【完結】『社畜の鑑』

M‐赤井翼

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「懲戒解雇」

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「懲戒解雇」

 午後12時、いかにも病院食という成年男子においてはボリュームの少ない昼食だったがいつもは菓子パン2つかおにぎり2つで済ますのが習慣だった靖には満足の食事内容だった。食事が終わると祥から「ゴメン、俺、会社辞めることになるかもしれへん。また連絡します。」とラインメッセージが届いていた。「何があったん?」と返信したが既読がつくことはなかった。靖は祥の身に何か悪いことが起こったのかと不安を覚えた。

 午後2時、何の予告もなしに、ネクタイを外した祥がワンカップの日本酒とノンアルコールビールを持ってやってきた。
「祥ちゃんどないしたんや。俺、骨折してるから酒は飲まれへんで。ノンアルビールにしても病院内ではあかんやろ。看護師さんに見られたら具合悪いからちょっとカーテン閉めてんか!」
狼狽うろたえる靖に、申し訳なさそうな顔で祥は病室の白い床にいきなり土下座をした。
「すまん靖ちゃん。単細胞な俺を叱ってくれ。俺、今回の事故の件、契約の件で若社長に直談判しに行ったんや。売り上げ成績も事故責任もどこにあるんか若社長は分かってはりますのか?って勢いで言うてしもて…。言いたいこと、言うべきこと全ていうたら若社長が課長を呼び出して、赤ら顔のまま出てきた課長が若社長の前である事ない事ぺらぺら言うてな…。客先からあった仕様変更は靖ちゃんの確認ミスにされて、挙句の果てには靖ちゃんの事故も靖ちゃんにも過失があるやろうって言い出しやがって、つい拳が出てしもたんや。」
怒りに我を忘れて若社長の目の前で課長を3、4発殴り付けた事で懲戒解雇になったとの事だった。祥の興した「短気の行動」の結果、靖に不利益があるかもしれないと告げに来たとの事だった。

 加えて、会社からの退職となると社員への家賃補助が無くなるので今のマンションは月末には退去しないといけなくなったので今朝約束した退院したら祥の部屋に来ないかと言った誘いはできなくなったことを詫びた。
「祥ちゃん、俺の事はええから頭を上げてや。とりあえず祥ちゃんはこれからどないするねん。退社は決定事項なんか?俺から若社長に言うて何とかなるんやったら一緒に謝ったんで。」
と諫めるが「あの課長の下ではもう働きたくないねん。そんな奴に頭を下げるくらいやったら…。」と目に悔し涙を浮かべる祥にそれ以上の言葉はかけられなかった。
 すくっと立ち上がった祥はワンカップの日本酒とノンアルコールビールの栓を開けるとノンアルビールを靖に手渡した。一方的に乾杯し一気に日本酒を飲みほした。その勢いに負けて靖も一口だけ喉に流し込んだ。
「靖ちゃん、これは会社での「別れの盃」であると同時に、ふたりやけど「桃園の誓い」の乾杯や。とりあえず俺の部屋の荷物はレンタルガレージにでも放り込んでくるから靖ちゃんのアパートで住ませてください!」
再び土下座をした祥を前に困ってしまった靖のスマホが鳴った。着信元の表示は「社長」となっていた。電話に出た靖はすぐに真っ青になった。約3分で電話は終わったが電話を切った後、小刻みに震える靖に祥は尋ねた。
「今の電話って若社長やろ。何言われたんや?」
靖は聞こえるか聞こえない声で呟いた。
「俺も、懲戒解雇扱いになった…。」

 驚く祥が慌てて若社長から何を言われたのか靖に問うた。靖は真っ青になったまま祥に会社のパソコンを使い残業時間に有料アダルトサイトや出会い系サイト、エロチャットサービスを使っているとの社内告発があり、それらの請求が会社宛てに来ていることが伝えられ、その事実関係の確認の電話だったと祥に伝えた。
 確かに、上司がいない時間に営業課のパソコンを使い、祥と一緒にいわゆるエロ動画系アダルトサイトの無料動画を視聴したことはあった。しかし、課金されるサービスは使用せず、出会い系、エロチャットの利用は全く覚えはなかったが、アダルトサイトの閲覧を認めた事で若社長から就業規則違反に基づく懲戒解雇を宣告されたと力なく呟いた。
 祥は「絶対にこの件を闇に葬るつもりで課長が俺と靖ちゃんに全てを追っ被せて若社長に嘘八百言いやがったんや!」と4人部屋にも関わらず大声を上げた。他の入院患者からの通報により男女の看護師がすぐに飛んできた。祥の持つワンカップの日本酒に目を付けた大柄な男性看護師が「院内の飲酒は禁止されています。今すぐ退去願います。」と祥を諫め部屋から連れ出した。残された女性看護師は靖に「院内売店で売られていないノンアルビールも原則違反になりますので回収させていただきますね。」と一口しか飲んでいない缶ビールを看護師は受け取ると「あまり騒ぎは起こさないでくださいね。」と言い残しカーテンを閉め出て行った。
 その1分後、再びカーテンが開いた。看護師が来たと思った靖は「祥ちゃんはどうなりましたか。彼は悪くないんです。もう一度、彼と話させてください。」と言った後、入って来たのは看護師でなく晶だったことに気が付いた。

 晶は真っ先にナースステーション内で祥が騒いでいたことを靖に伝えた。靖は正直にふたりとも「システムのなにわ」を懲戒解雇された旨を話した。
「会社の方はどうしようもないの?なんならお店のお客さんでややこしい事に相談に乗ってくれる地元のよろずコンサルタント事務所があるから頼んでみてみる?退職が会社都合、自己都合や懲戒解雇で失業保険の出方が変わったりするんでしょ。それに今のままじゃ労災保険も会社がきちんとしてくれてるか分からないじゃない。」
と晶から提案があった。
「給料がどうなるかわからないんで安くで済むならお願いしたいです。できたら祥ちゃんの件も併せてお願いしたいです。」
 靖が頼むと「ちょっと待っててね。病室じゃ電話できないから談話室に行ってくるね。」と病室を出て行くと10分後に戻って来た。会社との交渉事は晶の店の客であるコンサルタントが行ってくれることになった事と労災保険か相手の車の自賠責保険で治療費は保証され、仮に懲戒解雇でも有休休暇等消化で今月の給与分の支払いは受けられることを知り靖は安心した。
 残す問題点は、退院後の住居だった。祥は府内にある実家に戻るとして、靖は会社の借り上げアパートに住み続ける訳にはいかないことを晶に話すと「じゃあ、うちに来る?もちろんあの約束は守ってもらわないとダメだけどね。」と思いもよらぬ提案があった。




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