震えながら、粋華が精いっぱい言い返したが、その言葉に力も勢いもない。
「ぎゃはははは、私も陽菜ちゃんもとおの昔に経験済み。姉さんたちと違って、私らモテモテですから。なあ陽菜ちゃん!」
「なっちゃんの言うとおり。姉さんたち、平成通り越して昭和の乙女の生き残りみたいですなぁ。」
悪のりが止まらない。まりあが見るに見かねて、「あんたら、悪酔いしてんで。もう向こうのカウンターで飲んどき。」と声をかけるがお構いなしだ。
「まあまあ、稀世姉さんも、なんか勢いで三朗兄さんと結婚できたし、粋華姉さんも今はお金持ちやねんから、変に相手選べへんかったらなんぼでも男おるやないですか。ここに粋華姉さんのコアファンもおるし、三朗兄さんと一緒やん。なあ、陽菜ちゃん、ええと思えへん?」
「せやな、稀世姉さんも、あの時の事故から一週間で結婚やったし、粋華姉さんもアメリカに帰るまでに、この際やから武藤のおっちゃんとでも結婚していったら?それがええよなぁ、なっちゃん。」
と酔っぱらった、夏子と陽菜が稀世と粋華の席の後ろに回って、ふたりの間に顔を突っ込んで絡んだ。
「おい、夏子。「勢いでサブちゃんと結婚できたし」ってなんや!」
「ごるあ、陽菜。「この際やから武藤さんと結婚でも」ってなんや!」
稀世と粋華は同時に立ち上がると同時に振り返り、夏子と陽菜の身体を反転させ、背後から稀世は夏子に、粋華は陽菜にリアネイキッドチョークを掛けた。周りの男たちは、瞬間的に抜群のコンビネーションでかけられた「チョークスリーパー」に目が釘付けになった。
 ものの十秒もたたず、夏子と陽菜はタップする間もなく失神すると同時に、それまで飲みすぎたビールが災いしたのか失禁して床に沈んだ。あわてて、かずみとさとみがテーブルの上のおしぼりを集めて、床をふき取ってはお盆におしぼりを乗せていく。
「小便たれのガキたちが生意気言ってんじゃねえよ。なあ、稀世。」
「せやせや、言うたれ粋華!夏子や陽菜にバカにされる事なんかなんもあれへん。」
床に下半身びしょぬれで倒れた夏子と陽菜を見下ろして、稀世はオレンジジュースのコップ、粋華はバーボングラスを持って乾杯した。
「よおやく、意見がおうたな。やっぱ、私らは、唯一無二の親友やな。」
「まあ、私は、サブちゃんとラブラブやしひまちゃんもおるから、私の方があんたより上やけどな。」
稀世の挑発に、掴みかかる粋華。間に割って入る三朗は粋華に左手一本で投げ出される。次に間に入った、笹井と檜も右へ、左へ弾き飛ばされる。
「粋華ちゃん、これ以上暴れたらあかん!」
と武藤が割って入った。(武藤さんもやられてまう!)みんなが思ったその瞬間、不思議な間が空き、粋華が急に顔を赤らめ、
「うん、ご、ごめんなさい…。」
としゅんとなった。
「こら、稀世、粋華、お前らで責任取って、夏子と陽菜、裏に連れて行って着替えさせて来い。そんで今晩は、お前ら四人で店の掃除やぞ。死にたかったら別やけどな…。」
閻魔様のような顔をしたまりあを見て稀世もしゅんとなった。

 先ほどの大騒ぎから、一段落してカウンター席にひまわりを抱っこした稀世と粋華、そして三朗と直が座り、まりあがカウンターの中で話している。他の客は、すっかり観戦モードに戻り、まりあの秘蔵コレクションの続きを見て歓声を上げている。今は、馬場・鶴田組の世界最強タッグ選手権がかかっている。まりあが洗い終わったグラスを布巾で拭きあげながら切り出した。
「ところで、粋華、あんたがここに来たほんまの理由はなんや。仕事がらみで帰国したっていうてたけどWWEがらみの話か?」
「うん、実は、まだ公表されてないねんけど、来年3月25日のディーバでの大阪興業を、門真のラクタブドームでやることにるかもしれへんねんな。府立体育館も舞洲アリーナもとられへんかって、大阪城ホールの興行は2004年のこともあるから、ディーバだけでは、広すぎるからやめとこかいう話で、どっかええとこないかってな。
 そんで、会場の空きの確認と設営の段取りとかの下調べで私が来てん。まりあさん、ラクタブやったことあるやろ。あそこやったら二千人は入るやろうし、まあ、手堅く満員にできるかなってな。WWEとしたら、放送できたら箱なんかどこでもええねんけど、出場するもんからするとある程度の会場やないと盛り上がらへんからな。」
「まあ、せやな。ドームを女子だけではいっぱいにはでけへんわな。日本人も今やスーパースターのASUKAさん筆頭にイオちゃんや沙里ちゃん、あぁ、今はSARRAYちゃんか。後は、センダイガールズプロレスリングの「生ける伝説」、「女子プロ会の横綱」の里村さん頑張ってるけど、男のプロレスと違って、ドームは厳しいわな。まあ、ラクタブも「ドーム」ではあるけどな。まあ、ちょっと規模がちゃうか。そんで?」
「まあ、変に聞かんといてほしいねんけど、こんな私でも、直さんに教えてもろた技のおかげで、今は中堅どころにおんねんな。マネージャーとの話の中で、「日本興行で交流戦できるようなレスラーおるか?」って聞かれてんな。そん時に、「私が過去一回も勝たれへんかった選手がふたりおる」って言うてしもてん。」
「えっ?それって…。」
「うん、まりあさんと稀世やねん。夏子がアップしてるニコニコプロレスのユーチューブあるやろ。それ見せたら、「ええやないか。マチルダとアグネスの海外デビュー戦の相手してもらえるように話してきてくれ」ちゅう話になってしもてん。「先に電話ででも連絡してみる」て言うたんやけど、それまでに、まりあさんは一緒に店やってたとか稀世は無二の親友やって言うてしもてて、マネージャーは「確定」で読んでしもてんねん。勝手なこと言うてしもててごめん。」
「はぁ?そんな話あるかいな。うちらとWWEやったらレベル違いすぎるがな。マチルダとアグネスって色物レスラーとちゃうんやろ。そりゃ無理やで。粋華悪いけど断ってくれよな。なぁ、稀世もそない思うやろ。」
「ごめんなさい。私、WWEの事よおわからんから…。でも、まりあさんがそういうなら、私もやめとくわ…。」
「えっ、まりあさんも稀世も出てくれへんの…。それは、困ったなぁ…。」
カウンター席に沈黙の時間が流れた。まりあも稀世も斜め下に視線を落とし、粋華から目線をそらせている。「ぐいっ、ぐいっ。ぷはーっ!」、「ガンっ!」直が焼酎の梅割りを一気に飲み干し、グラスを乱暴にカウンターテーブルに置いた。店内にいる皆の視線を一瞬にして集めた。
「あほっ!デンジャラスまりあもキャンディー稀世も何ビビってしもてんねん。戦う前から、「WWEとはレベルが違う」やと。わしの知ってるデンジャラスまりあは絶対そんなこと言えへんかったぞ。キャンディー稀世はどやねん。未知の相手と戦う時のおまはんのキラキラした眼はどこに置いてきてしもたんや。」
カウンター席を飛び降り、ビデオの音声をかき消すような直の声が店内のみんなに響いた。
「なあ、みんな!粋華が持ってきた、まりあちゃんと稀世ちゃんのWWE参戦の話、こいつら自分らのレベルが足らん言うて、蹴ろうとしとんねん。どない思う。ニコニコプロレスのトップのふたりが世界で闘うところ見たいよなぁ!」
一瞬の間が開いて、
「なんでや!まりあちゃん、稀世ちゃん、チャレンジしてや!ニコニコ商店街から、世界のスーパースターになってや!」
「そうや、映画のロッキーみたいに、門真から世界に飛び出して見せてーや。」
「まりあちゃんやったら、世界で行けるって!」
「稀世ちゃんなら、WWEなんか恐れることあれへんで。」
みんなからの声援を前に、立ち尽くす稀世とまりあ。檜が
「頑張れ、頑張れ、まーりーあ。頑張れ、頑張れ、稀―世。」
と手を打ちながらコールを始めた。笹井、武藤が続いた。三コール目には、広義、かずみと徹三、さとみが加わった。四コール目には、店内全員の「頑張れ!」のコールになっていた。
「ほれ、これだけみんな応援してくれとんのに、お前らこの歓声に応えたらへんのか。そんなんじゃ、商店街に席は置いといてやられへんな。なぁ、みんなそうやろ!」
直がみんなを煽る。三朗も
「来年3月25日までにまだ十ケ月あるやないですか。できるだけのことやってみましょうよ。一度は無くしたと思った命やないですか。こんなチャンスめったにあるもんとちゃいますよ。
  ひまちゃんも稀世さんが世界で闘う姿を見たがってると思いますよ。なぁ、ひまちゃん、お母さんが世界のトップレスラー相手に戦う姿見たいよなぁ。」
と稀世に励ましの声をかけた。
 稀世は、まりあの目を見た。まりあから強い視線が戻ってきた。(よし、稀世、やってみるか!)、(いっちょぶちかましてやりましょ。まりあさん!)何も言わずもふたりの意思は通じあった。
「でや、デンジャラスまりあ、キャンディー稀世!なにがWWEや、門真の根性見せてやったれや!」
直のエールにふたりは右手を大きく天に突き出した。今日一番の歓声がBARまりあにこだました。

 そこから、時間を忘れてのどんちゃん騒ぎが始まった。粋華もほっとしたのか、勢いよく飲みだした。武藤と仲良く、さしつさされつグラスをかわしている。夏子と陽菜がふたりの元に「さっきは失礼なこと言ってすみませんでした。」と謝りに来た。「いや、俺はぜんぜんかめへんで。粋華ちゃんがええねんやったら、アメリカでもどこでもついて行くで。」と武藤はご機嫌だ。「あほ、お前らが変なこと言うから、変に意識してしまうようになってしもたやないか。この小便たれ、どっか行け。」と粋華は赤くなった。(もしかしたら、「瓢箪から駒」があるかもしれへんな…。)と笹井と檜は心の中で思った。
 三朗は明日の朝が早いこともあり、ひまわりを連れて十一時前には自宅に戻った。稀世とまりあは、ボックス席で西沢夫婦と岩本夫婦と一緒に、スマホでWWEの動画を見ている。徹三がいろいろと解説してくれて、いくらかWWEが理解できた。
「こんな、プロレスがあんねんなぁ。日本の女子プロと違って、「華やかなショー」やな。なんか、ワクワクしてきたわ。みんな応援してな。」
「稀世と一緒やったら、なんとかなるような気がしてきたわ。私もがんばるわな。みんな盛り上げて行ってな。」
四人が揃って頷いた。

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