『北の大地のファーストペンギン2025~限界集落復興と結婚したい訳あり男女達の物語~』

M‐赤井翼

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第1部 エピソード2023

「ボーンブロス」

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「ボーンブロス」

 工事業者スタッフ3名は中年から壮年男性という事もあり、一郎、那依と直、まりあに稀世と晶が加わり、この2日間の作業を労っている。「ちなみに、これから「アグリ神標津」は京阪神エリアに進出していきますので、馴染みのレストランや飲食店があったら紹介くださいね。うちのスーパー美魔女シェフの「立花晶」さんが何でも希望に応えたものを作りますからね!」と稀世が軽い営業トークを交えたところ、工事事業者のひとりが真顔で尋ねてきた。
「本当に何でも応じてくれるんですか?」という男の一言で晶の耳が動いた。「はい、肉製品でここの牛と施設でできるものならお伺いしますが…?」と対応すると、
「この2日間、見させてもらったところ神標津ここの牛は基本的にジャージー種で「グラスフェッド飼育」ですよね?それとも冬季は「グレインフェッド飼育」に切り替わるんですか?」
と稀世と晶には初めて聞く言葉に戸惑った。

 「グラスフェッド…?何ですかそれ?」、「それにグレインフェッドって言葉も初めて聞くんですけど…。」と稀世と晶は同時に質問をした。すると一郎が「グラスフェッド」というのは、基本的に牧草のみで育てる牛本来の食事での飼育方法であり、「グレインフェッド」は、内地の畜産でよく見られる放牧でなく畜舎内で、牧草だけでなく大豆やトウモロコシ等の飼料と併せて飼育する方法だという。
 男の話によると、妻が格闘技系のJOCの強化委員会の選手向けのレシピを作る管理栄養士をしているとの事で「体重制限」のある選手や関節に故障を抱えた選手のメニュー作りで苦労しているという事だった。
 稀世は、自身が経験した女子アマチュアレスリングの強化合宿の時、プロレス時代は体重制限は無くよく食べていたが日々のハードなトレーニングで体重は安定していた。ベスト体重は(自称)59.8キロであったがゆえ、登録された階級は女子フリースタイル58キロ級で2キロの減量に苦労したのを思い出した。代表候補選手として厳しい食事制限と指導を経験した際に、スタッフはコーチやトレーナーだけでなく管理栄養士もいた事が思い起こされた。

 稀世は男に自分は元女子プロレスラーで一時はリオデジャネイロオリンピックの代表候補になった事を伝えると稀世の顔を覗き込んで、ふと気が付いたように尋ねた。
「もしかして、代表選考会で「プロレス技」を出しちゃって代表入り間違いなしで金メダル候補だった「安稀世」選手ですか?現役時代、滅茶苦茶ファンやったんですよ!」
 その一言で、話は商談の色合いが出て一気に展開した。少量で食べ応えのある、牛骨といろいろな野菜を煮込んだ「ボーンブロス」というスープは、カルシウム、リン、マグネシウムなどのミネラル分に加え、タンパク質を構成するアミノ酸、コラーゲンも豊富で筋肉や血液の土台を作り、関節の健康を維持する事が語られた。
大会直前の体重調整のための「ダイエット効果」だけでなく、関節を痛めがちな格闘系選手の「関節」や「筋肉」保護の為にも役に立つという。

 しかし、内地の牧場の多くは牧草以外にも飼料を餌として与えるグレインフェッド飼育であり、それらの家畜の骨を煮込むと飼料に混ぜられた抗生物質やホルモン剤が一緒に抽出されてしまう為にドーピング検査を考えると使えない現実があると説明があった。
「これ以上は詳しく説明できないんでちょっと嫁に電話してもいいですか?」と男に断りを入れられて、電話に出た嫁と話すことになった。
「きゃー、安選手ご無沙汰してまーす!覚えてないかもしれませんけど、リオ大会の女子アマレスの栄養指導で何度かお会いしたことがあるんですよー!大会は残念でしたけど、「うっかりいつもの技をやっちゃいました。ごめんなさい。選ばれた選手の皆さんにはリオで精一杯頑張ってきて欲しいです!」ってさわやかな笑顔で落選を報告した安選手の事は今も頭に強く残ってますよー
 今も強化委員役員の「篠原弘道しのはらこうどう」部長と、安選手のエピソードが出ることもあるんです!大阪に戻ってこられることがあったら是非とも強化委員会にも顔出してくださいねー!」
という管理栄養士の彼女は今も強化選手の食事メニュー作成メンバーに入っており、飼育環境がはっきりと証明できる安価でグラスフェッド飼育の牛骨があれば使いたいという希望だった。篠原部長は、リオ大会の代表選出戦後も「安君、次の東京でリベンジだ!」と熱心に誘ってくれていたのを思い出した。
 そこからは、骨の加工についての専門的な話になったので晶に電話を替わることにした。

 「稀世ちゃん、えらい話が盛り上がってたやないか!どや、ええ話になりそうなんか?」
直が熱燗の銚子をもって稀世の元に寄って来た。稀世は今あった事をすべて直に話した。直は稀世の持つ元オリンピック代表選手であった実績と協会員や役員を知っている事が大きなビジネスチャンスに繋がる事を予想した。
 格闘系選手だけでなく、膝や肘に傷を持つ者は、野球、サッカー、テニスは言うまでもなく、バスケットボールやバレーボール、バドミントンなどインドアスポーツでも多くいるだろうと推測した。JOCのお墨付きが得られれば、横展開にも期待できるだろうと皮算用した直の鼻息は荒くなった。
 スマホで簡単に「グラスフェッド牛」で検索をかけると日本国内でいわゆる完全「放し飼い」および自然牧草のみで飼育をしている牧場は北海道以外では岩手や熊本、鹿児島でいくつかの事例はあったが、ネットで見る限りその商品を取り扱っている数は多くなさそうだった。

 稀世と直が2人で頭を寄せ合って話をしてると、電話を終えた晶が会話に入って来た。
「うちに牛の脛骨の在庫がある事を伝えると、成分検査に出したいから着払いでいいから送ってほしいって話になりました。後々はどこの施設でも簡単に使えるようにした処理後に「粉砕骨の不織布パック」化やフリーズドライ化ができればいいけど、当面は濃縮ペーストをペットボトルに入れて冷凍出荷かな。将来的には「有機JASのオーガニック認証を受けたボーンブロススープ」なんかできそうね。直さんの「野菜工場」の先見の明がこの秋から「芽」を出すかもしれませんね。くすくす。
 じゃあ、善は急げで、せっかく稀世ちゃんのおかげでもらえたチャンスだから、今からサンプルスープを作って明日、冷凍で持って帰ってもらう事にしましたので今から作ってきますね。」
と言い残し、すっかりシェフの顔になった晶は宴会場を後にした。

 厨房で大小2つの寸胴鍋に湯を張り、沸騰させると小さい鍋で冷凍状態の牛骨を下茹でをして、氷水にあげると余計な脂分や残った血管を丁寧に除去し水洗いした。大鍋に骨を投入すると中火にして、丁寧に灰汁アクを2時間にわたり掬い続けた。
 その後、弱火に落とし2つの鍋に分けた。1つの鍋はそのまま煮詰め、もう一つの鍋には複数の野菜を投入して味を調えると時計は午後11時を示していた。コンロのタイマーをさらに4時間セットすると「はい、仕上がりは午前3時ね。丁寧に下処理したから臭みはでないと思うし、気に入ってもらえるといいんだけどね。」と独り言を呟きながら、椅子に腰かけると稀世と直が冷えた缶ビールを持って厨房に入って来た。
「晶さん、ごめんね。せっかくの宴会やったのに仕事を押し付けちゃって。手伝いに来たかったんやけどプロレスラーやったのがばれて、工事業者さんにお世話になった分お礼せなあかんと思って一緒に写真撮ったり、プロレスの技をかけてあげたりで抜けられなくてね。」
「稀世ちゃんの身体を張った「肉接待・・・」のおかげで、水耕栽培のラックへのパレットの設置までやってもらえることになったんやで!あと、稀世ちゃんが「ちゅー」のひとつでもしてたらもう一泊していきそうな勢いやったで。まあ、酔っぱらって稀世ちゃんにコブラツイストをかけてもらって喜んでた三朗は役得やったな。カラカラカラ。」

 晶は「肉接待」の言葉に大笑いしつつも、小皿にスープを取り分け、稀世と直に試飲してもらった。白いスープはしつこさを想像させたが、深味はあるものの予想外にさっぱりした飲み口に「これは売れる!」と2人は確信した。

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