【完結】『社畜の鑑』

M‐赤井翼

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「葬儀の夢」

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「葬儀の夢」

 今週は連続して違う夢を見た。月曜日は、ほぼやくざの風貌で片目と左手の小指の無い男と話す夢だった。会話の内容は目が覚めた靖の記憶には残っていないのだが大切なことを聞かされたような気持ちだけは残っている。火曜日は葬儀場の景色だった。葬儀場の黒塗りの案内板に白い筆文字で「小原様」の文字が確認できた。泣いている喪服の晶や祥の姿が確認できた。参列者は複数の死因を口にしていた。かつて夢で見た自動車事故以外にも、火事に遭う、強盗に肝臓を刺される等、日常生活で起こり得るシチュエーションが語られていた。
 水曜日は薄暗い病院のベッドのテーブルで何やら手紙のようなものを書いている夢だった。横書きの便せん数枚が記入済みの状態でテーブルに置かれ、2通の封筒がセットされていた。木曜日は再び葬儀の夢だった。場所は火曜日に見た葬儀場で同じだったが、今回は3月28日という日付が「小原家告別式」と書かれた立て看板に記入されているのが分かった。
 金曜日の夢は過去4日の夢とは違い、心休まる夢だった。靖の記憶の中では寝屋川市にある大阪成田山不動尊で赤い晴れ着姿の晶と一緒におみくじを引く夢だった。周囲の人混みから想像するに正月の三が日に参拝したであろう景色と安易に想像できた。晶と靖はともに別の大吉を引き当て笑っていた。おみくじには晶は「健康 良し、問題なし」と「遺失物 大切なものを失う」、靖は「願い事 叶う」と書かれていた。「成田山の神様はおべんちゃらが上手いね。くすくす。」という晶の言葉が印象強かった。土曜日は晶からバレンタインデーチョコレートをもらう夢だった。晶が泣きながら「最初で最後の靖君へのバレンタインチョコになっちゃうね…。大好き、愛してる、でもごめんね…。」とチョコレートの入ったパッケージと初めて見るラベルのワインボトルを渡される夢だった。

 断片的な夢であり、そこで予測される事象が何なのかを探るには材料が少なすぎた。片目の男には全く面識は無く、葬儀場は近隣の小規模会館であったように思えるが、晶、祥、璃子の姿は夢の中で出てきたが靖の姿は無く、案内板や告別式の立て看板に「小原様」、「小原家」と書かれていたことから、母が逝去した今、靖自身の葬儀と考えるのが妥当だった。
 成田山参拝とバレンタインデーの夢は正月、2月の時点で靖と晶の関係は続いている事を予想させてくれたがともに晶のセリフがのどに刺さった魚の小骨のように靖の心の中に引っかかるものを残した。

 以前、祥が「夢分析」について世界の報告事例を洗い直し、靖の「夢ノート」に書かれた事象を分析してくれることになっていたので日曜日のランチ前にノートを持ってRikkaを訪れた。仕込みが始まる1時間前の朝9時に靖が顔を出すと
「靖君お久しぶりー。本田璃子、先ほど40余日の海外留学から帰国しました!靖君にはかっこいいTシャツがおみやげだよ。店長へはブランド物の香水やお財布を買ってきてるから持って帰ってねー!」
と璃子の元気な声が迎えてくれた。
 そこに現れた祥は予告無しに店に来ていた璃子に驚いたが「これ幸い」と璃子の土産話はそこそこに、このひと月にあった事を簡潔にまとめて説明し、璃子にも靖の夢分析と晶の事についての話に協力してくれるよう依頼した。璃子は快く祥の申し出を受け入れた。

 まずは、晶の身体状態についての話となった。夜の部の常連から璃子が聞いた話の中で、開店当時の晶は底抜けの飲み方をしていたという逸話に祥は興味を持った。開店は今から逆算すると6年前になる。拓也が罹病し、生活費を稼ぐために晶の父が出資して居抜きで改装費等の初期費用はほとんどかけることなく開店したというところまではつかんでいる。開店から半年程で拓也は肝臓がんで逝去したところまでは3人の共通認識としてある。
「拓也さんが進行性の肝臓がんで亡くなったとするならば、肝硬変が発覚する前の肝炎ウイルスキャリアの拓也さんから晶さんは結婚生活中に感染したことが考えられるよな。璃子ちゃんが開店当初からの常連から昔は呑み助だったのが、今はグラスビールやせいぜい中瓶のビールくらいまでやもんな。まあ、靖ちゃんとの姫路デートの時みたいにたまに痛飲してたのが5月の頃。
 9月以降、靖ちゃんの話やと飲む量はめっちゃ減ったって聞いてる。カレンダーの門真総合病院に通院してるであろう、三角印が月一から隔週に増えた時期と重なってるという事は、晶さんの症状が進んだ可能性が考えられる。璃子ちゃんには一度、晶さんを飲みに誘う話だけ振ってみて欲しいんや。「いい焼酎バーがあるんで一緒にベロベロニなりに行きませんか?」とか「高級ワインの飲み放題のいい店見つけたんですよ。VSOPやXOクラスのブランデーもありますよ!」ってな。」

 祥の意図を掴んだ璃子が「うん、わかった。店長が飲酒量の制限を医師から受けてたら絶対に断ってくるって事やな。」と了解すると、靖は「変なことに巻き込んでごめんな。」と頭を下げた。続けて祥主導で靖の夢分析に話は進んだ。璃子は「予知夢ってオカルトの世界やと思ってたけど、身近にその能力を持った人が居るって思ったら信じるしかないよね。」と呟き、夢ノートの過去ページを繰っていった。
「あれ、この11月2日の夢で出てくるアイテムってこれとちゃうの?」と靖と祥が放っていた門真市のゆるキャラ「ガラスケ」と花束の描かれた横型の用紙の画像をスマホでふたりに見せた。靖は「これや、これに間違いない。」と答えると、璃子は続けてどや顔で解説を始めた。
「この用紙って門真市が去年の11月まで配布してた紋付き袴のガラスケと白い文金高島田に綿帽子被ったネコちゃんのカップルと花束のイラストが入った婚姻届けやで。靖君、この日に晶さんにプロポーズしたんとちゃうんかな。と言うのも「ROCCAって印刷された高そうな小さい紙袋」と「フェルト地の小さな箱」ってあるやん。「ROCCA」って結婚指輪や婚約指輪で有名な店やねん。女の勘としては靖君が店長にプロポーズしたに一票や。まあ、どうやってガラスケの結婚届の用紙を用意したんか分からんけど、まあ、個人売買サイトでは出品もされてるし、私も「いつか・・・」に備えて1枚持ってるねんで。」

 そこからは祥の予想で、B型肝炎に罹患している晶は母子感染を考えると靖との間で子供を作ることははばかられる。ましてや考えたくは無いが8月以降で病状が進行しているとするならば拓也の時の事を考えると、靖からのプロポーズをやむにやまれず断って泣いてたと分析した。靖はふたりの言う事を一言一句残さず夢ノートに追記した。「靖ちゃん、晶さんの事をつぶさに観察して新たな「何か」が見つかったら教えてや。」の一言でその日の話合いはお開きとなった。





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