『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「肉講義」

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「肉講義」

 晶の歓迎会は大いに盛り上がった。メンバーの自己紹介もそこそこに、前菜として出された晶が調理したローストビーフは参加者全員がクライアントのシェフが作ったサンプルと全く違いが分からないほど素晴らしかった。
「これなら採用間違いないやろ!そのうち「立花晶・・・ブランド」で出せる予感もあるわ!スパイスだけでなく、ソースもオリジナルで作ったら大阪の食材卸に持ち込めるで!」
 稀世はローストビーフを頬張りながら晶を「よいしょ」した。那依とまりあはそれまでの苦労があった分、晶の仕事への賞賛が止まらない。

 「もう、あんまり褒めないで下さいよ。皆さんが「牛の飼育のプロ」であるように、私はただの「調理のプロ」であるにすぎません。個人的に14年、肉を扱ってきましたが「ジャージー牛」には「無限の可能性」を感じています。国産黒毛和牛を頂点とする日本の牛肉外食産業界のヒエラルキーに、ある意味「ゲリラ的」に入り込む「力」がジャージー牛にはあると思っています。
 変な意味で捉えないで欲しいんですけど、「ジャージー牛」って「食通」の間では「ジビエ」的な捉えられ方をしています。歯ごたえのある食感も黄味がかった脂も、肯定的に捉えれば強い武器になります。是非とも、皆さんと一緒に新たな「肉」の世界を開くお手伝いをさせてください。」
 凛とした態度で話す晶の言葉に皆が聞き惚れた。広志は女神の言葉を聞くように両手を面前で合わせありがたがっている。三朗と真一は晶の言葉を手帳にしっかりとメモを取っていた。

 晶が一通り話し終わると一郎が隣の別海町農協の精肉業者に「神標津農協」を通さない取引を申し込み、肉の解体と保管用冷凍庫の手配を段取りしてきたことを皆に報告した。そして最後に厳しい現実についても言及した。
「テレビドラマの「ナポレオンの村」や「ファーストペンギン」じゃないが、、これからはある意味「農協」との戦争になる。農協を通さない「直販」を「アグリ神標津」が行っている事は早かれ遅かれ農協は把握することになるだろう。
 典史のところの農機具はアグリ神標津で預かり、借入残債は直さん出資で「アグリ神標津」が代位弁済することにする。広志、三朗、真一のところは幸いにして、大きな借り入れは無かったので従来通りの業務に励んで欲しい。
 しかし、この先、牛の「飼料」や畑の「農薬」、「肥料」等は農協から仕入れられなくなる可能性や不利な取引条件を突きつけられることもあり得る。今年の猛暑で牛は弱り、搾乳量の減少で収入は減り、飼料、肥料、電気代の高騰で支出は増えている中、今ある生産量で利益率を上げるしかない。
 この10日の間に、安さん、万朶野さん、そして今日、立花さんが仲間として加わってくれて「新たな仕事の」が出かかってきた。ここから1年が勝負だ。皆、協力しつつ頑張ってくれ!」
 一郎の「激」に応えるように「アグリ神標津!ぱにゃにゃんだー!」と新たな掛け声で晶の歓迎会は締めを迎えたが、会は解散せずそのまま晶の「肉講義」に進むこととなった。

 それまで牡の子牛が生まれると「種牛」候補を除いて、「一頭なんぼ・・・」でソーセージ用の雑肉として農協に出荷し、乳牛も種付け牛も一定の年齢になると安価で引き取られていたジャージー牛を「儲かる肉牛」にする為の「ヒント」が晶から語られた。
 ホワイトボードに書き込みながら肉の部位毎の特徴について説明をする晶にメンバーから次々と前向きな質問が飛んだ。元々の歩留まりが56%と低いジャージー牛にもかかわらず、現在受注が見込まれる「ローストビーフ」案件だけで使用される部位はその歩留まりにおける使用割合は一般的な脂肪分の少ない「内モモ」と「フィレ」に内モモの下に位置する脂肪が少なくあっさりとした風味の「芯玉」とその中心部の「芯々」の赤身に、オリジナルで製作するしっかりとした脂の「サシ」の入った「リブロース」、「キューブロール」に加えジャージー牛のしつこくなくコクのある脂を楽しむためのとろけるような食感の「バラの王様」と言われる「三角バラ」等の2割ほどであり、残りの8割は売る先の見込みがついていないソーセージか牛ハムにするか「在庫の山」として冷凍庫のキャパシティーいっぱいまで溜め込むしかないという現実に直面した。
 
 「大阪では「モツ」が人気で、一部「赤身肉」や「ロース」よりも高かったりするんやけど売られへんのかな?」
さくらが晶に質問を投げると、牛を枝肉に解体する際に最初に取り出す内臓系はプレハブ冷蔵庫内での作業でないと部位ごとに分ける細かい作業での衛生面が確保できず、常温作業の場合は破棄するしかないという事だった。
 「ちなみに、その作業できる冷蔵庫ってどれくらいの値段なんじゃ?」と直が続けて質問すると、親牛の解体を行うとすると「2坪」以上のプレハブ冷蔵庫が必要であり、価格は約100万円し、、空調の効いた施設内設置でなく夏場の外気温で作業することになると3馬力以上の冷蔵機が必要になり、電気代を考えると確固たる売り先が無いと「モツ」は商売になりにくいとの回答だった。
「じゃあ、実質、精肉を外注するうちの場合やと、モツは扱われへんって事なんかな?」との稀世の質問に晶は首を縦に振った。
 (大阪で「モツ」が売れるんやったらツテはあるんやけどなぁ…。屋内空調が効いた設備で2坪以上の設備が必要ってことやったら外注するしかないんかなぁ…。建屋的には直さんとこの空き牛舎があるけどエアコンは付いてないもんな。あっ、電気代の問題もあるんか…。ここはソーラー発電の補助金を使えば…。いや、あかん、冬は雪が降るここじゃソーラー発電は年間を通じては使われへんもんなぁ。夏の酷暑に冬の極寒…、なかなか神標津の置かれた環境は厳しいもんがあるなぁ。)と自問自答した稀世の頭の中に(あれ、今一瞬なんか思い出しかけたような気がするんやけどなんやったかな…?)と「不明瞭」なイメージが頭の奥に残った。

 稀世の思いとは別に晶の「肉講座」は続いた。「食用牛と違い、乳牛であるジャージー種はその特異性を「売り」にするか、安価を武器に攻めていくしかないというのが私の意見です。もちろん、設備さえ整えばいくつかの「手」はありますが、大きな投資ができる状況でなければ難しいと思います。」と締めると、直は一郎と電卓を叩き始めた。
 自ら別海町に牛を運び、解体費を払い、保管手数料を納めるとローストビーフ事業だけではさほど利益が出ないとの試算となった。かといって、神標津農協の声掛け業務を主業としている神標津内の精肉業者がこの事業に協力してくれるとは思えないところでふたりは行き詰った。
 三朗が足寄農協の時に経験した廃乳牛の牛肉の活用法としては、「タン」から「テール」まで「肉」は全て活用し、牛脂は石鹸に、骨は牛骨スープやコンソメの元となり、皮は親牛は「ハイド」、子牛は「スキン」と革製品になり捨てるところは無く、利益になっていたという話にヒントを求め皆が知恵を出し合ったが、結論は出なかった。

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