あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

M‐赤井翼

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『あなたならどう生きますか?~両想いを確認した直後に「余命半年」の宣告を受けました~』

1-49「不死身の花嫁」

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「不死身の花嫁」
 「グサっ!」、「カコーン」、直の前に飛び込んだ、稀世の腹にナイフが突き刺さった。刃渡り30センチに及ぶコンバットナイフの半分が白無垢に吸い込まれていった。
(あぁ、今回も「節目」って思ったのがあかんかったんやろか。サブちゃん、ごめん。やっぱり、お葬式になる運命やったんかな。せっかく、赤ちゃん作れる思て、調子に乗ったらこれや。やっぱり、私って持ってない女やったんかな…。サブちゃん、さよなら。次に、生まれ変わったら、普通に知り合って、普通に一緒になって、普通に長生きしよな。)

 走馬灯のように、この5年半の三朗との思い出が稀世の頭の中を巡った。稀世は、腹にナイフを突きたてた状態であおむけになって倒れた。一筋の涙が、頬を伝った。稀世の転倒に巻き込まれる形で、男も直も一緒に転倒した。直は、倒れながら、腹に深々とナイフが刺さった稀世に叫んだ。
「心亜―っ!」
男がいち早く、立ち上がり稀世の腹からナイフを引き抜こうとするが、深く食い込んでいるために抜けない。二度、引き抜こうと力を入れたが、抜けなかった。諦めて拳を握り込み、直の方に振り返った瞬間、
「この野郎!稀世の仇やー!」
真っ赤な鬼の形相をしたまりあのドロップキックが男のあごを蹴り砕いた。低く鈍い骨が砕ける音がした。

 「稀世さぁぁぁぁん!」
泣き顔とも驚きの顔とも何とも表現のしようのない顔で、駆けて近づいてくる三郎の顔が稀世の視界に入ってきた。倒れた、稀世の頭を正座の体勢で両ひざの上に乗せ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で三朗が必死に声をかけた。
「稀世さん、稀世さん、死んじゃダメや。稀世さん、稀世さん、稀世さん、稀世さん。」
「さ、サブちゃん、こんな私でごめんやったな。そんで、今まで、ありがとう。大好き・・・。」
稀世は、ゆっくりと瞼を閉じ、首ががくんと傾いた。
 
 なだれ込んできた、警察官により、黒マスクの男は確保された。三朗の膝の上に頭を載せ横たわる稀世を、直、まりあ、夏子、陽菜、かずみ、広義、さとみ、徹三、笹井、雅子、檜、由紀恵、武藤、武雄、凛たちが囲んだ。まりあと夏子は、稀世の手を握り大声で泣きじゃくっている。十重、二十重に囲まれた人込みを押しのけて、医師の本田が近づいてきた。テレビ局のカメラマンもリング下から這い出し、肩にカメラを載せ、稀世にレンズを向けている。凜が「お姉ちゃん、死んでしもたん。」と呟いた。
 
 本田が、夏子を押しのけ、稀世の手を取り脈を診る。稀世の口元に耳を近づけ、稀世の閉じた瞼を右手の人差し指と親指で開いて覗き込んだ。腹に刺さったナイフを人差し指と親指でつまみ引き抜こうとするが、すぐにやめた。稀世の頬を「ペシペシ」と平手で叩く。
「先生、稀世さんに何するんですか!」
三朗が怒気を含んだ声を上げる。本田は、三朗の言葉に耳を貸すことなく、頬をたたき続ける。
「もう先生、ええ加減にしてくださいよ。稀世さん、いたぶって、何が楽しいんですか。」
三朗が叫んだ瞬間、稀世の瞼がぴくぴくと動いた。
「さ、サブちゃん、うるさいで。さっきから。ゆっくり寝てられへんやんか…。せっかくきれいな川沿いのお花畑で横山やすし師匠と遊んどったのに…。」
そっと、瞼を開けた。
「えっ?」

 周りのみんなが押し黙った。本田が立ち上がり、ゆっくりと話し出した。
「視覚から来る、インパクトのある画像情報により、脳が混乱することがあるんですね。長井さんの場合、凶悪犯の持つ大型のナイフの映像情報が、脳内で「これが刺さったら間違いなく死んでしまう。」という意識が、犯人たちが来てから、この数分の間で刻まれていたのだと推測します。その後、自らの腹部にナイフが深く突き刺さっているところを見てしまったがゆえに、先ほど長井さんが「川沿いのお花畑でやすし師匠と遊んでた。」とのくだりがありましたが、長井さんの脳は、「刺されて死んだ。」と判断したんでしょうね。
 でも、もうご安心ください。少なくとも、脈も呼吸も正常ですので、いわゆる「精神的ショック性意識喪失」の状態で倒れたのだと思われます。前回の誤診の件がありますので、慎重に見させていただきましたが、身体的には、何ら問題は無く、正常だと判断します。
 ただ、不可思議なのは、ナイフがこれだけ深く刺さっているにも関わらず、白無垢には、出血の後は確認できず、ナイフも固定されたように動かない。その点は、私からは説明できないですが。」

 「あっ!まな板や。稀世ちゃん、おっぱい大きいから。タオル足らんで使わせてもろたんやった。」
雅子が左手のひらを拳でとんと叩き、叫んだ。

 三朗を背に上半身を起こし床に座った稀世の正面に立ち、まりあが、両手でナイフを引き抜こうとした。一回では抜けず、両足を踏ん張っての二回目でようやくナイフは抜けた。刃先に血痕は無い。暗い鋼色の光沢があるだけである。白無垢の表面には5センチ幅の切創が残る。まりあは、白無垢の合わせひもをほどき、帯をクルクルとほどいていった。
 羽織、長襦袢をはだけると、折りたたまれた白いバスタオルが二枚出てきた。中央部には羽織と同様に5センチの穴が開いている。二枚のタオルを取り除くとまたバスタオルが出てきた。(なんか硬い?)まりあが拳の甲で稀世のお腹をたたくと「コンコン」と音が響く。周りの皆が固唾を飲みこむ。
 
 バスタオルにくるまれた、20センチ×15センチで厚み3センチほどの小型の木製まな板が出てきた。さらにその下にもう一枚、下のまな板には1センチほどのナイフの先端が刺さってできたであろう、傷があった。
「あぁ、このサブちゃんのまな板が、稀世の命を救ってくれたんやなぁ。」
まりあが三朗に向かって呟いた。
「いや、この小さいまな板、親父とおかんが出張調理の時に使ってた、巻きずしの切り分け用のものなんです。僕のものじゃないんです。皆さんに、巻きずし振舞うつもりで、親父の形見のまな板と包丁を控室に持ってきてたはずやのに、どこに行ったんかなぁって思ってました。まさか、稀世さんのお腹の中にあったとは。」
「そうやったなあ。きっと先代とひろ子が、稀世ちゃんを守ってくれたんやとわしは思うぞ。」
直が、稀世の肩に手を添え、優しく言葉をかけた。(お義父さん、お義母さん、ありがとうございました。まだ、サブちゃんと一緒に居れそうです。)稀世は、天井を仰いで、お腹のまな板を優しく、何度も撫でた。
 
 「すいません、まな板アップで撮りたいんで、こっちに向けてもらえますか?」
テレビ局のカメラマンの要望に、まりあが、ナイフが貫通した一枚目のまな板をカメラに向けた。
「もう一枚もお願いしていいですか?」
「はいよ。まさに奇跡の一枚ってやつやな?」
とまりあがまな板を取り出そうとした。
「あっ!まりあさん、ダメ!きゃあーっ!」
と稀世が叫んだ時には遅かった。二枚目のまな板をくるんだバスタオルとずれ防止に安全ピンで留められた、最後のバスタオルも一緒に取り払われ、稀世のGカップのバストが、カメラの前に現れた。
 門真銀行強盗逃亡立てこもり事件現場生中継とのテロップが出ている午後のワイドショーの全国放送に稀世の「爆乳」が映し出された。稀世は、真っ赤になり両手で胸を隠すが、両手で隠しきれる大きさではない。
「稀世ちゃんの生乳見んの、そういえば初めてやったなあ。乳だけなら、やっぱり心亜以上やわ。」
直が独り言のように言った。雅子が慌ててバスタオルで稀世の胸を隠す。ホッとする稀世。
「そういえば、稀世姉さんが刺された瞬間、直さん、「ここあ―っ!」って叫んでましたよね。稀世姉さん、そんなに「ここあちゃん」っていうお孫さんに似てるん?」
と夏子が聞いた。
「ああ、似とるで。着物着るともうそりゃそっくりや。わしとこの心亜も稀世ちゃんと同じくらいかわいかったでな。見てみたいか?」
「うんうん。見たい、見たい!」
と興味津々の夏子に直は、懐からスマホを取り出し、一枚の写真を開いて、夏子に渡した。

 「ぷっ、ぎゃははははは!」
突然、夏子が大笑いした。今度は、陽菜が横からスマホを覗き込み、「どひゃひゃひゃひゃ。」と夏子以上に爆笑している。「えっ、なになに?」とまりあも覗くと、「ぶぶーっ!ぶっぶぶぶぶぶー。」と吹き出し、ふたりの三倍笑い転げている。
 大阪ニコニコプロレスのみんなに、夏子が直のスマホの画面を見せて回る。スマホの画面と稀世の顔を見比べて、全員が腹を抱えて笑い出した。

 「えっ!この笑いは何なん?私にも見せてよ、直さん。」
と稀世が言うと、直が夏子からスマホを取り上げ、稀世に渡した。
「この子が、わしの一番の自慢じゃった孫の「心亜」や。かわいいやろ。」
「・・・・。」
「どや、稀世ちゃん。色白で、ちょっとポチャッとしたところなんかよう似とるやろ。」
「な、直さん、心亜ちゃんって、男の子やったん?白いまわしつけて、お相撲さん?」
「そうや、高校三年のインターハイ出た時の写真や。通り魔事件に遭って無かったら、淡路島部屋から、大相撲に進む予定やったんやで。120キロあったから、まさに大型新人って期待されとったんやのになぁ。残念なことになってしもたけど。あっ、涙出てきてしもたわ。」
(直さんの孫とはいえ、お相撲さんにそっくりって言われても・・・。)稀世は再び卒倒し、胸を隠していたバスタオルが再び落ちた。三朗が、慌ててタオルを掛け直し、直の写真を覗き込むと、白いまわし一枚で、賞状を胸の前に持った笑顔の心亜の記念写真だった。(120キロのお相撲さんにそっくりやって言われたら、そりゃ卒倒してまうわな。)三朗もクスッと笑った。

 リング横のソファーで稀世が目を覚ますと、再びどんちゃん騒ぎが始まっていた。ずっと、横に着いていた、三朗が皆に言った。
「皆さん、稀世さん、目覚ましました。」
 テレビ局のカメラマンとインタビュアーと来客のみんなが、稀世と三朗の座っているソファーの周りに集まってきた。インタビュアーが、前に出てきて稀世にマイクを向けた。
「稀世さん、「余命半年の最後のひと月」から、生前葬で「余命100年」の太鼓判をもらい、最後には、披露宴で、強盗犯のナイフに深々と腹部を刺され、三途の川沿いのお花畑から帰還、まさに「不死身の花嫁」ですね。今日一日で、大変な変化がありましたが、感想をお聞かせください。」
「はい、もう近いうちに死ぬと思っていた、午前中からしたら、赤ちゃんも作れることになったし、めちゃくちゃ幸せです。ただ、「不死身の花嫁」って化け物女みたいなイメージですやん。テレビで放送するのは堪忍してください。ここ、カットしたってくださいね。」

 インタビュアーが、少し困った顔で言った。
「稀世さん、今これ、生放送でスタジオに繋がってるんですよ。」
「えーっ。うそやー。もう、いややー。堪忍してー。」
両手で顔を覆って、三朗の胸に顔をうずめた。リングの上で、すっかり、酔っぱらった檜と鼻血が顔に残る武藤が音頭を取って、叫んだ。
「ニコニコ商店街の女神、「不死身の花嫁、稀世ちゃん」に万歳三唱やー!」
会場にいた、稀世と三朗とインタビュアーとカメラマン以外の全員が、両手を挙げて、ぴょんぴょん跳ねながら繰り返した。武雄と凜も大人たちに混ざって、飛び回っている。
「稀世ちゃん、ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい。」
その万歳は、途切れることなく、テレビで全国に流されながら、午後三時四十四分を迎え、次の番組に切り替わった。




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