『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「謂れなき中傷で辞めざるを得なかった美魔女シェフ立花晶」

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いわれなき中傷で辞めざるを得なかった美魔女シェフ立花晶」

 万朶野さくらが神標津に来てから1週間、新規商談は進捗に大きな差が出ていた。好調なのは、稀世の知り合い業者やさくらのアポ電で発注を取り付けたパティスリーやレストランからのオーダーでジャージー牛の生乳を冷蔵保管して分離して浮いた「天然生クリーム」をペットボトル詰めにして出荷する事業とさくらがゲットしたベーカリーチェーンの手回しバターメーカーで製造する「手作りバター」事業だった。
 万一に備えて茶髪ロングのかつらと眼鏡で変装したさくらが大阪弁で「はーい、〇〇ベーカリーから出向で北海道東部の神標津村の「アグリ神標津」に来て、毎日オリジナルバターを作ってんねんで!今日はマジックソルトバターやでー!白身魚のムニエルに使ってくれたらもう「最アンド高っ!」。他の味付けは一切不要でお店の天然酵母の食パンでフィッシュサンドにして食べてみてなー!来週にはお店に並ぶからみんな買いに来てや!」、「今日のバターはローストガーリックバターやでー!これは熱々のフォッカチオやミニバゲットに付けてもらいたいねん。ガーリックの風味とオリーブオイルの香りが「最アンド高!」やでー!今日の一推しでーす!」と軽快なトークでベーカリーの「X《エックス》」や「インスタグラム」で音楽に合わせてバターを製造するショート動画を流し、好調に売り上げが立っている。

 手回しのバター製造機で大量のバターを製造するのはかなりの重労働なので、もちろんさくらはショート動画の撮影の際の1回製造だけであり、それ以外は日替わりで生乳持ち込みの広志以下、青年部男性陣が当番制で担当している。
 典史の当番の時には必ずさくらも付き添い、発注を受けたバター製造以外にもオリジナルの味付けを仲良く試している姿が見られるようになっていた。
「おっ、今日は典史君が当番なんや。すっかりさくらちゃんと仲良くなったみたいやな。釧路と弟子屈の道の駅で大阪のベーカリーと共同開発の「人気のバター」って来月1日から冷蔵コーナーの一角で置かせてもらえる話も進んでるからいい商品を作ってや!典史君、さくらちゃん、ぱにゃにゃんだー!」
「さくらちゃんのおかげで「日銭売上」が入ってくるようになってみんな喜んどるぞ。JAに生乳を卸すのと違って、ひと手間加えることで数万円の粗利益が入ってくるんじゃからな。わしはSNSはよくわからんが、稀世ちゃんの話だとさくらちゃんの動画を毎日数万人が見とるんじゃろ。道東のローカルニュース以上の視聴者がいて、道の駅の担当者も見た事があるってことですんなり商談が進んで助かっとるぞ。しかし、無理しすぎないように典史は少し遠慮するんじゃぞ!ケラケラケラ。」

 別の打ち合わせを終えた稀世と直が声をかけると典史は真っ赤になり何も言えなくなったが、さくらは堂々と尋ねた。
「直さん、稀世姉さん、1日製造で10キロ超えたら自動機も検討してもらえませんか?大阪のベーカリーさんも瓶詰商品をネットで売り始めたんで、「手作り」を売りにしている商品以外は、「自家製」がうたえればいいって言われてるんで自動機で増産したいんですよ。
 ネットオークションで中古の自動機が5万円で出てるんで買って欲しいんですけど西沢社長に言えばいいんですか?それとも会議の時に提案すればいいんですか?私みたいな新参者が意見を言うのはダメなら典史君に言ってもらったらいいんですか?」

 基本的に「アグリ神標津」はメンバー全員で週に2回の会議の場を持っているので、合議制で活動してきた。これから新たな案件や、企画が出た場合に備えて意思決定の仕組みをシステマティックに考えないといけないと思っていたところだったので、かつてテレビのビジネス番組で取材した全従業員から意見を常に求め、製品開発を行っている企業に倣い、自由に意見を上げることができる「社内目安箱」の話をすると「それいいじゃないか。今日からやるぞ!」と直の独断で設置することになった。

 翌日朝の会議でさくらの「目安箱」への提案は採用された。会社登記が済んだ「株式会社アグリ神標津」として、一郎と青年部メンバーの広志、典史、三朗、真一からJA買取価格と同額で生乳を買い取り、販売価格から送料、パッケージ代等の経費を差し引いたものがアグリ神標津の利益となった。いつも会議で使う直の家の広間に置かれたホワイトボードに日々の売上金額表と、累計の折れ線グラフは順調に伸びていっていた。
「当面、この周辺の「出店料売上歩合方式」の道の駅で出品するために2次元「JANコード」を取ります。食品衛生法に基づいてラベラーも中古で購入します。バター包装機と真空包装機と熱線ワイヤーカッターも岩井君が探してきてくれたので明日以降は大阪への出荷分の残りを在庫保管していってください。
 いろいろな設備投資が重なったにもかかわらず、今月末の締めで創業初月にもかかわらず何とか「アグリ神標津」として皆に「数千円」ではあるが給料を払える見込みが出てきたぞ!安さん、万朶野さん、本当にありがとう!」
 一郎が会議で発表すると皆から歓声が上がった。

 「生クリーム」、「バター」事業の好発進の反面、苦戦しているのが営業初日に得た「ローストビーフ」事業だった。クライアントのシェフから送られてきたレシピがうまく再現できず、試作から先に進めていない状況だった。
「うーん、スパイスは支給品やから肉の温度管理なんかな?焼く際の時間、火力、冷却時間と寝かせ方…。何度やってもサンプルの味になれへん…。くすん。」
「ガスコンロ、ホットプレートといろいろ試してるんですけどなかなか難しいんですよ。やっぱり素人がシェフの味を出すっていうのは無理があるのかなぁ…。ぴえん。」
 落ち込む那依とまりあに「まあ、私らは調理のプロやあれへんのですから。すくうだけの「天然生クリーム」やハンドルをぐるぐる回して混ぜるだけの「バター」とは違って当然やん。今日はさくらちゃんが紹介してくれた「肉料理のプロ」が来てくれるんやから、「モチはモチ屋」、「肉は肉屋」に任せることにしましょうよ。」と稀世が慰めた。

 午後2時50分、「WELCOME!立花晶さん!」と書いたボードを持った稀世と直は釧路空港到着ロビーでさくらが紹介してくれた大手ビストロチェーンの35歳の美魔女シェフ「立花晶たちばなあきら」を待っていた。波毛の黒髪ロングに色白で整った顔立ちで白いブラウスに黒いスーツ姿でキャリーケースを引いて現れた美女に「これは、もしかしたら凄い取り合いになるかもしれんな。」と直は自然と呟きが漏れた。稀世も思わず直の言葉に続いて本音がこぼれた。
 「ほんまもんの美人やな…。さくらちゃん推しの典史君はともかく、もしかしたら晶さん目当てで、リーダーや他のメンバーも寄ってくるかもしれへんな…。」
 
 稀世の持つメッセージボードに気付いた晶が近づいてきて、稀世と直に丁寧に挨拶をした。
「初めまして。立花晶と申します。お役に立てるかわかりませんが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。」
 間近で見る晶の顔は小さな顔にバランスよく長いまつ毛が印象的な大きすぎない二重瞼の眼とすっと通った先の高い鼻と薄めの赤のルージュが引かれた小さな口は一時期、経済誌のグラビアやグルメ番組でよく見ていた「美人シェフ」そのものだった。
「あの、初めましてじゃないんですよ。実は5年前に私、テレビで立花さんのお店を取材したことがあって、インタビューさせてもらったことがあるんですよ。」
 稀世が伝えると、晶は少し考えこんで「あっ、プロレスラーで経済番組のキャスターやってた安選手ですか?まさか、こんなところで再会することになるとはね。」と握手を求めて来た。

 車に乗り込むと、後部座席で直が興味津々に晶に「どストレート」に質問を投げかけ始めた。晶がここに来る決心をした理由はさくらから聞いていた情報と事実は少し違っていた。
 調理専門学校を卒業してから14年務めたビストログループを退職してきた理由というのは、本社経理部の食材卸との癒着による不当な仕入れ取引に対する現場トップの晶との「不和」も理由のひとつではあったが、根本はテレビ、雑誌で晶を見た変質者的な客からストーカー行為を受けた晶を会社は十分に守ることなく、対応していた本社幹部の不手際で怒ったストーカーが晶の担当している店に灯油を撒いて放火しようとした事件が原因だった。
 幸い、大火になる事は無く事故は収まったが、本社幹部はその責を晶に全て押し付けた。マスコミに本社から晶とストーカーの間でのでっち上げの「架空の会話」が公開され、晶はそれを全面否定したものの「風評被害」を理由に本社からは晶に対する不当な処罰が与えられた。それがきっかけで退職することになったという事だった。「調子に乗った美人シェフの個人的トラブル」と本社が公式に発表したことで晶の居場所は無くなった。
 幸い、将来の独立の為に貯めてきた預貯金と、有給休暇の消化と14年勤務の退職金で当座の生活費には困る事は無いという。大阪にいると「心」を病みそうなので、遠く離れた北海道で暫く頭と心を癒したいと思ったと正直に晶は直に打ち明けた。
 
 「ふーん、あんたも大変だったんじゃな…。まあ、顎、枕は付いてるからよかったら、こんな田舎で良かったら晶ちゃんの気持ちが落ち着くまで、しばらくゆっくりしつつ、力を貸してもらった分はうちで給料で返させてもらうからな。肉料理のプロに協力してもらいたい事はたんまりあるからよろしくな。晶ちゃんの力で儲かるようになったら、「名誉村民・・・・」として「乳飲み放題」、「肉食べ放題」のVIP待遇で残ってくれるのがばばあの一番の希望じゃい。わしらは皆「家族」じゃからハラスメントや不当な足の引っ張りは無いから安心するんじゃぞ。カラカラカラ。」
 直が言葉は悪いがやさしく言葉をかけると、晶は堰を切ったように泣き出した。
 14年間の間、飲食チェーンでの店主という男社会でやさしい言葉一切をかけられることなく、ハラスメントと戦い続けた孤独な女の人生を涙声で語り続ける晶に直は神標津に着くまで寄り添い続けた。
 (あぁ、直さんってとことん「姉御肌」…、いや「親分肌」なんやな。きっと、晶さんも直さんの人柄に触れて暫く村に居てくれたらええんやけどな…。)と思いながら、ルームミラーで後部座席の状況を確認しながら稀世はハンドルを握り車を走らせ続けた。

 「晶さん、あと20分程で到着するから、そろそろ泣き止んでくださいね。」
稀世が晶に声をかけると「はい…、わかりました。ここで泣いたことはお二人の心の中にとどめておいてくださいね…。」と呟き、ハンカチで目をぬぐい、晶は作り笑顔を見せた。
「そうじゃ、それでいい。「笑門来福」!ここには晶ちゃんを苦しめた「しがらみ」も「ハラスメント」も無い…。みんなで自然と笑えるようにその笑顔を忘れるんじゃないぞ。泣いてる美人は男受けするが、笑ってる美人は全ての人を幸せにするでな。」
 直が晶の両頬を指でつつき、口角を上げさせると「それでいいんじゃ!」と囁いた。

 直の家に到着すると那依とまりあが晶を満面の笑みで迎えた。挨拶を交わし終わると「立花さん、早速だけどちょっと仕事の話をしていいかな?」と2人に厨房に連れて行かれる晶を直はやさしい目で見送った。
 30分後、厨房の奥から那依とまりあの「きゃーっ!」という叫び声が聞こえた。稀世が厨房に駆け込むと那依とまりあが晶の手を取り小踊りしていた。
「立花さんすごーい!流石さすがはプロねぇ!サンプルの味見だけでレシピ無しで完全に味を再現しちゃってるわ!」、「うん、素人の私たちとはやっぱり違うわね!早速、今晩の歓迎会で試食して味と風味を確認したら、明日の朝には東京と大阪に発送よ!」
 那依とまりあのスキンシップを伴うノリに戸惑いを見せる晶に稀世は自分の経験を重ねて、晶に言った。
「ここの女性陣はみんな「距離感」が近いからね。さあ、そろそろ歓迎会が始まるから直さん自慢の地掘り温泉サウナでも入ってきてくださいね。7時には組合長も男性陣もみんな揃いますますからさっぱりしてきてください。」

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