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『あなたならどう生きますか?~両想いを確認した直後に「余命半年」の宣告を受けました~』

1-15「最後の誕生日」

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「最後の誕生日」
 急いで、ビールを四本両手に持ち、階段を駆け上がった。栓を抜き、ふたつのグラスに注ぎ、グラスを持ち上げ、三朗が言った。
「あー、間に合った。今、十一時五十五分。今日、「最後」になってしもたけど、稀世さん、二十五歳の「誕生日」おめでとうございまーす。カンパーイ!」
三朗がグラスを稀世のグラスに軽くあてた。一気に飲み干す三朗の前で、稀世は、グラスの泡を見つめて動かない。
「稀世さん、どうしました。あと、一分半で、誕生日終わってまいますよ。本当は、みんなでお祝いのところ、僕ひとりだけで申し訳ないですけど。あきませんか?」
会話が全く止まったまま、二階リビングのデジタル時計がピピッと十二時を告げた。

 稀世が、黙って涙をぼろぼろとテーブルの上に落としている。三朗は何も言えずに固まっている。
「わ、私の「最後の誕生日」、過ぎてしもた…。来年の誕生日は、無いねや…。桜も見れるかどうかわからへんねや。いつ死ぬかわからんで、毎日びくびくしながら生きていかなあかんねや。みんなにある未来が私には無いんや。私、私…。」
 テーブルに突っ伏して、大声で泣きだした。慰めの言葉が、見つからない三朗は、ただただ。おろおろするだけだったが意を決して、稀世に声をかけた。
「稀世さん、泣かんとってください。ぼ、僕が一緒にいます。稀世さんが、どんなになっても一緒にいます。こんな、僕でもよかったら、一緒にいさせてください。稀世さんが死んだら、僕も死んで一緒に行きますから。約束します。」
「あほ。もうほっといてよ!サブちゃんには、今の私の気持ち、わからんやろ。」
「すいません。わかりません。でも、稀世さんが、不安に思ったり、怖いと思うのを稀世さんひとりじゃなくて、僕も一緒に不安に思ったり、怖いと思わせてください。稀世さん、絶対ひとりにさせません。稀世さんが死んだら、僕も一緒に死にます。」
三朗は、必死にテーブルの上の稀世の右手を両手で握って、泣きながら稀世に叫んだ。
「サブちゃんのあほーっ!それが、私を困らせてんのが分からへんの!」
三朗の手を振り払った勢いで、テーブルの上のひとつのグラスが飛び、床に落ちて砕け散った。
「僕が、何を困らせたんですか。教えてください。謝るなら、謝ります。変えれるところがあったら、変えるよう努力します。いったい僕の何が稀世さんを困らせてるんですか。」

 三朗は、両手で稀世の右手を強く握り、大きな声を出した。
「じゃあ、サブちゃん、今すぐ、私の事、嫌いになって。いや、大嫌いになって。もう、私の前から消えて!」
「えっ、そんなんできません。嫌いになんか、なれる訳が無いやないですか。世界で一番好きな人なんですから。何でそんなこと言わはるんですか。病院で、「好きや」言うてくれはったやないですか。キスしてくれたやないですか。絶対、嫌いになんかなられへん。好きやったら、あかんのですか。」
 稀世は頭をかき乱し、大粒の涙を落としながら叫んだ。
「それが、重いのよ。私もサブちゃんの事が好き!大好き!今日、病院で初めて告白して、ファーストキスして。これが一昨日やったらどれだけ良かったか!
 で、でも何でよりによって、昨日なの。これからっていうときに、あと半年で死ぬって言われて、大好きなサブちゃんにも一緒に死ぬって言わせるこんな女最低やろ。サブちゃんには似合わへんわ。私は、サブちゃんにとって害でしかないのよ。だから、もう嫌いになって!」
 
 稀世が、立ち上がり、テーブルがひっくり返ると同時に、三朗は椅子から転げ落ちた。起き上がった、三朗の右手が真っ赤に染まっている。
「サブちゃん!」
三朗は、右手を左手で抑えながら、立ち上がった。血がぽたぽたと垂れている。右の手のひらに割れたグラスの大きな破片が二つ突き刺さっている。手のひらから滴る血で、見る見るうちに、三朗のジーンズの右足が赤く染まり、足元に血の水たまりができた。
「サブちゃん、手、出して。」
稀世は、三朗の手から、グラスの破片を取り除いた。その瞬間噴出した、血しぶきが稀世の顔にかかった。稀世は、三朗の手を取り、手首の動脈を探った。
「サブちゃん、左手でここ抑えといて。動脈圧迫止血っていうの。ちょっと待ってね。」
と稀世のリュックサックから、ファーストエイドキットを取り出した。
「サブちゃんごめんね。ちょっと滲みるよ。」
と消毒液を三朗の手のひらにかける。一瞬、表情がしかめっ面になる。
「痛い?」
「大丈夫。稀世さんに手にぎってもろて、右手も喜んでます。」
無理して、笑顔を作る三朗。
「あほ。こんなに血出てんのに、しょうもない冗談言いなや。」

 ファーストエイドキットの白いポーチが血の付いた稀世の指で赤く色づいていく。「ワセリン、ワセリン。」とポーチの中をほじくり返す稀世。丸い白のポリ容器で青い蓋のワセリンが見つかった。
「あった。」
自由が利かない左腕の痛みも忘れ、左手で三朗の右の手のひらをハンカチで拭い、傷の深さを確認し、必死にワセリンのキャップをひねり、右の人差し指と中指でワセリンをすくうと三朗の手のひらの傷に深く塗り込んだ。さらにその上に厚めに塗り増しをした。
 (お願い、止まって!)半透明のワセリンが三朗の手のひらに刻まれた二筋の切り傷の上に塗られた下から、血がうっすらと滲むが、吹き出ることなく止まった。稀世は、止血バンドをポーチから取り出し、三朗の右手首にきつく縛り、部屋のデジタル時計を確認した。十二時五分。
 「サブちゃん、十五分になったら、声かけてね。止血バンド、一回緩めるから。痛みはどう?親指と薬指と小指は動く?」
 無理やり、笑顔を作り、指を動かす。痛みはあるが、普通に指は曲がる。脂汗が額を濡らす。
「稀世さん、大丈夫。指は動くし、痛みも無いし、安心してください。」
「あほ!痛み無いはずないやろ、そんなに脂汗浮かべとって。」
と、稀世が三朗の額をハンカチで拭う。さっき手のひらをふき取る時に着いた血が少し三朗のおでこに着いた。稀世は三朗に顔を寄せもう一度聞いた。
「サブちゃん、指は動くんやね?」

 三朗は、もう一度、稀世の前で、指を動かしてみた。思いっきり屈曲させ、伸ばすとワセリンの下の血のにじみが少し大きくなった。
「よかった。腱は傷ついてないみたい。でも、大きく動かすと、血のにじみが大きくなってるから、しばらく動かさんと指をまっすぐにしとって。ちょっと、ここのタオル使わせてもろてええかな?」
三朗が頷くと、稀世はタオルをシンクで水に浸し、強く絞った。絞る時に左肩に痛みが響き、顔がゆがんだ。その顔を三朗は見逃さなかった。
「稀世さんこそ、無理せんとってください。左肩抜けたとこなんですから。」
稀世は、黙って、絞ったタオルで、三朗のおでこと左手の血を拭き取っていった。三度、拭いては、タオルをすすぎ、左手の血痕もほぼ、拭い切れた。続いて、床に落ちた、ガラス片を拾い、新聞広告に包んでシンクのわきに置き、床の血溜まりを拭き始めた。すっかり真っ赤になったタオルを何度も拭いては、すすぎ、床と椅子に着いた血の跡を拭き取った。 
 十二時十五分。三朗の右手の止血バンドを緩めた。ワセリン下の血のにじみが大きくなることはなかった。切傷の上、傷口挟んで2センチ幅以外のワセリンを拭い、傷口以外の血を拭き取った。
「サブちゃん、お寿司握る時にエンボス手袋って使ってる?」
「はい、そこの棚の2段目に入ってます。」
「一枚、もらうで。」
稀世は、水道で自分の手を洗い、エンボス手袋を一枚取り出し、三朗の右手にかぶせ、輪ゴムで手首部分を止めた。
「指に、痺れ来てない?」
「うん、大丈夫です。」
「とりあえず、座ろか。」



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