『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「水耕栽培野菜工場」

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「水耕栽培野菜工場」

 翌朝8時、昨晩は2時まで打ち合わせをした後、部屋に戻ってからも2時間程かけて資料をまとめていた副島が起きると直と晶が食卓で議論をしながら待っていた。「菅野さんおはようございます。立花さんもおはようさん。早い時間からえらい盛り上がってはるんですね。」と副島が声をかけると、晶が「おはようございます。ちょっと先生の意見を伺わせていただきたくて…。朝食が終わられましたら少しお時間いただけないでしょうか?」と尋ねると、少し行儀が悪いが食べながらでも良ければ聞いてくれるという事だったので早速、晶は質問を投げかけた。
 晶は、肉食材の提供と併せて近隣の小規模民宿やペンションに食事提供サービスの付加価値上昇のために有機野菜や無農薬野菜の提供を考えており、このひと月の間に農協から仕入れた種を独自に栽培しようとしたがうまくいかなかった事を語った。秋植え野菜や道東で栽培されている野菜を中心に選んだのだがほとんど発芽せず、また発芽しても肥立ちが悪くほとんどが枯れてしまったという。

 「まあ、30度を超える日がある今年の気温では厳しいやろな。ピーマンやナスみたいに発芽温度が高く、30度くらいまで発芽する夏野菜はともかく、それ以外の多くの野菜は20度か25度までの発芽温度で春植えが基本やからなぁ…。昔は道東やったら真夏でも栽培できたけど、今年みたいに連日30度を超える夏にはちょっと厳しいわな…。」
 副島のシビアな意見で晶は残念そうな表情を浮かべた横で直が質問を重ねた。
「副島さん、昨日、話を煙に巻いて終わった3棟目の活用方法って何になるんじゃ?冷暖房完備という事と若者を呼び込むっていうポイントから、わしはずばり「水耕栽培野菜工場」と見てるんやけどどないじゃろか?」
 副島と直の視線がぶつかった。副島は、晶に「水耕栽培ってわかりますか?」と尋ねると自信なさげに答えた。
「詳しくはわかりませんが、ベランダや室内でペットボトルやエアポンプを使ってする家庭での野菜栽培法ですよね。やった事は無いんですけど…。」

 食事の途中ではあるが、副島は部屋からノートパソコンを持ってくるとデスクトップにある「中規模野菜工場提案書」という名のフォルダをクリックした。「一次提案書」というパワーポイントのファイルをタップすると、残りのご飯を味噌汁で流し込み、麦茶をすすった。
「菅野さん、ごちそうさま。ちょっと歯磨きとおトイレに朝のお勤めに行ってる間に、立花さんと一緒に目を通しておいてもらえますか。あと、安さんも呼んでおいてもらえませんか。」
と言い残すと、いそいそと洗面所に走って行った。
 直は稀世を呼びにいくと、タンクトップに短パン姿ですっぴんの稀世が眠そうに布団から起き上がって来た。副島が呼んでいた事を伝えると、「すぐ用意します。」と言い、2分で顔を作るとリビングに現れた。
 3人で「一次提案書」を読み始めた。「南河内市廃小学校舎再利用による新規農業法人立ち上げプロジェクト」というタイトルのレジュメが20ページにわたり、写真やイメージ図が入りわかりやすく綴られていた。
 1ページ目にテーマとして「腰の痛くならない農業」、「汚れない農業」、「季節天候に左右されない農業」、「おしゃれな農業」、「儲かる農業」という「農業」キーワードとしては聞きなれない文字が目に飛び込んできた。

 2ページ目に見るからに元小学校と思われる3階建ての鉄筋コンクリート造りの建屋と、木製の床で元教室らしき黒板の残る部屋や体育館と思われる建屋に一定間隔で置かれた3段の金属ラックに塩化ビニールのパイプ配管と多数のLED照明に照らされた衛生的な白いパレットに青々とした「レタス」系の野菜が並んでいる写真が数枚掲載されていた。次のページには、「イチゴ」、「トマト」、「ラディッシュ」、「食用花エディブルフラワー」の事例が紹介されていた。
「直さんの予想されてた水耕栽培野菜工場っていうのがこれですか?こんな大きな規模でやってるんですね。小学校ならエアコンは付いてるでしょうし、しっかりと水道も敷設されてますもんね。建物はしっかりしてるから電源さえ確保できれば1年を通じて安定して野菜が栽培できるって事ですね。これなら、猛暑も長雨も台風も怖くないってものですね。」
 晶が目を輝かせて、レジュメのページを次々に捲って閲覧していると副島が戻って来て簡単に水耕栽培工場についての独自の意見を述べ始めた。水耕栽培のメリットデメリットが語られ、「新規建築のコスト」と「給排水設備工事」と「電力」の問題がクリアできれば、効率的に「高利益率作物」を選択的に栽培できるノウハウが現在には確立しているという事だった。
 約20分、熱弁を振るい、晶と稀世からの質問が止まったところで副島は言い切った。
「もう、四の五の説明は要らんでしょう。3棟目は有り余る電力を活用して「水耕栽培」を活用した「付加価値野菜工場」にしたらどうかと思い、缶詰工場の廃棄予定資材にラックやパレットがあるかどうかを確認したところ、しっかり残ってるってことでした。井戸水からの水管工事とLED照明工事をすれば20坪の野菜工場で年間を通じて「オーガニック」かつ農水省の決まりで消費者に誤解を招かないように表示は禁止されてる「無農薬・・・野菜」が作れる夢の工場ができるわけやで。
 レジュメにも書いたように、地面に這いつくばる必要もないから腰を痛めることも無い。基本的には「土」は触らないので汚れることも無い。天候に左右されることも無いし、若い子が集まるんやったら、「ブランド物・・・・・の作業着」なんてものもありかもな。カラカラカラ。」

 すっかりやる気になった晶に副島はいくつかの意見具申をした。初年度は水耕栽培のノウハウを得る為、栽培期間の短い作物を選ぶ事と、種子からの栽培でなく「苗」からの栽培を勧めた。また、3年間はコストがかかっても「プロ」の指導を受ける事が提案された。道内で水耕栽培をしている農業法人のリストと、北海道大学農学部、酪農学園大学と帯広と更別にある農業高校の紹介を受けた。
 稀世が「お薦めの野菜」を尋ねると、これからの季節だと水耕栽培に向いていて、肉料理の添えのピクルスにもなり収穫までが30日程度と圧倒的に短い「ラディッシュ」とサラダに合う「辛み葉ハーブ」の「ルッコラ」が栽培しやすいと推薦を受けた。
 その他、ペンション等への「焼肉」、「バーベキュー」で肉を納品している先には「無農薬・・・」を売りにしてそのまま生で食べるサラダ巻き用の「チシャ・・・」として栽培期間が40日から45日と短く、生育量も多い「サラダ菜」、「チマサンチュ」が良いと思うとの私案が伝えられた。
 晶は過去のビストロ時代の経験を鑑み、副島の提案を理解した。「確かに、無農薬の「チシャ」は付加価値が高いですね。栽培期間までは考えた事は無かったですけどそれは営業面で強い後押しになりますね。」と提案に賛同した。

 10時には神標津を出ないといけないという副島に、丁寧に礼を伝えて今晩の会議でタービン発電機他の機材搬入と設備工事については予算を確定して発注をかける旨を直が約束した。最後に副島から稀世に「バーター」としての「こども食堂への肉の定期的な寄付」の願いと、「少し癖・・・のあるメンバーをしばらく預かってほしい」旨が伝えられた。
 あわよくば「結婚したい」という「準幸結婚パートナーズ紹介システムズ」の登録女性会員3名と、副島のクライアントである「親」から預けられた「結婚する気が見えない」女性2人とコンサルタントとしての副島を慕っている25歳の男性新米コンサルタントを稀世に鍛えてほしいという事だった。
「随時、送り込むから新規事業でじゃんじゃん使ってくれたらええからな。じゃあ、残暑対策と他の宿題は大阪に戻り次第、また提案させてもらうわな。安さんも頑張ってな!」
と稀世の肩をポンポンと叩くと笑顔を残し、副島はレンタカーで村を出て行った。


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