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From門真 toLA編

「ハンマー投げとeスポーツ」

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「ハンマー投げとeスポーツ」
 「鉄人」から稀世は、投てき用保護ネットの後ろで、持ち手に約1.2メートルのワイヤーがつき先端に8.82ポンド(※4キロ)の女子用のハンマーを手渡され、投げ方の理屈が説明された。遠心力に背筋の力だけで対抗するのではなく、体をそらすことでより強く回転させることができると解説すると、何も持たずに「エアハンマー投げ」を見せてくれた。

 稀世は「アジアの鉄人」の77歳とは思えないシャープな動きを三度脳内再生した。ハンマーを一度地面に置くと「エアハンマー投げ」をして見せた。頭上で腕を三回回しそこから腕を伸ばし四回体を斜めの円軌道で回すと「でりゃー!」と放り投げるポーズをとった。
「ほー、初めてやったとは思われないほどの美しいフォームだ。どれ、サークルの中から投げてみるか。最初は、右のラインを狙って投げるといいぞ。まずは、私が見本を見せよう。真後ろで見ててごらん。」
と「アジアの鉄人」はハンマーを持って防護網の前からサークルに入った。呼吸を整え投てき姿勢に入った。三度の空回しから四度の身体前身の回転を加え「だーっ!」の掛け声とともにハンマーは綺麗な射角で打ち出された。
 男子ハンマー投げの世界記録は1986年に記録された当時ソビエトのユーリ・セディフの86.74メートル。ドーピング検査が厳しくなった現在では抜かれることは無いと言われる37年前の驚異の記録だ。世界四位には「鉄人」の息子のオリンピック金メダリストの持つ84.86メートルがランク入りしている。
 「鉄人」の持つ75.96メートルは今でも「息子」に続いて「日本人第2位」の記録である。77歳の「鉄人」の投げたハンマーは綺麗な放物線を描き60メートルライン手前に着地し、周りの皆から拍手が起こった。稀世はうっとりと「鉄人」のフォームの美しさの余韻に浸っていた。

 「さあ、レスラーのお姉ちゃん、無理をしないで投げてごらん。斜め45度と右のラインをイメージして投げるんだよ。」
と「鉄人」はサークルを譲った。その一分後、稀世の投てきは「鉄人」の度肝を抜いた。初めて投げる女子用のハンマーは男子用と比べると3.26キロ軽い8.82ポンド(※4キロ)なのだが、稀世の第一投は右ライン上、60メートル丁度に落下した。「鉄人」は興奮して、女子用のハンマーを稀世の元に持っていき「もう一回投げてみてくれ。」と手渡した。(まあ、おじいちゃんの記録をちょっと抜いただけって言うんじゃ現役レスラーとして格好つけへんよな。次は、ちょっと回転速度をあげたろか!)と色気を出した稀世の第二投は同じく右ライン上65メートル地点に落下した。

 「あー、気持ちよかった。結構ええ感じで投げられたわ。ハンマー投げって面白いもんやな!最後にもう一回投げさせてな!」
と置き場にあるハンマーに手を伸ばした。それに気づいた「鉄人」が「あっ、お姉ちゃん、それは…。」と何かを言おうとする前に、サークルに戻った稀世は両手に「ぺぺっ!」と唾を吐きつけると投てき動作に入った。(ん?さっきより遠心力が強い気がする?まあ、ええか!)と思うと同時に四回転目に入り「軸線」を意識すると「どりゃぁぁぁぁっ!」と稀世が叫んだ。
「いっけ―!過去三回で「会心一番」の投てきやでー!」
とハンマーの行方を目で追った稀世はがっかりした。自己の描くイメージでは70メートルを超えたと思ったのだが、宙を飛ぶハンマーは急速に失速し、60メートルを少し超えたところで地面に落ちた。
「あー、記録更新になれへんかったか…。でも、気持ち良かったからええわ。おじいちゃん、ありがとうね。じゃあ、またね!」
とサークルを出て、ひまわりを抱っこした三朗や一緒に見ていた直やまりあと一緒に次のコーナーに向かっていった。「鉄人」はその場を動くことができず呟いた。
「今、あの子が投げたのは男子用のハンマーだ…。女子用のハンマーなら、女子の日本記録67.77メートルどころか世界記録の82.98メートルを超えていたかもしれない…。」

 一通りのアトラクションを楽しんだ後、陸上競技場前に止まった二台の4トントラックに目が留まった。トラックのサイドウイングパネルが後ろから見るとかもめ型に開き、その背後で若者が声援を送っている。
「サブちゃん、あれなんやろな?」
稀世が指をさして聞くと三朗が府民体育祭のパンフレットを開いて答えた。
「あぁ、パンフレットに乗ってましたね。2021年の東京オリンピックでも開催された「eスポーツ」ってやつですね。まあ、簡単に言ったらテレビゲームですね。オリンピックeスポーツ2023は、アーチェリー、野球、チェス、自転車、ダンス、モータースポーツ、セーリング、射撃、テニス、テコンドーの十種のゲームが対象になってるみたいですね。」
 稀世はよくわからないという顔をして「チェスとかモータースポーツってオリンピックの競技って感じがせえへんな…。」と呟いた。すると夏子が目を輝かせて
「稀世姉さんいっぺんやってみません?対戦型のゲームもあるみたいですし!まあ、稀世姉さんにハンディーつけるって意味で「テコンドー」なんか面白いんとちゃいます?まりあさんもやってみましょうよ!私と陽菜ちゃんLALWEロサンゼルスレディースレスリングエンターテイメント組と勝負しましょ!」
と参加申し込みの列に並んだ。

 十分ほど待つとトラックの荷台に上がる階段を通された。向かい合って座るゲームセンターにある対戦型ゲームのような席で、夏子・陽菜組の向かいの席に稀世とまりあが座った。
「簡単に説明しておくと、ジョイスティックで前後にアバターを動かして
「A」ボタンは攻撃、「B」ボタンは防御やと思ってください!このゲームは私らもやったことないから「コンボ技」は無しでいきましょね!」
と陽菜が早口で説明をすると、まもなくゲームが始まった。

 (「格闘系のゲーム」なら経験がなくても何とかなるやろ。なんちゅうてもしょせんなっちゃんと陽菜ちゃんやしな!)と余裕を持っていた稀世は、突っ込んではカウンターで技を受け、下がっては追い打ちをかけられた。まりあも同様で、夏子と陽菜のHPはほとんど減ることなく、ものの一分もしないうちに二人ともノックアウトされてしまった。
「ぎゃははは!WWEに出場する天下のまりあさん、稀世姉さんでもeスポーツのリングに登れば赤子同然ですね!」
と高笑いする夏子に何も言い返せないのが悔しかった。
 夏子と陽菜はさっさとトラックを降りると、隣のトラックにむかった。そちらのトラックでは左右で十六台の別々のゲームが並んでいて頭上のモニターで観客にもゲームの状況が伝わるように設置されている。「ネット対戦実施中」とのぼりが立っている。

 「あっ、なっちゃん!「フライングコンバットα」があるで!タンデム勝負かけて見よか?」、「せやな、さっきのまりあさんと稀世姉さんは肩慣らしにもなれへんかったから、ネットでS級パイロットと勝負してええとこ見せたろか!」と意気揚々とネット対戦ゲームのトラックに上がっていった。二人が席につくと間もなく対戦相手が決まった。相手はアメリカのゲーマーのようで「マリリン&マドンナ」チームとなっている。
「ふざけた名前つけやがって!何が「マリリン」に「マドンナ」やねん。門真の女神の「なつ&陽菜」が「秒殺」したるわ!なあ、陽菜ちゃん!」
「なっちゃん了解!ほんまもんのドローンパイロットの私らがゲームで負けるわけにいけへんわな。笹井写真館の空撮担当として百里基地の680号機のファントムで、アメリカ人に「ぎゃふん」って言わせたろな!」
 舩阪が応援する中、ゲームが始まった。二機の戦闘機がペアを組んで画面の中で空中戦を始めた。LALWEロサンゼルスレディースレスリングエンターテイメント敵は最新鋭機のFA22ラプターだった。夏子と陽菜はやり込んでいるので息の合った攻撃を行う。夏子が囮となり、陽菜が背後から撃つ攻撃を仕掛けるが、敵もS級。その動きを読み、先手を打ってくる。周りの「フライングコンバット」ファンから声援がおこる。
「こいつらの機体の動き、かなり課金してるやつやな!エンジンの馬力もミサイル武装もこっちよりかなり上や。まるでほんまもんの第5世代のラプターに第3世代のファントムⅡで挑んでるみたいなもんや。しかし、金の力に負けるんは嫌やし、みんなの声援を受けて戦ってるんや。大和魂を引き継ぐものとして、ヤンキーなんかに負けられるかい!」
と夏子はジョイスティックに力を込めた。
 
 手に汗握る攻防戦は五分の制限時間残すところわずかになった。
「陽菜ちゃん、最後に思いっきり私が引きつけて、わざと失速させての「木の葉落とし」に賭けてみるから、「僚機ポジション」でしっかりとフォローしてな!」
と夏子が叫ぶと会場から「うぉーっ!」と歓声が上がった。
 レーダー画面上、夏子の背後に敵機二機がつきロックオンされる瞬間、夏子はエンジン出力をカットし、フルフラップで失速させた。あっという間に高度計の表示が200メートル下がった。敵のモニターからは一瞬にして夏子の機体が消えたと想像した、
「よっしゃもらったー!」
夏子と陽菜が敵機を別々に逆ロックオンしようとしたときタイムオーバーの表示と「ジャッジ」の大きな文字が画面を覆いつくした。
 結局最後の夏子の賭けも時間切れにより勝負はつかず、AI判定となり、51対49の僅差で夏子・陽菜組の勝利となった。ゲーム後の「コメント」交信で相手タッグから、英語がほとんど読めない夏子と陽菜でもわかるえげつない「スラング」が送られてきた。
「なんじゃこいつ!ゲーマースポーツマンシップのかけらもあれへんな!こっちも書き込んだれ!「あほ、ぼけ、まぬけ!ひらがななんかようよまれへんやろ!ばーかばーかばーか!」と夏子が子供じみた罵詈雑言を送り返すと会場から「もう引っ込め―!日本のゲーマーの恥さらし!」とブーイングが起こり、係員から夏子と陽菜は追い出された。

 怒りのおさまらない、夏子に対して直が「相手にやられたからって、同じことし返してどないすんねん。もう恥ずかしくて見てられへんかったぞ。」と怒られるが、稀世からは
「なっちゃんも陽菜ちゃんも凄かったやん。S級って言ったら「プロゲーマー」とかとちゃうの?やっぱり日ごろからドローン飛ばしてるとちゃうねんな。「初めて」なっちゃんと陽菜ちゃんの事、「凄い」って思ったわ!」
と「誉め言葉」なのか「けなし言葉」なのかわからない言葉をかけられた。まりあからは、
「あんたら、プロレスも「eWWE2K23」に転向したらどうや?2028年のロサンゼルスオリンピックに出られるかもしれへんぞ。うん、そうせえ!今すぐ、ニコニコプロレスやめてeプロレスに転向したらええぞ!」
と言われ、横にいた粋華が腹を抱えて笑っていた。
 みんなにからかわれる中、舩阪だけが真剣な顔をして
「陽菜ちゃん、なっちゃん、日本の自衛隊は現在の戦闘ヘリを全機廃止して、無人ドローンに置き換える計画があるんですよ。さっきの「フライングコンバットα」の二人の操縦を見てたら、ふたりなら最強のドローンパイロットになれるんとちゃうかって確信しましたよ。明日にでも陸上自衛隊第三師団の伊丹駐屯地に話を聞きに行きましょうよ!」
と言われてるのを聞いていた直が夏子の耳元で囁いた。
「ええやないか、陸上自衛隊っていったら、夏子の好きな「若い男」ばっかりやぞ。約二十五万人の自衛官の内、女性隊員は二万人弱や。なんぼ夏子でも1対12やったら何とかなるやろ!カラカラカラ」
 
 「ふざけんとってくださいよ。eプロレスとか自衛官って!」と言いつつ(直さんが言う、1対12っちゅうのはありかもしれへんな。ドローンパイロットやったら、屋内勤務やろうし、私が教官になってイケメン隊員を私好みに「教育」していくっていうのはありかもしれへん。)とひとり顔を赤くしてると「なっちゃん、今、「H」な想像してたやろ!」と稀世に突っ込まれた。


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